パパもあまえんぼ(ドラえもん)

登録日 :2011/08/29(月) 02:23:50
更新日 : 2017/08/21 Mon 12:26:13
所要時間 :約 10 分で読めます




ドラえもん』のエピソードの一つ。

てんとう虫コミック16巻に収録されている。

タイトルの通り、のび太のパパがメインのお話。みんな大好きのび太のおばあちゃんも出ています。

内容は以下のとおり。
※ストーリーバレ注意!


ある日のび太ドラえもんは居間でおやつの時間。ですが、のび太は大好きなブドウに手を付けようとしません。
ママにどうしたのときかれても、力なく食欲の無い旨を呟くばかり。

食べないならもらうよ、とばかりに何の心配もせずにひとの分のブドウを食いまくるドラえもんに呆れてのび太は部屋を飛びだしてしまいました。
ママは心配して後を追います。ドラえもんもママに続いてのび太を追いました。 全部食い終わってから。

ドラえもんが見に行くと、のび太は部屋でママの膝に突っ伏して大泣きしています。
どうやら何か失敗してしまったことをママに叱られるのが怖くて打ち明けられず、思い悩んでいた様子。
涙を流すのび太をママは優しく諭し、のび太は元気になって笑顔でドラえもんのもとに戻るのでした。

先ほどの様子を見ていたドラえもんはのび太をからかいますが、のび太は恥ずかしがりながらも言います。


のび太「でもな…、ときどき赤ん坊みたいに、あまえてみたくなるときがあるんだよ。あったかぁい気持ちになれるんだよ。」


お母さんがいることへの安心感を伝えるのび太に、ドラえもんも笑顔を見せました。



その夜遅くのび太たちが床に就いてから、いつになくべろんべろんに酔っ払い前後不覚になったパパが帰宅します。

子どもたちが見てますよと嗜めるママも呆れ返るような乱暴な言動で、ドラえもんも「めずらしいね、こんなにあれちゃって」と驚くばかり。
廊下で寝転んだところを起こしてくれたのび太たちにさえ理不尽に怒鳴り散らします。


パパ「うるさあい。子どものくせに親にむかって。」


怒鳴られたのび太はあることを思いつきます。

「子どものくせに」と怒鳴るなら、パパの親、つまりのび太のおばあちゃんに言って聞かせてもらおう!

パパはドラえもんとのび太と一緒に泥酔したままタイムマシンに乗せられ、まだおばあちゃんが元気だった頃の過去に連れていかれました。

おばあちゃんはお年寄りの割に頭がものすごく柔軟なのか、以前会った未来ののび太のこと *1 も覚えていて、すぐに今ののび太の事情を察してくれました。
さすがおばあちゃん! 俺たちにはできないことを平然とry


泥酔したパパに優しく語り掛けるおばあちゃん。


おばあちゃん「これ、のび助やおきなさい。」

パパ「なんだとぉ。ぼかぁこの家で一番……………かあちゃん!!」


飛び起きるなり、パパはおばあちゃんの膝に突っ伏して泣き出しました。
そして涙ながらに会社の意地悪な直属上司 *2 にいびられとてもつらい *3 ことなどを打ち明けました。
少年に返ったように涙するパパの話を、おばあちゃんは静かに聞いてくれます。


気を利かせて部屋を出ていったのび太たち。

ドラえもんが言いました。


ドラえもん「おとなって、かわいそうだね。」

のび太「どうして?」

ドラえもん「自分より大きなものがいないもの。よりかかってあまえたり、しかってくれる人がいないんだもの。」


ドラえもんとのび太が部屋に戻ると、いつの間にか泣き止んだパパはおばあちゃんの膝に頭を乗せて寝入っていました。
思い切り泣いて疲れたのか、けれど口元には安心したような笑みがありました。


そしてタイムマシンでもとの時代に戻ったドラえもんたち。

次の朝、パパはいつもどおりのパパでした。
穏やかな笑みを浮かべながら、


「ゆうべひさしぶりに、おふくろのユメをみたよ。
なつかしかったなぁ。」



すべてを知ってるドラえもんとのび太は何も言わずに微笑み、またいつもどおりの今日がやってきます。





どうだろうか。

あまり知られていない、社会人の、大人のつらさを端的に表したこのストーリー。隠れた名エピソードとして名台詞集などにも挙げられたことのあるお話だ。

子どもの頃はドラえもんのラスト近くの台詞がピンと来なくても、ある程度の歳になったらわかるかもしれない。
大人だってお父さんだって、泣きたくなる時だってあるのだ。思い切り泣きじゃくりたい時もあるのだ。
そしてまだそんなに歳でもない人は「俺の親はどうなんかな…」と考えてみて頂きたい。見え方が少し変わるかもしれない。

















…と、本来ならここで解説は終了だった。しかし、あなた達は知っていただろうか。



――この話には ドラえもんの世界観を揺るがすとてつもない矛盾 が生じているのだ!
それはおばあちゃんの『こないだ来た10年後ののびちゃんね』という台詞。のび太は10歳、おばあちゃんが未来ののび太と出会ったのはのび太が3歳の時…






ち ょ っ と ま て





この時代には3歳ののび太がいるし、今ののび太も10歳。そしておばあちゃんの言う『10年後』。
明らかに時系列がおかしい 。これじゃ今ののび太は13歳になるはずじゃないか! もしくは幼いのび太は実は同姓同名の既に死んだ弟…!?


とまあネタはここまでにして、おそらくおばあちゃんは「10『歳』ののびちゃんね」と言いたかったんだろう。
作者が単純に間違えただけだと思われる。大抵の人は気づかず読み流すだろう。
ただしコアなファンはしっかりこれに気がついて、はたまたしっかり矛盾にツッコんでいたりする。

また作者は後に、ここでドラえもんが語る「大人は寄りかかれる人がいない」(だから甘えられるときが安らぐ)という心理が「行き過ぎた」結果を描いた短編『やすらぎの館』を描き、作者の相方である藤子不二雄Aも『笑ゥせぇるすまん』中の一篇『たのもしい顔』で類似のテーマを扱っている。「生前の母の元へ連れていく」という荒業を使えない現実で、それでも母性や安らぎを望んでしまった時どうなるのか、ある意味グロデスクな「安らぎ」が描かれている。









追記・修正はブドウをのび太の分まで食ってからお願いします。

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