海王丸

登録日 :2012/07/16(月) 21:24:39
更新日 : 2016/01/01 Fri 17:05:48
所要時間 :約 4 分で読めます




主要目
海王丸(初代)
竣工 - 1930年
船型 - 4檣バーク型帆船
総トン数 - 2238.4トン
全長 - 97 m
全幅 - 13 m
メインマスト高 - 46 m(水面からの高さ)
総帆数 - 29枚
帆の総面積 - 2050 m2

海王丸(2代目)
竣工 - 1989年9月15日
船型 - 4檣バーク型帆船
総トン数 - 2,556トン
全長 - 110.09 m
全幅 - 13.8 m
総帆数 - 36枚
帆の総面積 - 2760 m2
メインマスト高 - 43.5 m(船楼甲板からの高さ)
最大搭載人員 - 199 名
航続距離 - 9,800海里(約18,150 km)東京~ロサンゼルス4800海里
主機 ディーゼル機関(1,500ps×2基)
航海速力帆走6ノット(平均)  過去最大21.5ノット
    機走⑫ノット(平均) 試運転最大14.1ノット


概要
海王丸とは航海訓練所が運航する大型練習帆船である。
初代海王丸は1930年に進水 その後なんと59年間におよび未来の船乗りたちを育てた。
老朽化には勝てず平成元年に引退したが2代目が建造され海王丸2世として今もなお活躍している。
ちなみに初代海王丸は永久保存されているのでその雄姿を今もみることができる。
姉妹船に日本丸があるが日本丸も海王丸と同様2世代にわたって建造されこちらも絶賛活躍中である。

可変ピッチプロペラ(プロペラ翼の角度が変わる)等の採用で日本丸を上回る帆走能力を持ち、
2003年には 最大瞬間速力で24.3ノット(時速45km) を記録している。
日本丸とともに、その年に一番最速だった帆船に贈られるポストンティーカップトロフィーを幾度も受賞しており、
まさに世界に誇れる世界最速クラスの帆船といっていいだろう。


誕生の歴史(一部日本丸も含む)

その昔、船乗りを育てるための船、練習船は各学校ごとに専用の練習船が作られていた。しかし、これには問題があった。




お金がない




そう、各学校の一校ずつの予算はしれたものだった。限られた予算を使って船を建造するとどうしても小さい船になってしまう。
小型船になると安全性が低下する。
そのため次のような事故がおこっている。
大正6年大島商船練習船山口丸 323t   南鳥島で座礁沈没
大正11年粟島商船練習船西別丸 182t   玄海灘で行方不明
大正14年鳥羽商船練習船あまき 300t   伊豆神津島で座礁沈没

そんな中ある事故がおきる
1927年(昭和2年)3月、宮城県金華山沖を航行中だった明治丸が暴風雨のため沈没 乗組員及び実習生合計53名が全員死亡するという大惨事がおきてしまった。
これを受け、より安全に実習をおこなうため大型の練習船を建造する機運が国内で高まった。 

大型の練習船をつくるため各学校の予算を統合し共通の練習船を保有して実習訓練をおこなう機関が設置され(後の航海訓練所である)、
そして1928年(昭和3年)には大型練習帆船2隻の建造が決定された。
2隻の建造費は合計182万円。当時の国家予算(一般会計予算:約8億7千万円)からすると破格の値段であり大型のプロジェクトであった。
当時、日本は大型帆船を建造したことがなく、それに関してのノウハウがなかったためイギリスにあるラメージ・エンド・ファーガッソン社に設計を依頼したが、
建造に関しては神戸にある川崎造船所で行われた。(ちなみに2代目日本丸、海王丸は初代で培ったノウハウで設計から建造まで日本でおこなわれている)
かくして日本丸と海王丸は誕生したのである。


現在
海王丸2世は今もなお船員を教育する場として活用されている。
(2004年には座礁事故もあったが......)
日本各地の寄港先で一般公開やセイルドリル、出港の際に登檣礼がみられる。 



特にセイルドリルは帆を張った美しい海王丸の姿がみられる。
機会があればぜひいってみよう。




余談
2012年現在 航海訓練所の練習船である大成丸(海王丸ではない)の廃船が決まった。
代船が計画されているが、予算不足で3000トンクラスの小型船になる予定である。海運業界の一部では、これは第2の明治丸であると危ぶむ声が出ている。



追記・修正は日本のシーレーン防衛で海に散った英霊たちに黙祷してからお願いします

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