これは断じて盗聴ではない。俺は聞こえてくる音に耳を澄ませているだけだ。川の流れる音を聞いて心が安らぐように、クラスの女子(主に愛すべき存在である萩野さん)の会話に耳を澄ませ心を浄化させるのが俺、茂木ケンイチの人には言えない趣味の一つだ。いや、盗聴ではないのだから人に言っても問題はないのだが。あえて言うこともないから言わないだけだ。「…それで最後に敵が爆発してヒーローの大勝利!という感じだったんだ」「そうなんだ」萩野さんと話しているのは桂さん。俺が唯一気軽に話せる女子だ。戦隊物やアニメが好きな桂さんは俺達オタクグループとも話が合う。にしても、敵…爆発…。女子高生同士の会話にしては少しズレている気もするが、萩野さんの声が聞けるのなら何でも良しとする。「それでわたしは思ったんだよ、ヒーローになろうって」桂さん、何を言い出すかと思ったら急にそんなこと。「急にそんなこと言ってどうしたの?」うわ!萩野さんとシンクロした!もうこれ俺と萩野さんは一つになっているといっても過言ではないんじゃないかな!?「ほら、前に進路希望の紙配られただろ?色々考えたんだけど、やっぱり私にはヒーローしかないかなって」「それでヒーローってかいて提出したの?」「ヒーローじゃないぞハギノ。聞いて驚けよー。スーパーヒーローと書いた」「えっ」「何でそんな驚くんだハギノ。高卒のスーパーヒーローってやっぱり頼りないかな?」「そうじゃないんだけどね…」ああ、萩野さん困ってるよ!あとこんなこといっちゃなんだけど桂さんその頭でよくうちの学校入れたな。「ヒーローは人助けをしないとな!今日も大きい荷物を抱えて困ってそうなお婆ちゃんがいたから“台車というものがあります。台車って荷物を運ぶのに便利なんですよ!”と教えてあげたぞ」荷物持ってやれよ。「台車を持って行ってあげたんだ」「ううん、教えただけ」「そ、そうなんだ」「あとは、うーん。これはあんまり人助けになってないんだけどね」「うんうん」「 この前、帰り道に馬のような頭で、コウモリみたいな翼があって、蛇のしっぽが生えてる怪しい怪獣みたいのがいたから倒した」それジャージー・デビルじゃねえか!?実在するの!?あと倒すってなんだよ。「すごい。カツラちゃん体力あるし、なれるよヒーロー」萩野さんあきらめたー!「それでハギノはなんて書いたの?進路希望」「私は進学かな~」「え!?まだ勉強するの」「うん、というか一応進学校だようちの高校」「そうなの?」もう一度言わせてくれ、桂さんよくこの高校入れたな。「そうじゃなくて、私はハギノが将来何になるかの話を聞きたいんだよー」それは俺も聞いてみたい。「うーん……何だろう。ちっちゃいときはお花屋さんとかだったんだけど」「お、似合うねー」俺は花屋になった萩野さんを想像する。エプロン姿で花に水をあげる萩野さん。いけない、これは可愛すぎる。花屋の店先に並んだいろんな花を見ている振りをして、俺は萩野さんを見ていた。ジャージー・デビルみたいな悪魔のような生物が実在するのなら天使だって実在するだろう。その天使が今、店先の僕に気付き、笑顔を向けて近づいて……「茂木ィ!おい茂木ィ!」「うわっ、茂木茂木うっせ!」いきなり目の前に現れた巨体。友人のジャイアンである。俺の夢のようなひとときを邪魔しやがって。「茂木は進路希望書いたか?俺全然決まんなくて」「その話か。俺はさ…花屋で花を買う人になるわ」「なにいってんだこいつ」後日、再度進路希望調査書を書く羽目になった俺とスーパーヒーロー志望であった。
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