目黒のさんま(古典落語)

登録日:2012/09/15(土) 11:17:39
更新日:2024/01/15 Mon 06:48:16
所要時間:約 5 分で読めます




目黒のさんまとは古典落語の演目の一つである。

さんまという、現代でも馴染み深い食材が主題の演目であるため、知名度は高い。



【あらすじ】


ある殿様がお供を連れて目黒まで遠出にやってきた。

さて、弁当にしようとすると、なんとお供が弁当を忘れてきてしまった。*1

もう皆腹が減ってどうしようもない。困っているところに何やら嗅いだことの無いような良い匂いがしてきた。

殿様が「これは何の匂いだ?」と聞くと、お供は
「これは庶民の者が食す"さんま"という魚を焼く匂いでございます。それゆえ、とても殿の口に合うようなものではございませぬ」

と言ったが、もう殿様は腹がへって腹がへってしょうがない。

そんなことはいいから、そのさんまを持ってこいと命じる。
さて、持ってこられたさんまはさんまをそのまま火にぶち込んで焼いた「隠亡焼き」(食材を燃えている火の中に直に入れて焼く調理法)というもので、本来ならとても殿様に出せるような品のある料理ではなかった。
が、そこはとてつもなく腹が空いている殿様。気にも留めず食べてみると、これが非常に美味であった。
これ以来、殿様はさんまが大好物となってしまった。


それからというもの、殿様はさんまが食べたくてしょうがなくなるのだが、周りの家来達がそれを許さない。さんまは下賤の者が食す魚だからである。
殿様のご膳には勿論さんまなど登る由もない。しかも、毎日3度の食事は毒見役が鯛などの焼き魚を試食して、それから数十分ほど待って毒見役の体に異常が見られなければ初めて御膳が殿様に出される、という具合で、殿様は毎日すっかり冷え切った鯛などの焼き冷ましを食べさせられていた。毎日さんまさんまと恋こがれ、思いが募るばかりであった。


そんな時、殿様にチャンスが訪れる。

親族の集まりの席で、「何かお好みの料理はございませんでしょうか。何なりとお申しつけ下さいまし」という家老の申し出があった。
そこで殿様、待ってましたとばかりに「余はさんまを食べたい」と即答。
しかし、城にさんまがあるはずもないので、急いで日本橋は魚河岸から最上等のさんまを買ってくることになった。


そうしてさんまを取り寄せたまでは良かったのだが、
「このように脂の多いものをさし上げて、お体にさわっては一大事」
と家来が要らぬ気をまわして、充分すぎるほど蒸して脂をすっかり抜いて、骨も毛抜きで一本残らず抜き去った。
おかげで身がグズグズのパサパサ。*2

そうして出来上がったさんまの出殻をやっと殿様が食べると、これが非常にまずい。そりゃそうだ。


殿様はあまりにまずいので、これはどこから取り寄せたさんまだと聞いた。
家来は「日本橋魚河岸にござります」と答え、それを聞いた殿様はこう言った。


「それはいかん、さんまは目黒に限る。」



【補足等】

●この噺における「目黒」

目黒とは厳密には目黒方面(上目黒元富士という記述あり)を指していて、
そもそも殿様が目黒に行ったのは遠乗りであるという設定と、鷹狩であるという設定があるが、どちらでも大差はない。
江戸時代、将軍は鷹狩場を複数持っていた。単に「御場」とも呼ばれた。
当然鷹狩り場なので、広い土地であることが求められる。
その中の一つが「目黒筋」である(旧称:品川)。
江戸期に「目黒筋御場絵図」という地図がまとめられ、鷹狩り場の範囲を知ることができる。
馬込・世田谷・麻布・品川・駒場など、とんでもなく広い範囲がすべて含まれる。


まあそれはそれとしてオチの意味がわからないという方のために。
目黒といえば、現代においては東京でも指折りの人気を誇る住宅地である。
自由が丘とか代官山とか、なんかこうおしゃれでセレブでブリリアントな街もたくさん。
江戸時代にも街道が何本も通っていてわりと活気があった。



ただ、海はない。
もちろんさんまなんて、獲れない。

城でふんぞり返ってる殿様はさんまも目黒がどんなとこかも知らないのね、と揶揄するような笑い話。
なのだが、アニメ『ミスター味っ子』では「さんまは熱い状態の物が美味い」ということのたとえ話として登場したりと人によって色々な解釈が可能な奥の深い話である。

●落語で知る江戸文化

この話からは江戸時代の風俗についても窺い知ることができる。

実際、江戸っ子はさっぱりとした味の魚を好む傾向があったようで、
さんまは「焼くときに煙が出やがるし、脂もたんまり出やがる」から好きじゃない、という人も多かった。
ウナギも実は旬外れの夏鰻を蒲焼にする際更に脂を落としていた位であり
動物性脂肪の旨みが広く知られるようになったのはわりと後の話なのである。

今では寿司の高級品として知られる「マグロのトロ」も、
江戸時代は「あんな脂っこい魚、何が美味いんでぃ」と海で捕れても浜にうっちゃってしまうことも多く、
猫でも食わねぇでまたぐ、として「ネコマタギ」なんて綽名をつけられていた時代もあった。
赤身に比べ品質が劣化しやすいし、脂質が理由で漬けにもあまり向かないから当時としては仕方ないとはいえ、なんと、もったいない……。
この辺りは「ねぎまの殿様」も参照の事。

ただし、葱鮪鍋(ねぎまなべ)としては食べられており、こっちは割合好評だった。
脂分がないとパサパサになってしまうので、トロが最適だったのだが、保存技術が発達した今は余計に贅沢品である。
なお、ねぎま鍋は「マグロの脂でネギを食う料理」とされており、主菜は実はネギの方であるという説も存在している。
焼き鳥のねぎまの由来となったように、串にさして焼くタイプのねぎまも存在していた。

●現実への波及

「目黒といえばさんま」というくらいあまりに有名になったので、
これが縁で現代でも目黒区役所と目黒駅(実は品川区)では毎年さんま祭りが開かれていたりする。
祭りでは大量のさんまの塩焼きが振る舞われるが、無論、これも目黒産ではない。


ほかにもいつぞや配布された地域振興券のど真ん中にもさんま様が鎮座されていた。
もはやさんまは目黒のアイデンティティーなのである。


おしゃれな街・目黒にも、魚臭い過去があったことを覚えておいていただきたい。

●バリエーション

現在一般に広く知られているのは上記のあらすじだが、比較的古いタイプのバリエーションには
「殿様が余りにさんまにハマり、友人である別の殿様にも勧めたが、その友人は料理方がいらぬ気を回してグズグズになったさんまを食わされてしまう」
……というパターンもある。

この場合、オチ(サゲ)は友人が「お前が『さんまは美味しい』というからわざわざ本場から取り寄せたのに、不味いものを食わされた」と殿様にイチャモンをつけにいき、
それを聞いた殿様が訳知り顔で「それはいかん、さんまはやはり目黒に限る」と言って〆るものになる。


【余談】

主人公が落語好きという設定の伝奇ADVアカイイトでも、主人公が今夜の献立のさんまの引き合いに出している。
それもメインヒロインと言うべきキャラのトゥルーエンドで。

笑点の元司会者でお馴染みの五代目三遊亭圓楽(馬面な方。紫の腹黒は六代目円楽)はさんまをいわしと間違えて目黒の鰯で無理矢理演じきったり、殿様がさんまを初めて口にして「うまい」となるべき所で誤って「まずい」と言ってしまった為、(まずかったはずなのに)何口も食べて「食べ進めてみたらうまかった」という半ば強引な軌道修正を演じて噺の本筋に戻したりしたトチリエピソードを残している。
また、2016年まで笑点のOPで桂歌丸の紹介アニメで使われていた。珍しく女装ではない。



やはり追記・修正は目黒に限る

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最終更新:2024年01月15日 06:48

*1 設定によっては「急にお殿様が遠出をしたいと言ったので支度する暇が無かった」と説明される場合もある。

*2 話によって、そのまま出したとされたり、「グズグズになったものをそのまま殿様の御膳に出すには無礼がすぎる」と、つみれ汁やあんかけなどに加工して供したとされるパターンもある。