雨月(日本文化)

登録日 :2011/01/05(水) 00:32:03
更新日 : 2017/04/24 Mon 17:34:26
所要時間 :約 6 分で読めます




雨月とは、一般的には雨で月が見られない状態の事を示す。
主に雨月という言葉は中秋の名月において使われる。

※中秋の名月とは、旧暦八月十五日の夜の月の事でポピュラーな言い方で「十五夜」の事。

中秋の名月はそれは美しい満月で、澄み渡った空気にその月光が輝くさまは見事だが、
この時期は雨が長引きやすく、雨雲によって名月が拝めない事が殆どであった。
そこで先人たちはお月見の為に用意した団子を月に見立て、
それを眺めて雨雲の上にあるであろう名月を想像し、お月見を楽しんだのが雨月の始まりだとされる。



当時は本物の名月を見るよりも寧ろ雨月の方が風流とされていたという。
その理由の一説として、

「昔の人は実物より想像のほうが何倍も大きく何倍も美しいという事を知っていた」


というものがある。
日本の古典文化が世代を超え現代に至っても高い評価を得ている事を鑑みるに、
当時の人間の豊かな想像力がうかがい知れる説である。

だが、理解出来こそすれ、
この説、そして雨月という文化に共感出来る人間はそういないと思われる。
実際筆者がこの説を初めて見た時、
「いやいやどう考えたって実物見た方が見事に決まってんだろjk」
と思ってしまった。
なぜ昔と今ではこうも考え方が違うのか。
それは科学が進歩し人々の目が宇宙に向けられるようになり、
多くの人間が宇宙や天体に対し壮大さやロマンを感じるようになったのが大きな理由の一つなのだろう。
いまや人が月に見るのは美しさや雅さではなく、いつか訪れるであろう第二の地球としての未来なのだ。

戦後日本に流入した欧米文化は確かに我々に多大な恩恵をもたらしたが、
同時に我々はもう取り戻す事の出来ない大切なものを多く失った。

かつて神霊が住まうとされた霊峰はコンクリートのダムと化し、人々は軽快な洋装を好み、合理社会により想像力は枯渇した。

この雨月という文化も今はほぼ廃れてしまったが、確かに日本に存在した、尊ぶべきだった文化の一つなのである。













と、残念がる前に、少し考えてみてほしい。
「雨月」という概念と一連の所作にどこか既視感を覚えないだろうか。


『そこにとても美しいものが確かに存在しているが、取り払う事がほぼ不可能な壁に阻まれ見る事が出来ず、
仕方なく想像で楽しんでいた所、いつしか実物を見るよりそっちの方が風流とされるようになった』…



そう



ぱんつである


厳密には



雨月=ぱんつはいてないのルーツ




なのである。


ありとあらゆる媒体に登場するパンチラ、パンモロといった概念は、
その羞恥性や希少性等から珍重され「チラリズム」という文化を生み出し、
サブカルチャーの発展に大きく貢献した。

確かにそれは素晴らしい文化ではあるが、
需要に対し供給が過多となった現在では消費者の目が肥えてしまい、
「他はいいのにパンツが残念過ぎる」
「このキャラのパンツが黒だったらストライクだったのにッ…」
といった感情を抱く消費者も少なくなかった。
おまけにエロに対する規制が進んだ事もあり、一般的な媒体からはパンチラが次第に減っていき、後はもう衰退するのみと思われていた。


だが、そうやって不自然なまでにスカートの中を隠そうとする風潮はむしろ消費者の飢餓感をあおり、
次第に人はスカートの中を神聖な領域として認識するようになった。

かつて人が入るべきではないとされた山岳に神々が宿るとした先人達が行った山岳信仰を想起させるそれは次第に加速し、
どう見ても見えないとおかしいアングル、でも見えないという不自然なまでの規制に対し、次第に人は
「もしかしてはいてないんじゃね?」
という境地に達する。

そして駒都えーじ氏等の有名イラストレーターがその火付け役となり、




「ぱんつはいてない」という文化が誕生した。



絶対に見る事の出来ないスカートの中身に人々は無限の可能性を見た。
「やっぱ縞パンだろ」
「いやきっと大人っぽいレースだろ」
「はいてないんじゃね?」etc...
人々は一つの相違に複数の学説を芽吹かせ、蟲惑の論争を咲かせる。
シュレディンガーの猫やプレグナンツの法則までも内包したその概念によって生み出される妄想上の「スカートの中」。
その姿は前述したとおり人によって十人十色、多種多様ではあるが、唯一共通しているのは
「その妄想上のスカートの中身は二次惨事問わず、どんな実物のスカートの中身より美しい」
という事である。

どんな華麗に描かれたスカートの中身だろうと、その妄想のスカートの中身にはけっして届く事は無いだろう。
仮に届く事があったとしても妄想はそれを取り込み、さらなる高みへと進化をし続けるのだから。

絵画においては「自分の絵を自分の妄想に限りなく近づけること」が目標とされることから、
その豊かに育った妄想の土壌が、日本独自のサブカルチャーをここまで育てあげたのだ。


話が逸れたが、つまり雨月を楽しんでいた先人たちは、
現代的サブカルチャーが全く存在していないあの神代の時代において、



既にぱんつはいてないの境地に到達していたのだ。


当時革新的だと思われていた「ぱんつはいてない」も、
実は先人達がはるか昔に通った道なのだ。

あえて実物を確認するという事はせず、そこにあるものとして認識する。
古代日本の宗教観や文化にはそういった精神の産物があちらこちらに散見される。
いじらしさに垣間見る趣。
わび・さびのこころ。
もし先人達がこの時代に現れ、この現代の文化に触れたなら、


「あはれなり」

「いとをかし」

と口を揃えて言う事だろう。

確かに日本は変わった。
そこに住まう人も変わった。

だが例え姿かたちが変わろうとも、彼らが抱き、尊んだ「こころ」は
確かに我々の中に存在しているのだ。

私たちがスカートのスキマに夢を抱くとき、思い出してほしい。
はるか昔に雨雲に隠れた月を見ていた先人たちの事を。

その時彼らが感じていたものと同じ気持ちを、そこから長き時を経た先の今を生きる、我々も感じているのだ。



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