戸田奈津子

登録日:2010/06/05(土) 10:45:54
更新日:2024/03/12 Tue 15:11:32
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戸田奈津子(とだなつこ)とは、日本で最も有名な女性翻訳家である。
映画字幕翻訳の先駆けとなった一人で翻訳業界の重鎮。
ファンからの愛称は「なっち」

【概要】


1936年7月3日生まれ、東京都出身。津田塾大学の学芸学部英文学科卒業。

当初は生命保険会社に勤めていたが、1年で退職し戦前から字幕翻訳を務めた清水俊二氏に弟子入り。
映画『地獄の黙示録』の翻訳以降注目を集めることになった。
その多大な実績から、大作ハリウッド映画の翻訳は彼女に任されることが多い。
翻訳した作品は映画.comに登録されているだけでも688本。
最近では超翻訳版という新たな試みにも挑戦している。

しかし
  • 若い役のセリフでも「せにゃ」などの年寄り口調を使う
  • 「ファック野郎」のような不自然な単語
  • 体言止めを多用する
等の戸田語と呼ばれる癖の強い文章は人を選ぶ。

それに加えて
  • 誤訳が多いこと
  • 作品の設定や独特な固有名詞を無視した翻訳も多いこと
  • 物語の流れを把握せずに言葉だけをそのまま訳しているミスが多いこと
  • 原語の慣用句やことわざを無視して無難な表現に変えてしまう。または直訳して逆に意味が通じなくなる
  • 強烈な罵倒や差別語を無難な言葉に変えてしまう*1
  • 誤訳を指摘されても一切認めずに「自分こそが正しい」と言い張る姿勢
という欠点もある。

二番目の問題点の影響で世界観が壊れて没入感が霧散し易いことから、特にSF界隈では「原作レイプ」と嫌厭される傾向にある。
当Wikiでたとえるなら、ガンダムシリーズの「ニュータイプ」という単語を「新世代人」などと訳してしまうようなものである。
ハートマン軍曹で有名な「フルメタル・ジャケット」の訳も最初は彼女の担当だったが、
彼女の訳の再英訳を見たキューブリックに「汚さが出ていない」と交代させられたとか。

誤訳ばかりと思われがちだが、その一方で名訳も多い。

  • 『ターミネーター2』
「Hasta la vista, baby」→「地獄で会おうぜ、ベイビー」

  • 『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』
「I have the high ground!」→「地の利を得たぞ!」

などは、格好良さでもネタ的な意味でも広く知られている。

「仕事は選ばず、回ってきた仕事は大小問わず全て引き受ける」というスタイルを貫いているため、
作品の規模や知名度に関わらずバンバン仕事をこなしていく姿勢については、翻訳者自体が人数の少ない専門職であるため評価すべき点である。

2022年7月3日のイベントで年齢を理由に通訳者としては引退を表明したものの、翻訳者としては86歳を超えてなお現役である。
なお、2014年に左目の視力を失っていることを明らかにしている。

【有名な誤訳】


映画タイトル

×戸田訳
○正訳
解説

オペラ座の怪人

×情熱のプレイ
○受難劇
原語はpassion-play。これは成句で、全てで「(キリストの)受難劇」という単語を意味するが、passion playとハイフンを無視して訳してしまった凡ミス。*2
でもクリスティーヌの情熱のプレイはちょっと見たいかも


パイレーツ・オブ・カリビアン

×大尉から准将
○大佐から代将(准将)
原語はそれぞれ「Captain」と「Commodore」。
より正確には「勅任艦長から戦隊司令」*3

「大尉から准将」では大尉→少佐→中佐→大佐→准将で4階級特進になってしまう。
他の映画訳でも「中佐」(LieutenantColonel)の呼びかけ「Colonel」を直訳して「大佐」とするなど、軍の階級が訳しきれない。
また、『地獄の黙示録』では「50口径」(12.7mm口径)を「50ミリ口径」と誤訳するなど、軍事系には誤訳が目立つ。
50ミリというとゴルフボール(42.67ミリ)より更に一回りデカい弾を撃っていることになる。それほんとに銃か?


ロード・オブ・ザ・リング

×韋駄天
○馳夫
原語は「Strider」
原義は「大股で歩く者(アメンボ)」。
作中のキャラクター、アラゴルンを指す綽名だが、原作世界に存在しない仏教の神様の名前を出してしまったことで世界観が崩れた。
そもそもの話、この「馳夫(ストライダー)」とは、作中のとある里の住民達から
「何が目的かも分からない、いつも大股であちこち徘徊している輩だから」という理由でつけられた、「流浪の不審者」という意味合いに等しい蔑称である。
そんな蔑称で呼ばれようと鷹揚に応対するアラゴルンの人柄と、本来使命を帯びた王族の身分からかけ離れた立場に居たかった彼の複雑な生い立ちを匂わせる重要な意味合いもある。
単純にポジティブな印象を与える「韋駄天」という神の名は、そうした原作の由来にもそぐわない*4

×わしは生命の創造主、秘密(アノル)の炎に仕える者だ!
○わしは神秘の炎に仕える者、アノールの焔の使い手じゃ!
原語は「a servantof the Secret Fire, wielder of the flame of Anor!」
原語にはない「生命の創造主」をつけ足し、さらにSecret Fireとflame of Anorを混同している。
もちろんこの翻訳は原作の設定と異なっている。原作の中で強いて「生命の創造主」にあたる存在を探すと創造神イルーヴァタールになる。この作品において、新たな生命の創造は神にのみ可能な御業である。
補足すると「神秘の炎:創造主由来の威光や凄いエネルギー、転じて創造主そのもののこともある」
「アノールの焔:創造主の系譜から産み出された『太陽』で聖なる光と炎の塊だが、創造主や神秘の炎より下位の存在」で
(つまり神秘の炎とアノールの焔を同一視して結びつけるのも間違いな上に創造神への不敬となる)
邪悪な炎を操る堕落した悪魔に向かって「わしは創造主に仕え、太陽のように正しい炎を操るんじゃ!お前と違ってな!」という自己の信念を叫んでいる。
原文に無い単語を付け足すという、戸田奈津子の誤訳の中でも特に凄まじいものである上、文章としても「わし=生命の創造主」という誤解を招きかねない悪文である。
特に「生命の創造主」たる神に仕えることを誇りにしているキャラクターにもかかわらず自らを「生命の創造主」と称するのは「私こそが神だ!」と主張するも同然であり、酷い誤解を招く。
他にも『ロード・オブ・ザ・リング』ではボロミア関連で誤訳が目立ち、高潔で責任感の強い人物であったが故に、祖国と民を守れる力を欲して指輪の魔力に囚われてしまった彼が、指輪目当てに裏切った悪人と受け取られかねない事態になっている。
このあたりに関しては、激しい抗議運動の結果、上記も含めてDVDであらかた修正された。

リング

×66回の流産
○66年の流産
訳してる途中で気づきそうなものだが……
66回ってビッチ通り越して妖怪だよ…

レッドドラゴン

×バッキングハム
○バッキンガム宮殿
原語はBuckingham。
単純な読み間違い。

タイタニック

×SOS
○CQD
タイタニック号が氷山に衝突した当初、タイタニック号は旧遭難信号CQDを発信した*5
監督はリアリティを考慮してわざわざ古い遭難信号を使ったのだが、それをSOSと訳してしまった*6


△面舵一杯◯左舵一杯
原語は「Hard a Starboard」。右へ向けることでこれを「面舵」と呼び、左へ行く時は「Port(取舵)」。
つまり 的確に訳していた。 しかしこの場面は 左に転舵して 氷山を避けようとするシーンなのだ。
なぜかというと 今は 「starbord(面舵)」が右で、「port(取舵)」が左と統一されているがタイタニック号沈没事故以前は船を向けたい方向をそのまま言うのか、その逆を言うのかが 国によってバラバラ であり
(確実なソースはないがそれで混乱したのが事故原因という説もある)
当時のタイタニック号は向けたい方向の逆を言う方式だったので「船を左に向けたいからstarbord(面舵)と指示」「右に行くならport(取舵)」だった。
正確に訳した劇場放映版は「なんで面舵と言ったのに左に転舵したんだ!?」「今度は取舵で右に曲がったぞ!?」と観客が混乱する状態だった。
さすがに200年以上前から固定されている「右と左」が当時は逆だったというのはマニア知識なので 的確に訳してしまったために見た人が誤解する というとんでもないレアケースで、前項のCQDとはさすがにわけが違う。
このためDVD以降の版ではstarbordを「左舵」、portを「右舵」と変更し、船舶用語には存在しない呼称だがとにかく曲げたい方向がわかる名称に変更した。
戸田以外の訳者が手がけた吹替版も「左に回せ!」などの変針方向が伝わりやすい訳を選んでおり
2023年の3Dリマスターでも「左舵」「右舵」であり これよりベターな訳が思いつかない。
正確さも大事だが「わかりやすい翻訳を心がける」という戸田奈津子のスタイルがうまくハマった訳と言えよう。

アポロ13

×入れろ(open)⇔切れ(close)
○切れ⇔入れろ
電気回路の勘違い。
電気回路は回路の一部をスイッチとしてわざと「開放(open)」、つまり繋がっていない状態にしてあり、
これを「閉じる(close)」と回路が完成して電気が流れ、機器が作動する。
あらゆる電源を切って電力を節約した後に電源を入れて再起動する場面なので、物語をしっかりと把握していれば起きえないミスである。

ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル

×冥王星は太陽系じゃない
○冥王星は惑星じゃない
コードネームとして惑星の名前を使用した際に冥王星を割り振られた人物が言った時事ネタなのだが、それが伝わらなくなってしまっている。
一応、冥王星は太陽系の惑星区分の除外に伴い「準惑星」に再区分されたが、
太陽系とは「我々にとっての太陽と、その周囲を回る天体たちの構造」の呼称なので冥王星が惑星だろうが準惑星だろうが 太陽系に属する天体であることに変わりはない。
円盤では修正されている。

ハリー・ポッターと秘密の部屋

×マグルの母
○穢れた血の母
マグル(非魔法族)を「穢れた血」と呼んで侮辱するシーンだが、毒気が完全に消えた。
主人公達が不当な差別に対して憤る場面でこうした変更をしているので、本来不当な差別・侮蔑に怒っているのに、
文字の上では、主人公達の方が単に生まれについて言及されただけで突如として怒り出す、頭のおかしい人寸前になってしまう。

侮辱語や差別語、スラングがなくなるのは戸田訳ではよくあること。
汚い言葉を嫌悪するのは人間としては正しいかもしれないが、翻訳家としては間違いである。

スターウォーズエピソードI

×バトルシップ艦隊
○戦艦隊
スターウォーズおなじみの、冒頭のあらすじでいきなり飛び出てくる珍訳。BattleShipをカタカナにしただけである。
これに限らず、訳すべき部分で不必要なカタカナ語を使うことが多く、手抜きと受け取られかねない仕事も多い。
「艦」と言う文字だけで「戦闘用の船」を指すので日本語としても重複表現である。
でも遠い未来を描いた作品で「戦艦」と言った聞き覚えのある言葉を使うよりかは横文字でスタイリッシュに決めたほうが世界観に没入できるという意見もある。そこまで考えてるかはともかく。

×ボランティア軍
○義勇軍
原語はA Volunteer。
上記では横文字の方が…と言ったが、さすがにこれでは情けなさが目立つ。ボランティアという言葉が一般的なのも敗因。
敵と戦う兵士がボランティアでは不安もあるだろう。自分の意志かつ見返りを求めずに来た…という意味では義勇軍と変わらないが、言葉によって受ける印象が変わるのは言語の常である。


×ローカルの星人
○原住民
クワイ=ガン・ジンがジャージャー・ビンクスのことを指して呼んだ「a local」を訳したものだが、これだとジャージャーが「ローカルという名の星から来た者」だと受け取られてしまう。

×ジャバ・ザ・ハット族
○ハット族のジャバ
ザ・ハットは種族名でありジャバが個体名である。ちなみにジャバ本人のフルネームは「ジャバ・デシリジク・ティウレ」.


ギャラクシー・クエスト

×ネビュラ星雲
○クラードゥ星雲
原語klaatu nebula。「星雲」を表すのはnebulaのほうであってklaatuは固有名詞(星雲の名前)。
つまり、戸田の訳だと「星雲星雲」となってしまう。

ハンティング・パーティ

×キリル語
○キリル文字
架空の言語を作ってしまう。

13デイズ

×2ヶ月
○2週間
タイトル通りほぼ2週間、それをテーマにしているのに2ヶ月と勘違いしてしまう。
というか2 weeksを2ヶ月と訳すのは中学生でもやらんぞ。

トップガン

×脱出装置
○カタパルト
空母の「カタパルト(catapult)」は艦載機を離艦させるための装置であり、脱出装置ではない。
カタカナを使いたくないのであれば射出機、発艦装置などが的確な訳語である。
これも軍事ネタの翻訳ミス。

アマデウス

×デスマスク
○レクイエム
原語はdeath mass。*7
この誤訳によって「まずデスマスク(遺体から型をとって作るマスク)を手に入れてから、彼を殺す」という矛盾したセリフが出来上がった。
映像ソフト版では字幕担当が松浦美奈女史に変更、この部分は訂正されている。

ゴスフォード・パーク

×鳥ではなくウサギを
○鳥ではなくチーズトーストを
ウサギ(Rabbit)ではなくウェルシュ・レアビット(Welsh Rarebit)*8
ウェルシュ・レアビットはチーズトーストの一種。
なお、この台詞はベジタリアンに食事を出すシーンなので、ウサギを出すわけがない。
嫌がらせ行為にもほどがある。

ダイ・ハード ラスト・デイ

×親は子の為に尽くす
○イピカイェー・マザーファッカー
主人公、ジョン・マクレーンの決め台詞。これも凄まじい誤訳の一つである。
元の表現が日本人に馴染がないものだが、「イピカイェー」とはウルドゥ語が元とされるカウボーイのロデオ時の口癖で、「これでも喰らえ!」等、相手を挑発する意図を込めた多義語。
つまり、「イピカイェー・マザーファッカー」とは
「ヒャッハー!ざまぁ無ぇな!クソッタレ!!」
とでも言った意味の勝鬨のような、アウトロー気質のあるはみ出し者刑事らしさが滲み出たキャラの特徴を表す台詞である。
戸田訳恒例、汚い言葉を洗浄する流儀に則った結果として意味のかけ離れた一言と化してしまった。
これではマクレーンが敬虔なクリスチャンか何かになってしまう。
なおこの作品はシリーズの5作目であり、今までの作品でも「イピカイェー」は悪役にとどめを刺す際や挑発として使用されていた定番の決め台詞である。
初代に至っては「さっきお前はイピカイェーとか言っていたな」と悪役との会話で言及されている。翻訳する上で過去作品を一切確認していないようだ。

ヤング・ブラッド

×我らは銃士、結束は固い
○一人は皆のために、皆は一人のために
「“One for all, all for one”」の意訳だが実はこれ元ネタが存在しており、「三銃士」作中の名セリフである。
つまりこの映画が放映される前からも決まった台詞と翻訳が存在するのにあえてそれを無視してしまった例。
しかし結束が固いその理由は単に「銃士」だからだという単純な台詞は普通にかっこよく、元ネタを知らなければ名訳かもしれない。



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最終更新:2024年03月12日 15:11

*1 これは彼女の責任だけでなく時勢の都合もあるかもしれない

*2 web上でこういう意見が長らく残っているがハイフンのない「passion play」でもキリストの受難劇や情熱を演ずる(といった意味)のどちらも表すし、実際は文脈で判断する。少なくとも「オペラ座の怪人」の劇中歌「The Point of No Return」の歌詞でpassion-playというハイフン付きで書かれていたというソースの方が見受けられない。

*3 この時代ではCommodoreは役職名であって階級では無い

*4 但しこれは吹き替え担当の吉田啓介氏が「ハセオ」から馳男の漢字が想像しにくい、という理由からこの言葉を提案した、と自身のtwitterで語っている。これについては以下のページも参照 https://togetter.com/li/1067579

*5 史実・映画共に途中からSOSに切り替えた

*6 戸田氏は「わかりやすい翻訳」を心がけていると発言しているが、タイタニックの場合はむしろ「ん?」と思ってもらうことにこそ意義があったのではないかとファンからは批判されることがある。

*7 この場合のmassは「大量の」ではなくキリスト教のミサ(祭礼)のこと。キリストのためのミサを「クリスマス」というように死者を悼むミサをdeath massと呼ぶ。

*8 かつては「Welsh rabbit」と綴っていたが、いずれにせよウサギを用いているわけではない。なお、言葉の由来は不明。