世界終末時計

登録日 :2012/01/13(金) 21:08:51
更新日 : 2017/06/07 Wed 16:09:15
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世 界 変 革 の 時



1947年、広島長崎の原爆投下から2年後の冷戦直下のアメリカで発行された雑誌「原子力科学者会報」で発案された時計。

単に「終末時計」とも呼ばれる。英語では「ドゥームズデイ・クロック」(Doomsday Clock)という。なんとも不穏当な名前である。

ご覧のように時計の左上4分の1の部分を切り取った形をしており、時刻は9時から0時までしか存在しない。

時計の秒針が0時ちょうどを差した時がめでたく 人類滅亡、世界終焉 となるわけである。

秒針が進むのは、この時計が作られるきっかけとなった「核戦争」の脅威が迫った時や、
地球温暖化などの異常気象が起こった時に、同雑誌が設立した委員会の役員が自らの手で進める。


身も蓋も無い言い方をすればよーするに メリケンのさじ加減次第 である。なんでやねん。

しかし、核も地球温暖化も全ては人間のエゴが生み出した問題である。
にも関わらず終末の時を人類自らの手で刻んでいくとは、なんとも傲慢というか皮肉というのか…

2分前の時点まで進んだのが今までで最高記録。ちなみにこの時はキューバ危機が起こり、ソ連崩壊が直前まで迫っていた。


  • 終末時計の推移

1947年に七分前で始まったものが、1949年にはソ連の核実験成功により三分前となり、
朝鮮戦争最中の1953年には二分前とキューバ危機と並ぶ終末まで差し迫った時間帯となる。
ちなみにこの頃は全面核戦争勃発=午前零時ということになっていた。

その後核軍縮や米ソ間の雪解けもあり、70年代の半ばには十二分前とかなり時計の針は戻るものの、
80年代にはイラン・イラク戦争などもあり再び時計の針は進み、84年には三分前となる。
しかしその後冷戦の終結、ソ連の崩壊もあり91年には十七分前とかなり時計の針は戻った。
その後は冷戦も終結したと言うこともあり、環境問題やテロリズムなども加味し時間を出している。
2010年には6分前まで戻されたが、2011年再び5分前に進められた。
これは福島の原発事故も多少はあるようだが、要因のほとんどは原発事故などではなくイランの核開発によるものだそうだ。
“時計のお国さん”にとっては、
「海の向こうの原発事故」よりも「海の向こうから飛んできかねない核兵器を作りかねない核開発」の方が脅威だということだろうか。

実際チェルノブイリ原発事故が起こり、その影響が懸念されていた80年代後半から90年頃にかけては 終末時計の針は戻っている。
(1984年→三分前、1988年→六分前、1990年→十分前、1991年→十七分前。チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年)



だが、実際には一分も無く、世界は終焉に向かっているのではないだろうか?



  • 世界最高峰のアメリカンコミックと名高い『ウォッチメン』では、この終末時計が一貫して作品の象徴として扱われていた。

  • シカゴ大学には、この終末時計のオブジェが設置されている。


追記・修正は世界の終焉を見届けてからお願いします。

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