日本語

登録日 :2009/09/01(火) 00:41:51
更新日 : 2017/06/16 Fri 21:31:00
所要時間 :約 7 分で読めます




日本で使用される言語。
CIAの調査では難解言語のひとつに数えられる(あくまで英語圏から、という見方で)。
「日本でのみの通用」とは言うがこれは、「標準語を使用した場合殆どの日本人に通じる」という意味で、方言等は含まない。
因みに日本以外でもパラオや台湾でも老人には結構通じたりする。
使用する文字は、主にひらがな、カタカナ、漢字及びアラビア数字。他用途に応じて各種アルファベット等。
このため、最も複雑な記述体型を有する言語となっている。


母音は五つと、世界を見ても少ない方。それでも難解言語とされる理由はまず、文字が多いと言うこと。
基本的なひらがなとカタカナに加え、漢字という数千に及ぶ文字を覚えなければならない。

文法は大陸系、発音は南方の影響がみられ、南北の混合言語であるという学説もあるが、よくわかっていないのが現状である。
その上、尊敬語表現、謙譲語表現、丁寧語表現、口語表現等、様々な表現方法が加わる為更に難解さが増す。これは日本人でも分からない人が多い。

特に、日本人は丁寧語と尊敬語をよく間違える。
例えば、「すみません、今なんと言いましたか?」と「申し訳ございませんが、今なんとおっしゃいましたか?」は同じ意味を表すが、
前者が丁寧語、後者が尊敬語である。

これら尊敬語や謙譲語は言葉の変化を覚える必要がある為、単純に難しいものである。が、ただ変化形を丸暗記すれば誰にでも喋れる為簡単だということもできる。
「なんとおっしゃられましたか?」は誤用の為注意。

謙譲語は自分をへりくだるものであり、普通他人には使用しない。「わたしが行きます」と「わたしが参ります」のような変化である。
因みに、尊敬語表現はあるのに謙譲語表現がない、という動詞もある。

日本語に多い間違いとして、上記敬語表現のような重複表現がある。これは単語に存在する意味の言葉を更に加えてしまうことである。
例えば、落馬するという言葉は「馬から落ちる」という意味であるのに、「馬から落馬する」などと書いてしまうことをいう。
その他、日常では量販店や飲食店等に行くと日本語の誤りに出会うこともできる。

「こちらでよろしかったですか?」
「こちら、※※になります」
「以上で大丈夫でしょうか」
「いくらからお預かりします」

等々。普段聞きなれている為か特に違和感は覚えないかもしれないが、これらは基本的に誤りである。

掲示板等ではよく漢字を間違えていることがある。
これは変換機能に頼っているせいで漢字が分からないのか、もしくは誤変換に気づかずにいるかのどちらかだろう。顕著なのは「以外」と「意外」。

その他、本来は誤字・誤用だった言葉がそのまま使われる、なんてこともある。独壇場がいい例である。



また、日本語にはラテン語のような古語表現も存在する。
これは現代人が聞くなり読むなりすると、「ああ」と納得したり、「うん?」と首をかしげたり、現代語と同じ言葉があるのに違う意味だったりと、
本当によく分からないものが多い。

とはいえ、現在でも様々な言葉が本来とは違う意味で使われていたり、または新しい意味が追加されたりと、日本語は日々進歩している。
例としては、微妙、全然、鳥肌がたつ、普通、等。
将来は現在使用されている日本語は古語になり、同じことを思われるのかもしれない。



補足等

最近では若年層に限らず、漢字を読めない人間が増えてきている。
鳳梨や天鵞絨とかいう当て字はいいとして、王様、大きい、父さん、炎、氷、等小学生で習うような漢字の読みが出来ない人がいる。

もっとも顕著なのは「十分」で、多くはこれを「じゅっぷん」と読むだろうが、正しくは「じっぷん」である。
「十」を「じゅっ」と発音する言葉は日本語には存在しない。

あまりに間違えて覚えている人が多い為か、「十」の読みに「じゅっ」を加えようか、という話もある。



他に常用漢字で雰囲気や巣窟等もネタにされるほど読めていなかったが、最近ではどうなのだろうか。


ついでに、日本語には他言語には殆どない、すばらしい機能いくつかがついている。

1つ目は「音訓読み」
外来語である漢字に自国語の読みを付け加えることで自国文化に深く効率的に吸収出来た。
漢字文化圏に属していた国の殆どは、この仕組みが無く民衆に理解が難しいかった為、その言語文化と共に漢字表記を失ってしまった。


2つ目に表現が非常に豊かなこと。(ただし、これは日本語の難解さや曖昧さを増す要素でもある為、欠陥とも考えられる)

『兄』という単語一つ上げても

兄ちゃん/お兄ちゃん/にいやん
お兄さま/おにぃ
あにうえ/兄上さま
兄さん/兄サマ/兄たま
兄者
兄貴/アニキ
にぃ/にぃにぃ/兄や
あんちゃん


こんだけ……いやまだまだある。(漢字・カナ・かな でニュアンスが変わるのがミソ)
ところで兄ってゲシェタルト崩壊おこすよね

またルイズたんのコピペは他の言語ではまず表現できない。

一人称も豊富である。

わたし/私/わたくし/あたし
あたい
自分
ぼく/ボク/僕
おれ/オレ/俺
おいら/オイラ
わし/ワシ/儂
うち/ウチ
わっち
わらわ/妾
それがし


まろ

おいどん
拙者
我が輩
小生

等々。今は使わないものもあるが。
スポーツ選手がよく「自分」を使うが、あのような改まった場ではわたし、もしくは私が適当。元は山口弁らしい。二人称も同時に豊富だが割愛する。

もっとも表現が豊かになる対象は文化に強く影響される為、単にその違いとも言えなくもない。


謙譲語表現を他人に対して使うことで尊大表現が可能。これは多く時代劇等で使われ、日常ではそうそうない。
侮蔑表現もあり、これは名詞の前に「糞」「腐れ」等をつける。単に呼び捨てたり、野郎等も侮蔑表現に含まれる。


尊敬語、謙譲語、丁寧語をひとまとめに敬語と呼ぶ。単に敬語というと丁寧語を指す場合が多い。
この敬語の中に、丁重語、美化語等も分類によっては含まれる。ごはん、お手洗い、等は美化語である。
ヨーロッパあたりの言語には敬語表現が少ないが、朝鮮語には尊敬語、謙譲語、丁寧語の区分けがあったりする。


日本語は母音と子音が一体化している数少ない言語であり、その為外国人は日本語の発音が若干難しいらしい。
一方日本語を話す日本人も英語の発音が苦手(特にRやth等)。

日本語にも語順があるが、正直な話あってないものに近い。でも語順を変えるととんでもない文章になったりする。
また単語の省略も非常に多い。とくに主語や動詞が省かれることが多く、名詞一語で会話が成立することも少なくない。
日本語の難しさに文字の多さを指摘したが、これでも少なくなった。明治にひらがなやカタカナの統一化、簡略化がなされた為である。
それ以前では、例えば花札の赤短の札を思い出してほしい。「あのよろし」と読んでいないだろうか。
あれはよく見ると「の」の上に点がついていて「可」の変形、つまり「あかよろし」と書いてある。因みに「あきらかによろしい」という意味。
また、その時に「を」も削除される予定だったが、諸々の事情で現代まで残っている。が、発音は「wo」でなく「o」であるのがその名残である。
しかし一部都道府県では未だにwoと発音しているところもある。


因みに、東北圏の方言はどこの言語だと言いたくなるようなものが多い割に、更に北の北海道が標準語に近い理由は、
明治時代に日本各地から派遣されて来た屯田兵が会話する為には方言だと不便だった為である。


追記修正は正しく美しい日本語で宜しくお願い致します。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/