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男は今夜の取引にいつもより緊張していた。 なんてことない取引、いつもの相手、いつもの商品、いつもの量、ただ珍しく取引場所を指定された。 10年以上の付き合いがある取引相手の珍しい我儘、受け入れるのも商売と今回は男が折れた。 場所は中立地帯の繁華街、違和感は消えないが、俺ならいつも通り大丈夫だと自分に言い聞かせる。 ガチャ ドアの開く音が聞こえる、続く足音、約束通り一人のようだ。 「ダンナ、待たせちまった様で悪いね」 相手はいつもの笑顔で男の正面に立つ。 「約束の2分前だ、待っちゃいない」 「今回はコッチの我儘を受けてもらっ……」 「御託はいい、仕事をはじめようぜ」 相手の感謝の言葉を無視して取引を促す。 「へへ、分かってますよ」 相手がアタッシェケースを開けると、中から小分けされた茶色の粉袋が顔を出す。 「確認するぞ。」 「どうぞどうぞ。」 右下の袋に穴を開け、中指の腹で触る、右下と中指、男のラッキージンクスだ。 「どれ」 香りを確かめ、味をみる。 「確かにエスビーの上物だ。」 「へへ、取引成立ですかね?」 説明出来ない違和感、この世界で長く生きた男の嗅覚が反応する。 「待て、……もう一ついいか?」 「えっ」 「何か不都合でもあるのか?」 「いっいえ、どうぞどうぞ」 相手の一瞬の動揺、見逃すほどお人好しではない、一つ隣の袋を同じ手順で確認する。 「おいおい、ブツはブツだがコイツは百均の安物だぞ」 「そっそうですかい? ダンナの思い違いじゃないですか?」 相手の動揺が伝わってくる。 「俺が間違えると思うか?」 「へへ、流石ですね」 一時の沈黙…… カチャ 微かな物音、男の経験と本能がレッドシグナルを告げる。 「ダ、ダンナ逃げてくださ……」 ズキュン、ズキュン 2発の銃声、腹をおさえ倒れる取引相手、そして響く嫌な笑い声。 「ハッハッハッ、久しぶりですね」 「この筋書きを考えたのは貴様か? ゲス野郎。」 笑い声の主とその部下、登場人物がいっきに6人も増えた。 出来れば一生会いたくない最低野郎だ。 しかし男はそれ以上相手にせず凶弾に倒れた取引相手を見る。 「ダンナ、すっすまねぇ、脅されたとはいえアンタを裏切っちまった」 助からないな、男には分かる。 「よくある事だ、気にするな」 相手もプロだ、自分が助からないことは理解出来ているだろう。それでも血を吐きながら途切れ途切れの謝罪を繰り返した、すぐにそれも消えた。 「まったく、役に立たないドブネズミですね」 死者に鞭打つゲスの言葉。 「ちょっと娘さんの話をしたら、お前のことをベラベラと話してくれましたよ。ハッハッハッ」 嫌な笑い。 「ドブネズミの娘はどうしました?」 ゲスのクエスチョンに部下が答える。 「俺達の暇つぶしに付き合ってもらいました、そして今頃アッチで感動のさいか……」 パスッ セリフをいい終える前に、サービスで頭の風通しを良くしてやった。 パスッ ついでにもう1人強制退場、冴えないサイレンサーの音は嫌いだが、コレもラッキージンクスなので仕方ない。 「こっ殺せぇ! 蜂の巣にしちまえ!!」 ゲスの言葉使いが雑になる。 『三流三下のゲス野郎が』 逆に男は冷静になり、銃撃をくぐり抜け柱の影に移動する。 「クソックソックソッ」 ゲスが取引相手の死体に八つ当たりの無駄な発砲を繰り返す、本物のゲス野郎だ。 「出てこいよ!チキン野郎」 『1日で取引相手と親友、2つも無くしちまった、ついてないな』 男はプロだ、落とし前はつけるが、復讐はしない、だが。 『熱いスパイスみたいな夜だな……。仕方ない、あの世を賑やかにしてやるか!』 柱の影から男が飛び出す、敵の照準よりも速く。 パスッ、パスッ、パスッ、パスッ サイレンサーの冴えない銃声。
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