マイコプラズマ(生物)

登録日:2013/06/26(水) 04:05:02
更新日:2022/03/20 Sun 09:47:58
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※ご自身の健康問題については、専門の医療機関に相談してください

 世界で一番小さい生物と聞いて、皆様は何を思い浮かべるだろうか。

 哺乳類ではキティブタバナコウモリやトウキョウトガリネズミ、鳥類ではハチドリ、魚には1cmにも満たない大きさの種類も存在する。昆虫にはさらに小さく、世界最小とされる寄生バチの一種はなんと単細胞生物であるゾウリムシよりも小さいサイズだと言う。だが、世の中にはこれら『真核生物』よりもさらに小さな生物が地球上に大量に存在しているのは皆様ご存じだろう。バクテリアでお馴染み「細菌」である。ただ、巷では「細菌」や「原核生物」などとひとまとめで言われる事が今も多いのだが、ここ数十年の研究の中で『真正細菌』と『古細菌』という全く異なる二つの勢力に分かれている事が判明している。

 その中でも、今回取り上げる『マイコプラズマ(Mycoplasma)』は「史上最小の生物」の代表格として取り上げられる事が多い。


・概要

 マイコプラズマが属するのは「真正細菌」。大腸菌を始めとする「ばい菌」の代表格が数多く所属するグループである。顕微鏡を使わないと見る事が出来ないのは既に皆様もご存知かもしれないが、その中でもこのマイコプラズマは200nm(ナノメートル)~300nmと最も小さい部類に入る。無理やりミリメートル単位で現すと、「0.0002mm~0.0003mm」となる。とにかく小さいというのが嫌でも分かるだろう。

 そして、体が小さければその中にある遺伝子のサイズもかなり小さい。

 生物の細胞の中には、設計図であるDNAが収納されているのは皆様ご存じのとおりだが、その中に刻まれている遺伝情報、例えると『設計図のページ数』のようなものを「ゲノムサイズ」と呼び、「○○塩基対」と現す。この数字が大きければ大きいほどより複雑で発展的な構造が記されている、という感じで考えて頂くとありがたいのだが、このマイコプラズマのゲノムサイズは55万~140万塩基対……
 ……数だけだと凄まじく大きいように見えるかもしれないが、人間が30億塩基対、ショウジョウバエが1億8000万塩基対というのと比較するとかなり小さいと言うのが分かるかもしれない。

 そんなマイコプラズマ、小ささ以外のもう一つの特徴は、身体の形が不定形で、ぐにゃぐにゃ自在に形を変える事が出来るという事である。

 前述の『真正細菌』の大きな特徴は、細胞の外側に頑丈な「細胞壁」を有している事。よくO157のニュースの際に出てくる顕微鏡写真のように、細胞壁がまるでカプセルのように細胞を取り囲んでおり、その中にDNAや様々な細胞の部品が収納されている。一方、それらの仲間たちよりもさらに小さな体を持つマイコプラズマには、そのような硬い細胞壁は存在しない。そのため、ミリメートル単位よりもさらに小さな網目のフィルターも簡単に潜りぬけてしまうのである。
 ちなみに、マイコプラズマの名前の意味はラテン語で『不定形の菌』。日本語名はこれを英語読みしたものなので、当然ながら舞妓さんとは一切関係ない。

 そしてこの特性が、現在に至るまで人間を様々な形で苦しめ続けている。


・人間との関係

 史上最小クラスとして知られるマイコプラズマだが、世間一般ではそんな特徴よりも、むしろ怖い病原菌として名前が知れ渡っているかもしれない。「マイコプラズマ肺炎」という、厄介な病気を引き起こすからである。

 先程も述べた通り、マイコプラズマは身体のサイズもゲノムサイズも無茶苦茶小さいのだが、それは裏を返すと自力で生きていくのがギリギリのレベルであるという事。体の設計図となるゲノムサイズが小さいと、様々な物質の合成など生きていくために必要な部分の設計図などを入れるスペースが無くなってしまうのである。その結果、マイコプラズマが取った手段は、別の種類の生物……ヒトなどへの寄生であった。

 身体の中に入り込んだマイコプラズマは細胞の外に広がる粘膜の上で増殖し、気管や気管支などをどんどん損傷させていく。最初は風邪のような発熱やのどの痛み、咳などから始まるのだが、熱が下がっても咳がずっと止まらなくなってしまうのが恐ろしい所。1ヶ月から1ヶ月半の中で外部に排出されて病気は治るのだが、重症化すると胸に水が溜まったり呼吸不全などを引き起こし、脳炎や肝炎などの恐ろしい合併症まで招いてしまう事もある。特に成人がかかると重症化する場合が多いので要注意である。
 そして厄介なのは、一部の抗生物質はマイコプラズマには全く無力であるという事。抗生物質はこれらの病原体を殺す様々なタイプがあるのだが、その中には「細胞壁」をぶっ壊して細菌を破壊する、というものがある。ただ、裏を返せば細胞壁がない生物には全く意味がないという事になる……そう、マイコプラズマの事だ。しかも近年になって、これら以外の抗生物質にも耐性を持つ「薬剤耐性」と呼ばれる恐ろしいマイコプラズマも増えてきた。ただ幸いこれらにも効果がある薬剤はちゃんと開発されているらしい。

 現在、このマイコプラズマの予防策となるワクチンなどは実用化されていない(ブタ向けには実用化されているが)。ただ、この恐ろしい存在に対抗する手段を、人類は既に編み出している。何となく分かったかもしれないが、手洗いうがいである。どんなに恐ろしい細菌でも、石鹸の泡やガラガラうがいなどには勝てないのである。皆様も外から帰ったら忘れずこれらをして頂きたい。

また、マイコプラズマはセラミック浄水器を通過してしまうと言う厄介な特性が有る。
1884年のパスツール-シャンベラン濾過器で初採用され、731部隊の主力装備だった「石井式濾水機」にも使われたセラミック浄水器は製造・取扱い・整備が容易で煮沸と比べると遥かに短時間で大量の水を処理出来るにも拘らず、大概の細菌を濾過してしまう優れた浄水器なのだが、このマイコプラズマはフィルターを突破してしまうのだ。

 そしてもう一つ、マイコプラズマの被害に悩んでいる場所がある。世界各地にある、様々なバクテリアを培養する研究所である。

 細菌などを始めとする小さな生物を培養する場所では、その最中に変な乱入者が混じってしまうと研究データが台無しになってしまう事がある。これを「コンタミネーション」、通称「コンタミ」と呼ばれているが、そんな事が起きないように細菌の培養に使う培地(要するに寒天)は、使用前に表面にいる邪魔な細菌を死滅させる滅菌操作を行っている。だが、場合によってはその手段をとってもマイコプラズマが乱入(コンタミ)してしまう事があるのだ。理由はただ一つ、「小さい」のでろ過フィルターを簡単に潜りぬけてしまうのである。
 一度乱入されると、勝手に培地を食い始めたり、研究に使用する細菌にちょっかいを出したりとやりたい放題されてしまう。しかも小さいので顕微鏡を使ってもなかなか見つける事が出来ない。そのため、研究を行う前にはしっかりとマイコプラズマが乱入していないかどうか確認する必要があるのだ。

 ちなみに、そんなマイコプラズマを培養して研究している研究所と言うのも存在している。基本的にはマイコプラズマ単体で生きる事は出来ず、色々と成長因子が必要となるのだが、中にはそう言うのが無くてもちゃんと生きる事の出来る種類もいるらしい。


・『地球最小の生物』 ~身体の大きさ編~

 前述した通り、マイコプラズマは地球上の数ある生物の中でも最小クラスの存在である。だが、この広い地球にはそれに匹敵する小ささの生物が他にも存在している。

 冒頭でも少し触れたが、マイコプラズマが属しているのは大腸菌でお馴染み「真正細菌」という大きなグループ。しかし、世間一般で「細菌」と呼ばれる生物にはもう一つ『古細菌』と言う巨大なグループが存在している。前述の真正細菌と姿は似ているが全く関係なく、例えて言うなら「地球人」と「宇宙人」くらい離れたグループである。生息環境はとにかく幅広く、数十度もの高温の温泉にも、酸素が非常に少ない空間にも、さらにはシロアリの体の中にもどこでも存在している。

 その中には、なんとpH1.5という、人間ならすぐに溶けてしまいそうな凄まじい酸性の水の中でも平気で生きているグループもいる。しかも複数種が発見されており、その一種が、マイコプラズマと並ぶ史上最小クラスの生物として知られている。それが……

アーキアル・リッチモンド・マイン・アシドフィリック・ナノオーガニズム(Archaeal Richmond Mine acidophilic nanoorganisms)

 ……という無茶苦茶長い名称の古細菌で、略して「ARMAN」という名前で呼ばれる事が多い。大きさは先程も述べたがマイコプラズマと同じ200nmほど。どうやって生活しているのかはさっぱり分かっていないが、より大きな別の種類の古細菌の身体に金魚のフンのようにくっついており、どうもそれに頼って生きているのではないかと考えられている。
 ちなみにゲノムサイズは99万9043塩基対とこちらもマイコプラズマ並だが、その中身は非常に原始的であり、もしかしたら生命誕生の謎に大きく関わっているのではないかとも言われている。

・『地球最小の生物』 ~ゲノムサイズ編~

 さて、ここまでは主に「体の大きさ」に焦点を当ててきたが、最後は視点を変えて体の設計図である遺伝子の大きさ「ゲノムサイズ」で比較してみる。こちらの方も、ある意味生物の限界に挑む勝負である。

 アーキアr(以下略)こと「ARMAN」と同じように、金魚のフンのような感じでより大きな古細菌にぶら下がって生きているナノアルカエウム・エクウィタンス(Nanoarchaeum equitans)という古細菌が2002年に発見され、そのゲノムサイズはマイコプラズマよりも小さい49万885塩基対である事が分かった。こんなに設計図のページがミニサイズだと、生きるために必要な部分までごっそり抜かれており、アミノ酸や脂肪酸などの体に重要な物質を自力で作りだす事が出来なくなっている。そのために単独では生きて行けず、パートナーのヒモとなって生きていく以外無いのである。
 ちなみに、こいつがくっついている『より大きな古細菌』ことイグニコッカス・ホスピタリス(Ignicoccus hospitalis)の方もゲノムサイズが129万7538塩基対と無茶苦茶小さく、寄生や共生に頼らず自活できるレベルの生物ではこれが最も小さい、限界サイズではないかと考えられている。そんな中でも別の古細菌を養っている辺りかなり太っ腹な感じにも見えるが、今の所この二者にどんな関係があるかは分かっていない。


 ……だが2006年、上には上がいる事が分かった。


 日本とアメリカの研究所が、植物の害虫として知られるキジラミの身体の中に住むある細菌を調べた所、今までの記録を塗り替えるとんでもない数値が飛び出したのである。
 先にもう一度引っ張り出すが、人間のゲノムサイズは30億塩基対。マイコプラズマは、最小で58万76塩基対。そして、先ほど述べたナノアルカエウム・エクウィタンスは、49万885塩基対である。ずっとこの金魚のフンのような奴が最小と思われていたのだが……

 今回判明したカルソネラ・ルディアイ (Candidatus Carsonella ruddii)のゲノムサイズは、なんとぶっちぎりの「15万9662塩基対」。細胞内の器官である葉緑体と同じくらいしか無いどころか、一部のウイルスよりも小さいゲノムサイズなのである(さすがにミトコンドリアや大半のウイルスよりは大きいが)。
 こんなに小さいと生命の維持に必要な遺伝子すら排除されており、単独で培養する事も出来ない。学名にある「Candidatus」と言うのは、培地を使って単独で培養出来ていない生物に付けられているラベルのようなものである。ちなみに分類は古細菌では無く、マイコプラズマと同じ『真正細菌』であり、完全に他人に頼って生きる道を選んで進化した種類のようである。

 生物である事すら放棄しかねないほどのゲノムサイズしかないと言う事で、生活できるのはキジラミの細胞の中だけ。完全に細胞の部品の一つになっているような状態なのだが、実はこのカルソネラ・ルディアイが存在しないとキジラミ自体も生きていけないのである。その理由は、人間でもお馴染み「必須アミノ酸」である。
 生物の中には生きていくのに必要な必須アミノ酸のうち一部を体内で合成できず、外部から吸収するしかないという場合がある。人間では様々な食べ物やサプリメントで補給できるのだが、植物の汁を飲む事しか出来ないキジラミにそんな器用な事は出来ない。そこで、カルソネラ・ルディアイがキジラミに代わって必須アミノ酸を合成し、生育を助けているのである。そしてキジラミの方もこの同居人を非常に大事にしており、2億年もの間ずっと親から子へと受け継いでいると言う。まさに「共生」の理想像なのだ。


 さて、ゲノムサイズが大きいほどより多くの『設計図のページ』を中に組み込む事が出来るというのは既に述べたとおりだが、実際はこのサイズが大きければより進化した動物……という訳ではない。ヒトのゲノムサイズは30億塩基対だが、マウスは33億塩基対とそれよりも多く、コムギやユリはさらに多い。そしてヒトの220倍という(現在分かっている中で)史上最大のゲノムサイズを誇る生物は、実はアメーバの一種(ポリカオス・ドゥビウム)なのである。こういう場合、単にゲノムサイズが大きいだけで、その中身は『落書き用ページ』のような感じの、あまり意味が無いような内容が多いようである。内容が無いよう

 体やゲノムサイズの大きさだけが、複雑に入り組んだ生態系で勝ち抜く秘訣では無い。小さい体でも、その中には様々な手段で生き抜く経験や知恵がぎっしりと詰まっているのだ。


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