ツングースカ大爆発

登録日 :2012/05/06(日) 13:36:23
更新日 : 2017/06/19 Mon 07:14:47
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ツングースカ大爆発とはロシアの奥地ツングスカでおこった謎の大爆発である。


ツングースカ事件やツングースカ大火球などさまざまな呼び名がある。
事件は第一次世界大戦が勃発する6年前、未だ日露戦争の傷癒えぬロシアでおこった。

1908年6月30日早朝、ロシアの奥地 ドカメン ナヤツングスーカ川上流。

巨大な閃光を放つ物体が高速で森林地帯へと落下していき大爆発をおこした。

爆心地半径30Kmを焼きつくし、2千平方Kmの樹木がまたたくまになぎ倒され、
爆心地から1000Km離れた民家のガラスが割れるほどの強烈な空振も発生したという。

その威力はTNT火薬に換算して15メガトンもあったと考えられている。
広島、長崎に投下された原爆の威力が15キロトンであるのでおよそ 原爆の1000倍はては2000倍 にも及ぶ大爆発であった。
この時生じたキノコ雲は数百キロの広範囲にわたり観測できたという。


これほどの大爆発であったが幸いにもツングースカはロシアの奥地であったため集落は存在せず。犠牲者は一人もいなかった。
もっとも奥地であったこと、爆発の威力の凄まじさから仮に犠牲者がいてもわからなかっただろうが。



これほどの大事件なのだから当然子細な調査を……といいたいところなのだが、
当時のロシアは未だ日露戦争を終えてまもなく、ロシア革命も秒読み段階という非常に不安定な状況下にあり調査が行われる事はなかった。

結局最初の調査が行われたのは爆発から13年後、ソビエト連邦が成立してからであった。


4度にわたる探検調査が行われたが 結局詳細はわからず仕舞いであった
最も有力なのは「彗星爆発」説で、物体の大きさは3~70Mというもの。
当初は隕石説が有力だったが鉄片や岩石片が発見出来なかったため現在は否定されている。

しかしこの説にも確証はない。



他にも
ガス噴出説やブラックホール出現説にUFO落下説、尻忍法究極奥義ヒップメテオ説なんてものまである。


因みにソ連が開発した史上最大の水爆、ツァーリ・ボンバは TNT火薬30メガトン とこの大爆発を凌駕する破壊力である。




しかし



その誕生はそもそも開発がソビエト連邦な時点で察しはつくが1950年代の代物である。

核兵器の理論となった相対性理論の発表は1905年であるが、核兵器自体の開発も1930年代であるため人間の手による事件とはやはり考え辛いだろう。




因みにツングースカ大爆発の爆心地こそ割り出されていたがその落下地点の痕であるクレーターそのものは20年以上に及ぶ調査をもってしても発見出来なかった。

ところが、大爆発からおよそ100年も経った2007年。


イタリアの調査団によってついにクレーターが発見された。
現在は水が溜まって湖となっておりCheko湖と名付けられているという。



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