与三狐

よさぎつね

種別
別名  
住所 島根県松江市馬潟町
特徴  昔、八幡(やわた)の村に与三という若者が母親と二人で暮らしていた。与三は心優しい正直者で、年老いた母の面倒もよく見ていた。地下(じげ)うちの若い衆の集まりにも顔を出し、皆と仲良く付き合っていた。秋の収穫も済んだ頃、若い衆は宴を開くことを決め、与三が松江に御馳走を買いに行くことになった。翌日、与三は松江へ出かけて様々なものを買い込み、それらを包んだ風呂敷を背負って八幡への帰路に就いた。荷物が重く休み休み歩いていたため、村へ着く前に日が暮れてしまい、与三は足元ばかりを見て歩き続けた。八幡(はちまん)峠(だわ)の坂へ差し掛かった時、この辺りには狐が出るという話を思い出した与三は急に心細くなってきた。それでも村までもうすぐだと懸命に歩いたが、下を向いていたので前にいた侍にぶつかってしまった。与三は必死で謝ったが、侍は怒りが収まらない様子で刀に手をかけ怒鳴り散らす。そこへ与三とも顔見知りである迎接寺(こうじょうじ)の和尚が来て侍を説得し、なんとか場をとりなした。与三は侍の言う通りに荷物を仏の供養として差し出し、髪を剃って坊主頭となった。そして、地に頭をつけて何度も和尚に感謝した。暫くして顔を上げると侍と和尚の姿は消えており、与三は一人で村に帰り、心配して迎えに出ていた仲間たちに事の次第を話した。皆は侍も和尚も狐が化けたもので、与三は化かされたのだと笑い「あそこは昔から古狐の一族がいて、旅人や通行人を化かすという噂があったが、やっぱし、本当のことだったんだなあ」と口々に言った。しかしそれが信じられない与三は、明くる朝にお礼の水飴を持って寺を訪ねた。和尚と話してみるとやはり前夜のことは何も知らず、与三は人が難儀しないよう狐を退治しなければならないと強く思うようになった。また次の日、与三は竹籠を背負って矢田方面から八幡峠へ向かって歩き、坂の中程へ至ると、母が迎えに来る筈だがまだだろうか、と大声で繰り返した。すると白髪混じりの老女が出てきて「おっかあだよ、迎えに来たでや」と近付いてきた。与三は騙された振りをして狐の化けた老女に近寄り、いきなり抱きかかえると背負い籠へ押し入れ、蓋を縄で縛って閉じ込めてしまった。狐を家に連れて帰った与三は、固く戸締りをしてから囲炉裏の火を焚き、懲らしめてやるつもりで籠の縄を解いた。すると狐が鉄砲玉のように籠から飛び出し、家のどこかへ隠れてしまった。あちこち探した末に仏壇を開けて見ると、それまで一つしかなかった木地蔵が二つに増えている。与三がどちらが狐かを見極めるため「うちの先祖代々伝わってきた木地蔵さんは、ときどき目をぽちぽちっと動かす癖があったと聞いていたがなあ」と言うと、狐が化けた木地蔵が言葉の通り目を動かした。与三がこの地蔵を捕まえて囲炉裏に投げ込むと、地蔵はギャンと声を上げて大きな古狐の姿となり、火傷を負って囲炉裏端に横たわった。与三が近寄ると狐は目に涙を浮かべてこれまでの悪事を詫びた。そして一族にも今後悪事を働かぬよう言い聞かせ、八幡峠から他所へ移り住み、往還の無事を陰ながら守るのでどうか助けて欲しいと懇願した。与三は母と相談の上、今言ったことを忘れるなと念押しして火傷の薬を与え、裏口からそっと狐を逃がしてやった。以後、八幡峠に狐が出るという噂はなくなり、人々は平穏な日々を送ったという。
資料 『ふるさとの民話 第一集 出雲編』酒井董美

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最終更新:2012年12月08日 02:40