押絵と旅する男(小説)

登録日:2011/11/17(木) 07:35:53
更新日:2023/05/30 Tue 15:52:02
所要時間:約 5 分で読めます






「いけません。いけません。それはさかさですよ。さかさでのぞいてはいけません、いけません」





押絵(おしえ)と旅する男■

江戸川乱歩が1929(昭和4)年に発表した幻想小説。初出誌は「新青年」。
乱歩の記した怪奇幻想系の小説作品としては最高の評価を受けており、乱歩自身も「私の短編のうちでも最も気に入っているものの一つ」と述べている。



【物語】


これは「私」が魚津に蜃気楼を見に行った帰り道に、上野行きの汽車の中で出逢った、ある奇妙な人物との邂逅と、それによって垣間見た別世界の話である。

「私」が汽車で乗り合わせた1人の老人。
古風な黒い背広服に身を包んだ彼は、色褪せた「押絵」を窓に立て掛け、中に描かれた男女に外の風景を見せてやっていた……
「押絵」の中には老人の兄が入っているらしい。

老人が「私」に語った、彼の兄に纏わる奇妙な物語とは?


【登場人物】


物語の語り部。
劇中では、かろうじて東京の出身であると云う事が判るのみ。
江戸川乱歩自身とも思われるが、明言はされておらず、読者自身であるともされる。
富山県の魚津へ蜃気楼を見に行った帰りに、この奇妙な物語を垣間見るが、「魚津に蜃気楼を見に行った」事自体も現実では無い可能性が示唆されている。


  • 老人
「私」が汽車の中で出逢った奇妙な男。
大風呂敷に包んだ、八百屋お七を描いた「押絵」と旅をしており、絵の中の洋装の老紳士を「兄さん」と呼んでいる。
古めかしい黒い背広に身を包んだ長身の痩せぎすの人物で、四十歳にも六十歳にも見える。
その姿は、髪の色の黒いのを除けば「押絵」の中の老紳士と瓜二つ。


  • 兄さん
老人の兄で、覗きからくりに出てくるお七の絵に一目惚れしてしまった。
老人曰く、明治二十八年に異国の遠眼鏡(双眼鏡)の魔力でこの世から消失し、押絵に入り込んだのだという。


【解説】


乱歩のレンズへの憧憬*1や、そこから導き出された夢想と、震災により崩れ去った浅草の凌雲閣を象徴として描かれる、見世物興業の見せてくれたであろう、在りし日の異界の姿が渾然一体となって紡がれる、一級の幻想掌編である。
乱歩の他の代表作に比べて、残酷描写や異常性欲と云った要素が抑えられている事も人気の秘密であろう。

乱歩独自の絡みつく様な文体も冴え渡り、読者の目の前には、本作を彩る様々な場面が鮮やかに現出させられるに違いない。
特に「私」が遠眼鏡で押絵を覗いた時の異様な描写は必見。
また、冒頭の蜃気楼の描写は乱歩が想像で描いたもの(魚津へは実際に行ったものの、季節外れで蜃気楼は見られなかったという)で、乱歩の本来の文章の持ち味、表現力の高さが窺えるものとなっている。





「お前、私たちが探していた娘さんはこの中にいるよ」





追記・修正は遠眼鏡を覗きながらお願いします。





兄「たった一度でいい、押絵の中の男になって、この娘さんと話がしてみたい」

??「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」












……とまあ、真面目に話すとマジで上記の通りであるし、日本が世界に誇る*2幻想小説、怪奇小説の傑作の一つであるのは間違い無いと思われる。

しかし、身も蓋も無い言い方をすれば、この物語は、
「現実を生きられないオタク気味の美青年*3、二次元の世界に入り込み、その中の女の子と本懐(キャッキャウフフ)を遂げる」
と云う内容なのである。

90年以上前にこんな作品を書いていることもまた、乱歩の凄さであろう。





追記・修正は、自分もアニメやゲームの中に入り込んで美少女と本懐を遂げたいと願う、変態紳士の皆さんのみお願いします。





ただし、作中で兄さんが絵の中の美少女に受け入れられたのは、
彼が美青年だったからかもしれないと云うことをお忘れなく。

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最終更新:2023年05月30日 15:52

*1 エッセイ『レンズ嗜好症』で語られている他、『湖畔亭事件』や『鏡地獄』でも重要なアイテムとして登場させている

*2 ちなみに、本作は乱歩の存命中に英語・ドイツ語に訳されている

*3 しかも、支那人街で大枚叩いて遠眼鏡を買わされてる辺り、押しにも弱い