「俺さあ、いっぺん、和服って着てみたかったんだよなあ。おい、お前ん家、確か呉服屋だったよな? 良さそうなの見つくろってくれよ」
同じゼミの友人からの言葉だった。
そういえば、いつかそんな事言ったけな……。
別段断る理由も無い僕は、家に帰ると、自分の部屋のタンスを開けた。
僕自身は特に呉服に興味がある訳じゃないし、実家を継ぐ気も更々無い訳だが、
やはり呉服を扱う両親がいると、自前の和服なんてものも持っていたりする。
まあ、そのほとんどにはもう袖を通す気も無いし、タンスの肥やしになっているよりは、アイツに譲った方が良いだろう。
それくらいの気持ちで、僕は、着流しをいくつか掴み、紙袋に入れた。
体型も同じくらいだし、まあ、寸法も測らなくていいだろう。
その日の夕方、約束通り、アイツのアパートの扉を開いた。
「お邪魔しま……」
「うーっす! 待ってたぞ!」
「て、おま……!」
「へへ……かっこいいだろ?」
なんと、アイツは、ピンク色のフンドシ姿で仁王立ちしていたのだ。
「和服にはやっぱこれだろ?」
「お、おいおい……なんでピンクなんだよ?」
我ながら、的外れなツッコミだったと思う。
彼が、どんな返答をしたか、今となっては覚えていない。
そう、僕の鼓動は、いつの間にか、早鐘を鳴らしていたからだ。
記憶も全てその音にかき消されてしまった。
「ん? どうした? 早く着付けてくれよ。俺、付け方わかんねーんだよ」
「……あ、ああ、わかった……」
着付け方なんか、両親や祖父母から散々教わったから、手慣れたものだ。
だが……。
アイツ、こんなにたくましかったのか……。そう言えば、ラグビーやってるって言ってたな……。
有酸素運動系のしなやかさと、無酸素運動系の豪快さ、その二つを兼ね備えた、見事な肉体だった。
僕は、はやる鼓動と、今にも吹き出しそうな鼻息を必死におさえつつ、アイツの身体に手を回していた。
「……おい、変な触り方すんなよ……。変な気持ちになってきたじゃねえか」
「……え、あ……。ごめん……」
いつの間にか、「変な触り方」をしていたらしい。僕は赤面した。
「……あーっ、なんか、おかしいな、俺も……」
アイツの方もそうだった。
別に、特別親しかった訳でも無い。
だが、元々友人の少ない僕には、アイツは失いたくない大事な存在だ……。
静まれ……! 鼓動……!
変な奴だと思われたら、もう、明日から話が出来なくなる……!
別の事を考えるんだ……! そうだ、ばあちゃんが言ってた。着物は、たくさんの人の協力のもと……。
「悪いな。もう我慢できねえ」
記憶の中の祖母との対話を遮ったのは、他でも無いアイツだった。
「お……おい……!」
「お前が悪いんだぜ……」
そう言われるが早いか、僕の身体は畳に押し付けられていた。
「なあ……。フンドシって、勃ちっぱなしになっちまうんだな……。知らなかったぜ」
「あ……。ああ、確かにそう言う奴は多いけど……。たまってるんじゃないか?」
アイツのはだけた着流しから見えた前袋は、確かにパンパンだった。
「……変だな。お前と話してると、ケツとチンコが変になっちまう」
「……」
このまま、身を委ねていいのだろうか?
僕たちは、「この先」まで進んで……。
「……しょうがないな。僕に掴まれ」
心の中で紡がれる弱々しい思いと裏腹に、僕は、彼を押し返し倒した。立場が逆転だ。
その途端、仔猫のように甘えた瞳になったアイツを見た瞬間……。
僕らの夏は走り出した……。