東京ヤクルトスワローズ

登録日 :2011/05/02(月) 10:10:41
更新日 : 2017/07/04 Tue 13:31:54
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東京ヤクルトスワローズは日本のプロ野球球団である。

1950年、日本プロ野球がセ・リーグとパ・リーグに分裂した際に新規参入。
日本国有鉄道(国鉄)が実質的な親会社の「国鉄スワローズ」から、
「サンケイスワローズ」「サンケイアトムズ」「アトムズ」「ヤクルトアトムズ」「ヤクルトスワローズ」と変遷、2006年に現在のチーム名となる。

【チーム成績】


  • リーグ優勝: 7回
  • 日本一  : 5回
  • ホーム球場: 明治神宮野球場


【チームの特徴】


バントや盗塁が多く、小技で掻き回すスモールベースボールで試合巧者な印象を受ける。
長距離砲がしょっちゅう移籍することとノムさんの印象によるものだと思われる(ノムさん曰く「弱いからやってる」)。
名投手も勿論在籍したことがあるが、どちらかと言えば打力重視・攻撃偏重のイメージが多いチームでもある。
近年は若手が多いせいか細かいミスも多い。


また、当たり外人が多い。
悪くとも1年目だけは活躍したりと及第点は叩きだし、本当にどうしようもない外れは少ない。
「真面目かどうか」に重きを置くスカウトが功を奏している(きっかけはペピトーンというダメ外人)。


【チームの軌跡】


国鉄時代からBクラスの常連で、1978年に日本一になるも、以降は長らく低迷。
1987年、現在は宮本慎也の隠れファンであるインテリヤクザ(関根潤三)が監督に就任すると若手を積極起用。
特に池山隆寛を中心選手に育て上げた。

そして1990年の野村克也の監督就任を機に黄金期を迎える。
ID野球と呼ばれるノムさんと古田敦也の頭脳、飯田哲也、伊藤智仁、土橋勝征石井一久、高津臣吾ら
走攻守・投に駒が揃った強力なメンバーにより90年代には4度の優勝を果たす。

ノムさん勇退後は、若松監督が派手さはないが堅実な野球で安定した力を見せ、2001年には優勝。
この年は藤井秀悟、ラミレス、ペタジーニ、岩村明憲といったメンバーが名をあげた。

若松監督勇退後…そこから低迷期を迎えることとなる。

古田が29年ぶりのプレイング・マネージャーに就任した2006年、チーム名に東京を冠し3位と無難な出足となるも、
翌年は首位打者、打点王、最優秀防御率を輩出しながら主力の怪我に悩まされ最下位に終わる。

2008年、高田繁が監督となり、中継ぎの整備、若手への世代交代が進められ就任3年目の優勝を目指し着実に力をつけた。
しかし2010年、出だしこそ良かったものの4月中頃に早くも息切れし借金は最大19に膨らみ、高田監督が辞任する事態となる。

急遽小川淳司ヘッドコーチが監督代行となるとまさかの躍進。
8月には10連勝などで遂に借金を返済。「メークミルミル」と呼ばれた快進撃で最終的に6年ぶりのシーズン勝ち越しとなった。

2011年、開幕こそ連敗するも石川、館山を中心とした投手陣と好調な打撃陣により盛り返し前半戦を首位で終える。
しかし後半戦に入り選手の不調と怪我と肺炎が重なり、一時は10ゲーム差をつけていた中日ドラゴンズにナゴヤドームでほとんど勝てなかったことが響き、逆転優勝を許してしまった。

その後2013・2014年は怪我人が多かったこともあり2年連続最下位。小川監督も責任をとる形で退任。冬の時代である…

だが、2015年に真中満新監督となり、強力打撃陣とリリーフ陣の大活躍により大躍進。
大混戦となったこの年のセリーグだが、10月2日の神宮最終戦に14年ぶりのリーグ優勝を決めた。
前年最下位の球団で1軍監督すら初めての完全新人監督が優勝するのは史上初の快挙である。
また川端が首位打者、山田が本塁打王&盗塁王、畠山が打点王と野手のタイトルを総なめした。

同年ドラフトでは外れくじを勘違いしてガッツポした真中監督も話題となった。

2016年には前年優勝の立役者たる打撃陣の多くがまたもや怪我で離脱。
投手陣も重要なリリーフだったオンドルセクが途中で抜け、また先発陣には2桁勝利が一人もいない惨状となる。
最終的には5位で終了した。投手陣は防御率失点ともにセ最下位を達成した。


【オヤジさん】


  • 岡田正泰
スワローズを語る上で欠かせない私設応援団長。本職は看板屋。
創設してから日が浅く人気も実力もなかった頃からスワローズを「江戸っ子の判官びいき」で応援。
フライパンや横断幕、傘などさまざまなものを駆使し声援を送った(「東京音頭」を応援に取り入れたのもオヤジさんである)。
1978年に初優勝したときには選手とともにトロフィーをひいた。
オヤジさんの魂は、今も神宮のライトスタンドで生き続けている。


【OB】


  • 1 若松 勉
ミスタースワローズ。小さな大打者であり日本人歴代最高打率保持者。
「ファンのみなさん、おめでとうございます」

二代目ミスタースワローズ。ブンブン丸。相棒は黒歴史。

  • 27古田 敦也
もはや語らずとも「オッケーイ」で凄さが伝わる最強捕手。
オッケ━(ゝ○_○)━イ!!!

  • 2飯田哲也
スポーツマンNo.1決定戦で無双した黄金期のセンター。

遅咲きの苦労人。
ふくちくん

いろいろとやらしい。卑猥。

「魔将」

エロ魔神。

  • 8大杉勝男
フライヤーズからやってきたスワローズ初優勝の立役者。
月に向かって打て!

  • 10森岡良介
ドラ1→戦力外を一度経験した苦労人。
お立ち台二回目でアヘ顔を全国に披露した。

  • 11荒木大輔
元チーフ兼投手コーチ。
トンネルを掘らせた甲子園のアイドル。

ストライクかボールしか指示できない投球からいつの間にか技巧派へ。
メジャーに行ったあとヤクルトに復帰するも移籍。移籍先の西武では若手のぐるなびとして活躍し引退。吉本興業の契約社員となった後もわりと野球にかかわっている。

  • 20伊藤智仁
本当のスライダーを投げた悲運のピッチャー。投手コーチとして後輩を見守る。

  • 22高津臣吾
黄金時代の劇場型 フィニッシャー
NPB、メジャー、韓国、台湾、BCリーグと渡り歩いたあとは古巣の投手コーチに。

打法が独特な捕手。
現役生活24年で、1978年の初優勝と1993年の15年ぶりの日本一に立ち会った。

  • 31真中満
内角を回転して打つ一番センター。
二軍監督、打撃コーチとして結果を残し、一軍監督でも優勝を果たした。
ポンタに似ている。

古田の陰に隠れ続けた二番手捕手。
プロ初打席と最終打席が本塁打 という記録を持つ。

  • 33野村克則
カツノリ。
選手としては大成しなかったが、指導者として実績を積み重ねつつある。

  • 35小川淳司
元監督、退任後はSD。実は甲子園優勝投手。

ロケットボーイズ の左。

  • 65 押本健彦
登場曲がエヴァ→仮面ライダーとヲタクなタフネス右腕。

【主な現役選手 野手】


  • 1山田哲人
田中浩康の不調の隙にレギュラー奪取。
2014年には日本人右打者安打数の日本記録を作ってしまった。
そして2015年はトリプルスリーに加え史上初の本塁打王・盗塁王同時受賞の大活躍。
2016年からはミスタースワローズの象徴である背番号「1」を背負い、一時は六冠、最終的に2年連続トリプルスリーとかいうおかしなことをやってのけた。
ところどころマスコットキャラ顔負けの畜生っぷりを見せることがある。浩康涙目。

  • 2大引啓次
FA戦士ビッキー。実家は神社でオリックス時代の応援歌に「神の申し子」という歌詞があったことも。
勝負強さと堅守が持ち味。
坂口とはオリックス時代からの友人。小瀬も仲間だった。

  • 4バレンティン
集中力に欠けることがあるものの当たり出すと止まらないカリブのオランダ代表。
2013年には王貞治のシーズン55本を大幅に更新する60本を打ちまくった。
ヤクルトの選手にしては離脱少なめ。でも負傷した2015年は最終盤まで出てこれなかった。
割と短気だが陽気。

  • 5川端慎吾
天才選手会長。
妹は女子プロ野球の4割バッター。
2015年には兄もついに首位打者を獲得し兄妹そろっての首位打者が誕生。

  • 33畠山和洋
元ニグンノテイオー。恵体豪打に美声の持ち主。
2015年には打点王を獲得した。

  • 41高井雄平(雄平)
剛腕サウスポーとしてプロ入りしたものの制球難を克服できず高校時代から定評のあった打撃を生かすために野手転向。
ようやくレギュラー定着かという時に膝の靭帯をイワしてしまうなど不幸続きだったが2014年にはついに外野レギュラーを獲得しベストナインに輝いた。
ダルビッシュの高校時代の先輩。

  • 42坂口智隆
実は貴重な近鉄戦士の生き残りである構成員。
15年オフに拾われ、大引と再びチームメイトに。
オリックス時代末期怪我に悩まされたためどうなることかと心配されたがまさかのほぼ全試合出場、打率も.295と完全復活した。

  • 50上田剛史
球団公認知人男性。

  • 59今浪隆博
トレード戦士。ヒーローインタビューで滑る。
大引とは同い年であり、東京六大学出身、前所属球団が一緒、ポジションも被るなど共通項が多い。

  • 60三輪正義
スーパーサブ。代走の切り札。
内野手登録だが出場時は大体外野。
サヨナラヒットを打ったのに無視される。

  • 66大松尚逸
空気の読めない男。2016年に戦力外になった所を拾ってもらった。
代打要員としての獲得だったが怪我人の多さに加え代打での好成績を買われスタメン出場も増えてきている。

  • 91鵜久森淳志
この人も2015年に戦力外になった所を拾ってもらった。
移籍1年目から主に右の代打として早速多くの出場機会を貰い、代打満塁本塁打も放っている。

【主な現役選手 投手】


小さな大エース。
カツオ。
打撃技術も随一。

  • 25館山昌平
右のエース。男村田最大のライバル。
トミー・ジョン手術3回をはじめ何度も身体にメスを入れるも復活を果たす不死鳥。
チームでの最近あだ名は エロス らしい。

  • 12石山泰稚
社会人ナンバーワン(※スワローズ調べ)の評価をひっさげ入団したドラ1。
リーグ優勝時、翌日の試合の先発のため広島にいてビールかけに参加できなかった悲運の男。

  • 14秋吉亮
でんでん太鼓投法で打者を抑える救援サイドハンド。
某ホモビ男優とは一切関係ない。
投げたがりでしばらく投げないと燃える。この人もヤクルト戦士にしては頑丈。

  • 16原樹理
ライジングシュートが武器のドラ1。
試合中にTwitterした疑惑が出たり、色々とお茶目な人。

  • 17成瀬善久
FA戦士ニャルセ。
飛翔王だが、狭い球場が多いセ・リーグではその力を見せつける。

  • 29小川泰弘
投球フォームがやたらとカッコいいライアン。
実はドラ1ではない。

  • 43村中恭兵
高卒ドラ1四兄弟の長男。
名前の由来は柴田恭兵(母親がファン)。
某海洋大学准教授に似ている。

  • 68山中浩史
新垣とともにやってきたアンダースロー。
2015年、牧田とのサブマリン対決を制して以降6連勝し優勝に貢献。

高卒ドラ1四兄弟の三男。
号泣王子。
元日本人最速記録保持者(161km/h)。
このたび無事に復活。流石に球速は最高150km前半に留まってはいたが背番号11の帰還に神宮は大いに沸いた。
以後も中10日という縛りながらローテーションを守っている。

【いなくなった人たち】


  • 1 岩村明憲
三代目ミスタースワローズ。
何苦楚魂を継ぐ走攻守そろったサード。
メジャーで怪我をしてからは劣化して日本復帰後は活躍できず。現在は独立リーグ福島ホープスに移籍し選手兼任監督、さらには球団代表まで兼任。

  • 1 青木宣親
四代目ミスタースワローズ。
ネットでは何かと失礼な若きリードオフマン。
「女子アナがいい」←有言実行
現在はメジャーリーガー。イチローほどではないが何だかんだ毎年100安打、.280は打ち、世界のリードオフマンに成長。
何かとヤクルトには愛着があるらしく始球式の投手として神宮に帰ってきたり山田に背番号1のユニフォームを渡したりしていた。

  • 2相川亮二
球団史上初のFA補強選手。
アイカワサンガー

ラミちゃん。史上最強助っ人候補にもよく上がる外国人初のシーズン200本、NPB通算2000本安打達成者。
陽気なイメージだが実はかなりの知性派。配球をノートに書き留めるなど歴代外人でも類を見ないレベルで勉強熱心。また、守備を教えに来たつもりで来日したら稲葉の守備が上手くてたまげたというのは有名な話。
その後巨人、DeNAと渡り歩いて現在はDeNAの監督。

いい人。
山田哲人にレギュラーを奪われた後、コーチ打診を蹴り飛ばしてラミレスが監督を務めるDeNAに移籍。

  • 34バーネット
イケメンクローザー。
奥さんが美人。
2015年の活躍が光りMLBへ渡りダルビッシュとチームメートに。

  • 41稲葉篤紀
カツノリが球界に貢献した実績のひとつ。
今や北海道のスターに。

  • 53ロマン
セットアッパーから谷間の先発までフル回転するタフマン。
退団後は台湾球界に身を置くがツイッターで元チームメイトを応援するナイスガイ。

  • 58オンドルセク
2メーター超えのリリーバー。
バーネットに似ている。
2016年に本人の暴言が引き金となって退団。

ロケットボーイズ の右。
元日本人最速記録(158km/h)保持者。
相棒を尻目にメジャーリーガーとなり、帰国後はヤクルト発祥の地の近くでナックルカーブを投げている。

  • 66新垣渚
ARAKAKI。
2016年引退。ソフトバンクの球団職員となる。


【マスコット】


何故か異常にキャラクターが 悪い意味で 立っている。

メタボペンギン。
中身がはみ出したり 、Twitterで他球団や他球団の選手を挑発する 鬼畜ペンギン

  • つばみ
千葉ロッテマリーンズのカモメに逆○○○
最近は姫キャラになっている。

バファローベルがメジャーになった立役者であると同時に 性犯罪者
詳しくは項目参照。

  • トルクーヤ
あえなくクビになった燕太郎の後釜。非公認から立身出世すると思ったのに…
実物はわりとコンパクト。


【その他】


  • ネット人気はなぜか高い。
    アニヲタWikiにもガイエルはともかく田中やら意外な選手の項目まで作られている。

  • 国鉄としての参入当初は選手が集まらず プロ野球経験者が一人しかいない 状態で初めてのペナントレースに突入。
    開幕23試合で2勝しかできない泥沼にはまり、30代後半の野手3人と高校を中退した投手(のちの名球会初代会長)を「補強」して、
    なんとか初年度最下位だけは免れた。

  • 80年代後半から90年代にかけては選手がアイドル、または芸人のような扱いをうけ人気があった。
    その後、芸人の気風は受け継がれている。

  • 拠点を同じにしている巨人とは相性が悪く2010年まで10年連続で負け越し、
    ペタジーニ、ラミレス、グライシンガーなどの移籍もあってファンは非常に敵対視している。
    また昔は東京在住=巨人ファンだったため弱小球団のヤクルトにファンがつくわけもなく、アンチ巨人の精神はそこから既に生まれていた。

  • 昔からエース級の離脱は多かったが、近年はチーム全体のケガ人が多く、ヤ戦病院というなんJ用語までできてしまった。
    特に2013年はものすごい深刻で4月以降は毎月1人は今季復帰絶望の選手が現れる事態。
    主力選手が次々とケガをで戦線離脱してしまい、まともな選手がバレンティンと当時ルーキーの小川泰弘しかいない状況。
    こんな状況ではセ・リーグ最下位なのも無理ない。

  • 一方で怪我人がいなければリーグでも上位に入る力はあると言われることもある。
    これを証明するかのように、怪我人が比較的少なかった2015年はリーグ優勝を果たしている(ただし、二軍は怪我人が続出し試合成立が危ぶまれるところまで追い込まれ、打撃投手を現役に復帰させて外野で起用する状況だった)。

  • 一部でファンのことを「ちなヤク」と呼んでいる。代表的な人物に村上春樹(作家、通称ちなヤクおじさん、エッセイで異様に球団に辛辣なのでネガヤクおじさんとも)、出川哲朗(リアクション芸人、ファンクラブ初の名誉会員)、さだまさし(シンガーソングライター、神宮球場をネタにした歌も)、松嵜麗(声優、通称ちなヤクおばさん、プライベート観戦がカメラに映ったことあり)など。安倍晋三首相も国鉄時代からのファンである。




追記、修正お願いします。

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