松坂大輔

登録日 :2012/10/14(日) 05:01:02
更新日 : 2017/01/21 Sat 09:01:45
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今日は満点です。でも、これが最高じゃない。




松坂大輔(まつざか だいすけ)は日本のプロ野球選手である。
1980年9月13日生。青森県生まれで東京都江東区育ち。
ポジションは投手で右投右打。

<所属球団>
埼玉西武ライオンズ→ボストン・レッドソックス→ニューヨーク・メッツ→福岡ソフトバンクホークス(現在)

<来歴>

横浜高校時代は サボリのマツ と言われるほど練習嫌いであったが、
2年生時の夏の県予選で自身の暴投でサヨナラ負けを喫し自分のせいで先輩たちの夏を終わらせたことにより奮起する。
当時プロでも150キロを超える速球を投げる者はそうは居らず、高校生が剛速球を投げることが話題を呼び 平成の怪物 と呼ばれるようになる。
1998年の春の全国高校野球大会で優勝し夏の大会では準々決勝を 延長17回250球完投 をし、
決勝では 史上2人目となる決勝戦のノーヒットノーラン という快挙を達成し春夏甲子園も成し遂げ怪物の名を欲しいままにする。

1998年のドラフト会議で西武ライオンズ(当時)が交渉権を獲得。
本人は横浜ベイスターズを希望していたがライオンズへ入団。
まぁのちのベイスターズの暗黒ぷりを見ると西武に入団したのは正解だっただろう…

初先発となった1999年4月7日の日本ハム戦では155km/hの直球を片岡篤志が豪快な空振りを喫し、
プロ野球ファンに大きな衝撃を与えここでも 怪物 ぶりを見せつける。

既に孤高の存在となっていたイチローとも対戦して3打席連続三振(1四球)に抑えこんで、
ヒーローインタビューでは 「(プロで通用するか)自信から確信に変わった」 と名言を残す。

ルーキーイヤーは防御率2.60 16勝5敗の成績を収め新人王を獲得。
それ以降も2002年を除き毎年10勝以上を挙げる活躍でライオンズの不動のエースとなる。
そして2006年、防御率2.13 17勝5敗 WHIP0.92と自己最高の成績を修めポスティングシステムでメジャーリーグ挑戦を表明。
ボストン・レッドソックスが5111万1111ドル11セント(約60億円)で交渉権を落札、総額5200万ドル(約61億円)の6年契約を結び日米共に大きく注目される。

1年目の2007年は環境、マウンド、ボールの違いに苦しみながらも当時の日本人選手の1年目最多となる15勝を挙げ200回投球&200奪三振を記録。
一方で防御率4.40、WHIP1.32と不安な面も残した。
チームもリーグ優勝を決め、自身もワールドシリーズで勝利を挙げ日本人選手初のワールドシリーズ勝利投手なってワールドシリーズ制覇を果たす。


2008年は防御率2.90 18勝3敗というエース級の数字を残すが、
球数の多さや故障による影響もありイニング数が少なく、セイバーメトリクスによる評価が悪かったことも重なりサイ・ヤング賞の投票では4位にとどまった。

2009年は第二回WBC大会の日本2連覇に貢献し2大会連続のMVPを獲得。
しかし実はWBC前から股関節を痛めており、これを隠して出場し、故障してシーズン成績が振るわず球団から怒りを買うことになる。
ここからスペ体質になり思うような成績を残せなくなる。

再起を懸けて臨んだ2010年も好投したかと思えば次の試合では炎上を繰り返す。
あれ?エンドレスエイト?
ただし速球の球威は過去最高と評価された。

再び再起を目指して挑んだ2011年は肘の靱帯断裂が見つかりトミー・ジョン手術受ける。


リハビリを経て2012年6月9日にメジャー復帰。
4試合に先発登板するが不安定な投球で故障者リスト入り。
8月末に復帰してカンザスシティ・ロイヤルズ戦に先発して7回を1失点で勝利を挙げメジャー通算50勝を挙げるが、
その後も投球が安定せず結局1勝止まりで契約最終年のシーズンを終え、レッドソックスを解雇された。

メジャーで活躍できなくなった最大の理由は体調管理の甘さと言われ日本時代より明らかに 太っている のが解る。
大きな期待を背負って海を渡ったが大した成績を残せず日本人選手の評価を大きく下げたと非難を浴びることとなる。
井川、西岡、「・・・・」

2013年はクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結ぶが中々メジャー昇格の機会がなかった。
くすぶる日々が続いていたがメッツがシーズン終盤に故障者の穴を埋める為先発投手を探していたためメジャーで先発で投げたい松坂との条件が合致したためインディアンスを自ら契約解除を申し出て自由契約となり、メッツとメジャー契約を結ぶ。

同年は先発で7試合に登板して最初の3試合で12回と1/3イニングを投げて15失点、防御率10.97と大炎上でいつもの松坂かと思われていたが・・・・
投球間の間の長さをコーチと共に改善をする。
これが功を無し残りの4試合では26回1/3イニングを投げて防御率2.05と持ち直しシーズンを終えた
10月31日にFAとなるが翌年1月にメッツとマイナー契約で再契約をする。

2014年はシーズン開幕こそマイナーだったが4月16日にメジャー昇格を果たす。
当初は経験の無い中継での起用だったが結果を残して5月31日に今季初先発登板で2勝目をあげ、現在は先発ローテーションの一角を任されている。
その後リリーフで起用されそこそこの成績を残したもののオフにはフリーエージェントになる。

そして、福岡ソフトバンクホークスが獲得に名乗りを上げ9年ぶりに日本球界に復帰。
3年12億円+出来高払いという大型契約であり、背番号は暴投王の背番号を引き継いだ。
オープン戦で投げるなど、復帰した日本球界でどれほどの成績を残せるのかと注目された……が、ここからまさかの展開に。
開幕前にインフルエンザに感染した直後に右肩の疲労を訴えて離脱し、一時2軍戦に復帰したと思えば、再び右肩の疲労を訴えリハビリへ。
以降は表舞台に姿を見せることはなく、二軍戦ですら投球する姿を見せることはほとんどなかった。
ついには右肩の手術を行い、復帰1年目の登板は絶望的となった。来シーズンも早期に回復できるかは怪しいと言われている。
2016年もこのまま一軍での登板なし…と思われたが、10月のソフトバンクの最終戦にまさかの昇格(相手は楽天)。
中継ぎとして登板し、 1回5失点、4者連続四死球、防御率18.00 という凄まじい成績で1年あたり4億円の集大成を見事に見せつけた。


不幸中の幸いとしてソフトバンクが資金が豊富かつ強豪の球団だったことで、松坂に対する莫大な出資がそこまで痛手でもなかったことか。
仮に他の球団で今のような状態だった場合、滅茶苦茶批判されていただろう。もっとも、今も批判されているのだが。
現在は週刊誌などのメディアを初めとして、色々な悪い噂話や憶測も流れる状態となってしまっている。

だが、かつては日本を代表する選手だったことは間違いなく、復活を願う声も多い。

<プレースタイル>
最速156km/hの速球やカーブ、それぞれ数種類の変化を誇るスライダー、チェンジアップに加えカーブなど多彩な変化球が持ち味。
トミー・ジョン手術後は速球の最速は153km/hと球速が下がり、2012年には140km/h中盤までしか出ない試合もあった。

速球は同世代の藤川球児と共に凄まじい球威を誇っている。
調子の良い時はメジャーでも140キロ中盤の速球で空振りを取れるなどメジャーリーガーすらも圧倒する投球をする一方で、制球が高い方ではないため制球難からランナーを溜めて大量失点するケースも少なくない。
そのため制球が定まらない時は5回持たずKO、最悪の場合3回持たずKOなどの場面も見受けられる。
前述の通り球自体はメジャーでも最高クラスであるが制球の安定感が課題である。
制球に関してはメジャーリーグの滑りやすいボールに対応できなかったのが不振の原因の一つとも言われている

また、調子の波が激しく好投→炎上→好投→炎上→好投→炎上と、まるでどこかのSOS団団長がそう望んでいるかの如く神ピッチングをすれば次の試合で俺達のごとく炎上を繰り返す様はまさにエンドレスエイト

投手であるがバッティングが上手く、2006年6月9日のセ・パ交流戦・阪神戦では広い甲子園でホームランを打っている。
2007年のワールドシリーズでもメジャーリーグ移籍後初ヒットを放って2打点を挙げ、自らを援護した。

<エピソード等>

  • 高校時代には3年生時に甲子園春夏を連覇、プロでも2004年に日本シリーズを制覇、WBC2大会連続の優勝、メジャーリーグにおいても1年目からワールドシリーズ制覇と プロ・アマのあらゆるところで中心選手として頂点をって取っている など最早 漫画の主人公の様な経歴を持っている。
  • 小学校の頃は剣道をしており少年野球教室で球を速くするにはどうすればよいかという質問に剣道をすると背筋と手首が鍛えられて良いと答えている
  • また少年野球教室で子供に松坂と呼び捨てにされ 「松坂さんだろ」とキレた
  • twitterでダルビッシュに煽られた
  • 高校の一年先輩のタレントの上地雄輔がおり、バッテリーを組んでいた。
  • 第1回WBC大会の優勝トロフィを貰った直後にすぐ壊れてしまい、
    インタビューで「後で自分でアロンアルフアでくっつけて直しますけど」とギャグ風に言ったところ、
    後に 販売元の東亞合成から松坂へアロンアルフアが大量に送られた。
  • 松坂と同学年の選手にはプロで活躍する逸材が揃っており、総称して「松坂世代」と呼ばれている。ただしこれを嫌がる者も居る。
  • 2000年に免許一時停止になっていたにも関わらず車を運転し、駐車違反を犯すが身代わりで球団職員を出頭させるがバレてしまい、
    当時埼玉県警から交通安全キャンペーンのイメージキャラクターに選ばれていたこともあり激しいバッシングを浴びる事となる。
    その影響でパワプロにも選手登録が自粛された。
  • 北海道稚内市には祖父母が暮らしており、その影響か『松坂大輔スタジアム』という施設がある。
  • 漫画「MAJOR」のワールドカップ編に松坂をモチーフにした松若と言うキャラが登場。吾郎に名前すら知られていなかった。
  • 2016年の初登板時の試合前ランニングでは、対戦相手の楽天選手達はその姿を見て「 おっぱいと腹が揺れてる! 」と煽りのような驚きの声が出したと言われている。



追記・修正は100億ドルの男になってからお願いします。

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