新井貴浩(野球選手)

登録日:2012/05/28(月) 14:56:40
更新日:2024/04/21 Sun 00:56:30
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「僕は野球に恋してます」

新井(あらい)貴浩(たかひろ)

元プロ野球選手で、第7代プロ野球選手会会長。
現第23代広島東洋カープ一軍監督。
1977年1月30日生まれ(47歳)

背番号:25(1999-2014、2016-2018、2023-)、28(2015)
守備:内野手(三塁手→一塁手)
在籍チーム:広島東洋カープ(1999-2007)→阪神タイガース(2008-2014)→広島東洋カープ(2015-2018)
指導歴:広島東洋カープ(2023-)

また弟の新井良太もプロ野球選手であり、中日ドラゴンズに入団したが、後にトレードで阪神に移籍し貴浩が広島に復帰するまでチームメイトだった。
2017年に故障が原因で兄より先に引退している。
2023年からは兄が一軍監督、弟が二軍打撃コーチとして広島で再び同チームに所属する。


【プロ入り前】
広島県広島市出身。
広島工業高より、駒澤大に進学。
この時の新井は打てない守れないと先輩の高橋尚成は語るが、やたらと人望はあったらしい。
プロ入りのきっかけはかねてより交流のあった同大学のOB・野村謙二郎の自宅まで行き、バットスイングをアピールしたことと言われている。
よくプロに入ろうと思ったな…
まあ、そんな新井の非凡な才能(?)を感じた野村の後押しもあり、98年ドラフトで6位指名にて広島東洋カープ入団。
しかし、大学最終年の活躍しかこれといった実績がなく、前述の通り守備難、打撃が粗いさんだったので、マスコミはもちろん後輩の武田久を始めとしたチームメートや監督まで「!?」だった。
その大学最終年度は日米大学野球選手権大会で5割を打ち、東都大学野球では打点王を獲得するなど、大器の片鱗らしきものはチラチラ見せていた。
これについては引退後、ドラフト同期で「雑草魂」と称された上原浩治と共演した際、新井は「上原さんなんて僕からは胡蝶蘭にすら見えますよ」と語っているあたり、本当に苦労したことがうかがえる*1


【広島時代】
どうやら野村の感じたものは確かだったらしく、1年目からホームランをそこそこ打つと2年目からレギュラー定着し、20本近くのホームランを量産。
2003年には阪神に移籍したアニキこと金本に代わって4番に座り、2005年には初タイトルとなる本塁打王となる。
そこ、ホームが市民球場だったからだろとか言わない。

また、この頃からチームの主軸としての意識からかカープ愛を語るようになり、「一つのチームで終わるのが理想」や「カープが好きだしいれるならばずっといたい、このチームで優勝したい」などと口にしている。
…ん、なにか?

2006年以降はただ長打を狙うのではなく、チャンスに確実に点を取れるバッティングを意識し2年連続で100打点を達成。
その勝負強さや意識を買われてか北京五輪予選では日本代表の4番に座った。
恵体なことややたら傾きながら低めの球をかっ飛ばすパワーがよく言われるが、大学時代通算2HRだったり、絶好調期に獲得したタイトルが打点王だったりするので
実際は点をとれるバッティングが得意な中距離砲に性質は近かったのだろう。

(~中略~)


【阪神時代】
(2008年)
長年課題と言われた守備を克服したのか一塁手でゴールデングラブ賞を獲得。
打棒もホームランこそ少なくなったが率は非常に高く、岡田阪神前半戦の快進撃を支えたが、
予選で大活躍し、本戦も招集確実視された北京五輪前に腰を痛める。にもかかわらず強行出場を続けたが症状は悪化し腰椎を疲労骨折してしまう。
北京五輪も散々で、帰国後も豪快なバッティングを支える腰がダメダメで成績は一気に下降。ポイントゲッターを失った阪神は一時巨人に10ゲーム以上の大差をつけていたが一気に捲くられて2位に転落。優勝の大チャンスを逃した。Vやねん!
この腰の怪我は、その後も影を落とし続けることになる。

(2009年)
他球団からのマークに合いながらも全試合フルイニング出場を果たす。

(2010年)
2年連続の全試合フルイニング出場達成。また、アニキ・金本に代わって阪神の4番に座り、勝負強さを見せ3割100打点達成。

(2011年)
東日本大震災による開幕延期を訴えるなど、チームのみならず野球ファンのために尽くし、成績では6シーズン振りのタイトル(打点王)を獲得。

(2012年)
成長を見せた弟・良太と共に4番を争い、ケガ人や不振が続くチームを支えた。
なおこの頃より一塁に専念するようになった。

(2013年)
開幕時は良太の影に隠れていたが、良太が案の定調子を落とすとレギュラー復帰。
8月まで巨人と激しい首位争いを繰り広げたが、阪神名物9月の大惨事が発生。巨人との直接対決を落とし一気に突き放されると
CSでは古巣広島一気呵成の鯉のぼりに敗れ、CS1stステージで敗退。
新井さんは特段活躍できなかった。オールスターのリプレイで笑いを提供したくらいか。

(2014年)
どうせ外れ外人だろうと思われていたガンバ大阪にアルゼンチンからやってきたサッカー選手みたいな名前のドミニカンであるマウロ・ゴメスがまさかの大当たり。
阪神での全盛期新井さんに甲子園でも軽々HRをぶっ飛ばすパワーを付加した彼の存在は、新井さんから居場所を奪うのに十分すぎる存在であった…
そして、この年の契約更改で、年俸を8000万まで下げるという提示を受けた新井さんは阪神退団を表明。新天地へと旅立った。

はずが、なんやかんやで新天地ではなく古巣の広島カープに復帰。

…控えでも8000万貰えるのになぜ出て行ったのだろう。どうせ2014年の調子じゃ守備走塁糞の実質一塁専任の新井さんじゃどこいったってレギュラーは無理だってのに。
そして広島入団時点で年俸は1/4の2000万に。
そこまでして広島に戻ったのはいかなる故なのか。

【広島復帰】

(2015年)
昨季ホームラン王のエルドレッドが怪我で出遅れるも新加入のメジャーリーガーグスマンもいたことから、一塁のバックアップ兼代打要員という全く妥当なポジションで開幕一軍入りを果たす。
そして、開幕前こんな形で帰ってきた自分にファンは大ブーイングを浴びせるのではないかと思っていた自分に対してファンは大歓声で迎えてくれたことに新井は涙した。
そんな状況に神が舞い降りたのか、グスマンが開幕直後に故障し、結果4月中旬から4番ファーストでスタメン入り。
ここからあれよあれよとヒットを連発し6月終了地点で打率は3割キープ、オールスターファン投票選出と近年稀に見る好調を維持するどころか、遠くなりつつあった2000本安打が再び視野に入る程の活躍を見せた。

(2016年)
年俸もぐっと上がって三倍の6000万となり、背番号も25に戻って迎えた。
エース前田健太がいなくなり低迷が予想された中、エルドレッド・松山竜平らと休養日とポジションをシェアしつつ一塁レギュラーで開幕。
週一の休養日が効いているのか、トリプルスリーどころかタイトルを総取りせんばかりの勢いのヤクルト・山田哲人を打率・打点で猛追するほどの活躍ぶり。セリーグで唯一交流戦で勢いをつけて突っ走り始めた広島打線の中核として、見事なクラッチヒッターっぷりを発揮した。
この年もオールスターにファン投票で選出されており、同年オールスター出場選手中最年長になった。
ちなみに山田を猛追する選手として本塁打打点で追う筒香嘉智(DeNA)と打率で追う鈴木誠也(広島)、坂本勇人(巨人)がいたが、
24歳・プロ6年目の山田を21歳・4年目の鈴木、24歳・7年目の筒香、28歳・10年目の坂本に加え39歳・18年目の新井さんが猛追しているという軽い笑い話のような打撃タイトル争いが繰り広げらた。
一時は届きそうにないと思われた2000本安打も4月に早々と達成、さらに8月には通算300本塁打を達成。7月に達成された黒田博樹の日米通算200勝とともにカープの25年ぶりのリーグ優勝に花を添える活躍を見せ、最後は新井のミットにボールが収まって優勝を決めたのであった。
さらに自身もセリーグMVPに選ばれ、メモリアルイヤーとなった。

(2017年)
前年こそレギュラーを張っていたがこの年はエルドレッド・松山らの好調もあり出場機会を減らしてしまう。
それでも代打などでの出場機会はかなり多く、スタメン出場した際には勝負強さを活かしチームの連覇に貢献した。

(2018年)
バティスタがレギュラーに定着し、野間がレフトで起用されることが増えたことで松山がほぼファースト専になり、前年より更に出場が減る。
9月5日に引退を発表。引退試合をあえて開催せず、最後まで戦力として戦うことも発表した。
シーズン後半は引退を発表したこともあってか代打での起用が増え、チームの3連覇の最後の一押しと2年ぶりの日本シリーズ進出に貢献した。

なお、背番号25はふさわしい選手が出るまで欠番になる予定。

(2023年)
引退後は解説者となっていたが、22年オフの佐々岡真司監督の辞任を受けて広島一軍監督に招聘され、就任することとなった。背番号は預かり番号だった25。
ちなみに冗談込みと思われるが永久欠番の15を提案したところあっさり本人から許諾が取れたらしく、ワンチャン15もあったかもしれない。

監督としては「特等席で観戦しているカープファン」扱いされるぐらいにモチベーター寄りだが、前年まで4年連続Bクラス・今年もBクラス予想が大半だったチームを2位まで引き上げ、CS1stも突破するなど、望外の結果を残した。
ちなみに引退してからも護摩行は続けていたようで、2023年に20周年を迎えている。
2023年は監督就任もあったので分かるが、解説者時代も続けていたということで、もう癖になっているのだろう…。
毎年顔を火傷していて、外野からも「目に悪いからやめい」と言われまくっているレベルの苦行なのだが。


プロ入り前はあれこれ懸念されていた選手だったが、今ではプロ野球界を代表するプレーヤーに上り詰めた。

追記・修正お願いします。

































































ふぅ、誉めるのもこれ位でいいだろ。


さて、ここからはなんJスレ系なども含みますので、ご注意下さい。


上述のようにカープ愛を口にしていた新井は2007年のシーズンオフに突然FA権を行使。
その際、

「辛いです…、カープが好きだから」

とこの部分だけ切り取ると「じゃあ行使すんなよ!」言われかねないことを涙ながらに語った。
(もっとも、前述のカープ愛による生涯カープ発言はメディアによって解釈されたものらしいが)

ちなみに新井は阪神移籍後広島カープの悪口は一切言っていない。広島移籍後にも一切言っていない。どこぞの顎畜生も見習ってほしいものである。

なお、当人に迷惑がかかるとして会見当時には語らなかったが「(2002年オフにFAで阪神に移籍した)金本知憲ともう一度同じチームでプレーしたい」というのが一番のFA理由だった模様。


阪神に移籍してからは確かにトップクラスの成績を収めてはいるものだが、期待の裏返しか単なる不満かやたらとファンにも叩かれる。


【叩かれる理由】
  • 「勝負強さ」←帳尻合わせによるもの
  • 危うい三塁守備
  • 盗塁!しかし塁に手が届いていない
  • しなくてもいい二塁からのタッチアップ
  • 無死(又は一死)、ランナー2人→ゲッツーフラグ
  • 4タコ(orチャンスで凡退)→「また明日」→同じ内容の凡退→「またry」→同じry→…のループ


またチームメイトの金本知憲
  • ヒーローインタビューで「お兄ちゃん」発言
  • 通算2000本安打(金本)と1000本安打(新井)達成日に「運命的なものを感じる」
  • オフに一緒のトレーニングジムで自主トレ
等大変慕っているが
  • 弟の新井良太とはバットのスイングからフォロースルーまで殆ど同じであり、金本に初めて見た時に爆笑された
  • 新品のランニングシューズにウンコの落書きをされる
  • ロッカーに置いてあったグラブに所有者不明の紫パンツを入れられる
  • 金本のいたずらで複数の飲みかけの缶コーヒーを球場内にセットされ片づけさせられる
等々今日も金本に弄られているかもしれない

もっとも、最近は新井も多少反撃出来るようになったらしいが。




最近では全く関係ない場面にもかかわらず「新井が悪いよ新井がー!」と理不尽な声が飛ぶ始末。


それでも忘れた頃に見せるホームランや人柄の良さ、ひたむきなプレースタイルはファンを魅了し、同時に先輩後輩問わず多くのプレーヤーに親しまれる由縁となっている。


後彼を話すのに欠かせないのがツラゲ

辛いさん+ゲッツーからきており、新井はとにかくゲッツーが多い。2003年と2011年に併殺王になっている。チャンスに強いが1塁にランナーがいると察しのごとくゲッツーをやらかしやすい。ゲッツーにならなかった場合はツラゲ未遂と呼ばれる。
また、ただゲッツーが多いならまだしも記録上では併殺扱いにならないゲッツーをやらかすことも多い(通称変則ツラゲ)ためネタになっている。いつしか彼がツラゲをすると検索ワードランキングにツラゲが上位に上がるほどに。

2014年4月に通算200併殺と変則トリプルプレー(トリプルツレー)を達成。
最終的に引退までに歴代6位となる242回もの併殺を積み上げた。

そして、2014年シーズン後に前述のとおり阪神を退団。北京五輪で腰をいわした彼を強行出場させ続けた星野仙一に縁があり、長距離砲がお散歩おじさんしかいない楽天が獲得する噂が出たが…
なんと広島復帰が決まった。おんどりゃあどの面下げて…という向きもあるかもしれないが、阪神に残ってりゃ控えでも8000万貰えた上、全盛期は2億以上の給料をもらっていた男に年俸2000万提示という、同じく広島に復帰したメジャーリーガー黒田博樹に年俸3億円を提示する(黒田は単年で18億はもらえる)より酷い所業をされてでも、堂林と膝がボロボロの梵からならレギュラーを争ってポジション取れると思い帰ってきた新井さんの広島愛を褒めてあげようではないか(フラグ)。

と思ってたら先述した通り一塁レギュラーに定着。先述した通りエルドレッドや松山との併用ではあるがこの二人は左翼も守れるので新井さんが出る機会も結構多い。
またオールスターで解説に「年々守備が上手くなっているんですよね」と言われるなど、課題とされていた守備も何故か上達している。
そして広島に帰ってきてからの新井はとにかくイキイキしている。
そんなイキイキしている新井さん、巨人フランシスコのミスによるサヨナラインフィールドフライ事件の後、我を忘れ大ジャンプする姿が映されさっそくクソコラグランプリが開催されるなど
相変わらず狙ったわけでもないのにネタになる光景を提供しており成績とネタ両方ともファンに愛される活躍をみせているのであった。
ちなみにネタにされているジャンプであるがよく見るとすごい高く飛んでいる。プロ野球選手のフィジカルの強さを感じさせる見事な大ジャンプである。
そして、そのひたむきな姿勢で広島帰還にひねた見方をしていたファンも再び虜にしたのであった。本当にすいませんでした(土下座)。
ただおかげで金本の事は本当は慕っておらず渋々従ってたんじゃないだろうかとも言われている。あんなのと付き合ったことは新井にとって損しかなかったが、変なところで真面目なのでああなったのだろう。

そんな新井さんも引退。引退直後の11月5日は中国新聞に全面広告が掲載された。
内容はというと表面は広島時代(前期)の新井が散々に叩かれている記事ばかり。

しかし裏面は一面真っ赤の中にガッツポーズする新井さんのシルエットと広告主のサイン、「結局、新井は凄かった」の一文が添えられている。
ちなみに上記の中国新聞に載った一文を考えたのは先に引退した黒田である。


そんなファンにも選手にも愛された野球人生を送った選手であった。




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最終更新:2024年04月21日 00:56

*1 上原はユース年代の国際大会で活躍、メジャーからも注目されるドラフトの目玉として逆指名で巨人に入団しているが、そこまでの過程において志望校の大阪体育大学に現役で受けるも落ち一浪、その期間中は予備校通いとバイトに明け暮れて練習がほとんどできず、大学に入っても練習試合に応じてくれない大学も多かったという経験をしている。あくまで新井サイドの目線から見た時にそう思えるだけであり、上原も他の選手と比べてとんでもない苦労をしているということは留意されたい。