第三次ミニ四駆ブーム

登録日 :2012/07/04 (水) 16:21:39
更新日 : 2017/01/18 Wed 18:17:17
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(株)タミヤ(旧田宮模型)から発売されているホビーミニ四駆
1982年に生まれたミニ四駆は、これまで2度の国民的大ブームを巻き起こした。

徳田ザウルス氏の漫画ダッシュ!四駆郎とレーサーミニ四駆による第一次ミニ四駆ブーム。

こしたてつひろ氏の漫画爆走兄弟レッツ&ゴー!!とフルカウルミニ四駆による第二次ミニ四駆ブーム。

「小学校の頃マグナム持ってた」「アバンテに憧れた」「ワンウェイホイールの理屈が未だにわからん」というおっさ……諸兄も多いだろう。
それぞれの直撃世代でなくても、ミニ四駆が社会現象レベルの大ヒットを記録したことを耳にしたことはあるはずだ。


しかし、第三次ミニ四駆ブームというものは知っているだろうか?
今は当時のようにコロコロコミックで漫画が人気を博しているわけでもなく、テレビアニメもやっていない。
多くの人は『いつ流行ったんだ?』と首を傾げても仕方ないだろう。

だが、第三次ブームは確実に存在している。
第二次ブーム終焉以降の歴史を紐解きながら、それを確かめてみよう。


  • 1999年
この年、爆走兄弟レッツ&ゴーMAXの連載が終了。
同時に全国大会ジャパンカップ、田宮の情報番組RCカーグランプリも終了する。
第二次ミニ四駆ブームは終わり、タミヤの主力商品はダンガンレーサー とラジ四駆という名の黒歴史 に移行する。
ダンガンレーサーはミニ四駆の遺産を活かしそれなりにヒットするも、ゾイド、ベイブレード、そしてMagic the Gathering及び遊戯王OCGを筆頭とするTCGブームの前に苦戦していた。

またしばらく経つと、かのバンダイがミニ四駆にソックリな バクシード を唐突に展開する。
それなりに人気を得たものの、往年の本家のような爆発的ブームには至らず、数年で終了した。

その裏で往年の名車アバンテJr.等がコレクターアイテムとして、かつてのレーサーにオークション等で取引されていた。
密かな人気を受けてタミヤはドラゴン、四駆郎、レッツ&ゴーから選りすぐったマシンを2005年にメモリアルボックスとして販売したところ、意外なヒットを飛ばす。

――ミニ四駆はまだ死んでいない。そう判断したタミヤは同年、誰もが驚く新商品をリリースしたのだった。


  • ミニ四駆PRO
それまでのミニ四駆はマブチの 片軸 モーターをシャーシの後(FMシャーシは前)に搭載し、前のタイヤにはプロペラシャフトで動力を伝達して、四輪駆動をさせていた。
(このタイプのシャーシをシャフトドライブシャーシと呼ぶ)

だが2005年にリリースされたMS(MidShip)シャーシは、その名の通り異形の 両軸 モーターをマシン中央に配置し、前後輪にモーターのパワーをダイレクトに伝達するという全くの新発想で作られたシャーシであった。
(ちなみにワイルドミニ四駆が割と似た構造)

第2次末期頃からの研究で、速いマシンとはシャーシにゆがみがなく、モーターのパワーを無駄なく発揮できるマシンだと結論付けられていた。
空力?100km/hくらい出さないとちょっと意味無いです。


実はミニ四駆は、四輪駆動で走るための プロペラシャフト に、最も駆動のロスが生じる。
つまりミニ "四駆" であるためのパーツが、最大のウィークポイントであったのだ。

そこで、MSシャーシは誕生から一度も変わることなかった片軸モーターを廃止し、新型モーターを採用。
そしてプロペラシャフトを廃止し駆動系を改善したために、大幅なスピードアップを果たす。

かつてフルチューンのタイプ1シャーシをドノーマルのタイプ2がブッちぎったように、第二次ブーム時のマシンがMSシャーシに手も足も出ないというレベル。

さらにあのバクシードのシャーシカスタマイズ要素をパク……参考にしたことで、シャーシ設計の寿命という欠点も解消。

このような新要素を詰め込んだ画期的なニューシャーシとともに発売されたのが、その名も ミニ四駆PRO だった。


しかし、突然のミニ四駆の新展開が異形のMSシャーシであることを受け付けられないファンも多く、 加えて初期のマシンデザインがアリイあたりのパチ四駆っぽいのもあり、 売り上げはパッとしないままだった。
それでもタミヤはPROを打ち切るようなこともせず、皇帝等の旧マシンのPROリメイクや、新たなるマグナム&ソニック『バイソンマグナム』『ロデオソニック』の発売など、改良を続けながら地道に販売を続ける。

旧来ファン向けだけでなく、アニメエヴァンゲリオンとのコラボレートマシンや、漫画鉄のラインバレル作者のデザインマシン ライジングエッジ/スラッシュリーパー 等新規ファンの獲得にも精力的に取り組み、PROは少しずつシェアを伸ばしてゆく。

だからってねんどろいど乗っけるのは危ないと思うぞ!MSじゃなくスーパー2だけど。

そしてPRO展開の裏で、もう一つのラインが成長を遂げていた。


  • 新生シャフトドライブ
MSシャーシは速く画期的なシャーシだった。しかしそれまでのシャーシと違いすぎたことで、旧来のユーザーを惹き付けられるものではなかったのも確か。
MSに勝つために、慣れ親しまれたシャーシの研究がユーザー間で進められていく中で、タミヤも高性能の新シャフトドライブシャーシを投入する。

ただでさえ硬いと評判のXをさらに堅牢にした スーパーXXシャーシ

第2次ブームの華・スーパー1を進化させた スーパー2

新ブランドミニ四駆REVのフラグシップ、完全新作 ARシャーシ

これらの新マシン本体に加え、グレードアップパーツも机上の理論の産物ではなく、実戦を通して研鑽されたものが主流を占めるように。
ユーザーが本気で研究を重ねれば重ねるほど、ミニ四駆は結果をもって応えてゆく。

そうしてマシンが進化し続ける傍ら、ある1つの課題も見直されることとなる。それは……


  • 子供の玩具から、全ての世代のホビーへ
第一次・第二次ともに終焉の原因は年齢制限のために中学生までしか大会に出られないことだった。
どんなに人気になったとしても時が来れば卒業してしまう……。

そこでPROの発売に合わせ、イベントの見直しも図られる。
公式大会に高校生以上の大人も参加可能なエキスパートクラス(後にオープンクラスと改名)が新設。
卒業という概念を無くしたことで、門戸を大幅に広げたのだ。
他にも初心者のための最高速度制限クラスや、宣伝のために各種メディアが参加するプレスカップを開催したことも大きく、新生ミニ四駆をアピールすることに成功する。

そしていつしか、かつてミニ四駆と共に少年時代を過ごしたレーサー達が、新たにミニ四駆に興味を持ったレーサー達とともに、再び模型店のコースに集うようになっていった。

ミニ四駆は子供だけのための玩具から、いい年こいたおっさん達が手に汗握らせながら楽しむ趣味に、全ての世代が楽しめるホビーへと生まれ変わってゆく。

そして2012年。
13年の時を超えて、ミニ四駆の頂上決戦ジャパンカップが開催された。


  • 第三次ミニ四駆ブーム
コロコロコミックが牽引した第一次・第二次ミニ四駆ブーム。
それは他の玩具と同じく、流行が終われば消えてしまうものだった。

だがミニ四駆で育った世代は、今度は自らミニ四駆を牽引し始めた。
もっと速く、もっと楽しく。研究を重ね、アイデアを出し合い、そしてタミヤもその声に応えていく。
それは奇しくも、かつてミニ四駆が生まれたころのユーザーとメーカーの関係と同じ。

全ての世代のホビーとして蘇ったミニ四駆。ミニ四駆ファンはこの新たな時代をこう呼ぶ。


第三次ミニ四駆ブーム、と。



追記・修正はジャパンカップの頂点を目指しながらおねがいします。

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