斉藤和巳

登録日 :2011/10/16(日) 09:19:49
更新日 : 2017/02/25 Sat 18:55:45
所要時間 :約 7 分で読めます




斉藤(さいとう)和巳(かずみ)は、元福岡ソフトバンクホークス選手兼プロのブロガーである。

ブログ名は「ROUTE66」。


1977年11月30日生まれ
京都府出身
身長192cm
体重96kg
背番号66

まるでプロ野球選手のような逞しい肉体を持つ彼は、今ネット上でかなりの人気を誇るプロのブロガーである。

もちろんブログを書いているだけでは生活できないので、パ・リーグAクラスの一角を担う福岡ソフトバンクホークスのリハビリコーチの座に就いている。


何故整体、及び鍼灸等の免許を持たない彼がリハビリコーチを勤めているのか、それは永遠の謎。

リハビリコーチとしての腕前はともかく、選手との仲はいいらしく、ブログ内で選手と共にじゃれ会う姿が散見される。

尚彼のブログでは定期的に「キャッチボールをした」という報告と時を同じくして祭が発生したりする。
稀にブルペンに入ったり。リハビリコーチとはそこまで権限が許されているのだろうか…?

某芸能人と不倫関係になったという話もあったが…
ちなみにバツニ。それでも元西武・ダイエーの石毛宏典には及ばない( バツサン



追記・修正お願いします。
















   *   *
 *   + コラコラコラコラ~ッ!
  n ∧_∧ n
+ (ヨ(*`ο´)E)
  Y   Y  *













―――かの大打者、落合博満はこう述べた。


「斉藤こそが球界で最も優秀な投手。斉藤和巳がいる限り、日本球界はなんとか持つ」



斉藤和巳
右投げ右打ち
ポジション・ 投手

斉藤和巳とは、福岡ソフトバンクホークス及び、福岡ダイエーホークスにてエースを務めた投手である。
悠然たるフォームから繰り出される豪速球
緩やかに縦に曲がるカーブ
そしてストレートと見間違うほどのキレ、スピード( 最速146km/h )を持ちながら急激に沈むフォークボールを武器に打者を手玉にとる、まさに「本格派投手」。
マウンドに立った際は闘志を全面に押し出し、よく雄叫びを上げる事で知られている。


「点を許さないのがエース。味方が点を取ってくれるまでいかに粘れるかで、ナインに信頼される。そうでなくてはエースじゃない。」
「点をとれないのだったら、とってくれるまで0に抑えればいい」

これが斉藤和巳の持論であり、それを裏打ちするように彼の勝率は非常に高い。
実働11年でなんと 勝率.775。
同時期に活躍した松坂大輔のNPBでの通算勝率は.642、現役最強投手と称されるダルビッシュ有は.701である。(2010年終了時)
登板数の違いはあれど、「負けない投手」であることは間違いないだろう。
(しかし、2001~2005年頃のホークス打線は非常に強力であり、高い勝率はこの打線の得点力も影響していたと思われる)

背番号は入団以来変わる事なく66のままである。
これは、彼の元妻の祖父(故人)に対し「天国でもわかるように」と考えての事。
彼の長い下積み時代を元妻と支えてくれた恩人への義理を忘れない、熱い漢である。



そんな斉藤だが、彼の身体には投手として致命的な欠陥があった。

肩間接不安定症、いわゆる ルーズ・ショルダー である。
さらに後年には右肩腱板損傷…投手の命ともいえる肩に爆弾を抱えた斉藤の野球人生は、栄光と苦難と挫折に満ちていた。

1995年にプロ入り後、中々台頭する事が出来なかった斉藤は、コーチから野手転向を持ちかけられる。
しかし斉藤は固辞。投手として生きて行くことを強く決意していた。

その後一軍で登板することが多くなり、徐々に経験を積み重ねた斉藤は、2003年に和田や寺原といったライバルを抑え開幕投手を命じられる。

その年、背番号66のエースは覚醒する。

破竹の16連勝を含む20勝をあげ、沢村賞を獲得。チームの日本一に大きく貢献した。

翌2004年は 規定投球回数到達投手の中では歴代ワーストとなる防御率を記録した ものの(なお勝ち星は10勝をマーク)、
2005、2006年はエースと呼ばれるに相応しい活躍を見せた。
特に2006年はキャリアハイと呼べる凄まじい成績を記録。西武の松坂大輔を抑え 投手五冠 に輝き、自身二度目となる沢村賞を受賞した。


だが、斉藤の肩に潜む病魔は確実に彼の選手生命を蝕んでいった。


2006年10月13日。
負ければ日本ハムのリーグ優勝が決まる大事なCSの一戦。
本来中7日を置かなければならない斉藤は、チームの為中4日での登板に臨んだ。

絶対に負けられない戦い。
日本ハムの先発・八木が好投を見せる中、斉藤も圧巻のピッチングを見せる。

互いに譲らぬ投手戦。
試合は九回裏まで、両者無得点のまま進む。
ランナーを出すものの、セギノールを144`のフォークで三振を奪い、二死一二塁までこぎつける。
打席に立つは稲葉篤紀。

その一球目、球場全体がどよめく。

なんと、151`のストレート。
この日最速のボールは高めに外れるが、斉藤の魂を込めた投球にライトスタンドの鷹党は酔いしれる。

………しかし、その甘美なる時間は、稲葉の一振りに打ち砕かれる…




斉藤の左を抜ける打球。


好捕する仲澤。


逸れる送球に懸命に身体を伸ばす川崎。


二塁塁審の広がる両手。


三塁を全力で駆け抜ける ピッコロ。


歓喜に湧く札幌




サヨナラ負け。

一瞬にして訪れた絶望に、斉藤は悔しさの余りマウンドに崩れ落ちる…。


…思えば、彼はこの瞬間燃え尽きたのかもしれない。


2007年も開幕投手を務めるが、調子は上がらず。

2008年に渡米し手術。

それ以降、彼がマウンドに戻ることはなかった。
そして、彼のネタキャラとしての人生が始まる。


シーズン前にタレントのスザンヌとデートしたり、若手にちょっかい出してるブログ記事を雑誌で批判されたり、
そもそも辛いはずのリハビリ生活なのにまったく感じさせないブログの内容だったり。

「プロブロガー」の汚名は上記に起因する。

真面目にリハビリしてるのか?とファンでなくても本気で疑いたくなる。

また、たまーに彼が「キャッチボールした」と報告をしては鷹党が沸き立つのはもはや秋ならぬ春の風物詩である。最近ではもはや反応されない模様。 


どうでもいいが彼のブログ記事は無駄に 三点リーダが多い。
カイジもびっくりなレベルで。
あと顔文字がウザイと評判。

そして2011年、支配下選手登録を解除された斉藤は「リハビリ担当コーチ」の名目を受けながら、
「コーチをしながらリハビリを続け、復帰が可能ならば再契約する」といういわば ヒモ のような状態になる。



我々は、ずっと待っているのだ

あの豪速球を

あのドームに響く雄叫びを

背番号66のエース…

斉藤和巳を


2013年7月にホークス退団を表明し、引退となった。
「一軍の戦力になるイメージが出来なかった」として現役復帰を断念した。
生涯成績79勝23敗。





追記・修正…頼むで…

ほな、また…………。

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