とある少年と三人のおっさん


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うららかな春の日差しを浴びながら、ゆっくりとした歩調で道を進んでいく。
天気の良い日は、時間を見つけては散歩に出たくなってしまう。
生まれ育った町並みを見て、馴染みのある景色を見て。

そして、必ず通る場所が、小さな広場。

ここではいつも子供たちが遊んでいる。
そんな子供たちの楽しそうな声を聞きながら、お茶を飲んだり、本を読んだり。
そんな時間が気に入っている。

今日はお昼を過ぎた頃にその場所を通り、子供たちはキャーキャーとはしゃぎながら、何かの遊びをしているようだった。
「…………?」
立ち止まって、広場を見てしまう。
子供たちの輪から少し外れた所に、ポツリと佇んでいる少年が居た。
まだ年も幼いように見える。4つか、5つか。
どうしたんだろう?一緒に遊ばないんだろうか?
少年は口を強く結んで、眉をきゅっと寄せて、一人で手毬遊びをしていた。

なんか、嫌な気分。

心の中でため息を吐く。

どうして仲間外れなんかするんだろう?
みんなで仲良く遊べば良いのに。
それに、少年も自分から「仲間に入れて」と言えばいいのに。
まだ喋ったことも無い、たまたま見かけただけの少年が、妙に脳裏に焼きついていた。



それから数日後。

あの広場の前は何度か通ったけれど、やはり少年は一人だった。
輪から外れて一人だった。
近くに沢山の子供たちが居るのに。
みんな仲良く遊んでいるのに。

今日はもう日が暮れて、子供たちは帰ってしまっただろう。
夕暮れの広場は閑散としていて、いつもより広く感じる。
「あっ……」
そこで見つけてしまった。
ポツリとした影。
いつも固く結ばれていた口は解け、寄せられた眉は下げられ……
少年は、泣いていた。
一人で、静かに、静かに。

「ねぇ……どうしたの?」
放っておけなかった。
そのまま帰れなかった。
どうしても切なくて、こちらまで泣きそうで、話しかけることを止められなかった。
「……おまえ、誰だよ」
泣き顔を見られたのが不満なのか、ぐいっと目元をぬぐって顔をそらされてしまう。
「はじめまして。トウノです。君の名前は?」
「なんだっていいだろ」
私だって少年の名前を知りたかったわけじゃない。
友達になりたいかと言われたらそれも謎のままだ。
でも、あの涙を見てしまうと、居ても立っても居られなかった。
「どうして泣いていたの?」
「泣いてなんかねーよ!」
少年の心は固く閉ざされてしまっている。
少年にとっては、私の存在なんて邪魔なのかもしれない。
こうして話しかけたことも、気に入らないかもしれない。
私はおせっかいだったんだろうか?

このまま立ち去った方が良いのではないかと考えていると、後ろから新しい声が生まれた。
「おやおや、こんばんは」
それはとても穏やかな声で、振り返ると小柄なおばあさんがこちらに向かっていた。
「こんばんは」
知り合いなんかではもちろん無い。今日が初対面。
でも、違和感無く挨拶が出来る。
それはこの国の風潮で、穏やかな人が多いからだと、むかし母から教えてもらった。
「坊や、こんばんは」
少年は応えない。
少年の心は、まだ固く閉ざされたままだ。
「坊やは甘いものは好きかい?ばあばがお菓子をあげよう。このお姉ちゃんと一緒に食べようねぇ」
そう言って、おばあさんは後ろで手を組みながら、広場にあるベンチに向かい歩き始める。
私は後を追いながら、後ろを振り返った。
しかめっ面のままだけれど、こちらへ来てくれた。

少し、安堵する。

「ほら、これはね、甘くて美味しいんだよ」
おばあさんがポケットから取り出した包み紙には、小さくてカラフルな四角いものが包まれていた。
「これはおばあさんが作ったの?」
私が聞くと、おばあさんはニコニコと笑いながら、「これは人を幸せにする魔法の飴だよ」と答えてくれた。
少年も素直に飴を受け取って口に含む。
「どうだい?甘くて美味しいだろう?」
「……うん」
少し、空気が和らいだ。
「坊やは友達と一緒に遊ばないのかい?」
私の疑問を簡単に投げかけるおばあさんに少し驚いたが、その声はとても穏やかで、嫌味は欠片も感じられなかった。
「いらないよ。友達なんて。あいつら、意地悪するんだ」
「おやおや、それは困った友達だねぇ」
少年の心が少しずつほぐれて行くのを感じながら、口に含んだ飴を転がす。
私は何の役にも立たないだろうけど、きっとここに居ても、おばあさんは許してくれるんだろう。
人を幸せにする魔法は、口の中で少しずつ溶けて、体中に広がっていくような気がした。
「どうして意地悪するんだろうね?」
この問いには、少し間があった。

「……俺ンち、父ちゃん居ないから」
「お父さんを知らないのかい?」
「小さい頃は居たって。でも、早くに死んじゃったって」
カランコロンと飴を転がすたびに、幸せになる魔法は広がっていく。
「お母さんは好きかい?」
「母ちゃんは優しいよ。でも、仕事が忙しいから、一人で遊ばなくちゃいけないんだ」
少年は孤独だったんだろう。
遊びたい盛りの年に、父親も居なく、母親も忙しく。
父親が居ないことで、仲間に入れてもらえなかったのか。
けれど、それは子供の世界の話であって、私にはどうすることも出来ない。
首を突っ込んだところで、やはり、邪魔をしてしまうだろう。
「お父さんが居ないのは寂しいかい?」
「よくわかんない」
そう、少年は父親を知らないから。
物心付いた頃にはもう居なくなってしまった父親の存在に対し、寂しと考えることも出来なかったんだ。
「坊や、こういう話しを知っているかい?」
「なぁに?」
少年が、少年らしくなった瞬間だった。
おばあさんのくれた幸せの魔法は、確実に効いてきている。

「この世界はね、三人のおっさんが作ってくれた世界なんだ」
「なんでー、ソレ。昔話?ガキ扱いすんなよ!」
「いいから、お聞きって」
おばあさんはどもまでも穏やかで、どんな反応に対しても笑顔で応えていた。

「力強いおっさん、賢いおっさん、早いおっさんがこの世界を作ってくれたんだよ」
「だからなんだよ」
「人は死ぬとね、おっさんが迎えに来てくれるんだよ」
「……それ、母ちゃんから聞いたことがある」
「うん、そうだね。この世界はおっさんが作ってくれた世界だからね」
この国に産まれた人間は誰もが知っている、そんな昔話だった。
「坊やのお父さんは、何の月に産まれたか聞いたことは無いかい?」
「知ってる。秋の月だって。母ちゃんが教えてくれた」
それを聞いて、おばあさんは「そうかい、そうかい」とニコニコと笑う。
しわくちゃの顔がよりくちゃくちゃになって、愛嬌が深まる。
「じゃあ坊やのお父さんは、早いのおっさんが迎えに来てくれたんだね」
「そんな事まで分かるの?」
始めは否定していた彼も、今は興味を持ったようで、真剣に話しを聞いていた。

私もこの話しを聞くのは久しぶりで、いつか、このおばあさんのように、私も誰かに……自分の子供や、知り合った子達に、話せたらいいな。そんな事を思いながら耳を傾ける。
「秋になると強い風が吹くだろう?早いおっさんが動くとね、風が生まれるんだよ」
「父ちゃんは?父ちゃんは風のおっさんの所で何をしているの?」
どんなに強がっても、自分で平気だと言い聞かせても、心の中の寂しさは誤魔化せない。
「坊やのお父さんもね、早いおっさんと一緒に風を起こしているんだよ。だから風が吹いたら、坊やの直ぐ近くに、お父さんが来ている合図なんだよ」
「最近、風が強いよ?」
「そうだね。坊やが寂しがってるんじゃないかな?元気にしているかな?ちゃんとご飯を食べているかな?って、お父さんは心配なのかもしれないねぇ。坊やのお父さんは、坊やの事が大好きみたいだね」
その時、強い風が吹き抜けた。
「……今の、父ちゃん?」
「そうだよ。こうやって坊やの事を見に来てるんだ。それにね、風は色んな場所から色んな種を運んで来るんだよ。この広場にも綺麗な花が沢山あるねぇ。この花の種を運んできたのは、坊やのお父さんかもしれないねぇ」
少年の顔からは完全に曇りが消え、おばあさんも相変わらずニコニコ笑っていた。
「他のおっさんは?他のおっさんは何をしてくれるの?他のおっさんの所に行った人はどうなるの?」
「そうだねぇ……」
三人のおっさん。
こうして話は語り継がれ、次の世代へと引き継がれていく。

「力強いおっさんは、大地を作ったんだ。今見えるこの地面が、力強いおっさんが作った大地だよ」
幸せになる魔法は、口の中で完全に溶けて無くなった。
けれどこの魔法は、溶けてからが効果を見せる魔法のようだった。
「力強いおっさんの所に行った人はね、大地を潤すお手伝いをするんだ。お母さんは畑仕事をするかい?」
「うん、麦を作っているよ」
「その麦が沢山作れるのも、力強いおっさんと、力強いおっさんの所に行った人たちのおかげだね」
「うんうん、それで?」
昔話だと馬鹿にしていた少年が、今は前のめりに聞いている。
だって、昔話と言ってもそれは本当にあったお話なのだから。
「賢いおっさんは、時を作ったんだね。夕方に帰らないといけないだろう?それを知ることが出来るのも、賢いおっさんのおかげだね」
私たちの住む国、そして世界が、おっさんと、おっさんの元に行った人たちで造られている。
「賢いおっさんの所に行った人たちはね、賢いおっさんのお手伝いをするんだ。みんなが賢くなりますようにってね。坊やはもう文字は書けるかい?」
「ちょっとだけ書けるよ。まだ難しいけど」
「じゃあこれからも沢山沢山、賢いおっさんの力を借りないとね。坊やが沢山の字を書けるように、沢山の字を読めるように、賢いおっさんの所に行った人たちも応援してるよ」
だからね、とおばあさんは続ける。
「坊やは何も寂しいことは無いんだ。三人のおっさんと、そのおっさんの所に行った人たちに見守られている。お父さんだって、ちゃんと風になって坊やに会いに来てくれているじゃないか」
「寂しくないの?」
「寂しいかい?」
力強く、少年は首を横に振った。
「俺、大丈夫。父ちゃんに心配かけないように、もう泣かないよ」
「友達とも仲良くならないとねぇ」
「えー!あんな奴ら!」
そこは少年も譲れないところらしい。すこし笑ってしまった。
「悪い子はおっさんが迎えに来てくれないよ?」
「迎えに来ないとどうなるの?」
少年の声に、少し恐怖が混ざる。
「それはね、"無"なんだよ。何も無い。どこにも行けない。誰にも気づいてくれない。どんなに声を出しても、どんなに動いても、世界は何も動かない。孤独で、一人で、寂しいよ」
うわぁ……と、少年が小さく悲鳴を上げた。
「お、俺、ちゃんとおっさんに迎えに来てもらえるように良い子になるよ!友達も沢山作るよ!そうしたら、おっさんは迎えに来てくれる?もう悪い子だから、迎えに来てくれない……?」
「大丈夫。おっさんはみんな優しいから、ちゃんといい子にして、友達といっぱい遊べば、ちゃんと迎えに来てくれるよ」
ニコニコと笑ったおばあさんが、しわくちゃの手で少年の頭を撫でる。
彼の知っている母親の手とも違う、彼の想像する父親の手とも違う、その小さくてしわくちゃな手は、見ているだけの私でも、温もりを感じ取ることが出来た。
おばあさんの手。それは……少年が笑顔になる魔法。

元気よく挨拶をして帰っていく少年を見送りながら、私もおばあさんに頭を下げる。
「私、なんにも出来なくて。でも、最後まで居ちゃって。ごめんなさい」
その場にふさわしくないような、私だけ浮いているような、ほんの少しだけ孤独感。
「優しい気持ちをこれからも忘れないようにね。優しい優しいお嬢ちゃん、きっとお嬢ちゃんが坊やに話しかけなかったら、こんなばあばとあの坊やが、話すことも無かったよ」
また一緒に飴を食べようね、と言って、おばあさんも帰っていった。
私も家路につこう。
なんだか、とても幸せな時間を過ごせた気がする。
「幸せになる魔法……」
私も、そんな魔法を使えるように頑張ります。賢いおっさん、見ていてくださいね。



それからまた数日後。
いつものお散歩コースで、いつもの広場の前を通った。
ここではいつも子供たちが遊んでいる。
仲間外れはもう居ない。
一人ぼっちも、もう居ない。
みんなで輪になって、キャーキャーとはしゃいでいる。
その輪の中に、楽しそうな少年の姿を見つけて、私はそのまま広場を通り過ぎた。



三人のおっさん、見てますか?
今日も、世界は平和ですよ。



END.