スティーブ・ジョブズ

登録日 :2011/10/06(木) 17:14:38
更新日 : 2017/01/25 Wed 13:49:13
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「私の生涯賃金は108兆ドルまであるぞ!」

スティーブ・ジョブズ
正式には スティーブン・ポール・ジョブス。
(Steven Paul Jobs)
あのネットワーク業界のガップリン「Apple」の設立者の一人。
またトイストーリーで有名な映画会社「pixar」を作り出したのも彼。
一番最初のネタの108兆ドルは嘘で実際はもっと稼いだとされている。



1955年2月24日生まれ。
出身はカルフォルニア州サンフランシスコ。

当時大学院生で未婚だった母の下に生まれ、生まれてすぐに養子に出される。
幼少期から機械に興味があり中学に上がる頃にはすでに企業からアルバイトを引き受けるなどその片鱗が現れている。

高校生になっても機械に対する興味は衰えず、当時出会ったばかりのスティーブ・ウォズニアック(後のApple社創立メンバーの一人)の助けを借りて「ブルー・ボックス」と呼ばれる、無料電話をかけられる電話機を作り出した。
ジョブズはさらにウォズニアックが通う大学でこの自作ブルー・ボックスを売り捌いていた。商魂も逞しかったようだ。

その後大学に進学するも中退。理由は学費が高いや風紀が合わないなど様々。
それでも大学には通い(当然単位はつかない)哲学や西洋書道のカリグラフィを学んだ。これが後のAppleのフォント機能に活かされたそうだ。
そして中退から約三年後パーソナルコンピューターの先駆けである「AppleI」を売り出した。
当時は様々なコンピューター技術の開発が進む中自作式として発売。

組み立てが面倒で大した機能もなかったとされているが、この頃コンピューターの自体が認知されていなかったという背景もある。
さらにこのAppleⅠはテレビまたはビデオに直接接続・情報を出力できるという画期的な仕様だった。
……え?何が凄いかわからない?当時はノーパソなんか当然ないしプリンターも普及していなかった。
そんな中で記憶媒体の内容を他に映せる機能を持ったパソコンを、手作りで量産・販売したのである。
ちなみに、後継のAppleⅡへの乗り換えをApple社自身が推し進めたためにAppleⅠは殆ど破砕・廃棄されており、現存するものはなんでも鑑定団で600万円の値がついている。

時は流れ1980年。ついにAppleⅢが完成。これは今あるパソコンにかなり近づいた。
ディスプレイのカラー化、キーボードの内蔵、拡張スロットなどパソコンらしくなりこの年に二百万台を売り気づくとジョブズは大成功する。
しかしその約五年後、ジョブスは自らが立ち上げたApple社を辞めさせられる。
理由はその年の需要予測を見誤り過剰在庫を出したため。加えて当時の代表社長を糾弾しようと画策したとされている。

しかしジョブズは諦めたりしない。なんと新しく会社を作ったのだ。
これは後のMacintoshの足がかりとなる会社でこのときの作ったOSが今でも流用されている。
その後今度はAppleが営業不振に陥る。この隙を見逃さなかったジョブズは自社を売り込みAppleへの返り咲きを謀る。結果は大成功。
見事Appleへ戻り1996年に役員として招かれる。

ジョブズ「てめーら!よくもクビにしやがったな!覚悟しろよ!」

と言ったかもしれない、ていうかもっと凄いことをした。
当時の役員を味方につけジョブズは経営悪化の責任をCEOつまり最高責任者に取らせ更迭させる。
更に社内の士気向上を目的に改革案をぶち上げるも、役員らは反対。
これを受けジョブズは株主筆頭の立場を利用し役員らに辞任を突きつける。
最終的に役員のほとんどは辞任することになり、後任にはジョブズと縁のある人物たちが配置されることになった。

ジョブズ「まだまだいくぜ!」

次に某銀行からお金を貸してと要求されて困っちゃってる人の会社から資金提供をうけインターネットの普及のカギとなったオンラインストアの開設、
新しい集積回路の採用と次々とApple立て直しという名の乗っ取りをする。

ジョブズ「最後はこれだー!」

そして1998年、あの超高性能デザインiMacが市場投入。Appleの復活と同時にジョブズが最高責任者として磐石の地位を築いた瞬間だった。
2000年についにCEOになり実質Appleはジョブズのものとなりジョブズは幸せになりましたとさ…
と思いきや今までの行動に利子がついて帰ってきた。

2003年、膵臓ガンの宣告を受ける。
まだ発見当初は治療可能な状態であった。
が、ジョブズは西洋的な医術を頑なに拒否。
食事療法、ハリ治療、民間治療などで完治を目指してしまう。
結果、病状は進行してしまい約9か月後に周囲には内緒で手術受ける。

しかし2009年、肝疾患発症。
症状のクラスは最悪のステージ5。
移植手術を行いなんとか一命を取り留めるもこの時すでに余命宣告をされていたらしい。
回復に努めるもすでに体はボロボロ。
いつ悪化して死に至ってもおかしくないとされているなか晩年、彼は今やスマートフォンの代名詞と読んでも過言ではないiPhoneの普及に全力を注いだ。
そして…

2011年10月5日、世界最高のクリエイタースティーブ・ジョブズは波乱の人生に幕を下ろした。享年56歳。
自社商品へのこだわりの強さ故に多少強引と評されることもあったが、
『魔術師』とも呼ばれた彼が作り出した作品は、創造主がいなくなったこの世界に於いても今もなお動いている。そう、この瞬間も。



余談だが、つい先日発表されたiPhone4Sは「4S=for Steve」という説がある。
「4S=死す」とか読んじゃ駄目絶対



彼は2005年のスタンフォード大学の卒業式に招かれこんな言葉を残している。

「stay hungry.stay foolish.」
(貪欲であれ。バカであれ。)

彼はこれから未来を作る若者に対して何事にも挑戦できる心、
それも金儲けや上昇志向ではなく、自分の感性を信じて挑戦する創造的な姿勢を忘れさせないようにこの言葉を送ったとされている。



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