悠久山安慈(るろうに剣心)

登録日 :2009/10/01(木) 19:28:35
更新日 : 2017/09/27 Wed 20:12:05
所要時間 :約 12 分で読めます




悠久山(ゆうきゅうざん)安慈(あんじ)

漫画『るろうに剣心』に登場人物。
志々雄真実が率いる「十本刀」の一人。
「十本刀」の中では瀬田宗次郎魚沼宇水と並ぶ実力者であり、志々雄も高く評価している。
1845年11月生まれ。年齢は初登場時、数え年34歳(満32歳)。

CV:原康義 演:丸山智己

仏門に身を置きながら、不殺生の戒律を破った破戒僧。
筋骨逞しい巨体で、僧兵に似た服装をまとい、頭には布を白い布を巻いている。
目の下は隈取のように黒くなっている。

『“明王”の安慈』と呼ばれており、「生殺与奪」(自分の判断で敵を生かしても良い)を条件に「十本刀」へと加わった。
過去の経緯(後述)もあってか、志々雄によると「十本刀中最も情け深い」とのこと。
一方で「その情けを遥かに凌駕する憤怒をもって動いている」とも評されている。

また、京都へ向かう途中であった相楽 左之助二重の極みを教えたのも彼である。
そして決戦の時、一番手に出て来た相手が彼であり、左之助と拳を交え圧倒するも、左之助の「三重の極み」によって敗れた。

志々雄の死後は警察に出頭し、懲役25年の判決を受けて北海道の仮設集治監で服役。


その昔は東北地方にあった貧乏寺の和尚であり、身よりの無い子供達と一緒に過ごしていた。
(この頃の安慈は、同一人物とは思えないほどの、ひょろっとした体で怒ることも苦手な優男であった)

廃仏毀釈により立ち退きすることになったが、安慈らが引っ越しをする前、
「ぐずぐずしてると他の村に明治政府からの恩恵を持って行かれる」と入れ知恵された村長の手により、子供達と共に寺を燃やされた。
この時、安慈は滝に打たれ、精神を清めていたところを寺が燃えてることに気づき、子供達を助けようとするも、村長の刺客に闇討ちされ、気絶する。

次に目が覚めた時には既に手遅れで、子供達は無惨に焼け死んでいた。
このことにより"明王"の安慈が誕生することとなった。

その後5年に渡って体を徹底的に鍛え、村長を殺害し復讐を果たすが、事の発端でもある明治政府への恨みは晴れず、志々雄一派に加わる。
常に懐に持っている位牌は子供達のものであり、復讐の気持ちを忘れないための戒めである。



余談だが、作者は彼にはかなりの思い入れがあるらしく(その証拠に読み切り版では、彼に似た人物が何回か登場した)、
単行本の13巻の「制作秘話」にて、彼の後日談を書きたいとも言っていた。
ただし、後日談が描かれた場合、死んでしまうはずだった。
そもそも左之助戦も別の展開が用意されていたらしいが「長くなりすぎる」という理由でカットされたという。



・「二重の極み」とは?

安慈が10年かけて編み出した拳打。
その威力は巨大な岩を軽々と粉々にするレベル。
馬鹿力と同じと思いきや、普通砕けるだけのものが粉々になるという違いがある。
要するに同じく二重の極みで相殺する以外には実質防御不可能な技。
基本的には殴打を必要とするので、回避は可能。

フタエノキワミ アッー!

・大まかな仕組み

大まかには一度目の打撃のみでは抵抗が生じて完全には破壊出来ないため(前述の通り岩だと砕けるだけに留まる)、
二重の極みにおいては、同じ個所へ超素早く二撃目を繰り出すことで完全に対象を破壊する…と言った趣旨の技。
作中では二撃目までの間は1/75秒とされている。

基本の型は指の付け根の間接だけを伸ばした握り拳の状態で初撃を打ち込み、
その直後に付け根の間接を曲げ、付け根の間接による二撃目を打ち込む。

そして作中の使い手達はそもそも岩を素手で砕けるほどの力があるため、まさに防御不能。



なお、それっぽい説明がされているがもちろん現実には当てはまらない。
やってみれば分かるがこの方法(基本の型)では、同じ箇所への精密な高速連撃自体がほぼ不可能。
それと普通に一発殴った方がダメージもまず大きくなる。

一応、普通に殴る場合と力が変わらない・一撃目で対象が壊れたり吹き飛んだりしていない・対象内部で跳ね返った一撃目の打撃の衝撃波が増幅するように二撃目を放つ、
などの条件を満たせれば、理論上は威力が増すと思われる。
要するに風呂場などでタイミングよく水を連続で叩くと波が増幅するのと似た要領で、理論だけならそこまで間違っていないように思える。
ただこの様な具体例と違って想定する対象(人や岩)への衝撃波はすぐに大きく減衰していくため、とてつもない速度を要求される上に対象の構成物質や大きさなどによって理想の二撃目のタイミングも変わる。
やはり非現実的だと言わざるを得ないだろう。

それと原作の解説を見ても二重の極みを習得したからと言って相殺は出来ない気がするが…多分二重の極みを応用して二撃目のタイミングをズラしているのだろう。


ちなみにこの技は空想科学読本でも言及されている。



尚、腕にかなりの負担(ダメージ)がかかるようで左之助はドクターストップがかかった。
が、両手で行うことで負担を軽減しその後も乱用。
「それじゃ某テニス漫画の波動球と同じじゃないか」って?
何のことだかさっぱりわからん
それに、コッチの方がはるかに先。
なお時期的に糞村長を殺害した時はまだ習得できていないのがわかる。


ちなみに左之助は右手でしか(キネマ版では左手も)二重の極みを打てないが、安慈は全身の至る所で放つことができる。
作中では両手・両肩・両肘・両膝・両足で二重の極みを放っており、その気になれば頭突きでも放てると思われる(左之助の推測)。
それに留まらず、携帯した刀剣を地面に突き刺し、波動で間接攻撃する事なんて芸当も披露している。
再筆版ではなんと横隔膜でも二重の極みを使える。口から衝撃波を出すんだとか(炎を霧散させる対志々雄用の切り札)。


作者も公言しているがモデルはアンジーというバンドのヴォーカル水戸華之介であり、
水戸華之介は目の回りを黒くメイクしバンダナを着用。
ちなみに名前も「アンジー」→「あんじ」→「安慈」である。


彼のテーマソングは「心は傷つき過ぎて」。安慈に相応しい、堪えきれない悲しみを表す曲である。流石は阿久悠先生




安慈のパンダメイクの正体は預かっていた子供の一人、椿の焼け焦げた死体の煤(スス)。
椿は寺を焼きはらったクソ村長と対立関係にあった前村長の娘で肩身の狭い思いしていた。
微妙だが安慈とのフラグも……それを思うと何とも切ない。ちなみに安慈が手首に付けている細めの数珠は椿の形見。
皮肉にも、温厚でろくに子供達を叱れなかった安慈に「たまにはちゃんと怒った方がいい」と教えたのは彼女である。
明王 と化す直前にもその言葉を思い出していた。


・実写映画

実写映画版では丸山智己氏が演じる。
京都大火編から登場しているが、本格的な活躍は伝説の最期編。
煉獄に乗り込んできた左之助と対峙。尚、本作では修行エピがない為、新京都編と同じく左之助とはこれが初対面である。

端的に言えば、戌亥番神の上位互換と言うべき戦闘力を誇り、単純な格闘で左之助を半死半生にまで追い込んだ。
左之助の首を極め、トドメを刺そうとするが、咄嗟の機転で左之助は傍にあった油を頭から被り、尚且つ安慈の脇を擽るという方法で拘束から抜け出す。
隙の出来た安慈の股間にアッパーカットを決められる。安慈「アッーーーーーー!!」 
そのまま安慈はトドメのスープレックスをかまされ失神。なんとも締まらない最後であった。
その後、立ち去る間際、捨て台詞をはこうとした左之助の目前で警官隊の放った砲弾が炸裂。この時に死亡した可能性が高い。
残念ながら二重の極みは使用せず(それっぽい攻撃は一度あったが)。
その代りなのか、志々雄が左之助に二重の極みらしき技を使った。

余談だが、実写版の左之助にとっては二人目の聖職者との勝負だったりする。
本人も「キリシタン(番神)とやったことはあるけどよ、坊さんと戦うのは初めてだぜ」と自嘲している。




Wiki篭もりがこの項目を閲覧し、追記・修正するその時まで明王の安慈は負ける訳にいかぬのだ!

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