SCP-1941-JP

登録日:2016/12/05 (月曜日) 00:31:43
更新日:2024/02/21 Wed 06:28:57
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通達

1945年実施の第一次SCP-1941-JP収容対策会議に於いて採択された規律文書"零"、及び下に引用されている規律-甲に基づき、現時点での本報告書閲覧はセキュリティクリアランスレベル5/1941-JP及び財団忠誠心評価テストAAAランクを取得した職員に限定されています。下記規律に違反し適切な資格なく指定期間外に本報告書の閲覧を試みた職員には、ミーム抹殺エージェントを含んだ文書提示による即時終了が実施されます。閲覧権限確認のため職員コード及びパスワードを入力し認証を行ってください。


規律-甲: 20██年██月██日以前に本報告書閲覧が許可される職員はセキュリティクリアランスレベル5/1941-JP及び財団忠誠心評価テストAAAランクを取得した者に限定されています。本報告書の特別収容プロトコルについては、20██年██月██日に非活性化プロトコルへの動員が確定しているセキュリティクリアランスレベル3以上の職員へ通達されます。


職員コード:81XX-ExecutiveDirectors-5th
パスワード:・・・・・・・・・・・・








認証に成功しました。SCP-1941-JP報告書を開示します。








SCP-1941-JPは、シェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトである。
オブジェクトクラスは堂々のKeter。
項目名は「その時歴史が動かなかったら」。某番組ネタだが内容はシャレになっていない。



◆特別収容プロトコル

先に説明しておくと、このプロトコルそのものはコイツについて語る上では必ずしも重要なものではない。
ざっくり説明すると、「サイト-8100の地下にあるよ!」「この報告書を読める人だけ来られるよ!」「他の人が来たら殺されるかもよ!」ということである。

ただし、特筆しておくことがいくつかある。
一つは、プロトコル自体が「甲」「乙」に分かれていること。もう一つは、2040年12月8日になった時点でプロトコル甲が破棄され、プロトコル乙に切り替えられることである。

このプロトコル乙はカバーストーリーであるが、なぜ開示するのではなく隠蔽に切り替えるのか?
それは、このオブジェクトが及ぼす恐るべき影響が関係している。


◆概要

SCP-1941-JPは、9つの構成要素が連結されたある種のシステムである。構成要素は鉄オンリーであり、9つの構成要素のうち、棺を象ったと思われる8つの構成要素については、ミイラ化した人体らしき物体が入っていることが非破壊検査により確認されている。
しかし、各構成要素を分解し内部機構を確認する試みは全て失敗に終わりまったくわかっていない。
残り1つの構成要素についてだが、これは後述する異常性を発現させるための操作機構ではないかと考えられ、外部動力などを必要としないことがわかっている。

さて、コイツはどんな異常性を発現させるのか?
はっきり言おう。



歴史の改変である。



SCP-JPで過去改変というと、あのスーパーデンジャラスブラックホールを思い出す諸兄もいるだろうが、コイツは別の方向でヤバい。
具体的にどうなのか、それを述べていく。


SCP-1941-JPの異常性だが、これは操作機構で対象日時を設定した上で、操作完了のためのスイッチを押した段階で発現が確定すると推定されている。
この発現プロセスが完了した場合、対象日時に発生した国家間戦争・内戦等の戦闘行為(対象戦闘)に関して異常なプロセスが発生するのだ。

この戦闘行為の選定基準に関しては不明な点が多く、2つの戦闘行為が発生した日を設定した場合はどのような形で対象戦闘が選ばれるのか、個人間戦闘が対象戦闘に選ばれるのか、等の検証パターンが考えられる
しかし、特性上異常プロセス及びそれに起因する大規模過去改変の誘発が考えられるため、SCP-1941-JPの起動に関する実験等は全て禁止されている。まあ当然の成り行きである。

簡単に言うと、歴史の分かれ目となった戦争に現在から介入し、その結果を変えてしまうというとんでもねーオブジェクトなのである。

  • 異常プロセスと対象戦闘について
異常プロセスの第一の現象は、設定された対象日時の100年後に、対象戦闘が展開された地域におよそ2箇所の時空間異常が発生するという形からスタートする。
この時空間異常領域は、SCP-1941-JP-1と指定される時空間に接続されており、24時間にわたって接続状態を維持する。
この時点ならば、現在の時空間とSCP-1941-JP-1の間は自由に行き来することができ、兵器及び人員を輸送することが可能である。SCP-1941-JP-1内の時空間は対象戦闘直前の状況がそのまま再現されているらしい。


第二の現象は、時空間異常が発生してから24時間が経過した段階でスタートする。
この現象中、対象戦闘に参加したと記録されている軍隊所属の兵器及び人員がSCP-1941-JP-1内に発生して、そのまま戦闘を開始する。
このうち対象戦闘で本来敗北したと記録されている軍勢はSCP-1941-JP-2と呼称される。SCP-1941-JP-2側の兵器及び兵装は全て異常プロセス発現時点、つまり対象日時から100年先の技術で製造された物に換装されており、本来勝利した側の兵器及び兵装は全て対象日時当時の技術で製造された物を維持している。
要するにこの時点で外部の介入がなければ、オーバーテクノロジーの装備を持ったSCP-1941-JP-2が、本来の歴史に反して勝利を収めてしまうのだ。


第三の現象はSCP-1941-JP-1内での戦闘でSCP-1941-JP-2の勝利または敗北条件が達成された時点で起きる。
この時点でSCP-1941-JP-1と現在の時空間を繋ぐ時空間異常領域が再発生し、外部から侵入した人員はこの時点でSCP-1941-JP-1からの脱出が可能。再発生した時空間異常領域は24時間その状態を維持し、その後消える。
SCP-1941-JP-2の敗北条件が達成された場合だが、その後の異常性は確認されていない。

一方収容開始時点から現在まで、SCP-1941-JP-2の勝利条件が達成された=歴史がひっくり返ったと考えられるケースは1回のみである。しかし、このたった1回のケースから推察された結果として、SCP-1941-JP-2が勝利条件を達成した場合、現在の時空間において「対象戦闘で勝利したのはSCP-1941-JP-2側である」という大規模過去改変が発生してしまうのだ。
簡単に言うと、承久の乱で後鳥羽上皇が勝ったりするのだ。



◆「これから」の「いま」につづく「かつて」へ


さて、こんなトンデモオブジェクトはいったいいつからあったのか?
実は、確認されている限りではなんと戦国時代末期には既にあったらしい。
それによると、記録されている中でこのオブジェクトに最初にかかわったのはかの天下人・徳川家康である。

1645年、蒐集院と徳川家による共同作戦実施時に発見されたというものが最古の記録である。
この共同作戦は、「関ヶ原の合戦において敗走した西軍諸武将及びその臣下が、異常性のある物品を使用し幕府襲撃を企てている」という情報を徳川家が掴んだことに始まる。
これを受けた家康は、寺社奉行を通じ蒐集院に協力を要請、作戦を実施した。

この作戦においてSCP-1941-JPを含む異常性物品の起源と、その使用法を聞き出すことも目的の1つとされ、襲撃を企てた人員の捕縛が試みられた。
が、関係者全員が捕縛前に自決または失踪したためそれについては失敗し、現時点でもSCP-1941-JPの起源は不明である。
ただ、SCP-1941-JPが回収された時点で、操作機構に表示された対象日時が1600/10/21となっていた。
調査の結果この日時が太陽暦で関ヶ原の戦いが起きた時点と判明。この時点で、太陽暦を知る人間がこのオブジェクトを作り上げたことは確実となった(ちなみに当時の日本は太陰暦である)。

その後数十年の間、SCP-1941-JPとの関連が疑われる異常性は発現しなかった。
が、太陽暦1700年10月21日、関ヶ原で時空間異常領域が確認され、戦闘事案1941-1が発生した。

蒐集院によって残された当事案に関する資料がある。
発生した対象戦闘においては、西軍側に当時の西軍武将の子孫らしき増援が見られたが、関ケ原に駐在していた蒐集院メンバーと徳川家の家臣が東軍側に参戦。
蒐集院メンバーは西軍へ入り込むと小早川秀秋をそそのかして離反させた。この結果、史実通り徳川が勝利し、過去改変は阻止された。


これ以降、蒐集院は幕府の援助を受ける形でSCP-1941-JPの収容及び調査を続行。
だが、19世紀中頃に倒幕の動きが見られた段階で、蒐集院は倒幕後の徳川家によるSCP-1941-JPの利用を防ぐため、この援助を断った。
その後は政治的中立性を保っていたが、明治政府が誕生した後はSCP-1941-JPの存在を秘匿した上で、改めて政府からの援助を受けオブジェクト収集及び研究を続行していたらしい。


そして、第二のSCP-1941-JP起動事案は1877年に勃発した西南戦争の直後に発生した。
この事案は蒐集院に所属する旧薩摩藩出身の構成員を中心として結成されたグループの襲撃を受け発生したものであり、襲撃に関する報告書では「グループメンバーの一人をSCP-1941-JPの収容室で射殺。操作機構には西南戦争発生時の日時が表示されていたが、操作が完了していたか否かは不明」と記されていた。

そのため西南戦争に関してSCP-1941-JPによる異常性が発生する可能性が懸念され、1945年に財団と蒐集院の統合が成された際も、コイツによる過去改変の危険性が提唱され1977年の戦闘事案発生に向けて軍備拡張が行われていた。しかし1964年、突如として鹿児島湾にSCP-1941-JP-1が発生、戦闘事案が発生した。

実は、第二の起動事案の際既に薩英戦争の再戦も起動されていたのである。
財団は史実で勝利されたとされる薩摩側に支援を行う様に機動部隊に命令を下し、戦闘の結果薩摩側が勝利を収めた。歴史は守られた...かに思えたが後の機動部隊員に対するインタビューで「財団からは英国側を支援する様に命令されたが、現代の爆撃機を使用してくる薩摩側に敗北してしまった。」と証言した。

過去改変が発生したのである。

そもそも、正常な歴史で薩摩藩が英国船に対し勝利していたのならば、薩摩藩の残党が薩英戦争のやり直しを強行するはずがないので、この証言は事実だと考えられる。
ただし、薩摩が英国に敗北した歴史でも、(我々が正史だと思っている)勝利した歴史でも、「薩摩藩が攘夷に限界を感じ倒幕に動いた」という結果は変わらなかった為、結局その後の歴史には影響しなかったものの、これによってこのオブジェクトが大掛かりな過去改変能力を持っていることが裏付けられた。

また、西南戦争のやり直しもその13年後に発生したが、この事案では財団が西郷隆盛の暗殺を最優先した為、官軍に対する大きな損害もなく勝利条件を満たすことができた。


さて、長々と語ってきたが、コイツに関しては物品であり自立起動はしないため、使わなければ問題ない、ということになる。にも拘らずなぜこんな厳重なセキュリティが、報告書を読むためだけに与えられているのか?



実は、このオブジェクトは未来にもう一度起動することが既に確定しているのである。
負号部隊、という要注意団体がいる。蒐集院が財団と合併し、オブジェクトや資料の引き渡しを行っている最中に襲ってきたこの連中は、SCP-1941-JPの強奪を狙っていた。つまり、負号部隊がこのオブジェクトを起動させたのだ。
では、連中はこのオブジェクトにどんな日付を設定したのか?



隠さず述べよう。はっきりとはわかっていない。
しかし、時期は特定できている。


1941年から1945年の間。





太平洋戦争である。





こともあろうに負号部隊は、日本の敗戦という歴史を引っ繰り返すためにこのオブジェクトを使ってしまったのだ。
そして連中は、このオブジェクトを奪うことで、大日本帝国軍(あえてこう書く)に未来の技術を以て助力し、歴史を変えようとしている。

日本の敗戦は、現在に繋がるもっとも大きな事象である。それを変えてしまっては全てがちゃぶ台返しを食らってしまうのと同じだ。

これを受け、日本支部理事、コードネーム“獅子”はこのオブジェクトに関わる忠実な職員たちに対して、このような演説を行った。







1945年12月8日
日本支部理事"獅子"、戦闘事案対策プロトコル"再戦"総責任者として、ここに印す。





CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-1941-JP - その時歴史が動かなかったら
by triplet_pp
http://ja.scp-wiki.net/scp-1941-jp

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最終更新:2024年02月21日 06:28