関羽

登録日:2009/12/10(木) 08:10:00
更新日:2018/06/12 Tue 10:26:53
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「春風、桃花の頃に契りを結び、以来、大旱に雲霓を望み四十年。今、乱世に わが大王の道を拓く!!」


関羽、字は雲長、改名する前は長生と名乗っていた。愛称としては美髯公、大ヒゲ、武神、ヒゲの人等。
劉備の義弟であり、世界各地に墓があることで有名。とりあえずあやかっちまえ!といった具合に色々なものの神様にされている。

【出自】

司隷河東郡解県の生まれ。
中国最大の塩湖である「解池」の近くであり、の密売に関わっていたという話もあるが、推測の域を出ない。
地元に伝わる伝承によれば、阿漕な塩商人を殺したことで官吏に目をつけられたため、幽州へ逃げることになったという。
赴く経緯がなんであれ、幽州に向かったことでそこで生涯の主君、劉備と義弟張飛と出会うこととなる。
演義においては有名な「桃園の誓い」の場面としてこの出会いは描かれることとなる。

その後、劉備を義兄また主君として立て、その生涯に亘って付き従うことになる。

【デビュー】

演義においては特に関羽が衆目を集める場面として、華雄との戦いや呂布と三兄弟でわたり合った場面が描かれている。
特に華雄戦については華雄の項目の方が詳しいのでそちらを参照。
尤もこの時の劉備は史実に沿うならば公孫瓚の一部将でしかないため、史実においては特筆するような功績はないようである。

その後、紆余曲折を経て劉備は徐州を得るものの、傭兵として迎え入れた呂布の裏切りに会い徐州を失陥、曹操の元に厄介になることになる。
しかしながら董承らによる曹操暗殺計画に巻き込まれたため、曹操袁紹の大戦が近づいたことを利用して袁術討伐に赴き、そのまま徐州刺史車冑を殺害。
曹操を裏切って袁紹と結び徐州に割拠する。
しかし曹操が攻めてきたことにより劉備は敗走、袁紹の元へ逃れ、下ヒにいた関羽は曹操に投降する

その後白馬の戦いで、乱戦の最中袁紹軍の顔良を突き刺して討ち取った
この功績をもって、関羽の称号として有名な漢寿亭侯に封じられている。

こうしたこともあって曹操からの評価も高かったが、関羽としては恩返しが済めば劉備の元へ去るつもりであった。
実際曹操から与えられた恩賞も封をし、お礼の手紙を残して曹操の元を辞している。
曹操はその義に感じ入り、関羽を追ってはならないと言ったという。

三国志演義ではここで黄巾の残党で後の片腕となる周倉廖化に出会う。
「五関一城の突破」も有名な創作物語で、実はこれは封神演義の「黄飛虎の五関一城の突破」としてオマージュされている。

【ジャーン!ジャーン!ジャーン!】

その後、劉備と共に荊州に逃れるが、しばらくして劉表が死んだこともあり曹操が侵攻してくる。
この時は江陵へ逃れる劉備たちとは別行動をとり、漢津で再度合流、そのまま夏口までともに逃れることになる。

以降は演義ではかの有名な赤壁の戦いへと続く。
この赤壁のラストでかつての知遇の恩を振り切れなかった関羽が、苦境に陥っていた曹操を見逃すという、ある意味では愚かしくもどこまでも人間臭い、義理人情の深さが象徴されるエピソードが存在する。
他にはこれといって出番がないのは内緒。まあ赤壁では劉備軍自体が蚊帳の外だしね

曹操の撤退後は荊州平定に携わり、その功績でもって襄陽太守に任命。また、劉備の入蜀後は荊州を一手に引き受けることになる。

【死亡フラグ】

しかし、「上の立場の人間がいなくなる」および「文官不足」がここにきて問題となってくる。
下にもあるが、関羽は同格の相手に対し傲慢に振舞うところがあった。(諸葛亮黄忠が登用されたときに不満を漏らしたことも、この性格の一端と見ることもできる)
今までは関羽を抑えられる劉備や諸葛亮がいたから良かったが、そういう人材が関羽のそばにいなくなってしまったのである。
特にまずい形でこの性格が表れたのは、孫権から申し出てきた子息の婚姻話を本国に通しもせず蹴ってしまったこと(孫権に「お前は俺より下だ」と言ったに等しい)であった。

ただし、この話も創作説が付きまとう説ではある
関羽は劉備軍の重鎮とはいえ、孫権の義兄であり関羽の主君である劉備の頭越しに婚姻を進めることは不自然だし、それを撥ね付けるはずもない。
逆に、劉備軍団の半分を支配する関羽が、軽々しく孫権との縁談を結ぶというのも、下手をすれば劉備側からの離反や疑惑にさえつながりかねない危険行為である*1
儒教国家である漢の臣であり、兄である劉備をそこまで軽視しているなら、関羽はとっくに独立して荊州を乗っ取っているし、そもそも見限って曹操軍にいたはずである。
一応、この時点で関羽は荊州軍事総督・前将軍(劉備軍の軍位としては最高位)であるため「現場の裁量で押し通してしまった」と言う可能性もなくはないのだが…
それでも、「蹴とばした時に孫権を犬呼ばわりした」は流石に創作だろう。

【面目躍如】

それはともかく、遠く漢中方面では劉備・法正黄忠が魏軍の重鎮・夏侯淵を討ち取り、続く曹操軍さえ撃退した
続けて劉備は「漢中王」の就任を宣言。この軍事面・外交面の勝利に応じて、関羽も樊城に侵攻して守将・曹仁を圧倒し、援軍として駆け付けた于禁率いる七軍を撃破、
途中ホウ徳に額を射られるが武神だから関係なかった(史実)
さらに各地で反乱を誘発させた。関羽自身が調略にどれだけ携わったかは不明だが、
候音らが地方で諸将を釘付けにし、魏の都・鄴で魏諷が決起寸前になるなど、魏の屋台骨をヘタすると粉砕するような事態となっていた。

その勢いは曹操に遷都を考えさせるほどだったが、とるものもとりあえずすっ飛んできた第二援軍の徐晃、張ゲンの軍に苦戦し、怒涛の勢いがいったんストップしてしまう。

【転落】

一進一退の攻防を繰り返して居る内に、前に後方支援に全力を尽くさなかったとして叱責した糜芳、傅士仁が呂蒙の説得により裏切った為に本拠を失ってしまう
魏が曹操の代どころか曹丕の代での天下統一を投げ打つ程に呉に対し譲歩し、呂蒙が天命を賭し、
次代を引き継ぐ巨星陸遜と蜀の裏を取る荊州奪回策を神速で実行したために、虚を突かれる形になってしまった。

ここに至り、関羽は本拠を奪還するため、数倍の孫呉包囲網へと猛進。
物凄い勢いで包囲網を突破しようとしたが、藩璋配下の馬忠に捕らえられてしまう。

そのまま孫権から捕らえたら即時に首を落とすように言われていた為に、処刑される

呉は劉備の怒りをそらし尚且つ魏に恩義を売りつけるために首を魏に送りつけた。
しかし、それを見抜いていた(また、実際尊敬の念もあったのであろう)曹操は諸侯の礼をもって関羽を葬った

劉備の怒りは張飛を殺した将が呉に逃げ込んだ故に更に燃え上がり、夷稜の大戦(そして大敗)へと続くことになる。

尚、荊州奪回策として仮病を使った呂蒙は直後に本当に病死した。(演義では祝杯をあげている時に関羽に憑依され変死。)


関羽と言えば商業の神として有名であるが、盗賊や海賊が来ない様に願掛けとして義と武勇に優れた関羽の像を置いたのが始まりだと言われる。


【家族】


関平
演義では養子で序盤に出会い関羽と共に戦い共に死んだ。
正史だと実子だが、側室の子だと思われ、字は記録されていない。
『覇~LOAD~』では聞いただけではなんだかわけのわからない出自になっている。

●関興
実子。正史では「二十歳で馬良の後任になるほど優秀だったが、数年後に死んだ」とあるのみ。
演義では割と活躍しているが、あくまで割と。
張飛の息子・張苞と義兄弟の契りを交わし、偃月刀を受け継ぐなどの次世代の武将的なイベントがあるが、よく見ると諸葛亮の副将程度の描写しかなく、しかも次世代といいながら諸葛亮よりも早死にしてしまう。

関索
後世において関羽の子として創作された人物。詳細は当人の項目を参照。

●関銀屏
『何がむむむだ!』の息子の嫁。
南蛮制圧で活躍(創作)。三国志大戦で登場して以来、爆発的にメディアへの露出が増えた。


【人物】


三国志演義をはじめとする創作物では、圧倒的な武勇を誇る上に劉備への忠誠心を備え、また敵であれ義理を通す好人物として描かれている。

史実においても曹操が人材として惚れ込み、魏を震え上がらせているなど敵からも強敵と評価されていた人物であり、
演義のキャラ付けも史実とかけ離れたものではなかったと思われる。
武力方面はもちろんであるが、内政面においても諸葛亮が蜀に行った後の荊州の内政運営は十分成功していた。(呉の側からの正史に記述あり)
一説によると『春秋左氏伝』を好んで読み、ほぼ暗記してそらんじることができたらしく、当時の武辺者としては珍しくインテリな面も持っていた。
劉備の功業にとって、なくてはならなかった股肱の臣下だったことは間違いないであろう。


しかし、関羽は本来自身と同格に当たる相手に対してやたらと上から目線で接することが多かったとされる。
劉備への忠誠心故か、庶民から成り上がった自信故か、はたまたコンプレックス故か……。
本来なら、その程度のことは「誰にもある人間的な欠点の一つ」で済まされることだったのかもしれない。
だが、彼が荊州を治めるという時点で、それでは済まされなくなってしまった。


それが、呉との外交戦で最悪の形で噴出し、呉を敵に回してしまった
呉と蜀は元々荊州をめぐって利害関係が微妙な間柄でもあったから、関羽でなくとも最後は同じであった可能性も否定はできないだろう。
それでも、魏を倒すためには協調してやっていかなければならない呉に対して、本国の許可もなく独断で横柄な態度をとったのは余りにも大きな失策だった。
この結果として、蜀と呉は潰し合い、魏の打倒は諸葛亮や姜維がどう頑張ってももはや不可能に等しい夢となってしまった。

ただし、前述の通り孫権との婚姻話はどこまで本当かは不明瞭である。
もしこの婚姻話の独断が本当のことだとしても、荊州にも諸葛亮クラスとは言わなくとも、
きちんと補佐が出来る文官を置けない蜀の悲しいくらいの人材層の薄さこそが原因ともいえる。
真三國無双7のifルートは龐統の生存が必須となるが、龐統の元で馬良ら文官勢をきちんと育成できていれば、違った未来もあったのかもしれない。
関羽の敗戦後呉に仕え、高い評価を受けた潘濬と折り合いの良くない関羽に文官重用が出来たかは不明だが…

また、この孫権の攻撃と関羽の破滅の結果、「東西の両方面で攻撃して曹魏の戦力を分散させ、圧倒的な国力差を覆す」という「天下三分の計」の戦略目標*2が破綻したのだが、これはそのまま孫権側にも跳ね返る指摘である
呉といえども魏との国力差は倍以上開いており、本来の敵は関羽ではなく曹操だった。
その関羽が、漢中の戦勝に呼応して荊州で戦っていたという当時の状況は、圧倒的に強い魏が弱まり、呉にも回天のチャンスが巡っていた千載一遇の好機だった。
ここで、合肥に出るなり北上して徐州を狙うなりせず、関羽を討って壮大な足の引っ張り合いをした時点で、呉が魏に逆転するチャンスもなくなってしまったのだ。
関羽が外交戦に失敗したのは事実だか、だからといって孫権の行動にも問題がないとは言えないだろう。


なお、関羽は部下には優しかったと言われるが、糜芳・士仁への叱責が原因で呉への内通が発生したとされており(一説には「こいつらを始末しなければならない」と物騒なことを言ったとか)、一方的に優しかった訳ではない。
とはいえ、叱責の内容は失火を出したことや兵站サボりという叱責・処罰が当然なものであり、しいて関羽の落ち度と言えるかは微妙である。
ちなみに張飛は上にはペコペコしながら部下にはパワハラする性格が原因で暗殺されており、関羽と対なのは皮肉である。


結果として劉備の功業を立てたのも関羽なら、潰したのも関羽だった、というべきだろうか。
そのくらい戦術級・戦略級の存在としては卓越しており、劉備軍において主力を任されたのは大体関羽。
「関羽が死んだら蜀の残りは小粒しかいないので怖くない」とまで言われていたのである。

魏を滅ぼす事ができたのは関羽の北上の際に反乱が頻発していた時期位しかなく、劉備も勝負手を打っていたフシがある。
例えば、対魏の最前線である漢中太守に魏延を抜擢した人事だが、有力視されていた重鎮の張飛が不満を漏らすことはなかったのは、
張飛の荊州派遣や張飛を連れての劉備自身の荊州入りを視野に入れていたから、と見る向きもある。
何にせよ呂蒙の天命を賭した神速の荊州奪回によりその芽は潰されてしまったが…

【創作作品における関羽】

呉から関羽の首が送られてきたとき、曹操が劉備の怒りの矛先から逃れるためもあって王侯への礼を以て葬儀が営まれ、個人的な敬意の表れとして廟を建立した。
すると曹操の意向を忖度した者達によって魏の国のあちこちに関羽の廟が建てられたらしい。
その後、歴代の王朝が北方から圧迫された時、北方の敵と戦った武神として国家的に祈祷される。

また、郷里の塩商人からは裏表のない性格の関羽は商業道徳に適う神として商業の神とも崇められた。
歴史書『三国志』は晋時代に編纂されたもので、魏から禅譲を受けた以上その魏が正統でないと困るので魏正統の立場で書かれているが、
編纂者の陳寿自身は蜀出身であり、諱を避けたり死亡の際の表現を変えるなどで蜀の正統性も強調している。
(あと、司馬昭が魏の皇帝を弑逆しちゃったため魏からの禅譲ではなく正統である蜀を倒して興った国ということにしようとする考え方も後世には出てきたらしい)

全然関係ないのに絡んできたみたいな扱いされている呉によって非業の死を遂げた関羽は『演義』において「義絶(義の極み)」とその義を讃えられ、神格化された。
かくして完成した「関帝廟」には、ブレーキ役関平周倉を従えている。

◆六朝~隋代~仏教の守護神~

三国時代から五斗米道など初期道教が発達しているが、
南北朝期には、劉備や曹操、諸葛亮・司馬懿徐庶たち各国トップ・文官勢が神として祀られる中で、関羽や張飛は神に数えられてはいない。
神格化は仏教の方が早く、隋代の智顗(天台宗開祖)に僧坊を提供し、守護神となったとする話が記録されている。

◆唐代~北宋代~南の武神~

忠義に厚い関羽は為政者からの人気を集めた軽んじていた士大夫層から人気という訳の分からない事態になったが。
最初に為政者から祀られたのは唐代の安史の乱の時。武成王*3廟六十四将の一人として従祀されたが、このときは数ある名将の一人ぐらいの扱いだった。
ちなみに三国時代からは魏から二名・蜀から二名・ 呉から四名 というチョイス。
五代から北宋にかけて、道教では元帥神という武神の信仰が広まり、関羽は南方を守護する関元帥として四大元帥に数えられるようになる。
趙公明とかと同格。
五行説において南を意味する「赤」から赤兎馬との関係が生まれたらしい。

北宋代の称号…忠恵公・武安王・義勇武安王
南宋代の称号…壮繆義勇王・壮繆義勇武安英済王

◆元代~そして伝説へ~

伝説上の息子の奇想天外な活躍が物語られるなど、どんどん人間離れしていく
ついでに「旗揚げするにあたり未練を断ち切るためお互いの家族を張飛と交換殺人」というとんでもない設定になってたりもするが…
『三国志平話』では鍛冶屋が刀を打っているときに青龍が飛び込んで一体化し、青龍偃月刀となったという伝説が描かれ、
『花関索伝』では大岩をどかして青龍偃月刀を手に入れ、最期の時には水の神に赤兎馬と青龍偃月刀を返して天に還るというどこのエクスカリバーかと思うような伝説的人物となった。

若干余談だが、この時代ごろから上司だった太公望を抜いて中国史の武神筆頭になってしまう。

元代の称号…顕霊義勇武安英済王

◆明~清代~財神関帝~

関羽の故郷、山西省の解県には、解池という塩湖があり、中国内陸部における最大の製塩所であった。
生命の必需品である塩の取引が盛んであり、この地の商人達は関羽が琢軍へ行った理由も塩の密売で追われていたためであったとして信仰していた。
さらに、曹操から貰った宝物を全て返した話を『算盤や出納張の起源』と盛られ、関帝は財神としての面も持つことになった。
なおこの逸話は赤壁の戦いの後『平話』では曹操は不思議な霧によって関羽から逃げたのが
『演義』になってこのときの恩義によって曹操を見逃すという話になり、関羽の義理堅さを強調している。
経緯を見ると孔明の「天命によって曹操はどうせ殺せない」が結構なメタ発言に聞こえてくる

また清の袁枚が編纂した怪力乱神集『子不語』にも関帝廟絡みの話が収録されており、
「呂蒙が拓いた土地に関帝廟を置くと騒音が起きる」 「関帝廟が多すぎるので、小さな関帝廟には窓口だけが設置されている」
「飢えによって起こした盗みの真相が関帝廟で占われるが、本当のことを言えば犯人は主人に殺されるので、下宿を追い出されるだけで済む知事に濡れ衣を着せる」など
なんか俗っぽい神としての信仰を集めていたことがうかがえる。

明代の称号…壮繆義勇武安顕霊英済王・三界伏魔大帝神威遠鎮天尊関聖帝君・三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君
清代の称号…忠義神武霊祐関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇威顕関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇威顕護国関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇威顕護国保民精誠綏靖関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇威顕護国保民精誠綏靖翊徳関聖大帝・忠義神武霊祐仁勇威顕護国保民精誠綏靖翊賛宣徳関聖大帝

◆現代~Dynasty warriors~

三国志演義において、他人の功績を関羽に移植するなど、関羽の功績を強調するため様々な脚色が行われた。
孫堅の功績である華雄を斬るシーンを関羽に変えるなど、もっぱら呉の被害が大きい(『SDガンダム三国伝』では販促のために孫堅が倒してるけど)。
何しろ、劉備や孔明に次いで関羽も諱を避けているのだ。(因みに張飛は呼び捨て。まあ尊敬というより親しみ深いキャラだし)
演義の設定が含まれているため演義完成後に生まれたと思われる『三国故事』という伝承も各地で語られている。

◆各作品での関羽


フィクション作品では長柄武器「青龍偃月刀」(銘「冷艶鋸」)を愛用しているが、
実は関羽の時代よりずっと後に発明されたものなので、正史の関羽には縁が無かった


※ネタバレあり

●漫画・アニメ

『横山光輝三国志』

従来のイメージを踏襲。日本人の持つ関羽さん男前!のイメージの根源。
全体的に黒いイメージ、服と烏帽子と髭的な意味で。初期のほうでは剣の使い手であった。

『天地を喰らう』

肝と小便と一緒に瓦礫の誓いをした。
未完。

蒼天航路

「いかな乱世であれ、この邪な所業!関雲長が許さぬ!」

呂布と並んで最強武将扱い、まさに武神ってかチート。馬に乗って空を飛ぶ。
最終二巻位の実質主人公。初期はだるまの妖怪みたいだった。

『sweet三国志』

武器が青龍偃月刀じゃなく、住友重工産の形状記憶合金製の剣。

『STOP!劉備くん』

素手で槍を掴み取ってへし折る程の比類なき豪傑であるが義に篤く、老人や子供に弱い。「あんまり血を見るのも好きじゃないんだよね」とか言っちゃう。
戦う最中でも美しい花は踏まずに避け、顔良・文醜が家族のために働いている姿を見て戦うのを躊躇うなど優しい人物。
貂蝉ちゃんラヴ。

『覇〜LOAD〜』

主君が日本人で坊主頭。
貂蝉の処女を貰った。

『一騎当千』

四川高校(埼玉県)3年、同校の事実上の番長(総長は眼鏡っ娘劉備)。
褐色肌を持ち踝まで届くほどのロングヘアースタイルの美少女で、どう見ても高校生の風格ではない(本作だとよくあること)。
右目が常に隠れている。172㎝もの長身に加え爆乳、筋肉も凄い。
裾もスカートも丈がハンパなく短く、常にルーズソックスを履いている。
(知名度補正もあってか)作中では一番人気。人気すぎてアニメ第2期では勝手に主役になっていた(表向きは原作主人公・孫策とのW主人公だが)。

死亡したと思いきや決死の治療により復活。
ガチレズ。

figmaの一騎当千シリーズでは一番最初に登場した。


『マンガ三国志・水滸伝の英傑たち』

台湾の鬼才・蔡志仲による4コマギャグ漫画では準主役として登場。
悪人を斬って指名手配されていた所を張飛・劉備と出会うが、その懸賞金額が低廉だったことを嘆いて流浪の身となった。
作中のネタはこんな感じ。

劉備「せっかく誓いを立てたんだから旗を作ろうぜ」
関羽「ボクは顔が赤い」
張飛「俺は色黒だ」
劉備「私は色白だ。このマンガの第2話にもそう書いてあるくらいだからな
張飛「俺、絵が得意だから三人のカラーを合わせた旗を作ってみるぜ」
(数分後)
張飛「できたぜ」
関羽「おお、見事な赤白黒…ってこれイラクの国旗じゃねーか

このマンガ、他にも「中国共産党のシンパだったことはないか」とか「中国兵が絶対いない所に逃げねば! よし靖国神社に行こう」などネタがギリギリすぎる。

『ランペイジ』

相変わらずのチートっぷり。張飛を殺したくて殺したくて仕方がない。
未完だったが最近ネットで続きを描いている。

『ブレイド三国志』

出ていたかどうか…
打ち切りのためなんとも…

『DRAGON SISTER』

本当は男として生まれる筈が張角のどうしようもない呪いのせいで黒髪美女に生まれた。

華雄戦を除けば演義のような強さはみせなかったが、潜在能力が高。

『SDガンダム三国伝』

演者はZZガンダム。鬼ひげ。
裏設定では恋人を呂布トールギスに討たれている。

●ゲーム

『コーエー三国志シリーズ』

間違いなく最強武将の一角。
全体的に高ステータスであることが多く、その中でも武力が特に高い。
劉備との相性も極めて良好(作品によっては兄弟扱いのこともある)。義理も高いため、余程忠誠が落ちなければまず裏切ることはない。
さらに隠しパラメータでも「冷静」な性格であることが多く、知力の高さと相まって計略にもひっかかりにくい。
作品によっては関羽にしかない特殊能力を持たされていたり、関羽を斬ると「呪い」で隠しパラメータの「寿命」が下がったりと、何かと特別・優遇されていることが多い。
さすがは神として祀られるようになった男といったところか。

『真・三國無双シリーズ』

格闘ゲーム時代からのシリーズ皆勤キャラクターの一人。
こちらを参照。

『三国志大戦』

三国志主役級の人物の一人のため、実に多くのカードが出ている。
どれもが高コスト、高武力、文武両道として描かれてるがコストのせいで義兄弟たち同居するには微妙に相性が悪い。
ゲーム内最強クラスのスペックを持ち、武力では呂布に今一歩及ばないものの、殆どが味方を率いる指揮官としての側面を強く出されており、呂布とは対照的なカードになっている。

龍玉キャンペーンで兵士服が出た、前の曹操の出来の悪さと比べるとびっくりな位の出来。
マッチング画面はかわいい。

『LoV』

上記三国志大戦とのコラボで登場。
出てきたのは知る人ぞ知る三国志大戦・天に登場した『裁きの神雷』の関羽。


『恋姫無双』

本作のメインヒロインの一人で、真名は愛紗(アイシャ)。巨乳。アニメ版第一期では主人公
一騎当千同様烏の濡れ羽色の美髪を有する「黒髪の山賊狩り」。普段はサイドテールにしており、釣り目や雪のように白い肌もあって精悍な印象を受ける。
…が、上記の噂に尾ひれがつきすぎて「そんなに美人でもねーじゃん!!」とか言われるのがアニメ版のお約束(第2期では「またそれか…」的な反応までしていた)。
年齢不詳だが多分20歳前後、よく「張飛の母親?」とか言われる。

『真』以降は劉備の登場と各勢力のルート追加により、劉備・曹操・孫権の三人がメインヒロインとして扱われ始め、
蜀ルートでは劉備と共にメインヒロインを務めるが、若干影が薄くなった。
FD『萌将伝』ではまさかのルート無しという冷遇を受け、全国のご主人様たちを激怒させる事態に。

なお、ギガパルスの18禁フィギュアの恋姫無双シリーズでは一番に出た。


『十三支演義~偃月三国譚~』

一騎、恋姫同様にやっぱり美少女で、やっぱりこちらでも主人公。しかもこのゲームは女性向け恋愛ゲーム(乙ゲー)。
猫族と呼ばれる人間から進化した亜人族の少女で、弟分の張飛、族長の劉備と共に中原の覇者へと進んでいく。
しかし、張飛同様茶髪なのはちょっと残念。
ドラマCDでのイケメン武将たちの「関羽とデートできたら一日どう過ごすか妄想してみようシリーズ」は腹筋崩壊もの。


『京劇』

顔を「棗のような」赤一色に塗って演じる。この赤は忠義を表現している。
だが神である関羽の顔そのものを再現するのは畏れ多いとして隈取には必ず欠陥を入れる。



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