石田三成(戦国武将)

登録日 :2009/10/29(木) 20:25:55
更新日 : 2017/04/29 Sat 23:25:43
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この項目では戦国時代の人物としての石田三成について記述します。
他メディアでの石田三成について別に項目を立てるか、この項目に記載するかは各人の判断に御任せ致します。

石田(いしだ)三成(みつなり)(1560~1600)は戦国時代の人物、武将である。

近江の出身で、長浜時代の羽柴秀吉に登用されたと伝わるがいまいちはっきりしていない。
近江出身者の特徴とも言うべき高い実務能力を有し、早い時期から羽柴家の台所を切り盛りしたとされる。

本能寺の変が起こった際には直ちに兵坦を確保、秀吉軍の素早い進軍を助けている。

武将としても優秀だったと思われるが、前線に回される事が少なく、出た時も活躍出来なかった。
特に北条攻めの際は忍城攻略軍の司令官として長大な堤防を築き水攻めを試みたが決壊し失敗。小田原本城が先に陥落する大失態を犯している。
この水攻めは近年では秀吉の指示と言われており、むしろ難色を示していた。指揮官でありながら結局企画担当として扱われる三成の姿が垣間見得る。
官僚の性に加えて彼自身が狷介な性格であったことから、福島正則や加藤清正などの武断派からは嫌われていた。
(加藤清正とは名護屋城建設の際に見事なコンビネーションを見せたという話も残っているのだが、後述の朝鮮出兵の時期に関係が悪化し決別してしまっている)
しかし、その正義感の強さに惹かれ、大谷吉継や田中吉政らとは交流があった。
また、義を掲げる直江兼続とも仲が良かった様子。

豊臣政権下では五奉行筆頭として、行政執行に当たり、秀吉死後の朝鮮からの日本軍撤退の配備もいち早く行い助けている。
しかし武断派から嫌われるのは変わらない。
というか『こっちは命懸けで必死に戦ってきたのになんだよこれ!あーもー全部石田が悪い!!』なんて言われる始末。
朝鮮出兵の際の三成は奉行人たちを纏めて各武将の働きぶりを秀吉に報告する役だったのだが、
真面目ゆえに不手際や軍紀違反まで事細かに秀吉に伝えたことから武将たちの恨みを買ったようだ。
例えるなら、ちょっぴりワルな学生たちが融通の利かないクラスの風紀委員を「チクリ魔」と毛嫌いするようなものだろう。
尤も嫌われている原因には三成自身の空気の読めない言動もあるが。

秀吉死後、專横を強める徳川家康を厳しく弾劾するが上手くかわされる。
その後、前田利家の死を契機に、逆に武断派七将(加藤清正、福島正則、加藤嘉明、浅野幸長、黒田長政、細川忠興、池田輝政)に命を狙われ、佐竹義宣と徳川家康に守られるが最終的に隠居させられてしまう。

天下取りを始めた家康は、同じ五大老の一人、上杉景勝に謀叛の疑いありという名目で会津上杉討伐を行う。
しかしこれを好機と密謀を巡らせ、1600年、西国大名を束ねて家康討伐に立ち上がる。
西国大名の動員、壮大な布陣、大義名分の確保など僅か数十万(十九万?)の小大名としては見事な準備を整えたが、
家康の入念な工作と大阪城首脳の及び腰により、あと一歩まで追い詰めたが敗戦。
伊吹山山系へ逃亡するも捕縛され、同年、六條河原で処刑された。

後述の逸話にもあるように不器用で配慮に欠ける言動をしてしまうこともあったらしく、優れた行政能力を持ちながらもつくづく人望には恵まれなかった。
親友と言っても過言ではないほど親しかった大谷吉継にすら、
「お前には人望がなく禄高も家康に大きく劣るのだから、家康を打倒するなら他の人を上に立てろ」と助言されたほどである。
三成はその助言を受け入れ、関ヶ原の戦いの際には大大名である毛利輝元を総大将に立てている。


★評価
一般に無能な小心者、豊臣政権を私した奸臣というイメージが近年まで続いていたが、
これは徳川政権の正当化を図る江戸幕府の情報統制による影響を多分に含んでいる点を忘れてはならない。

皮肉にも敵対していた張本人、徳川家康や"水戸黄門"徳川光圀と言った江戸幕府の最高責任者達が、石田を忠臣、名臣と読んでいる。

近年再評価の機運が高く、忠臣・名臣として表現されるようになりつつある。
しかし、融通の利かないマニュアリストなのは事実であり、最前線で戦う武将達との確執が豊臣家滅亡の遠因であることを考えると
あまり復権し過ぎるのも考え物ではあるが。


★逸話

三杯の茶(三献茶)
一杯目…温くて沢山。まずは喉の渇きを潤す。
二杯目…やや熱くて少なめ。
三杯目…熱くてちょびっと。
この気の効いた三杯の御茶を貰ったのが、秀吉である。
「はぅ~三成ちゃんお持ち帰りぃ~!」


最初の石高は無石。代わりに河原の葦の採取税をとって莫大な利益を出す。


自分の禄高4万石の際、筒井家浪人島勝猛を 半分の 2万石で勧誘。数々の仕官を断った島もこれには敵わず仕官。
ちなみにこの島という人物、関ヶ原で東軍兵士にトラウマ(関ヶ原三大トラウマ)を植え付けた島左近その人である。
加増された際、一人にまるまる加増分を与え仕官させる。


武将たちによる茶会では、結束を深めるため一杯のお茶を集まった諸侯で回し飲みするのが通例となっていた。
ハンセン病を患っていた大谷吉継は、その病気から自分の後にお茶を飲むことを嫌がられ、肩身の狭い思いをしていた。
そしてとある茶会にて、吉継はお茶を飲んだ際、膿(鼻水という説も)をお茶の中に落としてしまった。
吉継の後に続いた武将はお茶を飲むふりをしてやり過ごしたが、三成は吉継の気持ちを慮ってかぐいっと一口にお茶を飲み干したという。
その三成の態度に感じ入った吉継は彼と友誼を深めていき、強い信頼関係を築いていった。


家康が来た時、自分より凄く偉いのに頭巾も取らずガン無視。近くにいた同僚に注意されても、業を煮やした同僚に頭巾を取られて焚き火に放り込まれてもガン無視。
これにはターゲット(家康)も苦笑い。


大阪を台風が襲った際、工事(普請)現場の被害が気になり、工事担当者より先に調べ上げて秀吉に報告。
おかげで担当者は秀吉に「うーん、三成の報告の方が分かりやすいかも」と言われてしまい面目丸潰れ。


毛利家から「こんな時季に取れるのは珍しいので献上したい」と果物が送られてきたとき、
「時季外れのものを食べて(秀吉に)何かあったら大変だから受け取れません」と突き返した。
一応「万が一何かあったら毛利家の面子が丸潰れになる(下手すれば責任問題で誰かの首が物理的に飛びかねない)」という理由もあったのだが、
「何も突き返すことないだろ、横柄だ」と大ブーイングを受けることとなった。


朝鮮帰りの加藤清正たちを労おうと「お前らが今度京都にきたら茶会でもしようか」と言ったら、
「7年も命懸けで戦って金も食料も人員もすっからかんの俺たちに茶会出ろとかナメてんのか?」とブチキレられる。
そりゃあ茶会に招かれた側も礼儀的に手ぶらで参加はできない(それなりに費用と人員を割かないと面子が潰れる)のでごもっともな話である。


関ヶ原から敗走後捕まって大津城で晒されていた時の反応。

福島正則…「捕まってやんのバーカ」と罵られて「お前がここにいたかもよ」と憎まれ口。

黒田長政…「勝負は時の運」と羽織りを貰って「有り難う」と御礼を言う。

藤堂高虎…「うちの鉄砲衆にアドバイスを」と求められ、「傭兵に頼りすぎ。組頭を何とかせにゃ」とアドバイス。後にアドバイス通り鉄砲隊を再編成。

小早川秀秋…見るなり「地獄に落ちろ、クズが!」と激怒。小早川ビビる。


処刑場に行く途中、「喉が渇いた」と訴え、白湯を求めるも無かったために干し柿を出され、「干し柿は痰の毒。自分は痰持ちだから」と断る。
これから死ぬ人間が健康を気にするのか、と嘲笑した兵士を「志ある者は生きている限り諦めないものだ」とたしなめたという。
また、捕らえられた後に「敗戦の将ならば敗戦の責任をとってすぐに切腹すべきだった。そうすれば縄目に遭うこともなかっただろうに」と言われた時も、
「大望ある者は簡単には諦めないもの。私は再起を図っていただけだ」と言い返したとか。


秀吉の右腕と言ってもいい地位にいながら秀吉のように豪奢な暮らしはせず、質素に暮らしていた。
さぞかし財を貯め込んでいるだろうと攻め込んだ佐和山城の質素さに兵士一同愕然としたとか。
これに関しては『主君から与えられた物はすぐに使い切るべし。それを貯め込むのは盗人と変わらない』という三成の考え方も関係しているだろう。
ちなみに『貯め込むのは盗人』であり、『使い込んで借金するのは愚人』とも考えていたとか。


関ヶ原の戦いの後、捕らえられて引っ立てられた三成に家康は「勝負は時の運。どんな名将とて負ける時は負けるもの。恥に思うことはない」と言うが、
三成は平然としたまま「そんなことはわかっている。私に天が味方しなかっただけだ。早く首を切るがいい」と言い返したという。
この潔い態度に家康は「流石に大将の器がある。命乞いをした他の武将とはわけが違う」と言ったとか。


石田三成が登場する作品

小説
司馬遼太郎『関ヶ原』
童門冬二『石田三成』

漫画
原哲夫SAKON-戦国風雲録-
重野なおき軍師黒田官兵衛

ゲーム
戦国無双シリーズ
  • 幸村、兼次と合わせて義トリオの一人。cv竹本英史
  • BASARA3より登場。CV関智一。秀吉を敬愛してやまないヤンデレ
戦国大戦
  • 初登場はver2。ver3の関ヶ原でついにSRとして排出。ゴリラモデルと計略ムービーが絶妙なダサさで三成らしいと評判。CV緑川光
信長の野望
  • 文官型のステータスで義理が高い
太閤立志伝
采配のゆくえ←主人公
  • 関ヶ原の戦いの時点で二十代、エンディングでは・・・

追記、修正お願い致します。

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