荒木しげる

登録日 :2012/02/14(火) 20:00:31
更新日 : 2016/08/21 Sun 21:53:21
所要時間 :約 5 分で読めます




荒木しげるは1949生まれ、鹿児島県出身の俳優。本名は荒木生徳(いくのり)。
日本学園高校を卒業後、中央大学在学中にカレッジフォークバンド『フォー・セインツ(後にフォー・クローバースに改名)』を結成。
ボーカル兼ドラマーとして活躍し、
東芝音工(後の東芝EMI→EMIに分社化。何気に椎名林檎の大先輩である)から『小さな日記』『希望』等のヒット曲をリリース。
バンド業の傍ら『エチケットライオン』『コカ・コーラ』のCMに出演するなど、活動の場を広げた。

1973年の大学卒業後、バンドを解散し役者の道を志すが、そこで最初に受けたのが…
ご存知、仮面ライダーストロンガーである。

今でこそ仮面ライダーは狭き門であるオーディションに合格しないとなれない役だが、
当時はまだまだラフな業界だったのか、荒木氏の実績が評価されたのかなんとカメラテストと簡単な面接のみで合格している。
しかも初めて東映本社に呼ばれた時は、

「仮面ライダー、ゴレンジャー、コンドールマンのどれがいい?」という質問までされたとか…選び放題とか羨まし過ぎる…

つまり、もしここで荒木氏がゴレンジャーを選んでいたら海賊戦隊の前に現れていたのは誠直也氏ではなく荒木氏だったかもしれない…

ともあれ、仮面ライダーを選択した事を機に、読みづらい本名だった事もあり芸名を役名の城茂にちなんで「荒木茂」に改名。


『ストロンガー』時代の荒木氏は苦労が絶えなかったらしく、
藤岡弘君はこんなアクション楽々やったんだよ」「宮内洋君はこれくらい高くジャンプしたなぁ」等、
先輩と比べられる事が多かったらしい(後で本人達に問いただしたらそんな事は無かったらしいが)。
また、アクションを担当した大野剣友会の岡田勝氏とは浅からぬ仲である。例えば…

〇「下手くそと絡むとうちの者まで怪我すんだよ!てめぇそれでもアクションスターか!」と怒鳴られた荒木氏。
「今に見てろ!」と大野剣友会に稽古に来たのはいいが…当の岡田は見て無かった。

〇「鉄砲玉」(撮影用の火花。撮影用とはいえ頭に当たったら大変である)を面白がって合間に飛ばされた。
当の岡田氏は「お前は俺が投げようとする場所にいるから勘が良いよなぁ」と変な感心をしていたらしい。

〇14話はロープウェーに腕一本でぶら下がるという危険極まりないアクションを勤める事に…
「オラ、握っといてやるよ」と軽口を叩く岡田氏に「信じていいのかよ」と返す…が、その手はとても固く、いつになく真剣な眼差しだった

この中の一部は、『仮面ライダーSPIRITS』の作者である村枝賢一先生が描く『仮面ライダーをつくった男たち』で取り上げられている。


そんな荒木氏の努力が認められたのか、翌76年に放送された『超神ビビューン』では引き続き主役を好演。
特捜最前線』『徳川家康』『ウルトラマンティガ』『デスカッパ』等数々の映画やドラマ・時代劇に出演している。

2011年にはまさかの民主党から立候補するが、めでたく(?)落選。本人にとっては黒歴史ではないらしく、トークイベントで笑いの種にしている。

2012年、白血病で永眠…ご冥福をお祈りします。

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