信天翁航海録

登録日:2010/10/05 Tue 13:02:57
更新日:2022/12/02 Fri 21:43:23
所要時間:約 8 分で読めます




『―――ようやく見つけた』

『さあ、海に出よう』

『私が、あなたを』

『待っているから―――』


あー、あー、本日天気晴朗なれども波高し。
進路ようそろ、では出港信天翁号。


『信天翁航海録(ALBATROSS LOG/アルバトロスこうかいろく)』

レイルソフトより2010年07月23日発売されたエロゲ
「霞外籠逗留記(Kagerou Note/かげろうとうりゅうき)」、「紅殻町博物誌(ベンガラチョウハクブツシ)」に続くレイルソフト第三弾。
シナリオは希、イラストはこめ。

ライター“希”独特の、「人を選ぶ」と言われる泉鏡花風テキストに加えてメーカーは「あの」ライアーの姉妹ブランド。
前作前々作と古風で閉鎖的な世界観だったこともありさぞ敷居が高かろうという事前の予想を覆し、ライアー系列にしては珍しく好セールスを記録。
近年不作が多いエロゲ界のダークホース(最も霞外籠逗留記もそんな位置の作品だったが…)と名高い。
が、やはりその他に類を見ないテキストからか好き嫌いが分かれやすい作品。

洪水のように浴びせられる濃厚にして豊潤な文章、あまり一般的ではない縦書きテキスト、クセの強い登場人物たち・・・
エロゲにあるまじき古典文学臭をプンプンさせているが、それでも前二作よりは明るくとっつきやすいのでシナリオ重視の人や懐古趣味の人、活字愛好者にお勧め。
その中毒性の高い文章は響く人にはとことん響く。というかコレに馴れると他の文章じゃ満足できなくなるほど病みつきになる。


【ストーリー】

積み込む荷物は横流し品に銃器爆薬飴玉お酒になんでもござれ、ただ阿片だけは勘弁な。
立ち寄る港は薄暗く、船員達は船長以下人間失格の奇人の目白押し、脛に傷持つ奴が当たり前、頭がおかしい奴はこの船だと当たり前。
積み込む荷物も運ぶ船員もおかしけりゃ、泊まる先々もどこかが変だ。
海図にない有り得ない島に遭遇するし、海往かば往ったで幽霊船やら巨大怪魚に巡り会う。
そして前途に立ちこめるは文字通りの暗雲大波、天気最悪にして波大荒れ、しかれど船員達の意気は絶好調。
どんな大暴風雨が吹き荒れようと、どんな三角波がおっ被さろうと、船の中の方がもっと激しい。
船員達は嵐より狂っている。
あー、あー、信天翁号、どこから流れてなにを求めてどこへ往く、それは大いなる謎。
船長だってそのあたりの事、判っていない。
あー、あー、信天翁号、どこへ往く―――


【登場人物】

・朔屋直正
酒と女の事しか頭に無く義務とか責任とかからは諸手を上げて逃げ出すタイプのリアルで生々しい駄目人間な主人公。 十中八九うつ病も患っている。
作品を通して徹底的かつ一貫してヘタレ切ったという驚愕のヘタレ野郎。
おまけにどうしようもない程に無能で小心者で甘ったれ、唯一の取り柄はチンポがちょっと大きいくらい。とここまで屑な主人公は珍しい。しかしどこか憎めないあたり、それなりの人徳はある様子。
昨今の「キメる時はキメる」とか「優しいだけでモテモテ」とかの主人公像とは縁遠いがその馬鹿っぷりと人間味でプレイヤーを大いに笑わせてくれる良主人公だったりする。
一応外道主人公ではなく良心などはちゃんとある…というか他の船員や常連客全般の方が明らかに外道。とにかく情けなさや使えなさややる気のなさなどが限界突破しているだけである。
半ばヒモでどうにか暮らしていたため最初から非童貞で、一応船員学校で学んでいた経験もあるので船員の心得というか知識は相応にあったりはする。

・クロ
CV:金田まひる
信天翁号の船長で、通称“嵐を呼ぶ船長”。その勇ましい二つ名に反して実際はガリガリに痩せこけて目ばかりぎょろぎょろしている、おつむの弱い白子(アルビノ)の少女。
船長でありながら朔屋を上回る物凄いポンコツっぷりから信天翁号における普段のヒエラルキーは朔屋以下。
しかし嵐が近付き気圧が下がると脳の回路がかちんと繋がり、神がかった知性と心力で信天翁号を完璧に掌握し、曲者ぞろいの船員たちを的確に指揮していかなる難所も切り抜ける・・・のだが、船員たちからは「船長のスイッチが入ったから嵐になった」と思われてるので感謝されることはほとんどない。

・シサム&キサラ
CV:野月まひる
赤いリーファージャケットがトレードマークの、信天翁号の一等航海士。北海生まれの双子姉妹。
二人揃っている時の方向感覚・位置感覚は高性能のGPSにも比肩する精度を誇るが、常に相方の身体と触れ合っていないと頭がおかしくなるという奇病に罹っている。
美しい容姿をしているがとにかく荒っぽい性格で、船員たちの中ではまともな部類なのだが必要とあらば犯罪行為もいとわない辺りやはり信天翁の平均的な船員と言える。ぶっちゃけ海賊。
しかも食事事情や水回り事情などは文化背景的に妙にリアリティのある描写がなされているせいで、衣服やらなんやらで大事件を起こしてしまったりと女性としてそれどうなの?という辺りもそれらしい…船員だから割と仕方ないところはあるけど。
いざ鉄火場となれば抜群の連携で愛用のコルト製リボルバーを楽しげにぶっ放す。

・彩久津泪
CV:水純なな歩
わざわざ悪名高い信天翁号を名指しで乗り込んできた酔狂な女性客。朔屋とは以前からの知己。
優雅と倦怠を身にまとった貴族的な女性で、暴力的な空気はまったくないのに朔屋からはひどく畏れられている。多分水夫長や智里とかよりも恐れている。それというのも彼女が、関わった男を軒並み破滅させる性質の女だからであり、朔屋も泪との初対面時に浮気を疑った一面識もない男から殺されかかった事がある(その男は後に線路に飛び込み轢死した)。
過去幾度も結婚しているが相手はことごとく死亡しており、泪はその度に多額の遺産を相続している。
しかも周囲で切った張ったの光景が繰り広げられるような非常時でも態度は変わらず、かなりの豪胆っぷりを見せつける。

・水夫長
通称“龍(ロン)の親爺”。
朔屋が信天翁号に乗り込む羽目になった元凶を作った男。
四十がらみの屈強な荒くれ者で顔から肩にかけて龍の刺青が彫られているベテラン水夫。どう取り繕って見ても見た目は海賊。とにかく乱暴な上にやっていることは完全に海賊。そんな彼ですら信天翁をくそったれな船と思っていることがかなり後半になって分かる(この時のお前がそれを言うのか感はとても凄い)。
重度の活字中毒者で一日一冊本を読まないと気が済まず、本が読めない状況に陥ると幼児退行を起こして泣き喚くという奇癖を持つ。

・機関長
本名“ロックフォール・王(ワン)”を名乗るが実際の所は真偽不明。
環境の過酷さ加減では「船の地獄」とも言われる機関室の王。信天翁号の機関を自在に操る機械の魔術師。
純黒のスーツを身に纏い、丸い黒眼鏡のインテリな美男子。熱と煤煙たちこめる機関室にほとんど籠りきりにもかかわらず、その装束にはいつも汚れ一つ付いていない。特に説明は無いが超常じみた存在。
かなりの上流階級出身らしく深い教養と見識を持つ。しかし前向的健忘症のため、近々に起こったことを憶えていられない。水夫長とは致命的に仲が悪い(機関長側は飄々としているが、そこらもまた水夫長と合わない)が、機関室に居ることが多い関係からそもそも顔を合わせることはあまりない。

・下級水夫たち
CV:草柳順子
量産型目隠れキャラその一。
信天翁号のあちこちで使役されている水夫くんたち。
全員同じ貌で、いつの間にか増えたり減ったりする。たいそう可愛らしい貌立ちなのだが、全員もれなく「ついて」ます。外見上に個性はないが、性格や口調には差異がある。
基本的には各キャラに対する被害者なのだが、良い性格をしているの多い辺りがリアル。

・酒場のお姉さんたち
CV:草柳順子
量産型目隠れキャラその二。
信天翁号が寄港する港町の酒場にいつもたむろしているご婦人方。流れ者の船員たちと一夜限りの恋をして生活している。
たいそうな美人なのだが、なぜかみんな同じ貌。

・殺し屋
何者かから朔屋を標的にした依頼を請けて船に乗り込んできた和装の男。名前は智里。
どこからどう見ても生粋の日本人なのだが、なぜか燐光放つような蒼い眼を持つ。その眼にはヒトに見えないモノが見えてしまっているらしく、語る言葉が脈絡がなく余人にとっては意味不明なためにおよそ会話が成り立たない。ガチの真正狂人ではなく、プレイヤーだけは何となく彼の言いたいことが分かったりする感じ。まあ作中の人物からすりゃあやっぱガチの狂人。
しかも殺害対象の朔屋に斬りかかったと思えばよく吊るんで酒を飲んでいたりとよく分からないことに。
剣の腕前も要領も非常に良く、鉄火場に居ても悠々自適に過ごしたりやりすごしたりと自由に生きている。
朔屋とはお互い親友とか悪友というわけではないのだが何となく気が合う間柄らしい。その為、とある出来事を経た時には関係性が少し変わる。

・宗右衛門
フルネームは時雨宗右衛門(しぐれ・そうえもん)。容貌魁偉な大黒猫。
数年前に「御護り役」として信天翁号に積み込まれ、本来は船が嵐に遭遇した時に安全祈願のために海に沈められる筈だったのだが、持ち前の知力と攻撃力で船員たちを撃退し以後そのまま船の頂点へ君臨している。その貫禄には船員たちも一目置き、現在では信天翁号の最終決定権を委ねられるまでに至った。

・密航者
CV:高槻つばさ
緑がかった長い黒髪に白い肌、東洋と西洋が絶妙に混ざり合ったその容姿は、朔屋がこれまでに出会ってきた中でも間違いなく最高の美少女・・・なのだが、常習的な密航者という立場がすべてを台無しにしている。
いつも港で適当な船に潜り込むのだが、なぜかその船が決まって信天翁号だったりする(別に狙って信天翁号に乗り込んでいるわけではない)。そのため船員に見つかるたびに船先から逆さ吊りにされたり簀巻きにされて海に捨てられたり娼館に売り払われたりと過酷な折檻を受けて放逐されるのだが、ふと気が付くといつの間にかまた船内に居るために彼女も船員たちも双方ともにうんざりしている。
そんな目に遭ってまで彼女が密航に固執し続けるのは、一つ所に七日以上いると精神異常を起こして発狂するという持病を患っているためで、常に移動し続ける航行中の船上というのが彼女にとっては理想の居場所なのである。
ちなみになぜ正規の乗船をしないで密航するのかといえば、そんな金などまったく持ち合わせていないから。


「あなた達に、君に」

「とっておきの」

「酒と煙草と火薬の一切合切を」

「ぶちまけよう。追記と修正と、祝福のために」

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最終更新:2022年12月02日 21:43