超実数

登録日 :2010/09/05(日) 15:45:19
更新日 : 2017/01/14 Sat 19:37:31
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『数』とは、人間が持っている様々な概念の中で最も、と言うかほぼ唯一、むら無く交換共有出来る重要な概念である。
自然数によって順番を表したり、実数によって大小関係を比較したりするのは全く自然な操作である。

さて、我々は現在日常的には『実数体R』と言う数の集合及びその部分集合である『有理数体Q』、『整数環Z』などを用いているが、そもそも実数とはどのような体系なのだろうか。

人々はまず『自然数』を見つけた。
これはつまり、『ひとつ』『ふたつ』と数えられる数であり、その名の通り世に遍く自然な数である。
(現代数学においては自然数に0を含める流儀もあるが、ここでは0は含めないものを意味する)
自然数全体の集合N上では、小学校以来おなじみの足し算と掛け算ができる。

しかし、この足し算と掛け算には不十分な点が存在する。それが単位元と逆元の存在であった。
まず単位元について考えよう。まず、どんな自然数nに対してもn×1=nとなることが知られている。(実はこれは1の定義でもある)
このように、どんなものに掛けても結果が変わらないものを乗法単位元と呼ぶ。すなわち、Nは乗法単位元1を持っている。
一方で、Nは加法単位元を持たない。すなわち、どんな自然数nに対してもn+x=nとなるような自然数xは存在しない。
これでは不便なので、我々は新たに0という数をNに加えた。

次に逆元について考えよう。我々は自然数について既に足し算と掛け算という演算を知っているが、これらの演算には自然に逆演算を考えられる場合がある。
例えば、足し算の場合には2+5=7だから7-5=2、掛け算の場合には2×3=6だから6÷2=3といった具合である。
この「-」や「÷」は日常的には引き算、割り算と呼ばれる演算である。
ところが、自然数だけではこれらの演算が行えない場合がある。
例えば、2-5とか7÷3という演算は自然数と0の範囲では定義出来ない。
そこで、我々は引き算が常に行えるように負の整数というものを新たに考えることにした。
こうして我々は自然数(正の整数)、0、負の整数からなる『整数環Z』を得た。Z上では足し算、引き算、掛け算の操作が自由にできる。
先程、自然数と0の範囲では計算できなかった2-5も、Z上では2-5=-3と計算できるのである。
しかし、まだ割り算の問題が残っている。これを解決するために、我々はさらに分数というものを考えることにした。
Zに分数を追加することで、我々は『有理数体Q』を得た。
これによって、我々は0で割ることを除けば自由に『+』、『-』、『×』、『÷』の四則演算を行うことができるようになったのである。
したがって、四則演算を考える限りは有理数体Qで十分である。

ところで、初等的には、掛け算とは2×3=2+2+2のように足し算をくり返すものだった。
そこで、さらに掛け算をくり返す演算を考えてみよう。それが累乗と呼ばれる演算で、例えば3^2=3×3といった具合である。(a^bはaのb乗の意味)
足し算に対しては引き算、掛け算に対しては割り算という逆演算を考えてきたのと同様に、累乗に対しても逆演算を考えてみる。
先程の例では、3^2=3×3=9だから、2乗するという演算の逆演算を9に行うと3になると考えることができる。
(-3)^2=(-3)×(-3)=9という式が成り立つので、2乗するという演算の逆演算を9に行った結果として-3を考えることもできるが、
「演算」といった場合、結果は1つに決まらなければならないので、ここでは0以上のもの(すなわち3)を演算結果として採用しよう。
このように、2乗するとある有理数xになるような0以上の数を与える演算を『2乗(平方)根をとる』ということにし、その演算結果をxの2乗(平方)根とか√xなどと書くことにする。(同様にして、正の整数nに対しn乗根を考えることができる)
残念なことに、この平方根をとる演算は有理数体Q上では自由に行うことはできない。例えば、2乗すると2になる有理数xは存在しないのである。
そこで、先程NからZをつくり、さらにZからQを構成したのと全く同様に、『n乗根をとる』演算が自由にできるような集合Aを考える。
Aは高校数学までには登場しないが、代数的数体と呼ばれる数の集合である。
こうして我々は『代数的数体A』を得た。A上では、我々は四則演算に加え、更に『n乗根をとる』演算が自由にできる。

ただし、Aを定義するにあたって、例えば√(-1)はどうするのか、という問題がある。これは『複素数体C』へとつながる重要な問題であるが、
いまは実数体への拡張を考えているので複素数の問題には立ち入らないことにする。
すなわち、数学一般における通常の定義でははAに複素数を含むが、ここでは含まないものとする。

さて、次に、Aははたして我々が(理解しているかどうかはともかく)知っている『実数体R』と等しいか?という問題を考えよう。
明らかにA⊂Rなので、R⊂Aかどうか、すなわち実数は全て代数的数か?というのがこの問題の本質的な部分である。
結論から言うと、A≠Rであることが知られている。つまり、実数であって代数的数ではない数が存在することが分かっている。
そのような数を超越数と呼ぶ。例えば、小学校で習う円周率πや高校で習うネイピア数eは超越数の例である。
(超越性の判定は一般に困難であり、例えばπ+eかどうかは未解決問題である)
したがって、実数体を得るためにはさらなる考察が必要となる。

さて、先程2乗すると2になる有理数は存在しないことを述べた。(すなわち、√2は有理数ではない)
その一方で、2乗すると2に近い値になるような有理数は存在するのである。
例えば、3/2, 7/5はそれぞれ2乗すると9/4=2+1/4, 49/25=2-1/25であり、それぞれ2との差は1/4,1/25である。
では、この差はどの程度まで小さくすることができるだろうか?というのが問題となるが、実はこの差はいくらでも小さくできる。
(差がいくらでも小さくできることと差が0であることは異なることに注意せよ)
たとえば、2乗すると2との差が1兆分の1以下になるような有理数が存在するのである。
これが意味するのは、2乗すると2になる数は有理数ではあり得ないが、有理数によって任意の精度で近似できるということである。

もう一つの例として、円周率πについて考えよう。先程πは代数的数ではないことを述べた。
一方で、円周率とは初等的には直径1の円の周の長さであり、感覚的な理解が可能である。
(我々は曲線の長さをどう定義するかという問題には立ち入らず、円周に「長さ」があることを認めることにする)
そこで、この円に内接する正6角形を考えると、その周の長さはちょうど3であり、πは3に近い数であると思われる。
更に、正12角形,正24角形,…と次々に辺の数を2倍にしていくとその周の長さは帰納的に三平方の定理によって求めることができ、それらは代数的数であることが分かる。
また、円に内接する正多角形の辺の数は増やせば増やすほどその多角形は限りなく円に近付く。
したがって、先程の√2のときと同様に、πは代数的数ではないにも関わらず、代数的数によって任意の精度で近似できる。

以上の2つの例から、実数(だと我々が少なくとも思っている)数はA(あるいはQ)の数によって任意精度で近似できるようなものであることが推定される。
そこで、これを実数の定義として採用してしまおう。
すなわち、Aによって任意精度で近似できるような数を新たにAに追加し、それを実数体Rとするのである。
なお、xがもともとAの数ならxはx自身によって誤差0で近似できる。したがって、RとはAによって任意精度で近似できるような数全体といってよい。
こうして我々はついに日常的に使っている実数を得た。
(ただし、この実数体の定義は厳密には正しくない。本来はA(実際にはQで十分)に「完備化」という操作を行う必要がある)

さて、我々はAによって任意精度で近似できるような数全体を実数体とする定義にたどり着いた。
ところで、誰でも知っているように、実数体R、特に代数的数体Aでは大小比較ができる。
すなわち、xとyをそれぞれ代数的数とすると、x<y, x=y, x>yのどれかただ1つが必ず成り立つ。
また、どんな代数的数xに対しても、x<yとなる代数的数yが存在する。
したがって、「限りなく大きくなる」代数的数の列というものを考えることができる。
例えば、{1,2,3,4,…}とか{2,4,6,8…}はそのような列の例である。
この「限りなく大きくなる」代数的数の列を、拡大解釈して「∞に限りなく近づく」代数的数の列だと思ってみよう。
すると、∞はAによって任意精度で近似できると考えることができる。(-∞についても同様)
こうして、実数体Rには、さらに∞および-∞を追加することができる。こうして得られた集合を拡大実数とか補完数直線などと呼ぶ。



…ここからが本題の超実数の話。先程、我々は実数体Rに∞と-∞を追加した集合である拡大実数を得た。
注意深い読者なら気付いただろうが、この集合は拡大実数「体」ではない。つまり、これは体ではない。
我々はまず自然数全体の集合Nから始め、Nが元々持っていた構造(足し算や掛け算、大小関係)を壊さないように慎重に拡張してきたのだが、
Rに∞と-∞を追加したことでその構造が壊れてしまったのである。
拡大実数を構成する際、
「限りなく大きくなる」代数的数の列は「∞に限りなく近づく」代数的数の列
だという拡大解釈を行ったが、これが失敗だった。
「限りなく大きくなる」代数的数の列として挙げた{1,2,3,4,…}と{2,4,6,8…}は確かに両方とも「限りなく大きくなる」代数的数の列であることは間違いない。
しかし{1,2,3,4…}という列に比べ{2,4,6,8…}という列は2倍の勢いで大きくなっていく。
この事実を無視し、単純に両方を∞という同じ数に近づく列だと考えてしまったのが原因でおかしなことになってしまったのである。
この問題を解消するには、「異なる勢いで大きくなる列」には「異なる∞」を対応させればよい。
この方法を用いれば、Rの体構造を保ったまま∞と-∞を追加することができる。これを超実数「体」と呼ぶ。
こうして我々は記事名にもある超実数を構成できた。
(列が大きくなる「勢い」をどう比較するのか、という非常に重要な問題が解決していないが、これは専門書に譲る)

こうして得た超実数体は、超準解析と呼ばれる分野に使われている。
ただ、超準解析は英語では「Nonstandard analysis」(標準的ではない解析学)と呼ばれていることからも察しがつくが、あまりメジャーな分野ではない。


ちなみに、超実数体は歴史的には

感覚的取扱いが困難な「ε-δ論法」による極限を感覚的に取り扱えるようにする!

ということが発端となり発案されたものであるが、ここまで読んだ人ならお分かりのように、正直言って超実数体も感覚的に取り扱えるようになるためにはかなりの慣れが必要である。


追記・修正を求める。

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