戦鬼―イクサオニ―

登録日 : 2012/05/24(木) 09:52:37
更新日 : 2017/07/22 Sat 11:28:32
所要時間 :約 6 分で読めます





「温羅さんは、優しい方ですから」

「俺は鬼だ」

「はい。優しい鬼の方です」  


梓は衣の袖から笛を取り出した。

一片の淀みもない、澄んだ音色が流れ出す――。



『戦鬼―イクサオニ―』

出版:富士見ファンタジア文庫
著者:川口士
挿絵:一之瀬綾子

発行は2006年。1巻完結。



【概要】

ステレオタイプ・パワープレイ』と並ぶ、作者の2つあるデビュー作の片割れ。
こちらはファンタジア大賞に応募され、4年ぶりの大賞受賞作となった。

ざっくり中身を紹介すると、 「故郷を滅ぼされた鬼が主人公の、古代和風世界を舞台とした復讐の旅」
また、それと平行して 「人を憎む主人公と、人の巫女との交流模様」 も描かれる。
モチーフとなったネタは 日本神話+温羅伝説 。後者は「桃太郎に討たれる鬼」の元になったとされる伝承で、主要キャラも一部はここから来ている。

コミカルな展開も交えたローファンタジーの『ステレオ』とはガラっと趣が変わり、こちらは落ち着いた文体で書き上げられたハイファンタジーである。
後にハイファンタジー作品が多く書かれていることから、これら二作のうちでは本作の方が作風の主流には近いといえるかも。
とはいえ本作も 「現時点で唯一の和風物」 という点で結構な変わり種であり、描く土地柄の違いゆえか、随所に表れる物静かでしっとりとした情緒も多作品と一線を画している。



【あらすじ】

ある時、大陸から『中津国』と呼ばれる島国に渡ってきた鬼たち。彼らは『鬼が島』と称される地に定住し、近隣の人間と共存を続けてきた。

それから十数年が経ったころ。外出から戻った鬼の少年・温羅は、生まれ育った『鬼が島』が襲撃を受けていることに気付く。
父は討たれ、里も壊滅状態。逆上した温羅は襲撃犯の男・桃生に挑むが、あっさりと敗れて捕らわれてしまう。
重傷を負い、処刑までの間をある村の穴倉で過ごすことになった温羅。彼はこの期間中、自分にやたらと世話を焼きたがる少女・梓と知り合いとなった。

それから数日が過ぎ、国を治める朝廷に対して桃生が叛乱を起こす。その一環として、温羅の居る村にも桃生の手の者による襲撃が行われた。
混乱に乗じて穴倉を抜け出した温羅は、世話になった恩を返すために梓を守りつつ、桃生の放った遣いである『犬』と対峙し、何とかこれを討つのだが……。

これをきっかけとした紆余曲折を経て、温羅は桃生が待つ地へと復讐の旅に出ることになる。
温羅、梓、へらへらとして掴めない男・川楊の三人組が辿る道の終着点には、どのような結末が待っているのか。



【主要登場人物】

○温羅(うら)
長身に赤髪、褐色の肌や短い角などの外見的特徴を持つ鬼の少年。十七歳。
桃生に捕らえられて処刑を待つ身となるも、桃生の叛乱を始めとした事件をきっかけに開放される。
そして川楊に持ちかけられた取引に応じ、桃生の手に落ちた神器奪還の旅に嫌々ながら出発する。

種族ゆえに身体能力・戦闘能力は高いが、鬼なら使えるはずの妖術が“ある事情”により一切使えない。それを補うため、作中では刀を振るうことが多い。
桃生への恨みから人間すべてを憎もうとしつつ、しかしそう徹することができない自分に苛立つ……という風に性格はけっこう人間臭い。
そんな彼と梓が織り成す不器用な交流の結末やいかに。


○梓(あづさ)
生まれの事情で村人から冷遇されながらも、それを恨まない健気さや優しさを持つ少女。歳は十一~二くらい。
温羅とは序盤から知り合うが、温羅への足かせとして川楊に着目された結果、本編での旅に同行させられる。
気弱な性格ではあるものの、幼い頃に一人の鬼の子と仲良くなった経験から鬼に親しみを持っている。温羅に手厚く世話を焼いたのはそのためでもあるのかも。

巫女としての“力”に関する素質を見込まれ、村では常日頃から修行を積んできた。戦闘能力は皆無だが、その力を活かして時に思わぬ活躍を見せる。


○川楊智也(かわやぎ ともなり)
朝廷に仕える下級役人の青年。温羅の監視役として、共に神宝奪還の旅に出る。
戦力としては全く当てにならず、荒事は温羅に任せっきり。その代わりに一つだけまじない染みた力を使える。

軽めの口調や、掴み所の無い飄々とした性格が特徴的。
道中では温羅をからかいまくるが、その一方で彼を“人とは別種のモノ”として冷たく扱う面も持つ。


○犬
桃生の配下の一体。温羅が捕まっている村にコイツが現れるシーンが、物語の始まりを飾る。
元々は犬の姿をしていたが、この時には力を増して妖に進化し、人に近い姿を取っている。

村を襲った目的は、そこに納められている神宝二つを桃生の元に持ち去ること。
自身は温羅の手で命を落とすが、使役する狗により目的そのものは果たすことに成功した。
後の展開では、同じく妖と化した『猿』や『雉』が温羅の前に立ち塞がる。


○桃生(ももう)
言わずもがな桃太郎がモチーフの、長髪の青年。
犬、雉、猿という三匹の供だけを連れて温羅の父を討ち果たし、『鬼が島』を陥落させた。
その戦功が認められて吉備の地を任されたが、ある日突然、朝廷に反旗を翻す。
叛乱の理由どころか『鬼が島』を落とすに至った理由すらも明らかにされておらず、その素性も含めて謎が多い。

単身でも朝廷の差し向けた大軍を壊滅させる力を持つが、神器を手にした現在ではより性質が悪くなっている。



【用語】

○鬼
人間に似た姿と、人間とはかけ離れた膂力や妖術の力を持つ種族。
まともに戦えば人間では到底叶わないとされる。


○鬼が島
吉備という地方に作られた、大陸から来た鬼たちの集落の通称。
鬼たちは近隣の人間と馴染んで暮らしていたため、ここで生まれた温羅は「人と鬼は親しいもの」という常識の中で育った。
……後にそれを裏切られ、温羅は人への憎しみを知るのだが。
『鬼が島』が壊滅した後の吉備一帯は桃生の手に任せられ、更に彼が反乱を起こしてからは妖の跋扈する魔境と化している。


○神宝
日本神話系ではおなじみ、特殊な力を持つ珠・剣・鏡の三種の祭具。
政治的な事情により、剣と鏡は温羅が捕らえられた村の社に納められていた。



【余談など】

該当作が出ないこともザラの大賞を勝ち取っただけあり、土台設計や構成力、物語に引き込む力など、総じて審査員から高い評価を得た作品。
しかし内容がひたっっっっすらに地味な感は拭えず、出版されてみれば売れ行きはぶっちゃけよろしくなかったらしい。
作者が後に曰く「大ゴケした」。

そうした事情ゆえか元から続編を予定していなかったのか、ともかく本作は1巻で完結。
同レーベル(富士見ファンタジア)からは、次作として『ライタークロイス』が後に誕生する。

なお、本作は既に絶版済。まず中古ショップなどでしかお目にかかれないかも。



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