キオビクロスズメバチ

登録日:2012/11/16 (金) 19:34:17
更新日:2022/06/07 Tue 03:04:05
所要時間:約 8 分で読めます




日本最強の昆虫の一角としてお馴染みであるオオスズメバチ。その強さを見込まれ、アメリカに導入が検討された事がある。
アメリカでは出身地が違うセイヨウミツバチ同士が結婚し、攻撃性と毒性がより強くなった「キラービー」の被害が拡大していたのだ。
だが、いくら毒性が強くても、日本各地へ侵入したセイヨウミツバチをことごとく退けるオオスズメバチなら、きっと何とかしてくれるだろう。
そう考えられ、テストが行われた。

…その結果は、確かに思惑通りだった。いや、それをはるかにしのぐ結果となった。
僅か数十匹のオオスズメバチが、数万匹のキラービーの息の根を完全に止めたのだ。
こんなのを野に放ったら、それこそキラービー以上の悪魔がアメリカを襲う事になってしまう。オオスズメバチの導入は、最終的に取りやめとなった。

…だが、もし何かの間違いで彼らがアメリカへ導入されたとしたら、一体どうなっていたのだろうか。
有り得たかもしれないそんな未来を考える一つの例として、キオビクロスズメバチ(Vespula vulgaris)の場合がある。


◎概要
原産地はアジアやヨーロッパなどのユーラシア大陸。北の方に多く住んでおり、日本でも北海道や東北・関東の山の中で姿を見る事が出来る。
名前にスズメバチとあるように、彼らも女王を中心とした真社会性生活を営んでおり、様々な昆虫を餌とする。
ただ、オオスズメバチやキイロスズメバチのようにあちこちの巣を襲ったり人間のいる場所に図々しく潜り込んだりなどはせず、森の中でひっそりと暮らしている。
巣が地面の下の穴の中にある事もあってか、詳細な生態はまだ分からない事が多いと言う。大きさも小さく、最大でも2cm以上にはならない。

当然ながら悪戯したり不用意に巣に近づくと怒るのだが、基本的には大人しく、攻撃性もそこまで強くは無い。
外敵の危険を感じるとすぐ引っ越してしまう。自然の中で静かに暮らすスズメバチなのだ…。

そしてクロスズメバチなのでもちろん食用として養蜂されたりもしている。地蜂食と養蜂が盛んな長野県の諏訪の方では「キイジス」と呼ばれている。
ただし前述のように危険を感じると引っ越してしまうため、ミツバチのように巣箱を置いて人工飼育するようなことは難しい。
そこで養蜂は冬の間に確保しておいた新女王バチを野山に放し、肉と砂糖水による餌やりのみを行うようだ。
巣を掘り出す時には餌場に来たハチを追えば良く、新女王バチも近隣に散らばるため掘り出して確保しやすい。
また、中国から輸入されてくるハチノコもこれだったりする。


…だが、これは原産地だけの話。
元の場所では大人しくして目立たない生物というのは、新しい環境に出るとその表情を一変させるという事が多い。
このキオビクロスズメバチが、まさにその代表例なのである。


◎外来種として
農作物や樹木などを荒らす害虫対策として、別の昆虫を用いると言う例はよく見られる。
過去には海外から侵入したカイガラムシを退治するため、ベダリアテントウというテントウムシが導入され、大きな成果を上げている。
現在でも生物農薬という形でこういった害虫退治用に昆虫が売られており、寄生バチも蛹が各地のビニールハウスや温室向けに発売されている。

さて、同じハチの仲間であるこのキオビクロスズメバチも、原産地だったヨーロッパなどから北アメリカ、オーストラリアなど各地へと導入された。
森を食い荒らす害虫を退治する番人になってもらうという事を考えていたらしい。要するに、冒頭のオオスズメバチ導入の理由と同じようなものである。

…だが、これが大変な事態を招く事になる。
確かに体は小さいが、彼らも立派なスズメバチなのだ。

今、北米ではキオビクロスズメバチに刺されると言う被害が各地で多発し、問題となっている。
前述の通り、本来このハチは大人しく、森林でひっそりと暮らすという生活を送っているはずである。
だが、アメリカに移住させられたハチたちは、害虫よりももっと栄養価が高く、そして大量の餌が待っている楽園を見つけた。
そう、都会である。さらに、都会暮らしを始めた彼らは態度も大きくなった。不用意に接近する人間に対して攻撃的な性格を見せるようになったのだ。
人間の免疫機能を暴走させて死に至らしめるアナフィキラシーショックの事例も増えており、事態は深刻さを増している。

…しかし、それ以上にオーストラリアではとんでもない事態が起きている。
このキオビクロスズメバチは前述の通り女王バチと働きバチ、そして雄バチが共に暮らす生活を送っているのだが、
一つの群れの個体数はあまり多くなく、巣も小さめであることが知られている。
そして当然ながら女王バチは一匹のみが存在しており、巣から生まれた新たな女王バチは結婚飛行へと出かける事になる。

だが、オーストラリアという新たな住居に慣れるべく、彼らは進化を遂げ、自らの暮らし方を改めた。
その結果、一つの巣を同時に複数の女王バチが使う*1という状態になってしまったのである。
その巣自体も、原産地と違って何年もずっと使う「多年営巣性」へと変わっている。
そして、卵を産む役割を持つ女王バチが沢山いるという状況では、当然群れの数も物凄い規模にまで膨れ上がっている。
外を飛び回り餌を探しまわる成虫だけでも、なんと300万匹から400万匹というとんでもない数が確認されているのだ。
勿論これは、一つの「巣」にいる数である。

海外デビューした途端に凄まじい勢いを見せているキオビクロスズメバチは、今や世界の侵略的外来種ワースト100の一員になってしまっている。



…先にも述べた通り、このキオビクロスズメバチの大きさは2cmにも満たないほど小さい。
だが、一度外来種として定着するとこのような恐ろしい事態を招いてしまっている。これがもし、あの日本最強のハチだったら…。




安易に生物を外から新しく導入すると言う事は、このように取り返しのつかないほどの危険を秘めているのである。
ペットや植物を外に捨てたりする事は絶対にやめてほしい。




追記・修正は戦慄の海外デビューを果たしてからお願いします。

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最終更新:2022年06月07日 03:04

*1 日本でも複数の女王バチ群が同じ穴から出入りしたり、合体した巣を使っていたり、ヤドリスズメバチと同居したりといった例はある。養蜂家の研究によるとヤドリスズメバチが乗っ取りを行うというのはチャイロスズメバチとの混同による誤りのようで、実態は間借りしているだけの模様