くりぃむしちゅー

登録日 :2009/09/10(木) 13:37:56
更新日 : 2017/08/06 Sun 22:26:01
所要時間 :約 4 分で読めます




ナチュラルエイト所属の芸人コンビ(プライムから移籍)。
元々は「海砂利水魚」というコンビ名だった。

二人は共に熊本県出身で熊本県立済々黌高校ラグビー部に所属していた。
当時の部室でコントぽいことをやって皆を笑わせたりしていたのが現在の原型となっており、当時の出来事をネタとしても使っている。
その後、上田は早稲田大、有田は立教大に入学するが中退(除籍扱い)、1991年に「海砂利水魚」を結成する。
このときのコンビ名の由来は言わずもがな、落語の「寿限無」からである。分かり難いが、お笑いらしい名前である。

2000年に「新・ウンナンの気分は上々」で当時バカルディであるさまぁ〜ずと改名ビーチバレー対決をした。
勝利したが、再戦を申し込まれ敗北、くりぃむしちゅーとなる。
ちなみにこの名称は、ロケバスの中で内村が有田に聞いた好きな食べ物がクリームシチューだったことが由来。

しかし元のコンビ名より覚えやすく親しみやすいという意見もあったため、半年という期限があったものの結局そのままとなった。
くりぃむしちゅーに改名後、掴みのネタで「僕たちくりぃむしちゅー。あちちっ」と言うようになったが、近年は使わないこともしばしば。


改名後すぐに「いきなり黄金伝説!!」にて「クリームシチューだけで一週間生活するコンビ」という企画に挑戦した。



上田晋也
1970年5月7日生まれ。47歳。ツッコミ担当。
デビュー当初はボケを担当していた。「たとえツッコミ」という分野を確立し、その比喩は的確で意外性に富んでいる。
持ちギャグは「ペローン!」「天天パ! 天天パ!」「口を噤むわけにはいかんかね」「構わんよ」「○○だからね」(例:「マックミランだからね」)など。
有田のフリに答えるかたちで使用することが多い。持ち芸はうんちくを制限時間内に披露すること。
2004年に結婚。2006年6月に第一子となる長女が誕生した。
娘の名前は風花。
ちなみに有田曰く、上田は「元祖 ツンデレ 」とのこと。

某知る知る見知るな番組で司会王なる怪しい称号を得たが、なんだかんだで本当に実力はあり、各種司会に関する投票でも上位に食い込む。

上田啓介という兄がおり、弟の七光りに便乗して熊本でローカルタレントとして活動、県内で餃子店チェーンを開いていたが最近畳んでなぜかパンケーキ屋に転身。
弟の番組にも度々噛んできており、「日本一タチの悪い素人」と弟に言われている。

有田哲平
1971年2月3日生まれ。46歳。ボケ担当。
デビュー当初はツッコミを担当していた。
『銭形金太郎』や『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』では「どうも、僕です(略して「どぼくです」「DB」)」の言葉から入ることもあった。
なお、オールナイトニッポンではジングルとしても使用していたが、必ず「どうも、僕です」と言っており、略して言うことはなかった。

実家は大学入学頃までは富裕層だったが、プロデビュー前に父の会社の倒産等不幸が相次いで起こり、それをネタにすることも多々あった。ある親戚のトラブルはWikipedia日本語版記事にもなっていたり…。

最近は生え際が後退しつつあり、時折若ハゲ若ハゲといじられている。
が、そのたびに憤慨しながら「いや、だからさぁ、オレ若かねぇから!」と根本的に何かを間違えた返しをしている。
フライデーでも度々記事に挙げられ、深田恭子との密会現場を撮影された事を皮切りに、
坂下千里子、仲間由紀恵、安田美沙子、西川史子、黒谷友香等、多くの女性芸能人と付き合っていると度々挙げられ、お茶の間を騒がせた。
(これらの記事は根も葉もない噂であり、有田もオールナイトニッポンで否定している。
しまいには開き直ってラジオに西川史子をゲストに呼び『哲平・史子のラブラブナイトニッポン』なるラジオを放送した。
原因はラジオ内のコーナー『ツッコミ道場!たとえてガッテン!』のコーナー内の罰ゲームで、
当時西川史子との交際疑惑が出ていたためこのような罰ゲームの内容となった。
しかし、西川史子が結婚後、スポーツ紙や週刊誌では有田の交際疑惑は無かったことになっている)
結局2016年12月に一般人と結婚したが。


2009年9月にプライムからナチュラルエイトに移籍。
その理由はあかされていないが、
代表取締役がくりぃむしちゅーのマネージャー大橋由佳(オールナイトではババア大橋、馬場さんと言われ、度々ネタにしていた)であったためであると考えられる。
ナチュラルエイトにはくりぃむしちゅー、マツコデラックス、寿司、浜ロンが所属している。



追記、編集してくれても構わんよ
僕から以上!

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