読売ジャイアンツ/読売巨人軍

登録日 :2012/10/24(水) 16:52:54
更新日 : 2017/12/02 Sat 13:31:59
所要時間 :約 7 分で読めます




ジャイアンツ ジャイアンツ


ゆけ ゆけ それゆけ


 巨 人 軍 


【球団成績】


リーグ優勝 43回
日本一 21回
アジアチャンピオン 2回
セ・パ交流戦優勝  2回

保護地域:東京都
本拠地:後楽園球場→東京ドーム

読売ジャイアンツor読売巨人軍とは、1931年に結成された「大日本東京野球倶楽部」を前身とする日本で一番古いプロ野球チームである。

野球を知らない人ですら名前を知っているほどの高い知名度を誇り、
TV中継が多く各スポーツ紙・スポーツニュースにも多く取り上げられる等メディア露出度が高いチーム。
多くのファンがおり、選手への金払いも良い。

一方で初代オーナー正力松太郎の残した言葉に基づき選手には社会人の規範となることを求めており、
ヒゲや長髪は禁止、ニックネームによる登録も原則禁止など、厳しい規則も定めている。

その強さや知名度から 12球団の中でも1・2を誇る人気の高いチーム だが、
FAを利用して他球団の主力選手を金で引き抜くような金銭力に任せた補強や、江川事件(1978年)など球界を巻き込む騒動、
メディア露出度の高さからか週刊誌にすっぱ抜かれる等不祥事も多く、それ故 アンチも多く存在する球団でもある。
これも元々は正力松太郎の遺訓に従い、常勝球団を維持することが目的だったはずだが、やり方が強引になっている感は否めない。

しかし、近年では2005年に育成選手制度が採用されると方針を変え、2008年はFA戦線不参加を宣言するなど、
現在では生え抜きの若手を多く輩出する球団へと変容しつつあるとされる

が、やはりFA補強は重視している。
若手育てるのって難しいし、何やかんやでFA選手は権利取得できるまでやれただけの実力はあるから仕方ないね。

2010年代後半にはFA補強に頼り過ぎた結果、出場機会の少ない生え抜きの若手、中堅選手が殆ど活躍しなくなっている。
一部の若手は巨人から別の球団に移籍して開花していると評される始末。
裏返せば目を付けた若手選手はいずれも素質のある人物ということであり、育成に手こずっているようだ。

最近では野球選手達のメジャー志向の増加により、超一流選手がFA市場に出回る事が少なくなり、
往年の強奪軸のチームづくりが通用しなくなりつつある。


【球団史】


1936年に「東京巨人軍」という名称に変更された際に大方今のチーム体制となった。
戦時中の混乱で一旦チームは事実上解散したものの、1946年にリーグ戦が復活、チームが再編成。
1947年からは読売新聞社が正式に球団を買収したため、「東京読売巨人軍」に改称。
1950年に毎日新聞社がプロ野球新規参入を図った際、中日新聞社と共に猛反発したため、
1950年よりセリーグに加盟して現在のセパ2リーグ制が出来たきっかけを作った。
(もう一方の当事者の毎日は毎日オリオンズ→ロッテオリオンズ→千葉ロッテマリーンズ
1965年〜1973年まではペナントレース及び日本シリーズ9連覇を果たすいわゆるV9(ブイナイン)時代。
この9年間の巨人は日本野球史上最強のチームと言っても過言ではない無敵ぶりを誇り、
日本野球史でも最強クラスのクリーンナップの王貞治、長嶋茂雄を有した事もあり、
子どもが好きなものが「巨人、大鵬、卵焼き」と言われるほどに一時代を築いた。
その後はV9世代の衰えと引退が重なり、暗黒期に入った時期もあったが、概ねAクラスの実力を持つ。歴代監督はほぼチームのOBで占められている。
2015年には一部の選手による野球賭博が発覚。ミソがついた格好となり原監督はこの年限りで退任(賭博問題が直接の原因かは不明)。
現役だった高橋由伸がこの年限りで引退し監督の任を引き継いだ。
2017年は球団ワーストの13連敗を喫するなど大苦戦。後半戦は持ち直したものの最後に失速し、CS連続出場ストップ(球団としては初のCS不参加)、11年ぶりのBクラスになってしまった。


【チームの特徴】


短い暗黒時代もあるが、ほぼ何時の時代も投打共に高い水準のチーム(どちらかと言えば打高投低)。
特に打撃に関しては、特にV9時代以後に顕著となったが、時代が進んでも、必ず一人は輝かしい記録を持つ名選手・スター選手がおり、
打撃の地力が高く、少しばかり負けていても逆転する力を持っている為、他のチームから恐れられている。
統一球が導入されてからは盗塁やバントといった小技を絡めた隙のない繋ぐ野球をしているが、
基本的にはランナーを貯めて長打で返すのが特徴。
自前の助っ人はいわゆるダメ外人が多いためファンはある種諦め気味。
そのためフロントは国内FA選手をとるとか。
ただ、前述した通り近年は自前の選手が多く活躍しているため一概には言えないようである。

2015年以降、賭博事件やドラフト失敗、主要選手の怪我や衰え等で選手層が急速に悪化、
一部の球界トップ級の生え抜きを除いてFA戦士や外人選手など不安定な戦力でAクラスを維持している。

近年のドラフト戦略は投手偏重で、打者については俊足巧打者メインとなっているが、そのツケが回り打てる若手野手の不足が深刻になっている。17年のBクラス転落にはこのような若手の台頭不足も原因にあるとの批判が強い。


<主な関係者>


永久欠番選手】


  • 沢村栄治…14
日本プロ野球界黎明期のエースピッチャー。戦場で戦死してしまった悲劇の投手。
史上初の永久欠番指定された選手の一人。

  • 川上哲治…16
ご存知「打撃の神様」。引退後は巨人の第三次黄金時代かつ絶頂期である、V9時代の監督としても名声を上げた。
2013年11月、楽天との日本シリーズの最中に逝去。

  • 長嶋茂雄…3
こちらもご存知「ミスタージャイアンツ」or「ミスタープロ野球」。
男前であることに加え、魅せるプレイと器用さがウリの確かな実力でファンを魅了した。
絶頂期の華々しいプレイが有名だが、意外にも晩年は加齢で青年期の実力を出せなってきており、自身の衰えに悩んでいたという。
その後1975年から6年間、1993年から9年間監督を務め、初年度こそ最下位(史上初で、現在でも巨人の最下位はこの時のみ)になるも6度の優勝(第1期に2回、第2期に4回)、第2期には2度の日本一に輝いた。
2004年に脳梗塞で倒れたが、精力的なリハビリにより、日常生活には支障がない範囲まで回復。
テレビでリハビリの様子が紹介されたが、リハビリと言うよりトレーニング並みのハードなメニューを毎日のようにこなしている。
元プロ野球選手だった事で基礎体力が常人より高く、一時代を築き上げたほどの現役時代の活躍と名声でお金を稼いだがために出来ることでもある。
現在は読売ジャイアンツ終身名誉監督にして常務取締役。
2013年に国民栄誉賞を受賞。授賞式後の試合の始球式でバットを持ってスイングするほどに体が回復していた。
また、打撃理論が独特すぎて殆どの選手に伝わらないなど、数々の伝説・珍言・迷言でも有名。しかし、伝説や飄々としたそのイメージに反しシメる時はかなり厳しかったという。

  • 王貞治…1
こちらも(ry)世界のホームラン王。現役時代は長嶋と並び称されるほどのスター選手であった。
器用な長嶋とは対照的に、自分のスタイルを貫きながら鋼の精神で難局を切り抜けるタイプだった。
ただし、晩年は二人で道が分かれており、長嶋は晩年急速に衰えていったのに対し、
王は晩年までコンスタントに高い実力を発揮していたという違いがある。V9時代から直後の暗黒期まで巨人のクリーンナップを担った。
藤田氏の退任後は巨人の監督も務めたが、当時は自身の監督としての経験不足や、西武が絶頂期を迎えつつある時期と重なった事もあり、在任中には残念ながら日本一にはなれなかった。
その後1995年に暗黒真っ只中の福岡ダイエーホークスの監督に招聘され、色々言われたものの就任5年目に日本一を達成。2003年にも日本一を勝ち取り、黄金期を到来させた。
2008年に退任し、現在は福岡ソフトバンクホークス球団会長。
ソフトバンクオーナー・孫正義はダイエー時代からのホークスファンだったものの球団経営に関しては素人ということもあり「金は出しても口は出さない」立場なので、王が球団経営の中核を担うメンバーになっている。
長嶋がセ・リーグトップ球団である巨人でご隠居としてチームを見守っているのに対し、こちらはパ・リーグトップ球団の中核を陰ながら支えており、現役時代と変わらず対照的である。
なお、時折2人揃ってソフトバンクのベンチに姿を現すこともあり、優勝すれば胴上げもされる。
ワールド・ベースボール・クラシック初代優勝監督でもあり、ダイエー最後の監督、ソフトバンク最初の監督でもある。
愛称は「ワンちゃん」

  • 金田正一…34
日本球界で唯一400勝と左腕での完全試合を達成した大投手。しかしその敗戦数も298と歴代最多。
ロッテ監督時代や名球会のイメージ、さらに国鉄時代の逸話から「自分勝手で傲慢」と言われることも多いが、同時にその実力に奢らず練習熱心な人物でもあった。
高校時代からまともに捕球出来る捕手がおらず、国鉄・巨人時代を通じて金田のボールを受ける捕手は左手が試合後は常に痺れていたらしい。
後にロッテで監督を努めたほか、名球会を立ち上げた。
長嶋や王より年上であるのにも関わらず未だにイキイキしており、テレビにもたまに出てきてはキレキレの発言でお茶の間を沸かせる。

  • 黒澤俊夫…4
現役中に腸チフスで他界した悲劇の外野手。
実は沢村と並んで史上初の永久欠番指定選手。


【監督】


24 高橋由伸
プロ入り前から突出した野球センスで走攻守全てに秀でた天才。
近年は怪我がちで年間を通しての活躍は難しくなっているが、積極果敢なプレーは健在。井端は高校時代からの、川上憲伸は大学時代からのライバル。
2015年に電撃的に引退を表明し、原監督の跡を引き継ぎ監督に就任した。


【現役選手】


野手


10 阿部慎之助
ツイスト打法で緩急も統一球もなんのその。
15年間巨人軍の扇を支え、2012年には二冠を達成した球界を代表する強打の捕手。前主将。
現在は怪我との兼ね合いもあり、一塁手としてプレイ。2017年には2000安打を達成。
ネットでのあだ名はうなぎ。

6 坂本勇人
現巨人軍主将(戦後最年少)にして走攻守揃ったイケメンショート。
プロ11年目29歳で既に通算安打数1500本超え。勝負強い打撃と変態と名高い内角打ちが特徴。
プロ4年目に30HRを記録するもその後低迷する成績を危ぶむ声も多かったものの、
2016年は打撃が再覚醒。セ・リーグ史上初のショート首位打者と出塁率で二冠を獲得など打ちまくった。
守備面では4年連続遊撃手最多エラー記録の持ち主だがそれは広い守備範囲と積極姿勢ゆえ。指標的にはむしろ現役選手最高値な上歴代6位である。
他球団の先輩選手に教えを請うなど様々な工夫を凝らして守備技術を向上させた結果、ゴールデングラブ賞にも輝いた。
8歳年上の村田を友達と呼ぶなど言動はなかなか畜生である

7 長野久義
ドラフトで巨人愛を貫いた選手。
ホームベースから離れて打つ独特の打撃からヒットを量産する走攻守揃った選手。
「毎年打率.280、10本塁打、10盗塁」をコンスタントに記録するとは本家ウィキペディア談。
1シーズン3度のライトゴロを記録した事もある。
改名前のTBS横浜最後の試合では代打逆転サヨナラ満塁首位打者確定&内海最多勝決定HRを放った。

9 亀井善行
本名は義行。内外野守れるユーティリティープレイヤー。
打撃面ではそれなりに率を残すこともあるが、怪我が多くどうにもパッとしないことの方が多い。
ただサヨナラの場面など、大事な時には強い。

12 脇谷亮太
亀井と同じくユーティリティープレイヤー。
片岡の人的補償で西武に行ったがわずか2年でFA宣言して巨人に戻って来た巨人愛の持ち主。
最近は代打としての起用が多い。

22 小林誠司
阿部の後継者と期待される社会人出身のイケメン捕手。
内角への強気なリードと強肩が売りだが打撃に課題が残り賛否が別れるが、他にマトモなのもいないので実質正捕手の座についている
バッテリーを組むエース菅野とは同い年の友人。 「負け運ってなに?」事件の立会人でもある
2017WBCでは打撃が謎の覚醒を遂げるが、シーズン成績は...
最近では捕球と対投手コミュ力が大幅に成長、正捕手として先発投手陣に絶大な信頼を寄せられるようになり、
誠司教なる宗教が発足しつつあるらしい...?

2 陽岱鋼
台湾が日本球界に送り込んだスーパースター。
日本ハムのスターだったが、球団の経営方針と噛み合わなくなってきたため、追い出しに近い形で巨人に移籍した。
ムラが激しいものの、打つ時は滅茶苦茶打つ固め打ちタイプ。

00 寺内崇幸
原前監督をして「スーパーサブという意味では、球界を代表する選手」と言わしめたユーティリティープレーヤー。
安定した内野守備と走塁技術の一方で打撃は今一つだが、
エース相手やサヨナラの場面で値千金の一発をぶち込むことが多い意外性の権化。

投手


19 菅野智之
前監督原辰徳の甥っ子にして侍エース。制球力を最大の武器に三振とゴロを量産する本格派右腕。
入団経緯に一悶着あり、リーグトップクラスの成績を残すものの人気がいまひとつだった。
最近では、数々の意識高い&ぐう聖エピソード、2017WBCアメリカ戦での圧倒的な投球、2016年度の思わず同情したくなるレベルのムエンゴなどから、
入団当初では考えられないほどの人気を獲得しつつある。
FF菅野?スガノーグ?イカセタップ投法?負け運?ナンノコトカナー

39 マイルズ・マイコラス
2015年から加入した外人右腕、外国人投手初のシーズン一年目11連勝を達成
妻のローレン・マイコラスはその美貌から芸能界入りを果たした「スタンドの女神」
米球界時代のあだ名は「リザード・キング」。由来はYouTubeにも現存する 生きたトカゲの踊り食い
来日から三年連続で巨人の表ローテを支える優良助っ人だが、やや短気で奇怪な行動をすることも...

26 内海哲也
巨人の元エース左腕。
チームの雰囲気を大切にする技巧派投手。
ネットでのあだ名はうつどんor偽侍(禁句)。

15 澤村拓一
筋トレオタク。
力のある直球でバッターをねじ伏せる豪快なピッチングが持ち味。
ルーキーイヤーから長年に渡り勝ち数<負け数のムエンゴ病持ち。
2015年からは抑えに転向したが、4者凡退は基本、5者凡退も珍しくない「マッスルミュージカル」なる状況を多発しファンの胃に穴を開けている。
2016年では菅野の勝ちを3つ消し彼の2桁勝利未達成の要因となった。また、とんでもない暴投をやらかし、MLBニュースでも紹介され図らずも有名になってしまった。
2017年は鍼治療のミスで怪我が悪化、出場無しに終わった。
「明日も勝〜つ!」←勝ちました。「明後日も勝〜つ」なお・・

47 山口鉄也
スコット鉄太朗の鉄。
育成から這い上がってきたシンデレラ・ボーイ。
チーム内でのあだ名は「ぐっさん」
9年連続60試合登板ととんでもない記録を残しているが、最近は過労が祟って打たれることもしばしば。

35 西村健太朗
スコット鉄太朗の太朗。
投げるアニオタ。
右バッター胸元へのシュートボールが持ち味。

20 スコット・マシソン
スコット鉄太朗のスコット。
抑え候補として獲得するもシーズン前は乱調が続き、期待外れと思われたが150q台後半から160qを越える球で好投を続けボウカーとは対照的に評価が一変した。
ストッパーをやっていた時期もあるが澤村の抑え転向後はセットアッパーに。ただ澤村が劇場型なので抑えに回る事も。
最近は安定感に磨きがかかり、巨人の歴代最優良自前助っ人との評価も。

18 杉内俊哉
ソフトバンクからFAで移籍。
積極的に奪三振を狙えるドクターKで、ノーヒットノーランを達成した実績もある。
2015年に大怪我を負い、自身の希望でのとんでもない大減俸が行われ、現在は復活に向け精進中。

17 大竹寛
広島からFAで移籍。当該項目参照。
人的補償で出て行った選手?何の事ですか?
とかネタにされているが、この人がいないと困ったであろう年が何回もあるのも事実。

54 高木勇人
タカギボール(命名原前監督)が武器に、巨人投手としては55年ぶりの開幕シーズン新人初先発初勝利を達成した期待の新人
...だったが、2年目以降はなかなか一軍に定着できずにいる。
ヒーローインタビューで「オムハヤシ食べます」と言ったりするなど、言動が微妙に危うい。というかアホの子。
因みに三菱重工名古屋出身で、ボーイング787の主翼の最終検査を担当していた元社会人らしいのだが...

13 森福允彦
元ソフトバンクのセットアッパーにして左キラー。
対左ワンポイント中心の登板方針に不満があったためFAで巨人に移籍した
...のだが、開幕から極度の不振が続き、結局SB時代と同じワンポイント起用に落ち着いてしまう...
なお昨季の年俸は1億2000万円と結構高いにも関わらずソフトバンクの年俸10傑には入っていないため巨人側には補償が発生しなかった。

90 田口麗斗
ドラフト指名時は『東の松井(裕樹)、西の田口』という評価を受けていた若手左腕。
スライダーとコントロールを武器にしており、早速菅野、マイコラスに並ぶ先発陣の柱になっている。

28 畠世周
2017年のルーキー。常時150kmを超える速球が武器。
後半戦からローテーションに定着し、菅野・田口・マイコラス以外の先発陣が壊滅していた2017年巨人の救世主となった…が、9月30日の試合でわずか4球で危険球退場となってしまい先行きが不安視されている。
ヒロインの姿が高木勇人と被るのは気にしてはいけない

【OBなど】


  • 堀内恒夫
現役時代は「悪太郎」という不名誉なあだ名を付けられていたが、投手としては一流のお方。ただ新人の頃は王さんとツルんで悪行を繰り返していたとか…
しかし監督としては2004〜05年まで務めるも、巨人の監督経験者で唯一リーグ優勝出来なかった。
その後紆余曲折あって現在は参議院議員。

  • 中畑清
ご存知「絶好調男」。
生涯成績は平凡だが、チャンスやここ一番でのところで結果を出す選手であった。
引退後は巨人のコーチやオリンピック野球日本代表の監督代行を務め、2012年から2015年まで横浜DeNAベイスターズ監督を務めた。

  • クロマティ
数少ない生え抜きの当たり外人。
米国では現役バリバリの大リーガーで、入団後も大活躍し外国人初となる四番を打つなど80年代後半から90年代の巨人を支えた。
プロレス挑戦?何のことですか?

  • 斎藤雅樹
桑田・槙原とともに90年代の巨人を支えた三本柱の筆頭。沢村賞を3度受賞した『平成の大エース』である。
無尽蔵のスタミナとウイニングショット『真っスラ』を武器に89年には 11連続完投勝利 とかいうキチ○イじみたことをやってのけている。
三本柱で唯一巨人軍のコーチとして残り、2016年からは2軍監督に、2017年途中からは投手コーチに就任。

  • 桑田真澄
PL出身の巨人の元18番。
華麗な投球術に加えて天才的なバッティング技術を持つ選手。甲子園で一番ホームランを打ったのは清原だが、実は二番目が桑田(と元木)。ショートになっても巨人のショートは10年安泰と言われたとか。
一打逆転サヨナラのチャンスにまさかの代打として出場し、期待通りにサヨナラヒットを決めたこともある。
ただ晩年はかなり衰えが出ており、2006年に退団後メジャー挑戦するが1年で引退。
自身のグラブには“I'm a professional among the professional”(俺はプロ中のプロだ!)と刻まれている。

  • 槙原寛己
1985年にバース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発を被弾したピッチャーとして有名。
この他にも10.8でのKO、佐伯ボーク打ち直しホームラン、新庄敬遠サヨナラヒットなどが現在でも語り草になっている。
それでも速球と変化球で巨人の三本柱として君臨。上のようなインパクトの強い敗戦やムエンゴでタイトルに恵まれなかったため三本柱の中では3番手扱いを受けることが多いが、
2017年現在、日本プロ野球 最後の完全試合達成者 である。
引退後は解説者として活躍。バックスクリーン3連発は度々自虐ネタにしている。

  • 清原和博
プロ野球界の「番長」にして、オールスター戦ではめっぽう打ったお祭り男。
巨人に入りたかったものの巨人は代わりに桑田を指名し、自身は西武に1位指名されたため、巨人を見返すために西武に入ったというのは有名な話。
1997年に西武からFAで11年越しに念願の巨人に入団し、驚異的な得点圏打率を叩き出してチームの貴重な戦力として活躍。
ただ怪我に苦しみ戦力外に。オリックスに移籍しそこで引退した。

  • 松井秀喜
巨人時代の10年間で332本塁打を記録したご存知「ゴジラ」。
長打力と
2003年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。
2012年に現役引退を発表し、2013年には国民栄誉賞も受賞した。
引退後はヤンキースのマイナー選手の指導とGMのアドバイザーを務めている。

ネタになった漫画としてはコロコロコミックの『ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん』と、竹書房の雑誌・『月刊ジャイアンツ』に連載された『マツイ日記は知っている!』(作:荒木ひとし)がある。
しかしギャグ漫画とはいえ前者では文字通りの怪物的超人として、後者では「悪意無く他人を振り回し、日記にすらツッコまれる(というか日記くらいしかツッコめない)天然ボケ」として描かれていた。

  • 江川卓
(いろいろな意味で)巨人愛を貫いた80年代巨人のエース。
浮き上がるようなストレートとストンと決まるカーブで真っ向から勝負を挑み続けた。
燃えプロ1作目のタイトルに映ってる選手は江川をモデルにしている。
入団時の騒動は歴史に残るほどで(江川事件)、本人と関係ないところでダーティーなイメージがついてしまったのは有名。
今なお、そのイメージで見られてしまう事も多く、彼が未だに指導者となれていない要因ともされる。
当時を知る世代の間では、彼の選手としての寿命が10年あまりと一時代を築いた選手の割に短かったのは、
『江川事件の報いだ!』と、まことしやかに囁かれているという。
なお、この時にトレード要員となった小林繁とは和解したものの小林は…

FAで巨人に移籍した選手第一号。
現役全盛期や監督に長らく在任していた事から、中日ドラゴンズでのイメージが強い氏だが、
現役時代は巨人への在籍経験もあったのである。
移籍1年目で長嶋監督を男にして有言実行し、松井秀喜を独り立ちさせるための指導もした。
その年後述の篠塚との折り合いと球団設立60年を記念して背番号60をつけた。現在は中日ドラゴンズのGMを勤めている。

  • 小笠原道大
ご存知「北の侍」。
契約年数と家族が首都圏住みな事を理由に日ハムからFA移籍してきた。
トレードマーカーのヒゲを剃って別人みたくなってしまったがその打撃は健在で原巨人を支えたが故障で低迷。出場機会を求めてFAし、中日に移籍した。
現在は中日二軍監督であり、「尾張の侍」になっている。
ぐう畜・人類の戦犯である巨人小笠原とは全くの無関係である。

ご存知「ラミちゃん」。
契約年数・原采配への興味を理由にヤクルトから移籍した。
小笠原との大砲コンビで「オガラミ」で活躍したが守備難でやがて代打起用ばかりになったためゴタゴタを切り抜けた旧横浜である横浜DeNAに移籍。
意外と理論派で、ヤクルト時代末期から半ばコーチみたいなこともやっており、巨人時代も色々な選手にアドバイスをしていた。
現在は中畑の後を継いでDeNAの監督。

  • 篠塚和典
三遊間を綺麗に抜ける流し打ちと、類稀な守備技術を持った二塁手。
二塁手ながら首位打者を2回獲得。当時の女性人気は非常に高かった。

  • ボウカー
オープン戦では不調な打撃陣で唯一高打率を維持。ファンは当たりと信じて疑わなかったが、現実は厳しかった。2013年にはそこそこ活躍したものの契約終了。
2014年に助っ人外国人の不振に悩む楽天とボウカーの日本で野球をしたいという意見が一致しシーズン中に楽天入り…しかし、そこでも戦力外に。

  • 原辰徳
2015年までの監督で二代目WBC優勝監督。
現役時代は「若大将」として知られ、同ポジションのレジェンドである長嶋茂雄の後継者的存在となり、
ON後第一世代の巨人選手としてはトップレベルの人気を持っていた事は有名。
ネットだと顔芸で人気。

  • 鈴木尚広
ほぼ代走一本で200盗塁を達成した代走のスペシャリスト。しかし打力もそこそこのものがある。
2016年のCS横浜戦で牽制死を最後に引退して、以降は評論家として様々な場所に出現しているが、意識高い発言には賛否分かれる。

  • 小久保裕紀
2003年に無償トレードでやって来た鷹の強打者。
2004年は本塁打数リーグ4位だったが、それでも6番。
そして2006年にはキャプテンに就任。まさか生涯巨人なんじゃ?と思われた矢先FAして福岡に舞い戻った。
巨人時代には日ハム江尻のグラブ投げのGIF(この時ホームランを売ったバッターが小久保)でも有名。
その後「ミスターホークス」と呼ばれるようになって2012年引退。その後日本代表の監督を務めた。

  • 元木大介
曲者。元木〇ね。
勝負強さに定評があったが、それ以上に隠し球、ゲッツー崩しなどの狡猾なプレーから一部ファンからは「元木〇ね」と言われるハメになり、本人も認知している。
かつて縁のあったホークスを蹴ってでも巨人に入り、引退する時も「要らないと言われたら辞めようと思っていた」と語るほどの巨人愛の持ち主。
その後はタレントとして活躍するが、出演した番組で大縄跳びで転んでアキレス腱を切るというプロ時代しなかったケガをしてしまったことも。

  • 星孝典
2004年に巨人に入団。巨人史上初の「星」姓の選手であったことから、入団当初は「巨人の星」という触れ込みで注目された。
在籍中のホームゲームでは、打席に入る際の登場曲に「ゆけゆけ飛雄馬」を使用していた。
ただし、残念ながら捕手であり「巨人のピッチャー星」の誕生とはならなかった。
2011年に西武へトレード、16年度に故障からの戦力外通告を受け引退、17年度からは西武2軍コーチへ就任している。

  • 長嶋一茂
ご存知ミスターこと長嶋茂雄氏の長男。88~92年はヤクルト、93年の父の監督就任の際に金銭トレードで巨人へ。
当時のヤクルト・野村克也監督は「長嶋さんから欲しいと言われたら仕方がない」とコメントしている。
93年は開幕から6番を打つなど活躍し翌94年も46試合に出場するも、日本シリーズはベンチのみで出場は敵わなかった。
95年は故障で一軍出場なし、96年には不振のジェフ・マントの穴を埋める形で起用されるも、土井コーチへ暴言を吐き罰金と二軍降格、更に出場停止の処分を受け
さらに同年オフに父茂雄から「翌年の戦力として考えていない」と戦力外通告を受け、引退。その後芸能人へと転身する。

もっとも、彼の場合一番有名なエピソードは子供時代に一緒に野球を見に行った父親に球場に忘れられた事件であるが。


  • 村田修一
元ハマの主砲。ルーキーイヤーから毎年二桁ホームランを放っているパワーヒッター。そして漢で乙女。
ネギが嫌いでネギマを出されても「マ」しか食べられない。
何故か相手チームの功労者の引退試合によく打つ。
2017年、代打として好成績を残すも自由契約に。

  • 片岡治大(易之)
西武からFAで移籍。
移籍後は怪我を定期的に発症していることなどが原因で、どうもパッとしないまま2017年引退。

  • 実松一成
永遠の二番手捕手。ただ日ハム時代はレギュラーだったことも。
打撃面では異常なレベルの三振率を誇る扇風機だがたまにとんでもない飛距離の当たりを飛ばすので通称「スララガー」。
近年では相川の加入と小林の台頭、さらには2017年に宇佐美が頭角を現したこともあり戦力外、古巣日ハムに復帰することに。

  • 相川亮二
横浜やヤクルトで活躍していた捕手だが、暗黒請負人だったことで優勝を求めて巨人にFA移籍。
偶然か必然か、相川の移籍以降は巨人も優勝に届かない(皮肉にも相川が移籍した一年目は古巣ヤクルトが優勝した)。
肩が劣化しているため専ら代打要員となったが、2017年引退。最終戦はヤクルトとの試合で、試合終了後両軍ナインから胴上げされた。

【架空の選手】

有名人気球団ということで、野球漫画の舞台にもなり、物語の登場人物は入団することを目指すことも多々あり
他の実在選手と一緒にプレーすることも。
主人公格は、様々な魔球を生み出し低迷するチームの救世主となる…というパターンが多い。

  • 星飛雄馬
「巨人の星」の主人公で、左投げ左打ちの投手。針の穴を通す制球力と豪速球を買われ、巨人以外の11球団からスカウトを受けるもこれを拒否、
巨人への入団テストを受け見事合格、川上哲司の永久欠番「16」を受け継ぐ。
プロ入り後は球質の軽さに苦しみ、打開策としてオリジナル変化球大リーグボール1~3号を編み出し活躍するも、3号は左腕をむしばむ正に魔球であった。
中日との試合で完全試合を収めるも、左腕を完全に壊し引退。
数年の失踪を経て、低迷する巨人軍に右投げの投手として不死鳥の如く復活、このときは長嶋の背番号3を受け継いでいる。(新・巨人の星)
一般的にはトンデモ魔球で無双する最強タイプの主人公のように思われがちだが、
むしろ少年漫画では珍しく、血の滲むような努力をしながら、それが分かり易い形で報われることがほとんどなかった悲劇の主人公。

  • 星一徹
星飛雄馬の父で、かつて巨人に戦中と戦後に1年ずつ所属していた。戦時中に徴兵され、肩を壊して三塁手としての能力が落ちたため、
走者にぶつかりそうになる直前に軌道を変えてランナーの足を止めさせて塁上で刺す「魔送球」を編み出すが、
「紳士の球団のプレーではない」と、現役時代の川上に巨人を追い出された過去を持つ。
息子の飛雄馬を巨人の星として育て上げ、彼のプロ入り後は中日のコーチとして敵として立ちふさがる。
良くも悪くも、厳格な父親の代名詞として有名。

  • 番場蛮
「侍ジャイアンツ」の主人公。入団早々、型破りな言動で周囲を騒然とさせる蛮だったが、その真意は、自分を丸ごと受け入れてくれた巨人への愛であった。
ハイジャンプ魔球、エビ投げハイジャンプ魔球、大回転魔球、分身魔球などの型破りな魔球を次々と編み出すも
大砲万作を討ち取った直後、魔球の投げすぎにより心臓発作で死亡。享年19。

  • 滝巨人
「リトル巨人くん」の主人公。ジャイアンツの第1期監督時代の長嶋・王の二人が練習休みの日に二人連れ立って街を散歩していると、
北町小学校で草野球をやっている少年達に出会う。ところがその中に、小学生ながらプロ顔負けの剛速球を投げる投手巨人くんがいた。
実際に投げる球を受けた長嶋は「これは即プロで通用する」と判断し、巨人くんをドラフト会議で指名しジャイアンツに入団させてしまう。
左投左打でポジションは投手。背番号は巨人の永久欠番である「3」(長嶋の現役時代の背番号)が特別に与えられた。

  • 新城童夢
「ミラクルジャイアンツ童夢くん」の主人公。伝説の名投手を父に持つ小学生であり、本作の主人公。読売巨人軍の投手。
背番号は最初に中畑相手に投げた際、マウンドからバッターボックスまで半分の距離しか届かなかったことに由来した"1/2"。
スノーミラージュボール、レインボースパークボール、サンダーバキュームボールなどの魔球を操り活躍する。

【キャラクター】


  • ジャビット
うさぎをモチーフにしたマスコット。1991年誕生。
他球団のマスコットに比べて紳士的であり特にこれといった特徴はない良い子。
ちなみにジャビットファミリーは5人家族(+おじいちゃん、いとこ&はとこ)。2007年に固有名が付けられ、一番馴染の「ミスタージャビット」は「ジャビィ」・「ジャバ」の兄弟と設定された。
アクロバティックなパフォーマンスを披露することもあり、かつては相方(?)のラミレス選手と息のあったパフォーマンスをたくさん披露してくれた。



【余談】

王選手、金田選手、広岡選手、吉田選手が現役だった当時は特にこの4名の活躍が目立ち、インタビューを受けたり、スポーツ誌などを賑わしていたので

「おう!金だ!拾おうか?よした!」

と言う洒落が流行った。



追記・修正は永久に不滅です!

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