寄生バチ

登録日:2012/11/12(月) 20:06:36
更新日:2024/03/19 Tue 13:41:18
所要時間:約 15 分で読めます





ハチの仲間は、実に様々な生活を過ごす種類が見られる。
毎日各地で蜜や花粉を集めるもの、大きな巣で女王の為に働くもの、さらには強力なや牙を持って他の昆虫やハチに猛威をふるうもの等々。

しかし、中にはその一生の一部を他の生物の体の内外で過ごし、そしてそれを食べながら成長していくという生活をするハチも存在する。
それらを総称して寄生バチと呼び、中でも動物に寄生するものの多くは寄生蜂下目(Parasitica)というグループの中に含まれている。



◎概要

寄生バチが「寄生」を行うのは、基本的には卵から幼虫までの頃。大きくなると翅が生え、ごく普通の見慣れたハチの姿となって空を飛ぶ。
だが、そこに至るまで、その生活は 他の生物を生きたまま食い尽くす という形を過ごすのである。


彼らのグループは大きく分けて、植物に産卵するもの動物に産卵するものに分かれている。

植物に産卵するものの場合、鋭く繊細な産卵管を器用に用い、表皮の下の組織内部に卵が挿入される。
そこで生まれた幼虫が食べる事も出来る揺りかごの中で大きく成長を遂げる一方、寄生された植物はその部分だけ大きく膨れ上がってしまう。
植物の枝や葉の所に実とも違う妙な膨らみを見つける方も多いかもしれないが、あれが所謂虫こぶと呼ばれるものである。

一方、動物に寄生するものも同様に、メスが宿主となる動物やその卵に自分の卵を産みつける。
こちらの場合も植物同様、幼虫はそのまま宿主の体を食べて成長する。
産みつける時は、宿主の免疫機構によって卵が排除されないように免疫を回避する工夫をしているようである。
具体的にどのような工夫をしているかは現在のところ不明であるが、人工的に卵をうみつけてもうまく寄生しないケースがあるようだ。
あまりに暴れすぎると宿主が死んでしまい、自分自身も巻き添えを食らってしまうので大きくなる段階では殺すと言う事はしない。
いわば踊り食いの状態を維持しつつづけるのである。

だが、一旦成長してしまうと状況は一変する。もう住処に用は無いと言わんばかりに態度を変え、宿主を殺して蛹になり、そして羽化に至るのである。
一見ごく普通のアゲハチョウの幼虫が蛹になり、そしていよいよ大空へ向かってはばたくという段階で、
その殻を破って出てくるのは見慣れぬ一匹のハチ…そういう体験をした人もいるかもしれない。
こういう場合の寄生を、ずばり「捕食寄生」と呼ぶ。
自分が育てている昆虫で寄生バチの幼虫を発見した時は、うまく摘出することで助けられる場合もある。

このような生活をする寄生バチだが、その種類は膨大な数にのぼる事が分かっており、
現在では あらゆる昆虫・植物が、寄生バチの宿主にされている と考えられている。
人間には寄生しないのでご安心を。

宿主に合うならどこまでも、という具合に彼らの追跡本能もたくましい。
例えばツチバチはクワガタムシに寄生する為に材木や地中を掘り進み、ミズバチは水中の砂利に住むカワゲラを仕留める為に激流の中へ飛び込むという具合である。
勿論、こんな過酷な事をするが故に卵を産み付けるや否や、そのまま最期を迎える事も珍しくない。
昆虫としては寿命が短い方であり、成虫になると1日しか生きられない物も多い。
それでも、卵さえ産み付ければ寄生バチの勝利なのである。

ただし、寄生するという事は、何らかの理由で宿主が食べられたり、病死する事があれば、その運命を共にするという事でもある。
単にくっついているだけのような彼らだが、実際に生き残るのは中々難しいのだ。



◎他のハチとの関わり

同じような生き方をするハチに、ジガバチを代表する「狩りバチ」と呼ばれるものがある。
こちらも捕えた昆虫の体表の上で卵が産まれ、幼虫は宿主を生きたままじわじわと食べ尽くすのだが、
こちらは親が鋭い針で餌となる昆虫に麻酔を注射し運動機能を奪い、それを自分の巣へと運ぶと言うどこか鳥のような行動をとる。

まず胸部を刺すことで胸部にある脚の筋肉を弛緩させ、動きが鈍ったところで頭部に麻酔を注射し、運動機能のみを完全な停止へと追い込む。
いきなり頭部を狙っても激しい抵抗を受ける可能性があり、刺す場所を間違えると相手が死ぬため、二段階の手順を踏むことで確実に目的を遂行出来るようにしている。
寄生バチと比べて産卵管がより高度で複雑化している事から、狩りバチは寄生バチから進化したのではないかとも言われている。

ハチと言えば毒針が有名だが、毒針を持つ一般的によく知られるハチは、この狩りバチからさらに進化した物であると考えられている。
またハチの幼虫が、成虫によって世話を受けないとまるで無力なのも寄生バチの幼虫生活の名残とも。



◎主な寄生バチの種類

  • アゲハヒメバチ
図鑑などで紹介される事も多い、寄生バチの代表格。
このようなヒメバチの仲間は、主にチョウのような蛹になる昆虫を中心に寄生する。

前述の「チョウの蛹の中から現れるハチ」というのは大概この仲間のようで、チョウが蛹になるや否や一気に食らい尽くし、蛹の内部を乗っ取る。
元々種類の多い昆虫達に寄生するという事から、ヒメバチの仲間は桁違いに多い。
現在の段階でも既に1万5千種、まだ学名が付いていなかったり未発見のものも含めると最大10万種もいると考えられている。


  • アオムシコバチ、アオムシコマユバチ
両方とも大きさ1mm~3mmと、寄生バチの中でも極小サイズの昆虫。
主にチョウやガの幼虫に寄生し、ある程度育つと宿主を食い破って体外へ脱出。穴だらけになった屍の傍らで、大量の繭を作る。
数ある寄生バチでも特にグロいとされる種類。


  • キイロタマゴバチ
此方も大きさは0.4mm~0.7mmと極めて小さいハチ。
主にチョウの卵に寄生し、宿主にされた卵は真っ黒に変色してしまう。

なお、種類によってはチョウの卵の中で、タマゴバチが交尾を行うこともあるのだとか。
この場合、オスには羽が無く、卵の中で生涯を過ごす。
羽化したてのメスなら確実に出会えるという訳だが、中々えげつない方法である。


  • アザミウマタマゴバチ
大きさ僅か0.18mmと、ゾウリムシよりも小さい世界最小の昆虫。
こちらも0.7mmと非常に小さいアザミウマという農業害虫の卵に寄生し成長する。
当然ながら顕微鏡を使わないと碌に見る事が出来ず、翅の形もまるでタンポポの綿のように独特なもので飛ぶと言うよりも空中に浮かぶと言った方が良いかもしれない。
脳細胞も4600個と少なく、ミツバチの85万個、ヒトの千数百億個と比べるとその少なさが分かるだろう。

因みに意外に種類も多く、現在5種類が見つかっている。


  • ウマノオバチ
名前の通りのようなしっぽをヒラヒラさせるハチ。
この部位は産卵管であり、なんと自身の体長よりも長い

これを木の穴から差し込み、中にいるカミキリムシの蛹*1に突き刺して産卵する。
まるで天井裏に潜み、長い布と毒液で暗殺を謀る忍者である。
最近では雑木林が荒れてきた事もあって数が減少し、絶滅危惧種に指定されている。


  • テントウハラボソコマユバチ
最近になってとんでもない能力が発見されたもの。
名称の通りテントウムシの成虫を襲って卵を産むのだが、テントウムシサイズにまで巨大化したこの幼虫は腹を突き破って外に出て繭を作る。
そしてその繭の上にテントウムシが覆いかぶさる。

まるでボディーガードのようなこの行動、実は体内にいる間に幼虫はテントウムシを洗脳し、行動を支配しているのである。
ちなみに成虫になるまでの3ヶ月間、宿主のテントウムシは腹を食い破られたまま飲まず食わずの状態で繭を守ることを強いられる。
テントウムシが何をしたっていうんだ…
尚、ハチが羽化した後で、稀に宿主のテントウムシが快復することもあるらしい。


  • ミドリセイボウ(セイボウ)
青や緑のメタリックカラーが非常に美しいハチだが、なんとこちらは同類のハチに卵を産みつける。
しかも狙われるのは主にトックリバチのように泥や筒の中に巣を作る狩りバチ。
様々な昆虫を生きながら食べる彼らが、今度は標的の立場になるのである。
セイボウ科の様に「寄生バチを狙う寄生バチ」を高次寄生バチ、○次捕食寄生バチなどと呼ぶ。

一方で、中にはガの仲間に寄生するものもいるとか。これは寄生蜂下目とは違う分類。


  • キスジセアカカギバラバチ(カギバラバチ)
此方はチョウやガの幼虫……に寄生する、ヤドリバエの幼虫に寄生するハチ。
つまり、宿主に寄生した昆虫を専門に二次寄生するハチなのである。

その一生は大バクチに近く、チョウやガの幼虫が食べると思われる葉っぱの上に自分の卵を大量に産み付けるという物。
その後、その卵がヤドリバエに寄生されたチョウに葉っぱごと食べられると体内で孵化し、同じく体内にいるヤドリバエの幼虫に寄生して生活するのである。
なお、ハエに寄生されていないチョウの幼虫に食べられた場合、成長できずに死んでしまう。

生き残るには、葉っぱに産み付けられた卵が孵化する前に食べられて、尚且つ既に寄生された昆虫である事という、二重の条件が必要なのである。
これなら宝くじに当たる確率の方が、まだ高そう。
ちなみに、この仲間は全てメスであり、単為生殖する事が確認されている。


  • クリタマバチ
タマバチ科のハチで、日本には外来種として現れた。
こちらは名前の通り、クリの新芽に寄生して虫こぶを作ってしまう厄介な害虫。
一時は耐性遺伝子を持ったクリのおかげで数が減少したものの、それに慣れてしまいまだ被害は大きい。


  • チュウゴクオナガコバチ
上記のクリタマバチを専門に寄生を行う ハチ。
前述のアザミウマタマゴバチ同様コバチの仲間で、クリタマバチ対策の為に日本に持ち込まれた。
ただ、日本由来のクリマモリオナガコバチとの交雑が確認される等少々不安な一面も。



◎主な狩りバチの種類
  • ジガバチ
いわば最も分かりやすい狩りバチであり、「これは見たことある」という人も多かろう。ミクロイドSのジガーの元ネタである。
通称アナバチともいわれるスリムな黒いハチで、イモムシに毒針を突き刺してマヒさせ、そのまま穴に運んで卵を産み付け子供の餌にする。
基本的に寄生バチは人間を刺さないが、ジガバチは警戒心が強く、むやみに近づいて興奮させるとびっくりして刺してくることがある。死にはしないが痛い。


  • ツチスガリ
ジガバチの近縁種。ファーブル昆虫記で有名になった狩りバチで、ゾウムシを狩る。
ファーブル先生以前の学術では保存液を注射してるから腐らないんだ、と言われていたが、ファーブルの研究により、
神経節を寸分違わず刺し貫いて麻痺させていた(つまりゾウムシは巣に運ばれてる時点ではまだ生きている)ことが判明した。ノッキングとか活〆という奴である。


  • オオベッコウバチ
クモを専門に狩るベッコウバチの中でも最大種であり、同時にかのオオスズメバチをも凌ぐ体長6cmを誇る世界最大のハチ
巨大なタランチュラを獲物とし、その毒牙をかわしながら神経節に毒針を打ち込んで捕獲する。その様子から「タランチュラホーク」と呼ばれる事も。
あくまで毒は対タランチュラに特化したものであるため、人間には重篤な被害は出さないが、体が大きい分凄まじく痛い。
その痛みは「電気ショックのよう」「痛すぎて嘔吐するほど」だといい、あらゆる昆虫の中でもトップクラスだとか。


ゴキブリを毒を用いてゾンビ化させ、洗脳したまま幼虫が食いつくす。
その一生は狩りバチにも似ているが、ゴキブリが行動可能な洗脳状態であることから寄生バチの一つとしても数えられる事もある。詳細は項目参照。



◎生物農薬として

…ここまで書くと非常に恐ろしい存在のように思える寄生バチ。特に「植物」に寄生するハチは、農作物以外にも街路樹にも大きな被害を与える事もある。

だが、その一方で「動物」に寄生するハチ達の方は、実は非常に頼もしい存在である。

これらのハチが利用するチョウやガ、そして植物の寄生バチと言うのは、農業にとっては非常に厄介な存在であるのはご存じの通り。
イモムシや毛虫によって次々に野菜や果物が被害を受け、農薬をまいてもすぐにそれに対する耐性を身につけ、さらに強くなってしまう。
だが、実は植物側はこの時、空気中に寄生バチを呼び寄せる物質を作り、SOSを呼び掛けるのである。
それに応えて寄生バチが参上し、害虫を見事に死滅させてくれるのだ。
寄生する相手がいなくなると彼らも困るため絶滅させるようなことはないものの、それらの天敵として大量発生などを防ぐ役割を果たしている。


その能力を活かすべく、近年この寄生バチの研究が進んでいる。

温室やビニールハウス内で大繁殖している害虫達を一網打尽にしてくれる天敵として、
現在一部の動物への寄生ハチが「生物農薬」として販売されているのだ。
害虫が全滅すればそれに合わせて彼らも役目を終えるので、薬品のように作物や土壌に後々まで影響が残ると言う事がない。
また相手が相手なので害虫側も対抗手段が持てず、化学農薬と合わせればほぼ無敵の力を得る事が出来る。

しかし一方で動物という事もあり、なかなか思うような結果が出ないという欠点もある。
また先程の通り、管理をしっかりしないと生態系に影響を与えてしまう可能性も捨てがたい。

利点と欠点それぞれを見つつ、適切な対応を取るのが一番だろう。




「寄生」と言うと、嫌な印象で捉えられる事が多い。だが、その能力は時に人間生活を支える重要な力になると言う事を忘れないで頂きたい。グロいけど




追記・修正は殻をやぶってからお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 昆虫
  • ハチ
  • 寄生
  • 農薬
  • 害虫
  • 益虫
  • 生物
  • 虫項目
  • アニヲタ動物図鑑
  • 寄生虫
  • 寄生バチ
  • トラウマ
  • ジガバチ
  • アニヲタ昆虫図鑑
  • 虫こぶ
  • 世界最小

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2024年03月19日 13:41

*1 昔は幼虫だと思われていたが、近年の研究で蛹に寄生する事が判明した。