初芝清

登録日 :2011/06/21(火) 00:33:52
更新日 : 2017/04/14 Fri 06:22:06
所要時間 :約 7 分で読めます




初芝清は千葉ロッテマリーンズに所属していた元プロ野球選手、現在は解説者として活躍中。
愛称は「初っちゃん」、「初様」、「幕張のファンタジスタ」、「初芝神」等。
東京都豊島区出身。


88年ドラフト4位で当時のロッテオリオンズに入団、以後、サードのレギュラーとしてチームの中核として活躍する。

しかし、初芝といえば何と言っても 事欠かないネタの数々 だろう。幕張のファンタジスタの異名を誇る通り、数々の笑いをもたらしてくれた。


○容姿

小太りの体型に眼鏡、黒い靴下を上まで上げる「田吾作スタイル」が非常に親しみやすさを感じさせる。おそらく、初芝を知らない人に写真を見せて

「うちの草野球チームのメンバーで商店街の八百屋のおやじさん」

と説明しても、違和感は殆ど感じられないのではないだろうか。



○ファンタジスタたる所以

◆守備練習時、強烈なゴロに横っ飛びで食らいついたが取れず寝そべって悔しがっていた所、次の打球が寝そべっていた初芝の肘を直撃し即二軍落ち。
◆その怪我から復帰した試合でいきなりホームランを放ち、ファンを爆笑させる。
◆左中間を破る二塁打を放った際、二塁到達時に返球が初芝を直撃。(相手チームのショートが二塁に到達した初芝をカバーに入ったセカンドと見間違えた為)
◆平凡なサードゴロをお手本のようなトンネルで後逸。
◆三遊間への強烈なゴロに飛びつき、久々のファインプレーと思いきや、球がグラブの編み目に食い込み抜けなくなり、内野安打に。
◆ボテボテのサードゴロをキャッチした際、自分のグローブを踏んづけてしまい、エラーに。
◆ネクストサークルで打順を待っていた時、前の打者のファウルのライナーが初芝の尻に直撃、「痛てぇ!」と叫んだのに反応して捕手・審判・打者が揃って初芝の方を向く。叫んだ声はテレビ中継のマイクも拾っており、尻を抑えながらちょこまかと走り回る姿が映し出される。
◆アメリカのテレビ局がイチローの特集を組んだ時、何故か顔写真が初芝になっていた。

などなど。そして忘れてはいけないのが


千葉マリン(現QVCマリン)でのサードファールフライ


であろう。

特に千葉マリンは海からの風が強く、フライの捕球も気をつけなければならない。

初芝の捕球を見ていると、フラフラと右往左往しながら追いかけるので見ている方がハラハラしてくる。
なのでフライが上がると客席から悲鳴が上がるが、逆にこれを見たくて球場に足を運ぶファンも多かった。
それは同業者にも言えるようで、元西武のデニー友利は「千葉に行く楽しみの一つ」と語っていた。

また、ファールフライを追いかけに走った瞬間、前を見ていなかった為、相手のサードコーチと正面衝突した事もあった。

尚、サードとレフトの間に飛んだフライには初芝は動かず、ショートの小坂に任せた事も。

諸積(現編成担当)との下ネタ全開のストレッチも必見。


行きつけの床屋に行った際、店主から「初芝さん、たまにはブリーチしてみる?」と言われ、ブリーチの意味も分からずOKした所、髪を金髪にされ、それを見た自分の子供に『お母さ〜ん』と泣いて逃げられる。(ちなみに、ブリーチとは脱色剤の事で、金髪にする時に使う。要は金髪にしないか?という事。某漫画とは関係ない)

福浦をプロデュースした。


以上の内容だけ見ればただのネタ選手に見えるかもしれないが、間違いなく90年代のマリーンズの中心選手であった。
95年にはオリックスのイチロー、日本ハムの田中幸雄と並んで打点王のタイトルを獲得。(80打点というパ・リーグ打点王史上最低の数字ではあったが)
松坂相手に相性がよく、松坂キラーとしての一面もあった。

そしてファンの心を掴んだのが


相手チームの胴上げが掛かった試合はどんなに不調でも打ちまくる


という、まるでロッテというチームを体現したような活躍だろう。
2000年の終盤にはダイエーを千葉マリンに迎え連勝し胴上げを阻止、二日連続でお立ち台に上がった。
この時はファンは勿論、結果的に二日続けて優勝が懸かった試合になったので興行のスタッフからも感謝されたらしい。(消化試合が相手の事情とはいえ優勝が絡んだ試合になった事で客数が跳ね上がった)

その後も2003年には代打連続7打数連続ヒットの日本記録を打ち立てる等、チーム内での自らの役割を変えつつもなくてはならない柱であった。

しかし2005年、31年ぶりの優勝が現実に見えてきた所で引退を表明。そして数日後、千葉マリンでのソフトバンク戦が引退試合となる。

六回裏に代打で出場、スタンドからは大きな歓声と辞めないでくれという涙混じりの声が発せられた。神妙な面持ちで打席に立つ初芝。

そして…



実況 「投げた!あーっと、足に当たったか!デッドボールデッドボール!背番号6は足を大きく振り上げておどける様に一塁へ向かいます、デッドボール!」
解説者「アハハハ…」



球場は大爆笑に包まれた。最後まで初芝は初芝だった。

そして、引退セレモニーでは優勝し日本一になるという夢を果たしてからバットを置くと宣言、最後まで戦い抜く事を誓った。

ちなみにセレモニーの時、ロッテファンのみならず相手のホークスファンからも


うちとの試合ではいっつも打ってくれちゃって!ちょっと憎らしかったけど初芝さん大好きだったよ

と暖かいメッセージボードが掲げられていた。

そしてプレーオフセカンドステージ最終戦、一点ビハインドの8回に代打で出場。圧倒的優位から驚異的なホークスの粘りで土俵際に追い込まれたマリーンズにとって、まさに最後の切り札であった。

しかし、引っかけてしまい三遊間へのボテボテのゴロになってしまう。だが初芝は決して速くない足を飛ばして必死に走った。

その時、三遊間で信じられない事が起こった。ショートの川崎とサードのバティスタがお互いに捕球しようとして交錯、この分だけ送球が遅れ内野安打になったのだ。

奇跡的な内野安打に流れはマリーンズに。その後チャンスを広げ里崎の一打でついに逆転、今までずっと夢見ていた優勝がとうとう現実の物となったのだ。しかも8回から出場後守備に付いていたため、長年守ってきたサードのポジションから優勝の歓喜の輪に加わった。

その後、阪神との日本シリーズも制し、宣言通り夢を叶えてバットを置いた。

先程も書いたが、晩年は代打での出場も多くなるなど、明らかにチームの中での役割は変わっていった。

ただそれでも今までと変わらず人一倍練習を重ね、来るべき出番に備える真摯な取り組みや、ベンチの中でこれもまた人一倍声を出しチームを鼓舞してきたその姿勢に、野球の神様はプレゼントを用意していたのではないだろうか。

そしてあの三遊間へのゴロでも諦めず走った事でそのプレゼントが開けられたのではないかと筆者は思う。

尚、解説においてもたまに現役の時の逸話等面白い事を言ってくれるので聴く機会があった時は要チェックである。



〇初芝の解説名言

投手交代の際
「これは驚きというよりサプライズですよ」

実況「五回を終わって打ち上がる花火も見る余裕はないんでしょうねぇ」
初様「いや、僕は楽しんでましたよ」
実況「え、そうなんですか?(笑)」
初様「ベンチ前から見るのが綺麗に見えるんですよ」

「ファウルフライ落とした時、相手のベンチ帰ろうかと思っちゃいますからね」

「優しいのが西武のベンチなんですよ。やらかした時に『初、こっち帰ってこい』て言ってきますからね。じゃあお言葉に甘えて、って」


余談だが大のヘビメタ好きで、自宅内にヘビメタ専用の部屋を所有している。



床屋さん「初芝さん、たまには追記・修正でもしてみる?」
初芝(ん~…追記・修正ってなんかな~?)
初芝「あっ、いいですよ!」

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