大和(戦艦)

登録日 :2009/10/11(日) 13:44:34
更新日 : 2017/10/04 Wed 10:52:04
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戦艦大和(やまと)は、旧日本帝国海軍が建造した「大和型戦艦」の一番艦。
「大和」は日本の別名でもある(同様の名を戴いた戦艦に「扶桑」がある)。
姉妹艦として武蔵信濃(空母へ)、111号艦(計画中止)、797号艦(計画中止)がある。
実は大和の名を持つ軍艦としては二代目。


太平洋戦争当時から現代に至るまで、主砲口径及び排水量で大和型を超える戦艦は存在しない。
今後、これを上回る戦艦が建造される可能性は極めて低い為、事実上史上最大最強の戦艦であると言えるだろう。


概要

【歴史】
  着工 1937年11月4日
  竣工 1941年12月16日
  戦没 1945年4月7日
  除籍 1945年8月31日


【諸元】
  全長:263m
  水線長:256m
  最大幅:38.9m
  基準排水量:64,000トン(重量超過で実際は65,000トン)
  満載排水量:72,809トン
  最大速力:27.46ノット
  航続距離:7200海里(16ノット) ※実際は11,000浬以上
  燃料搭載量:6400トン

【兵装】
  主砲:
  ・45口径46㎝砲(秘匿名称94式 40cm砲(大嘘) )3連装3基計9門
  砲弾:
  ・徹甲弾(91式、1式)砲弾重量1460kg(異説1520kg) 炸薬量33kg 初速780m/s
  ・通常弾(零式、3式)砲弾重量1360kg 炸薬量61.7kg 初速805m/s

  副砲:
  ・60口径15.5㎝砲3連装4基計12門(後に対空兵装増強の代償重量として半減)
  高角砲:
  ・12.7㎝連装高角砲6基12門
  機銃:
  ・25㎜三連装機銃多数(時期により著しく異なる)

【装甲】対45口径46cm砲防御(安全距離20000~30000m、 実際は設計ミスでこれよりも広い!
  ・舷側装甲410㎜(20度傾斜) →500㎜相当
  ・水平装甲200㎜
  ・主砲前楯650㎜
  ・主砲天蓋270㎜



【建造に至るまで】
  仮想敵国のアメリカは、両洋に艦隊を展開しなければならない関係上、パナマ運河を通せる幅に制限される。
  その条件で建造した場合、40.6cm砲を積んだフネが関の山だと見積もられた。
  じゃあアメリカがもてない口径の砲を持ったフネを造ろうぜ!軍縮条約も脱退したし!と建造が決定される。
  対外的には40.6cm砲戦艦とされ、 議会すら騙して予算が組まれた。
  ちなみに、第四次海軍軍備充実計画の一一〇号艦型でも同様の工作で誤魔化していた。
  その機密保持は徹底しており、戦後までアメリカはおろか、自国の兵や将にすら漏れなかった。
  ただ、漠然と「新型戦艦があるらしい」程度には知られていた模様。
  そりゃドックを目張りして「見るなよ!見るなよ!絶対見るなよ!」なんて言っていれば、多少はね?


【設計思想】
  石橋を叩いて渡るように、信頼性の高い従来技術が各所に用いられる。
  機関は信頼性確保の為、わざわざリミッターをつけた状態で搭載された。  
  また、軍縮条約からは開放されるも、予算は有限かつ、既存の港湾施設で運用できるサイズには限度がある事から、
  装備の割には 非常に小さい。 これは被弾率の軽減にも効果があった。

【主砲】
  大和の特徴は、世界最強の主砲を搭載したことに集約される。
  およそ9-16発で如何なる敵戦艦を廃艦状態に叩き落す超絶火力。
  その破壊力は、当時の第一線級戦艦の備えた40.6cm砲に対して、最大で5割増しにもなる。
  ただし、初期不良で砲塔には故障が絶えず、これが完全に解決されたのは戦争も後半になってから。
  発射の際、近くの乗員は口を開けて耳を塞ぐ必要があった。こうしないと発射の際の轟音と衝撃で、 肺が破裂して死に至る ため。

【防御】
  防御方式は、当時のトレンドである集中防御方式で、艦の防御を全体の53%に留めることで、大幅な重量軽減に成功した。
  安全距離の設定は自艦主砲20000~30000mで設計されたが、 見積もりが甘く 実際にはこれより広い範囲で耐えられる。
  舷側装甲には、新開発のVH装甲が用いられた。
  これは、表面浸炭加工を省略する事で、防御力向上とコストダウンに成功した逸品である。

【速力】 
  要求性能では30ノットだったが、そんなもんを実現した日には 満載8万トン にもなることで早々に却下。
  どうせアメリカの戦艦なんて低速だろうから、それより優速な27ノットにしておこうとこの数字に。
  実際には、アイオワ級を除くアメリカ条約型戦艦も同じくらいの速力だったというオチがつく。
  実のところ、27ノットはプレ・ジェットランド戦艦より高速で、機動部隊にも追従し得る速力である。

【航続性能】
  要求性能では16ノットで7200海里だった。
  艦本式11号機械を搭載した潜水母艦の大鯨(後に航空母艦の龍鳳へ改装)における芳しくない運用実績を受けて、
  熱効率の高いディーゼルとの混載からオール・スチームタービンへ機関が変更された影響で排水量も増加したため、
  万一性能を満たせなかったら困ると慎重を喫したところ、 燃費を低く見積もりすぎ、 燃料タンクが過剰に大きい事が判明。
  燃料搭載量を減らすことで、そのほかの部位の重量超過を吸収することとした。

【理想と現実】
  当初のシナリオ通りに戦争は進まず、そもそも真珠湾で米戦艦部隊は大打撃を受けたので、緒戦において出番を失った。
  米戦艦部隊が再編成される時期には、そもそも戦力に差が開き過ぎていた。
  最前線へ出撃する機会はなく、冷暖房完備、食料分配も優先的と高待遇であったため、「大和ホテル」とも呼ばれていた。
  南満州鉄道がチェーン展開していた「ヤマトホテル」にもひっかけた揶揄である。
  ただし、大和内部ではかなり徹底的に乗員教育が行われていて「大和大学校」という言葉もあった。 


戦歴

  ここでは、大和側も攻撃を行った回のみを記載するものとする。

  《1944年6月15日》
   マリアナ沖海戦に、戦果拡大の為の前衛艦隊として出撃。
   米軍攻撃隊に向けて実戦初の主砲発射となる、三式弾を27発放つ。
   しかし僚機を米軍機と誤認し、数機を撃墜する失態も犯す。
   航空決戦に敗れた為、その自慢の主砲を敵戦艦に振るう機会はなかった。

  《同年10月22日》
   レイテ沖海戦に参加。
   23日第二艦隊旗艦愛宕撃沈により旗艦となる。
   25日サマール島沖で米護衛艦隊と交戦し、主砲弾を104発発射。
   この時の栗田健男提督の判断で『謎の反転』を行い、46cm砲を戦艦に使う機会を失う。
   (この時の反転を囮部隊の司令官である小沢治三郎中将は『まじめにこの戦をしたのは西村くんだけだった…』と批判し、生涯嘆いたという)


  《1945年3月19日》
   呉に帰港していた大和は、呉軍港が空襲を受けた際、敵機と交戦。
   目立った被害はなし。

  《同年4月5日》
   連合艦隊より沖縄海上特攻の命令を受領。

  《同年4月6日》
   夕刻、大和率いる第二艦隊は、天一号作戦(菊水作戦)により、山口県徳山湾沖から沖縄へ向けて出撃。



そして大和は、運命の坊ノ岬沖へ…


  《坊ノ岬沖海戦》
   1945年4月7日12時32分、鹿児島県坊ノ岬沖90海里の地点で米海軍艦上機を確認。
   攻撃を開始し、大和最後の戦いとなる米海軍との死闘が開始。

   14時23分、魚雷7本、中型爆弾5発が命中し、米軍航空隊386機による波状攻撃を受け続ける。
   最後のとどめに、空母ヨークタウン艦載機による右舷後部への魚雷攻撃で徐々に左舷側へ傾き、横転または転覆。
   約2時間、幾度にも渡る爆撃と雷撃を受け、尚も沈まなかった大和はようやく大爆発を起こし、
   艦体は2つに分断されて海底に沈む。



   現在、北緯30度43分、東経128度04分、長崎県男女群島女島南方176km、水深345mの地点の海底にて、
   2740柱の英霊たちと共に眠りに就いている。


総評

「大艦巨砲主義の権化」「無駄な公共事業」「時代遅れ」…等々、軍隊憎しのリベラル派から散々な評価を受ける大和だが、
それらは間違っているとまではいかないにせよ、正確とも言い難い。

大和が考想された時代は、まだまだ海戦における航空機の運用が手探りだった頃である。
「これからは航空機が主役になる」という説はあったものの、
「航空機が積める爆弾はたかが知れている。そんなもので戦艦を沈められるのか。あくまで補助的な役割に留まるのではないか」という
至極もっともな理屈が主流だった。

しかし、日本軍の機動部隊は真珠湾攻撃で4隻の戦艦を撃沈せしめた。これらの戦艦は停泊中のところを不意打ちした結果であったが、
続くマレー沖海戦では、最新鋭の戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦レパルスを撃沈。完全に戦闘状態の戦艦も航空機で沈められると証明されたのである。
このことは当の日本軍にすら予想外であり、かの山本五十六も、交戦前は「レパルスは撃沈できるかもしれないが、プリンス・オブ・ウェールズは無理だろう」と考えていたほどであった。

その後も空母機動部隊は快進撃を続け、航空機の有用性を証明し続けた。大和は、彼女を生み出した日本海軍の手で時代遅れにされてしまったのである。
それが敵の手によるものでなかったのは、大和にとって救いであったのか、皮肉であったのか。

また、大和が着工した時点での戦艦は、最新の長門型戦艦でも艦齢17年であり、
それ以前のものは伊勢型戦艦で19年~20年、扶桑型戦艦で20年~22年、
最旧式の金剛型戦艦に至っては22年~26年と、一般に艦船の寿命といわれる30年の折り返し地点を過ぎた老朽艦ばかりだった。
繰り返すが、当時はまだ空母の有用性が未知数であり、戦艦こそが最強兵器だった時代である。
「戦艦なんてやめにして、スパッと全部空母に切り替えましょう」というのはあまりに不確実すぎる賭けであり、老朽化した艦の代替はどうしても必要だった。
前述の批判の中には「専用運搬艦が必要になる46cm砲なんて一点ものを作らないで、量産性を考えた艦にすればよかったんだ」というものもあるが、
それは欧州や米軍艦が46cm砲を積むことが無かった故の結果論であり、質を重視した日本軍が長門型以上の質を追求するに当たっては当然の結論であり、
旧型艦に劣る新造艦など持つ意味がないので、長門型を大幅に上回る設計にしたのも当然である。
圧倒的な国力差のあるアメリカ相手に物量合戦など仕掛けたら、ただでさえほとんどなかった日本の勝機は完全に消滅しただろう。


就役直後に軍事的イノベーションが起こり、戦艦が主役の座から奈落に転落するなど、誰が予想しよう。
超強力なレシプロ機を作ったと思ったら、いきなり超音速ジェット機が普及してしまったようなものである。
それでも戦艦の強力な主砲は、対地攻撃のメインとしてなお有用ではあったが、無為に喪われるのを恐れ、秘密兵器として切り札を出し惜しんだ海軍上層部により、
無為に温存されるうちについに使いどころがなくなってしまったのである。

設計も参戦も、 何もかも間が悪すぎた。 それが戦艦大和の悲劇といえる。



余談


■最初に大和を発見し報告した米軍の潜水艦艦長は
「japごときがそんな凄い戦艦が作れるわけないだろ!?」
と上層部に全く信じてもらえなかった上に、艦長をクビに、、、
実際に信濃を沈めた潜水艦の艦長は嘘つき扱いされて功績を認められなかったという。

■航行中なんか振動がしたと思って帰港してから点検したら魚雷が直撃してた。

■艦首にバルバス・バウ形状を採用しているがその中に零式水中聴音機というソナーを積んでいた。
また一部資料に拠れば大和・武蔵共に対潜爆雷を積んでおり「一応」レベルではあるが対潜能力が有った。

■日本海軍はマル三計画以降に、モンタナ級戦艦の情報を掴み、恐れおののいた。その為に、対抗上、必要と思われた合計11隻(当初は8隻)の大和型の派生型を建造しようと目論んでいた。
マル四計画艦の一一〇号艦こと信濃は実は大和の改良型で、「改大和型」一番艦である。
マル五計画では更に改良した七九七号艦、二〇インチ砲戦艦とした七九八号艦及び七九九号艦の「超大和型」が盛り込まれ、実際に砲は組み立て寸前の試作段階まで進んだ。
マル六計画では米両用艦隊法への対抗上四隻が検討されたが、実際のところ成立の見込みは無かったという。

■姉妹艦の「武蔵」はレイテ沖で沈没したが、受けた損害は魚雷20本、爆弾17発以上命中(諸説あり)という空前絶後のものであり、しかも沈没するまで微速ながらも航行を続けていたという。後世で被害担当艦と誤解された程であり、いかに大和型の耐久力が桁外れだったかが伺える。

■この戦訓をみた米軍攻撃隊は「大和」を攻撃するに当たり、「まず急降下爆撃で対空兵装をつぶし、しかる後に魚雷攻撃を片舷に集中し横転させる」という戦術を取ったという(これもまた諸説あり)。大和の被雷本数が約10本と武蔵に比べ少ないのはこの戦術の為と言われているが、当時の米軍攻撃隊クルーの証言では「魚雷30本以上、爆弾30発以上命中を確認」というものもあったといわれている。最も戦場では誤認は常に起こりうるものの為、真相は不明であるが、海底の大和を調査した結果、残存している部分だけでも戦闘詳報に記録されていない魚雷命中痕跡が4箇所確認されているとの話である・・・

■よく大和の比較対象にされるのが、同じくアメリカ最新の戦艦「アイオワ級戦艦」。
「どっちが強いの?」といった疑問に対しては諸説ある。

攻撃力に関してはもう議論を待たず大和の圧勝で間違いはないだろう。
一発撃つごとの装填時間が長いため、手数ではアイオワに一歩譲るという説があるが、実際は大差はない。
そして、16インチ砲弾想定のアイオワでは大和の46サンチ砲に耐えられない。
一方大和はアイオワの50口径16インチ砲の超重量弾(SHS)は勿論、自らの主砲にさえ耐えうる圧倒的な装甲を誇り、艦砲で沈む可能性は極めて低い。
まあ、アイオワ級は条約型戦艦(エスカレータ条項により基準排水量の上限が1万トン増の4,5000トンに緩和)なので、攻防力が劣るのは致し方ない…

また、大和型の第一副砲は設計時からの弱点となっており(軽巡の主砲をそのまま流用した為、相応の防御力しか持たない)、万が一ではあるが垂直に近い角度で副砲に戦艦主砲弾を食らえば、そのまま副砲弾薬庫から主砲弾薬庫に誘爆して、一撃で轟沈する危険性があると言われている。(まあ、連合艦隊の想定決戦距離でそんな急角度の艦砲射撃があるかどうかは別として。ただし武蔵竣工間近に、山本五十六の『爆弾食らったらどうするんだ!』という提言と『爆弾食らったら轟沈!?こわーい』という用兵側の切実な要望で、慌てて副砲防御力の強化がなされたという記録も残されている。そのため副砲防御増強が後付の本艦よりも、最初から防御力強化がなされた武蔵のほうが頑丈だったという説もある)
また、主務設計士の平賀譲氏は良くも悪くも『保守的』な造船技師であった。大和造船の前に起こった友鶴事件や第四艦隊事件で新技術への信頼を失っていたため、先進的な技術の使用に消極的だった。そのために当初の軍令部の計画を権力で捻じ曲げてまで、堅実な(悪く言えば旧式)保守的設計でまとめようとした。しかし実は彼自身も新技術の熟成のためには溶接技術育成が必要であるという境地に達していたために、工廠の若手技師らがこっそりと今後の技術熟成のために、彼に内緒で溶接箇所を増大させたのを『黙認』した。(最も従来のリベット留めも、水圧による接合面破断を起こしやすいという欠点があったが)しかし弊害は残り、実は防水隔壁や注水可能区間の数が長門型と大差ないなど、日本艦としては最高レベルではあるが、米海軍に比べるとダメージコントロール技術に難がある。さらに当時の戦艦設計の流行であった、重要区画を中央に集め重点的に強化し、軽量化を図る「集中防御」形式を徹底した弊害で、艦首艦尾も若干脆い。

また、晴天下では大和有利ではあるが、レーダーの関係上雨天、夜間はアイオワが有利となる。

さらに速力もアイオワのほうが上の為、戦闘距離は基本的にアイオワが決めることになる。(ただし実際はアイオワは30ノット以上では砲撃不可能なほどに揺れる、船内から変な音がするらしいので、大和と実は大差ない速力しか戦闘時にだせない。)


■大和だけでも巨大だが、大和建造以後に発展形の巨艦の超大和型戦艦が、それ以前の大正時代には五十万トン戦艦たるものが計画されていた。しかし、いずれも構想で終わっているものの、五十万トン戦艦が大和の建造に影響を与えており、如何に日本海軍の大艦巨砲への信仰が深かったのが分かる。


フィクションにおける大和

単純に「世界最大の有名戦艦」と言うのもあるが当時にしてはかなりのハイテクの塊であった事、また改修や換装が劇的に映える事などもあり
創作では大抵何らかの形で手を加えられた姿で登場する事が多い。
ただし、そのような人気が出たのは戦後の戦記ブーム以降。戦時中その存在は徹底的に秘匿されていたこともあり、所謂「ビッグ7」である長門、陸奥が日本の戦艦の象徴とされていた。

宇宙戦艦ヤマト
西暦2199年。ガミラス帝国の遊星爆弾による攻撃で海が干上がったため地上に露出。
九州沖で夕日を浴びる残骸となっていたが、恒星間航行用の宇宙戦艦として改造され250年の眠りから目覚める。

ガミラス帝国白色彗星帝国、暗黒星団帝国、ディンギル帝国からの侵略、惑星アクエリアスの暴走から地球を守り抜いた。

その戦力は架空の大和の中ではおそらく最強。ある意味一般人が大和に持つ「単艦無双の象徴」イメージの権化でもある。
軍事や戦争をほとんど知らなくとも大和だけは知ってる一般人が多いのは間違いなくこの作品が原因だろう。
ちなみにヤマトの船体はスマートで、どちらかと言うとアイオワに近い。

また大和の弱点であったダメージコントロールもしっかりしている。
しっかりし過ぎてもはや不沈艦と化しているが。

なお、前述の通り、現実の大和の船体は真っ二つに折れており、作中のような原型は留めていない。
これは、制作当時、大和の状況が不明だったため。
のちにこれを知った松本零士は大変悔しがったとか。

■架空戦記
大人気な艦であり、改装されて51cm砲を積んでしまったり航空戦艦になったり核爆弾を搭載したりアーセナルシップになってたりする。
架空戦記界では零戦や山本五十六と並ぶ三種の神器。
大和型よりも巨大な戦艦が登場する作品でも、大した活躍もせずリタイアするケースは稀。
大抵は数斉射以内に敵戦艦を撃沈する(旧式戦艦でも廃艦所要弾数上9~12発は必要で、フッドのような例はレア)。
時にはアウトレンジかつ初弾命中で敵戦艦は一発も放たない内に轟沈させられる事も。
しばしばライバル視されるモンタナ級と対決させられる事も多い。


ストライクウィッチーズ
何故か医務室が爆発したり、46サンチ砲もネウロイに対しては決定打を与えられなかったりといまいちパッとしなかったが、最終回と劇場版で獅子奮迅の活躍を見せる。
というか飛ぶ。旗艦は姉妹艦の武蔵に譲っているようで、やたらと欧州へ赴く(連合艦隊旗艦だと説明されるが、本来は旗艦である大和をライン川を送るはずはないので、実質は武蔵に譲っていると思われる)。
外伝では大和建造の前段階として、八八艦隊計画の残滓である紀伊型戦艦が登場しているが、実際は大和型と紀伊型の間に関連性は無い。
むしろ紀伊型の後続である一三号型巡洋戦艦が大和の『プロトタイプ』である。(46cm砲搭載艦であるため」)
詳細は戦艦大和(ストライクウィッチーズ)の項目を参照。


鋼鉄の咆哮シリーズ
実現しなかった超大和が超兵器として登場している。
一応史実通りの大和型戦艦も作れるが、弱い(シリーズによっては史実計画の超大和型すらパンチ不足に陥る)。


ウルトラセブンにも怪獣アイアンロックスとして登場。
厳密には海底の残骸を集めた巨大な戦艦怪獣。

■夢幻の軍艦大和
現代の少年がタイムスリップして大東亜戦争時代の大和と出会い、歴史の改変を目論む。
史実を覆し到着した沖縄にて、アメリカの新型爆弾(原爆)を受けそのまま歴史をリセットされる。
割と評価されてはいたが、打ち切りの影響か伏線もろもろ回収されずに終わってしまった。残念。

■天空の覇者Z
舞台は1930年代という設定だがナチス驚異の科学力の技術供与により飛行戦艦として登場。
作中での名称は「暗号名イプシロン-Y- 超弩級飛行戦艦 大和」
何故か船体が上下逆さまの状態で飛行、こんな登場しているのはこの漫画だけではなかろうか。
太平洋を横断可能な航続距離を持ち、46センチ砲9門も搭載した超戦艦という設定だったが、
『重力砲が標準装備』というこの漫画の中ではかなり常識的な装備と性能の艦。
その常識的な設計故にナチス脅威の科学力に終始翻弄され、あっという間に分解されてしまうという短い登場だった。

艦隊これくしょん -艦これ-
大戦中の様々な艦が登場する本作にも勿論登場。CVは竹達彩奈
実は公式ツイッターのアイコンにほんの一部だけ写っており、相当な巨乳であることが予想されていたが…… 巨乳の上に更に徹甲弾の飛帽を追加していた。
最高の火力と最強の大飯食らいとして一航戦に次ぐ新たなるネタキ…ライバルとなりうるのか?
提督的にはマジ勘弁して貰いたいが。
公式4コマでは『大飯食らい』なところで赤城にライバル視されている。また、自作のアイスやラムネで駆逐艦娘の人気を得た為、子供好きな長門から嫉妬の視線を向けられている。艤装の中は「夏はひんやり、冬はぽかぽか」とのことである。
総合戦闘力は全艦娘中最強(姉妹艦の武蔵をもわずかに上回る)だが、燃費の悪さに加え、速度や装備の適性など、運用上の制約がけっこう多く、無敵無双というわけにはいかない。ゲームバランス上の問題ではあろうが、こんなところまで史実を再現せんでも…


World of Warships
日本戦艦ツリーの集大成としてTier10にて参戦。余談だが各国の戦艦ツリーの中でのTier10実在艦は2016年12月現在大和だけである。(IowaですらTier9なので恐らく今後とも)
他の戦艦の2~3割増しの長射程、格下戦艦ならば側面でなくてもバイタルをぶち抜く貫徹力、10万近い生存性に同格46cmすら弾く装甲、戦線の転換も不可能ではない27ktの速力。史実でなし得なかった艦隊戦と言う土俵であり、特に対戦艦においては絶対的に優位に立てる性能を有する。
ただし(ゲームなので)弱点がないわけではない。高い生存性や装甲も割合ダメージを与える火災や浸水には無力で、他の戦艦と同等の耐久性しか発揮できない。孤立して巡洋艦の集中砲火を浴びれば瞬く間に沈んでしまう。またその巨体ゆえ隠蔽性が低く、遠くからでも見つかってしまうためこの点においても集中砲火を浴びやすい。
主砲も貫徹力こそ高いが威力は前級の2,3割増しでしかなく、一発で敵艦を無力化できるほどではないので継続して命中させる腕前は必要だし、他艦に優位となる長射程も当然その距離で当てられなければただの芋である。むしろその生存性を活かすために接近して肉壁となる事もこのゲームには求められるので、使いこなすにはそれなりの腕と戦況を読む力が必要。noobが何も考えずに乗って無双できるような艦ではない。
なお大和に限った話ではなく他のTier10艦に言えることだが、修理費と弾薬費がべらぼうに高いため、平均的な成績ではプレミアムアカウントでもいいとことんとん、通常アカウントならば十中八九赤字となる。


コメント

私ごときの編集では、この高名な艦についての説明は不十分かと思います。軍事知識に詳しい方からの追記・修正をお待ちしております。

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