DQNネーム

登録日 :2010/12/28(火) 17:42:37
更新日 : 2017/10/08 Sun 12:58:46
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概要


DQNネームとは人名におけるDQNな名前、つまり一般社会の常識と照らし合わせると明らかに逸脱した名前のことである。
発祥は不明だが、いつ頃からか自然発生的に誕生し、そのまま定着した。

類語に 「キラキラネーム」 がある。
こちらは命名した当事者にとってはポジティブな意味合いとなり、メディアなどではこちらが使われる。

だが、どの道多分に皮肉を含んだ表現であるのには変わりはない。
最近ではキラキラネームの方がよりストレートに馬鹿にした感じがして通りがいいかもしれない。



タイプ

大きく分けて「字の使い方」か「名前の由来」のどちらかまたは両方に原因がある場合が多い。
なお、後述するように実際にいる名前をDQNネームの具体例として出すのはいじめでしかないため、架空人物の例のみ取り上げる。


字の使い方

文字の使い方の分類としては大きく6つに分かれ、

人名に不適切な字や単語を使う
例:「岳画殺(たけが さつ)」や「平沢憂(ひらさわ うい)」、「悪魔田死神」等

大げさな名前や外国人のような名前をつける
例:「板垣天使(いたがき えんじぇる)」や「西園寺世界」、右代宮一族

ヤンキーもびっくりの当て字を用いる
例:「田中眼蛇夢(たなか がんだむ)」、「美来斗利偉・拉麵男(ビクトリー・ラーメンマン)」、「毒狼拳蛾蛇虫(どくろけんがんだむ)」 等

『読めるか阿呆!』と言いたくなるほどに無理矢理な当て字
例:「目太門比科忠(めたもん ぴかちゅう)」、「保可炉衣土(ほかろ いと)」 等

◆本来の漢字の読みを途中で勝手に切る 豚切りを使う

どうやっても普通はそう読まない読みを当てる
例:月(らいと) 等



名前の由来

由来にもいろいろあるが、実際には由来がどうであれ自然な名前であれば問題は無い。

◆漫画やアニメやゲームのキャラクターからそのまんま引用する

◆人間ではなく動物のキャラクターの名前をつける

◆国際的な人に育ってほしいと外国人っぽい(あくまで"それっぽい")名前をつける

◆「かわいいから」とペットのような名前をつける

◆外国の単語を意味も分からず持ってくる

◆個性ある人に育ってほしいと変にひねくった名前を付ける


等々…様々なタイプが存在する。


ここ十年の明治安田生命の子どもの名付けランキングをみると、

どうみても新しいエロゲーかギャルゲーか特撮ヒーローの登場人物一覧か何かか と疑いたくなる光景が広がっており、
特に女児の名前は概ねパソコンかテレビのモニター越しに会った彼女達から付けたであろう名前が連なっている。

アニメやゲームのキャラクターの場合、個性的なネーミングにすることでそのキャラの名前を覚えてもらいやすくしたり、
悪役なので現実で同じ名前の子供がいじめられないように…等の理由で奇抜な名前がつけられることは珍しいことではない。

ただしそれはあくまでも創作に登場する架空の人物だから許される話であり、
その名前を親が真似して自分の子供に付けてしまうというのは正直なところあまり褒められた行動とは言えない。

それが「翼」などの現実でも珍しくない名前ならともかく、後述の「月(ライト)」のようなDQNネームを付けてしまうというならなおさらである。

DEATH NOTEにおいて、原作者のガモ…もとい大場つぐみは、

「同じ名前の子どもがいじめられないように」

という理由で非現実的な名前を数多く登場人物に名付けたが その後月やらキラやらの名付けが増えたらしい。
……大場つぐみ先生の配慮が台無しである。

さて、アニヲタwikiにあんまり関係ない項目に思われるだろうが我々の場合、俺の嫁というのがいる。
名前自体は普通の名前でも、もし俺の嫁の名前を子どもにこっそりつけてそれがリアル嫁にバレたら…

加奈の悲劇としてよく知られているので調べてみよう。


西洋の名前の方についても、殆どは聖書に出てくる聖人や偉人の名前を引用しているため、安直に マリア とか ジョン とか ジェームズ とか付けると、
そちらの国の人から「なんでクリスチャンでもないのに聖人の名前つけてんの…?」と思われたりするとか。例えるならブッダ神父やニチレン牧師みたいな感じか。
(なお、マリアにちなんで「まり」「まりえ」「まりか」等とつけるという事は割とある)

単純に見た目と名前の響きがミスマッチという問題もある。みなさんも、金髪碧眼のアメリカ人が 太郎 とか 花子 という名前だったら驚くだろう。つまりそういう感じである。



何故DQNネームがつけられてしまうのか?


原因のひとつに親世代が自分の親(祖父母世代)と疎遠である場合が挙げられる。
普通の親であれば子どもにとんでもない名前を付けはしないし、間違って付けようとしてもその上の親が止めてくれる。
しかし、最近は親世代と祖父母世代の交流が少なく、親が マタニティハイ の状態のまま誰も止めずに名付けてしまうことがまま見られる。

しかし最近は爺婆世代ですら脳内お花畑なことも少なくはない。
世も末である。

また、由来にも挙げた通り 個性的な名前や国際的な名前を! と変な名前をつけることを煽る一部の無責任な育児雑誌の存在も大きい。

海外は海外で「Google」や「Excel」などを届け出る親がいたり、中国では漢字でなくアルファベットを使おうとするなどの例がみられ、各国で問題視されている。

また近年のインターネットやSNSの発達でそうした例が目につきやすくなり、かつ個々の事例を一覧にしてまとめやすくなったのも問題視されるようになった要因の一つに挙げられる。

何故かDQNネームをつけてしまう親は極端に教養がないか、教養がありすぎる人間が多い。
前者は目立つことを考えるからだろうが、後者においては自分の教養を示したいという欲求が強すぎたのだろう。
つまり森鴎外自重しろ。

教育関係者や児童福祉関係者の間においてはDQNネームの子どもは虐待される確率が高いことがよく知られている。
最近報道された虐待死亡事件でも大体がDQNネーム。
子どもをモノやペットのように扱う親にDQNネームをつける傾向があるらしい。
また、名門学校への進学や就職においてもDQNネームというだけでハネられることもある等不利に働くことも多い。

間違っても自分に子供が出来ても「愛歌と書いてラブソングと名付けたい」とか言ってはいけない。

因みに名前を付けるのはお役所仕事なので、ビチグソとか肉便器とか酷すぎる名前でなければあっさり通る(悪魔くんも申請は通ってたりする)。
名前に使える漢字は決まっているが、漢字と読みを一致させる必要もなく、どう読ませても良い。
名前は出生届で届けられるが、名前を理由に出生届を不受理とした場合、役所としては守るべき子どもを把握できなくなりかねない。
そのため、名前を理由に突っ返す訳にはいかないという面がある。

ちなみにドイツでは子供に名前を付ける際、かなり厳格な規制があるという。
具体的には「名前で性別を識別でき、尚且つ子供に悪影響を与えない名前であること」という条件があり「適切でない」と判断されると却下されることもある。

他にもアイスランドでは子供につけて良い名前のリストがあり、それ以外の名前をつけようとする場合政府に申請する必要がある(そのため大抵の親はリストから選ぶとか)。

なお、1951年、日本で新生児の命名に際し当用漢字以外の使用が禁止された時、
「命名権は基本的人権であり、漢字を制限するのは憲法違反だ」という主張が出て、
国会に「戸籍法の一部改正案」(漢字制限の撤廃)が提出されたことがあった。
それを止めたのが、当時の官房副長官であり、後に文部大臣にもなった「 剱木 亨弘 」(けんのき としひろ)であった。
彼は、自由党国対委員長の小沢佐重喜(小沢一郎の父親でもある)に対し、

「私の下の名前が読めますか? 生まれてから今日まで、誰からも一度も正確に読んでもらったことはありません。
親は自分の子供だからといって、人から読まれない名前を勝手に付けてよいのでしょうか?」

と懸命に訴えた結果、法案採決自体が取りやめになったという(小沢も、「佐重喜」(さえき)の名前をなかなか正確に読んでもらえなかった影響もありそうだが)。
難読の人が、更なる難読が発生するのを止めたわけである。


改名で解決できるか?


一度決まった名前を改名するのは家庭裁判所の許可が必要で、「改名するに足る理由」が必要。
名前をあまりころころと変えられると、周囲も「この人誰だっけ?」となりやすく迷惑するし、時には悪用される可能性もあり、簡単に変えさせないことがルールになっている。

改名するに足る理由としては

①あまりにも奇妙な名前

②読みが難しすぎる

③身近に同姓同名がいるなどの理由で不便である
作中で完全な同姓同名の義弟を持つことになった幽☆遊☆白書蔵馬(南野秀一)は希望すればこれを理由に変更できた可能性が高い。

④性別が紛らわしい
女性なのに「●男」「●雄」「●太」など。「●美」「●香」など、男女とも使う名前では困難。

⑤外国人と紛らわしい
外国人が日本に帰化した場合などもこれになると思われる。

⑥出家して僧となり僧としての名前を名乗りたい
逆に僧から一般人に戻るので普通の名前に戻るのもあり。

⑦何年も通称の名前で暮らしてきており周囲にも通称の名前が本名と知れ渡っている
芸能人の芸名や営業名など。
また、出生届に書き間違いがあり、自分で本名と思って長い間使ってきた氏名と戸籍がずれている場合などもある。

⑧同姓同名の犯罪者などがいて差別・いじめが発生してしまっている
改名が認められた有名な例としては 田中角栄 (子ども)の例がある。
田中角栄(総理大臣)にちなんで田中さんが子どもに名前を角栄とつけたら、田中角栄(総理大臣)がロッキード事件で有罪になり、田中角栄(子ども)がいじめの対象となったので改名できたというものである。

いわゆるDQNネームは①②に当てはまる可能性が高く、申請すれば改名自体は認められる可能性が高い。
とはいえ、最後は裁判官が決めることであり、緩い裁判官に当たるとあっさり改名できるのに頑固な裁判官に当たるとなかなか改名が認められないことも少なくないとか。
また、15歳以上でないと自分では名前の変更ができないため、親がDQNネームに固執し続けると子どもとしてはお手上げになる。
15歳以上になったとしても、親元で暮らしている限り親が固執すれば改名が難しいのは変わらないだろう。

また、あまりに読みにくい名前をつけて失敗したと考えた親御さんは、放置せずできる限り早く家庭裁判所に行って改名の手続きを取ってあげること。
子どもが大きくなって幼稚園・学校に通い始めると改名はどんどん難しくなるし、また改名できたとしても子どもに負担を強いることになる。


実は昔からあった?


かの有名な「徒然草」の第百十六段を開くと、


お寺の名前や、その他の様々な物に名前を付けるとき、昔の人は、何も考えずに、ただありのままに、判りやすく付けたものだ。
最近になって、よく考えたのかどうか知らないが、小細工した事を見せつけるように付けた名前は嫌らしい。
人の名前にしても、見た事のない珍しい漢字を使っても、全く意味がない。
どんな事も、珍しさを追求して、一般的ではないものをありがたがるのは、薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうな事である。


といった内容の文がある。
どうやら700年昔の鎌倉時代の人々も似たような思考だったらしい。
流石兼好と言うべきか、人の営みは700年経っても変わらないと言うべきか…


時代は下るが、江戸時代の国学者・本居宣長の随筆「玉勝間」巻十四には、


最近の人の名前には、名前にふさわしくない字を使う事が多く、読み方も普通ではないものが多い。
最近の名前は、特に奇妙な字や奇妙な読み方が用いられていて、非常に読みづらいものを多く見かける。
全ての名前は、よく知られている文字で、読み方も分かりやすいものが良い。


という内容の文がある。
江戸時代でもそれなりにいたようだ。



子供のその後


付けられた子供はどう思うのか?

現在ほど多くない(かもしれない)とはいえ、兼好の言うとおりDQNネームをつけたがる親というのは昔からいるので、その名前を持った人が成人している場合もある。
そういう人たちがインターネットなどで書き込んだ、その名前に対する思いだが、『恥ずかしい』『いじめられた』というのがほとんどである。
「外国人のような名前を付けられても見た目が純日本人なんだから似合うわけないに決まっている」「変な名前だから絶好のからかいの対象にされた」など、
もう被害者としか言い様のない声が探せばいくらでも出てくる。
DQNネームを付けるような親に言っても仕方ないかもしれないが、 子どもは親の所有物でもペットでもなく、親と同じ人間なのである。
そんなこともわからないのなら、そもそも子どもを作るべきではない。

だがまれにだがDQNネームが役に立つ例があり、俳優の下條アトムは「アトム」繋がりで『鉄腕アトム』の作者手塚治虫と対面出来たという。

ちなみに、DQNネームを付ける気満々な母親の子どもを不憫に思い、『付ける予定という名前+ママ』というあだ名でその母親を呼び続け、
その恥ずかしさに気付かせてDQNネームを付けるのを止めたというママ友の話がある。
こういう人がもっと増えればDQNネームも、その名前で苦しむ子どもも減るかもしれないが、未だ全く聞かなくなるまでには至らないのが現状である。ままならないものだ。

そして2000年9月、53歳の男が「女の名前を付けられたせいで人生がうまくいかなかった」として73歳の父親を包丁で刺すなどして失血死させるという事件が起きた。

子供に限らず自分が名前をつける側に回ったとき、それが本当にいい名前か考えたいものである。

自分の子でないにせよ、「それはちょっと…」と思う機会があったら声を上げよう。余計なお世話と言われても、それで子供の将来を守れるのなら安いものだろう。



DQNネーム批判への批判


他方で、安易なDQNネーム認定や批判も考え物である。

よく聞く普通の名前でも、知らないと読みづらい名前や、読みにいくつものパターンがあるものは結構多い。
本人や親から聞かないと読めない名前は珍しくもなんともないのだ(例:「文子」→「ふみこ」「あやこ」 「勝一」:「まさかず」「しょういち」「かつひと」 「裕」:「ひろし」「ひろ」「ゆう」「ゆたか」)。
「主税」→「ちから」など、実際知らないと読みにくい名前のひとつだが、 「百官名」とよばれる奈良時代の役職名にちなんだ由緒ある名前 で、忠臣蔵で有名な大石内蔵助の息子の名前でもある。
自分が知らないから直ちにダメな名前だ、という考え方はあまりにも短絡的である。

また、漢字の意味も多義的だ。「悪」という漢字も、「強い」「勇猛である」というような意味合いにも使われる言葉である。平安時代には、自ら「悪源太」と名乗った人物すらいた。
もちろん、現代においてその解釈を主張することはいかがなものか、という批判は考えられる。
だが、漢字の意味や名前の意味を知らないままにDQNネームと認定し嘲笑するのは、逆に自分に教養がないことを嘲笑される結果となる可能性があることは忘れてはならない。
本項目でもDQNネームの一例として「とーます」が記載されていた時期があったが、新渡戸稲造の息子(生まれてすぐ亡くなっている)は発明家トーマス・エジソンにちなんで「とおます」である。
稲造婦人がアメリカ人だったために意識して付けられたが、他方で「遠益」という日本人の名前としてごく普通の漢字もあてられており、DQNネームと嘲笑すべきものではないだろう。
DQNネームを嘲笑する者が教養不足ゆえにDQNになった好例 と言える。

そしてどんな名前であれ、本人が気に入っているかもしれないのだ。
傍目に見れば奇抜でもバカバカしくてもあるいは普通でも、自分の名前に誇りを持っているという人に対して、それ以上言うべきこともないだろう。



それだけでなく、DQNネーム批判は、時に 現実にDQNネームをつけられてしまった子どもたちを辱めてしまう という側面もある。
DQNネームを付けるのは親の問題であり、それによって不便を被った子どもたちは被害者である。
DQNネーム批判の過熱は子どもたち自身にとってそれこそ追い討ちに等しく、当の子どもたちの立場を危うくしてしまうことは忘れてはならない。
名付けでやらかした親についても、子どもたちにとってはかけがえのない親である。名付けの失敗以外では愛情を注いできちんと養育している場合も多いだろう。
名前を慎重に付けることは確かに大切であり、珍妙な名前をつけることは子どもに悪影響があると呼びかけるのも重要なことかもしれない。
だが、呼びかけるのに、今生きている子どもの具体的な名前を出して、その名前を持つ人と、その両親を笑いものにし、その心を傷つけることが必要なんだろうか?

はっきり言おう、 それはいじめでしかない。 例え言っている側にいじめるつもりがなくともである。
そもそも、 DQNネーム自体、DQNネームに目をつけていじめを行う人物さえいなければ、特に社会問題にもならないこと である。
(読み方が複数ある名前は別に社会問題にはなっていない)
名前を理由に目をつけていじめる人物と名付けで失敗した親。どう考えたって親よりいじめる人物が非難されるべきだろう。

そういったことを意識できずにDQNネームを笑いものにするような人物に、DQNネームをつけた両親を批判する資格はない。そういう人物こそ本物のDQNである と言えよう。
大勢の前でその話をするとき、周りにDQNネームの人がいないと言えるだろうか?
DQNネームをネタにするのは、アニメや漫画の世界だけにしておくべきであろう。


「将来の夢」

大きくなったら総理大臣になります。
そして、子どもに変な名前をつけちゃいけないっていう法律を作ります。
変な名前だと子どもはイヤです。
大人は、子どもがイヤなことをしたらいけないと思います。
子どもに変な名前をつけた大人は罰金にします。
それから、変な名前の人は自分で変えてもいいっていう法律を作ります。

○年○組 
   レンジシ
○○恋獅子

子供の将来をよく考えてから追記・修正をお願いします。

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