オリックス・バファローズ

登録日:2016/10/11 (火) 23:26:00
更新日:2024/03/31 Sun 13:11:18
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オリックス・バファローズとは、関西に本拠地を置くプロ野球チームである。
略称はオリックス。またはオリ。

大阪府大阪市西区にある大阪ドーム(京セラドーム大阪)を本拠地、兵庫県神戸市須磨区にある神戸総合運動公園野球場(ほっともっとフィールド神戸)を準本拠地としている。
このためパリーグでは唯一、チーム名に地域名が付いていない。

なんで本拠地が大阪と兵庫で離れてるの? その理由はまた後でね。

プロ野球史の中でも最も数奇な運命を辿ってきたチームと言っても過言ではない。

【チーム成績および近年の動向】

(阪急ブレーブス、オリックスブレーブス、オリックスブルーウェーブ時代を含む。大阪近鉄バファローズの成績については該当項目を参照されたし)
リーグ優勝 15回
日本一 5回
交流戦優勝 2回


なお、広島東洋カープが2016年に優勝したことで、プロ野球12球団で最も優勝から遠ざかっている球団だった。
ただし、インターリーグ扱いだが、2010年にはセ・パ交流戦で優勝している。
また、2014年にはソフトバンクと最後まで優勝争いを演じ、最終的には成績で並び当該チームの対戦成績で惜しくも2位となった(なお、クライマックスはファーストステージで敗退。)
また、横浜DeNAベイスターズが2016年にクライマックスシリーズをファイナルまで勝ち上がったので、12球団で唯一ファイナルに進めていない球団でもあった。2021年で遂に12球団最後のファイナル進出を果たした。

その優勝の遠さは2020年シーズン開幕戦セレモニーの際に流された大阪府の吉村知事からのビデオメッセージで

オリックス優勝パレードのために御堂筋をずっと予約して待ってるのに待てど暮らせど来ない

とド直球な物言いをされるほど。

また、2020年には読売ジャイアンツが他団体の試合で使用できない東京ドームの代わりに、京セラドームで日本シリーズ試合を開催するという珍事が発生(近鉄時代以来19年ぶり)。いつかオリックス自身によるドーム日本シリーズを見たいものである…。
しかし2021年、11年ぶりの交流戦優勝を果たし、前半戦を首位で折り返す。
そして、楽天ロッテとの三つ巴の死闘を制し、遂に悲願の25年振りのリーグ優勝を果たした。マジック点灯なしでの優勝という事でこのシーズンの熾烈さが分かるだろう。
なお御堂筋パレードは某ウイルスの関係でオリックス本社サイドの方が難色を示し、結果ファンフェスタでバーチャル御堂筋を召喚する形で落ち着く模様。
残念ながら日本シリーズは東京ヤクルトスワローズの前に2勝4敗で敗退し、合併後および「バファローズ」としてのはじめての日本一はお預けとなった。

続く2022年は他球団からのマークの厳しさや一部主力選手の移籍もありスタートはつまづいたが、夏ごろからは再び調子を取り戻し優勝争いへ。
シーズン最終盤、ソフトバンクにマジックが点灯する絶体絶命の状況に陥るも、10月2日のシーズン最終戦における「ソフトバンクがロッテに敗れ、オリックスが楽天に勝利」*1という確率1/9の条件をクリアし土壇場で大逆転優勝を果たす。ブルーウェーブ時代以来26年ぶりのリーグ連覇となった。
ソフトバンクと成績で並んだ結果当該チーム同士の対戦成績で優勝と、2014年とは真逆の展開で8年越しのリベンジ、さらに2年連続でマジック点灯なしでの優勝という異例の結果で、新たな黄金時代の到来を予感させる結果となった。
日本シリーズは再びヤクルトとの対決となり、3戦目まで1分2敗とリードを許して暗雲が漂ったが、4戦目の初勝利を皮切りに4連勝し、ついにオリックスとしては26年ぶり、合併後及び「バファローズ」の名を冠するチームとしては初めての日本一を成し遂げた。

そして複数イベントの一部という形ではあるものの、ついに御堂筋での優勝パレードが実現し、30万人もの人々がオリックスの日本一を讃えた。

2023年は主砲の吉田正尚がメジャー挑戦で流出したこともあり下馬評は高くなく、大型補強を行ったソフトバンクのV奪回を予想するファンや解説者も多かった。
シーズン開幕後はソフトバンクが新戦力がかみ合わず12連敗するなどふるわなかった一方、ロッテが好調で5月まで首位を明け渡していたが、5月末に首位を奪回した後は徐々にロッテとの差を広げ、最終的には前2シーズンとは違いほぼ独走に近い強さを見せ、9月20日に優勝を決めて3連覇を達成した。
その後もCSを勝ち抜き、セ・リーグを制した阪神タイガースと関西同士の日本シリーズを戦うことに。
第6戦終了後の両チームの総得点までイーブン*2という一進一退の攻防が続き、7戦目までもつれこむ大激戦となったが最終的には3勝4敗で2年連続日本一には後一歩届かず、阪神に38年ぶりとなる日本一を許す。
敵将の阪神・岡田彰布監督は現役生活のラスト2年を過ごし、09年から12年の3年間にわたっては監督も務めるなど深い縁があったことも踏まえてか、優勝監督インタビューでは古巣でもあるオリックスの健闘を称えた。

【来歴】

大阪野球阪急協会(阪急軍)(1936~1947)

阪急ベアーズ(1947~1947年4月)

阪急ブレーブス(1947年4月~1988)

オリックス・ブレーブス(1989~1990)

オリックス・ブルーウェーブ(1991~2004)

オリックス・バファローズ(2005~)

【球団の数奇な歴史】

球団設立は1936年とかなり古い。阪急電鉄の創始者である小林一三氏により設立され(同じ電鉄球団の阪神タイガースに対抗するためともいわれている)、その後1リーグ時代から巨人、阪神と優勝争いをする強豪球団で、1947年からチーム名を「阪急ベアーズ」、さらに開幕前に「阪急ブレーブス」に変更。

2リーグ分裂後はパ・リーグに参加。その後はなかなか優勝争いに絡めない時代が続いたものの、1967年に初優勝を飾ってからは10度のリーグ優勝、3度の日本一を飾り、70年代~80年代を代表するパ・リーグの強豪球団であった。
しかし、その成績とは一方に人気は伸び悩んだ。
関西には当時阪神タイガース、近鉄バファローズ、南海ホークス、そして阪急と4球団がひしめきあっており、中でもやはり最も歴史と人気のある阪神に人気が集中。
さらに近鉄は藤井寺球場、南海は大阪球場と大阪に本拠地を構えていたことで辛うじてバランスは取れていたものの、阪急は本拠地の西宮球場が阪神の本拠地である甲子園球場と隣接しており、その人気格差をモロに受けてしまったことがマイナスに働いた。
余談だが、この二球団がもし日本シリーズで対決したらという決戦・日本シリーズ(小説)というif小説が同時期に執筆されたが、50年近く経ちブレーブスがバファローズとなり、阪急電鉄がタイガースの親会社になるというどんでん返しを経た2023年になってようやく現実でもこの対決が実現した。
三冠王の落合博満やリー兄弟が活躍しても本拠地川崎球場がガラガラだったロッテオリオンズらとも重なり「人気のセ、実力のパ」という言葉が生まれた。

1988年、球団の赤字を理由に小林一三の婿養子にあたる小林公平が「死んでも阪急は売るな」という遺言をあっさり破り、リース会社のオリエント・リース(→オリックス)に球団を売却。
球団名も「オリックス・ブレーブス」となり、1991年からは「オリックス・ブルーウェーブ」に改称。同時に本拠地も西宮球場から神戸総合運動公園野球場に移転した。
その後94年には世界的スター・イチローが台頭し、95年には阪神淡路大震災の影響を受け、一時は神戸での試合開催自体が危ぶまれたが、地元・神戸市出身の宮内オーナーが「こんなとき神戸を逃げ出して何が市民球団だ。一人も来なくてもいいから、スケジュール通り絶対、神戸でやれ」という声を上げて神戸での開催を主張。結局、当初の予定に沿って神戸で公式戦を開催することが決まる。そして「がんばろうKOBE」を合言葉にシーズンへ臨んだチームは、95年、96年とリーグ連覇を果たし、震災に苦しむ神戸市民の希望の光となった。
これを機に西宮で不遇の時代を送ったオリックスは一転神戸市民の心をつかみ、徐々に神戸での人気を伸ばしていった。
しかし00年にイチローが大リーグに移籍すると一転してチームの成績も下り坂となり、03年にはダイハード打線全盛のダイエー相手に20失点以上を4回に渡って記録、借金40を記録するなど冬の時代を迎える。

そんな中04年、球界を大きく揺るがす球界再編問題により大阪近鉄バファローズと合併。
1リーグ制、巨人のパリーグ移籍など様々な案が出た末、近鉄に代わる新規参入の楽天を加えた12球団で05年からリスタートしたプロ野球において、バファローズの名を引き継ぐ新球団「オリックス・バファローズ」となり球団は、バファローズが長年本拠地とした大阪を新たなフランチャイズ、神戸を準フランチャイズとして新たな歴史をスタートさせた。

近鉄とオリックスの選手は楽天との分配ドラフトにかけられ、優先的に主力を獲得できたこともあり躍進を予想する声もあったが、前年度ともにBクラスに甘んじていたことに加えて一部主力がオリックス入りを固辞し楽天や他球団に流出したこともあり成績は伸びず。

上述する交流戦優勝や優勝まであと一歩と迫った2014年など好調のシーズンもあったが、基本的にはBクラスが定位置で、人気、成績共に苦しいシーズンを送っており、近年の躍進ぶりまでは長い暗黒時代を過ごしていた。

オリックスとは、そんな数奇な歴史を歩んできたチームなのである。


【主な選手・関係者】

★監督

78 中嶋聡
愛称はサメ。最後の阪急戦士。
あの工藤公康と並ぶNPB最長現役年数(29年)記録を持ち、捕手として現役時代は山田久志、松坂大輔、ダルビッシュ有、大谷翔平の球まで受けて来た地味にレジェンドな男。
現役時代、星野伸之のスローカーブを素手でキャッチしてそのスローカーブより早い球で返球した伝説を持つ男。
現役引退後、2018年に日本ハムから復帰し二軍監督をしていたが、GMの福良淳一から要請を受け2020年シーズン途中より西村徳文監督からチーム指揮のバトンを受け継いだ。
2021年長らくBクラスに低迷していたチームを「ナカジマジック」*3と呼ばれる大胆な選手起用や周りが驚く采配で監督就任わずか1年で25年振りのリーグ優勝へと導く。日本シリーズでは大接戦の末、高津臣吾監督率いる東京ヤクルトスワローズに敗れる。
翌年2022年は序盤に7連敗を喫するなど苦しい展開であったものの、9月には福岡ソフトバンクホークスと埼玉西武ライオンズとの首位争いを繰り広げる。最後は10月2日の最終戦で大逆転優勝を果たし、1996年のブルーウェーブ以来となるリーグ連覇を達成させる。その後、CSで福岡ソフトバンクホークスと対戦で勝利し、2年連続で日本シリーズへ進出。日本シリーズでは前年敗れた東京ヤクルトスワローズとの激闘を制し、見事チームを26年振りとなる悲願の日本一へと導いた。
時折見せる畜生コメや感情豊かな表情がチャームポイント。

★投手

11 山崎福也
2014年ドラフト1位で入団。巨人・日ハムでプレーした父を持つ二世プロ野球選手。名前は「さちや」と読む。
松葉と同じく先発・中継ぎ双方をこなし、魔球のようなフォークが持ち味。
交流戦くらいしか打席に立たないが高校時代は春の選抜の最多安打記録を樹立したこともあるなど打撃も得意。2022年の広島東洋カープ戦では田嶋の代打として出場した(結果は二直)。
中学3年の時に脳腫瘍が見つかり、手術で克服した経験を持つ。
ドラフト1位ながら長い間パッとせず、便利屋として扱われていたが2020年に先発ローテーションに定着し翌年の優勝に貢献した。
2022年も先発と中継ぎをこなし、リーグ連覇と日本一に貢献する。日本シリーズでは第2戦と第6戦に先発として試合を作り、また第2戦でタイムリーヒットを放ったことから優秀選手賞を受賞している。

13 宮城大弥
2021年オリックスに現れた新星にして投手の救世主。
2019年ドラフトで1位指名され、2020年は主に2軍で育成。シーズン終盤にお試しで上げられての先発試合でプロ初勝利を上げるなど高卒ドラ1として英才教育を受けていた。
2年目にとんでもない事になった
開幕5連勝から防御率リーグ2位でリーグ最速の10勝をマークする等多いに飛躍、山本とのダブルエースを軸にチームの快進撃に貢献する事に。
直球の平均は145km/h前後とさほど速くはないものの、全く同じフォームで球速をコロコロ変化させながら変化球をコースに決める投球術が最大の持ち味。
負けるまで髪を切らないと言うゲン担ぎをしており、負けた際の断髪でカット担当した後輩のミスで五厘刈りにされた*4際も怒らない等温厚な性格でもある。
実家は貧乏かつ父親は片腕が不自由。実力を見抜いた高校の校長兼野球部監督の計らいで、自身の特待入学と同時に父親も職員として雇用してもらった。
このため、貧しいがスポーツに取り組みたい子供への助成という篤志活動も行っている。

16 平野佳寿
2005年大学社会人ドラフト希望枠で入団。最初は先発だったが、後に中継ぎ→守護神に転向した男。構成員。
座右の銘は「一生懸命」。そのとおり期待された助っ人が機能せず、どんなに酷使されてもチームのために投げ続けるその姿は涙を誘う。
2015年は打ち込まれることが多く流石に衰えや酷使の反動が見えたかと思いきや翌年には復活するなどそのタフさは並ではない。
2018年にメジャーへ移籍。同じ年に移籍した大谷や牧田の影で頑張っている。
2021年、メジャーでの実績を引っ提げて凱旋復帰。なお今度は田中将大と復帰が被ってしまった。クローザーとして期待された若手リリーフが試合をことごとく壊す中、流石の投球を見せ優勝に貢献。その後も年齢を重ねるにつれて登板数自体は減少傾向にあるが守護神の座を守り、ついに2023年に史上初の通算200S200H、史上4人目の通算250Sを達成した。
強靭なメンタルを持つと言われており、リリーフ失敗するたびに面白画像が生まれることに定評がある。

18 山本由伸
2016年ドラフト4位。2019年に最優秀防御率を獲得し、大いに評価を上げたピッチャー。
高卒1年目の2017年は先発として5試合に1軍登板。2018年には高卒2年目ながらチーム事情で中継ぎ(勝利の方程式)として起用される。翌年には先発再転向するも勝ちに恵まれないなど、ツキがないと言われていた…
しかしこの期間も圧巻の投球を披露し続け、チームが連覇した2021年~2023年は投手5冠*5に加え沢村賞やパリーグMVP等数々の賞を受賞し、NPBでは敵なしの投手として活躍中。

19 山岡泰輔
2017年ドラフト1位で入団。
ムエンゴに苦しめられており、失点に泣く、中継ぎが勝ちを消す、同じくムエンゴのDeNA・今永と対決した試合が雨天ノーゲームなどもはや呪いレベル。しかし、不振で中継ぎを経験した前年の経験を活かしてか、2019年は大いに活躍。最高勝率を獲得した。
近年は故障で長期離脱することが多く、復活が待たれる。

28 富山凌雅
左腕リリーフ。2018年ドラフト4位入団。14人兄弟の6人目。
中嶋政権下で出番を多く増やし2021年にはチーム最多登板で優勝に貢献した。相手を抑えた際、両手をあげる「ナハナハポーズ」をする。

29 田嶋大樹
2017年ドラフト1位。この年のナンバーワン左腕の座を東克樹(DeNA)と争っていた大型ルーキー。ドラフトでのくじ運が極端に悪いオリックスが交渉権を獲得した唯一の選手。(合併後)
主にストレートが武器であり先発のコマに悩んでいた事もあって早速ローテに定着し好成績を残すも怪我により前半戦でリタイア…
しかし脱力フォームに改造したことで球の勢いは落ちたが怪我で離脱する事は無くなり、2020年から2年連続で規定投球回を達成した。

35 比嘉幹貴
サイドスローのリリーフ。
右打者のワンポイントから勝ち継投への繋ぎなどで活躍している。特に2014年は「切り札」としてフル回転したが、ソフトバンクとの「10.2決戦」では松田宣浩にサヨナラタイムリーを浴び、歓喜の瞬間を目の前で見せられる…
酷使の影響かその後は故障で登板数が大きく減ったが2018年に復活を果たす。2021年の優勝時には平野などと共に2014年を知るベテランとして胴上げされた。2022年も前年同様にピンチ時の「火消し役」として登板し、チームの窮地を救う投球でパ・リーグ連覇に貢献する。またその年の日本シリーズでも対戦相手のヤクルトに傾きかけた流れを断ち切る投球を披露し、日本一の立役者の一人となった。

45 阿部翔太
日本生命から2021年ドラフトで加入した、28歳の(プロ選手としては)オールドルーキー。実家は大阪ドームから歩いて10分。
1年目は4試合のみの登板だったが、翌年は中継ぎとして44試合に登板すると、0.61という驚異的な防御率の高さで優勝に貢献。
しかし満を辞して登板した日本シリーズでは第二戦でクローザーとして起用されるものの、3点リードの9回にヤクルト打線に捕まり、あげく内山に同点3ランを被弾してしまい泣き崩れた…
しかしサヨナラのピンチながら信じて続投させた中嶋監督の期待に応えてヤクルトのクリーンナップを三者凡退に抑え、チームは意地を見せて12回引き分けに持ち込んだ。
そしてその後はクローザーをワゲスパックに譲ったもののリリーフとして見事な活躍で名誉挽回。来季以降も中継ぎの柱として期待がかかる。

57 山田修義
左腕リリーフ。生え抜き投手としてはメジャーへ他出経験のある平野を除くと比嘉と並んで最古参。
トミージョン手術による育成落ちも経験し、支配下復帰後も中々結果を残せなかった。しかし2018年の8月に一軍昇格するとその月だけでNPBの月間登板数最多タイに並ぶ18試合に登板し翌年の契約を勝ち取る。それ以降はセットアッパーやロングリリーフなど幅広い役割を担っている。のぶガンバwww

58 ジェイコブ・ワゲスパック
メジャーでの登板経験もある198cmの高身長を活かした速球が武器の右投手。
最初はローテーションの一角として期待されていたが、コロナ禍で来日が遅れたことによる調整不足もあり先発としては結果を残せず。
しかし終盤に中継ぎにコンバートされると一転、防御率0点台の好投で中継ぎ陣の柱となり、中継ぎの主力だったヒギンスの穴を埋め、外国人選手が軒並み低調であった2022年のオリックスで唯一主力に定着した。
そして日本シリーズでは最初はリリーフ起用だったが、第2戦でクローザーとして起用された阿部がまさかの同点3ランを被弾したため急遽クローザーに変更。
するとヤクルト打線に1点も与えることなく1勝3セーブの完璧なピッチングで日本一の胴上げ投手に。
来日当時彼が胴上げ投手になるなんて誰が予想できただろうか…

63 山﨑颯一郎
吹田の主婦長身本格派右腕。塩顔イケメン。2016年ドラフト6位入団で山本や榊原翼とは同級生かつ同期。
抜群のスタイルと顔からオリックスファンの人気を獲得していたが、2019年ファームの試合中に肘を故障しトミージョン→育成落ち。
しかし翌年オフに支配下に復帰すると2021年シーズン終盤にローテーションに定着し優勝に貢献した。
2020年のオンラインファン感謝祭では山本由伸vs頓宮の料理対決の審査員として登場したが…!?

96 宇田川優希
22年の中継ぎ陣に突如現れた超新星。
育成3位で21年に指名されるも、1年目は一軍はおろかファームでも1試合の登板のみで、モノになるには数年かかると言われたが…
翌年夏、コロナによる離脱を経て肉体改造に取り組んだことが怪我の功名となり、得意の速球に磨きがかかりフレッシュオールスターに代替出場。
そして夏に一軍昇格を果たした後は0.87の防御率の高さ、失点したのはわずか2試合のみという安定感で逆転Vの立役者に。
そしてポストシーズンでもソフトバンク、ヤクルトを完全に封じる完璧リリーフで、特に日本シリーズでの活躍は「影のMVP」と言われるほどであった。
(実際のMVPはラオウ、優秀選手に山崎福が選ばれた)


★野手

1 福田周平
社会人入団のいぶし銀。
初めはセカンドのレギュラーだったが、セカンドが大渋滞状態の一方でセンターは大穴だったため2021年からセンターに転向している。
長打こそ少ないが高い選球眼と粘り強い打撃が持ち味で上位打線に定着しているが、同性同名のサッカー選手がいたり同性同音の選手が別チームにいたり他のチームには「福田」と「周平」がいたりするのでいまいち影が薄い。
が、そんなオリックスの福田も2021年の日本シリーズで途端に注目される存在に。理由はシーズン途中から変更した登場曲「檄!帝国華撃団」のせい。なお福田は「サクラ大戦」を全く知らず、社会人時代の対戦相手セガサミーの応援歌として使われいて気に入ったから登場曲にしたとのこと。

2 若月健矢
現在のオリックスの頼れる女房。高卒三年目ながらチームの捕逸0記録に貢献するなど2016年から大活躍し、最優秀バッテリー賞も受賞した経験のある伊藤光からポジションを奪った。
2019年オフには人気声優立花理香と結婚。ヤバイわよ!!
これにより特定方面からの知名度が一気に向上、イジられたりしながらも更なる活躍が期待されるようになった。
大阪ドームでの妻らが出ているライブで何故か彼のフェイスタオルが販売されしかも爆売れしたという逸話が生まれた。
2020年の監督交代以降、伏見など他の捕手と併用されることになり出場試合数自体は減ったが、翌年からは低打率ながら意外性のある打撃と卓越したノーコン投手の操縦力で連覇・日本一に大きく貢献した。

3 安達了一
安倍元首相と同じ難病「潰瘍性胃腸炎」に苦しみながら試合に出る男。
強打が持ち味の遊撃手なのだが、昔はポカばかりやっていたので一時は遊撃失格とも言われていた。
ただそれも大幅に改善した結果球界トップクラスの守備の名手にもなりGG賞に推す声もあるが、如何せん地味だしチームもいまいちなのでだいたいSB今宮→西武源田に持って行かれてしまう*6。紅林の台頭と年齢もあって最近は二塁手に移った。

4 森友哉
埼玉西武ライオンズの山賊打線を捕手ながら支えてきたが、2023年にFAで加入した左打者。
渡米した吉田の穴を埋める活躍が期待されている。

5 西野真弘
社会人ベストナインにも輝いたことのある二塁手。
ただドラフト7位という下位だったこともあってビミョーそうに見られていたが、ルーキーイヤーは大暴れし新人王候補と騒がれたが有鉤骨骨折でおじゃん。
有鉤骨を折ったせいか2016年は全試合出場し打数も増えたが、本塁打は減り、打率も落ちてしまった。
2022年は主に代打で存在感を示し、パ・リーグ連覇と日本一に貢献した。
自分の前に同じポジションを守っていた平野恵一が憧れで、大好きすぎて応援歌も背番号も受け継いだ。

6 宗佑磨
2014年ドラフト2位の高卒内野手。ギニア人の父親を持つハーフで非常に高い身体能力が持ち味。
入団してからは暫く外野手としての起用が続いていたが、2021年に本格的に三塁に転向しブレイク、ダイナミックな守備と勝負強い打撃でオリックスを支えるレギュラーの1人に成長した。

8 マーウィン・ゴンザレス
アダム・ジョーンズ以来の大物メジャーリーガー枠。MLBでは捕手を除く全8ポジションを守った経験のあるユーティリティさと23本塁打を記録したこともあるパンチ力を両立した選手。
…しかしそれよりも「ゴミ箱」の当事者の一人でありダルビッシュの完全試合を阻止した選手だと言ったほうがわかりやすいかもしれない。

10 大城滉二
内外野守れるユーティリティプレイヤー。特にセカンドでの守備範囲には定評がある。難病でいつも出られるとは限らない安達の代わりにショートで出ることも。

24 紅林弘太郎
2019ドラフト2位。高校通算40HRの記録を持つ静岡が誇る大型内野手。将来性が高く活躍を期待されるホープ。
2021年に球団初となる10代での二桁ホームランを達成した。

31 太田椋
2018ドラフト1位。父は現役時代を近鉄バファローズ、引退後も球団職員・打撃投手として近鉄・オリックスに所属し続けている太田暁氏。次世代の主砲として覚醒する事が期待されている非常に高い打撃センスを持つ期待の内野手で、2022年の日本シリーズ第7戦では「1番・ファースト」でスタメン出場し、 日本シリーズ史上初となる初回初球先頭打者本塁打をぶっ放っている

41 佐野皓大
オリックスが誇る最強の韋駄天。反面打撃はイマイチであり、大抵終盤の代走要因として重宝されている。
投手から野手転向した選手の一人で、育成契約時を含めて4度も背番号が変わっており、現行の背番号になったのは2020年から。オリックスの41はかつて後述の小瀬浩之の一事件以来封印されていた番号だったが、自ら経緯を理解した上でこの番号を希望したとのこと。
ちなみにその小瀬とは誕生日が一緒。後に小瀬のかつての登場曲も受け継いだ。

44 頓宮裕真
強打の捕手。ルーキーイヤーは三塁手として起用されたが不慣れなこともあり拙守を連発し、打撃にも悪影響が出たため2年目にはアマチュア時代の本業の捕手に転向した。
由伸とは幼なじみで少年野球時代のチームメイト(こちらが2つ年上)。
あの最強助っ人と背番号が同じことから、名前にちなんで「ユーマー」とも呼ばれる(応援歌もそれの流用)。

50 小田裕也
俊足好守の外野手。オリックス随一のイケメン。
吉田正尚に代わって試合終盤に外野を守ることが多い。代走守備要員として定期的に試合に出場しているが打撃難もあり打席に立つ機会は減少している…
そのため、2021年のクライマックスシリーズで日本シリーズ進出を決める同点サヨナラバスター*7を決めた時には多くのオリックスファンを驚かせた。*8

55 T-岡田
本名は岡田貴弘。同姓の岡田彰布が監督に就任した際に公募を基に登録名を変えた。
ローマ字表記の「T-OKADA」から「-」を抜くとそう読めるため「トカダ」とも呼ばれる。凡退時の蔑称は天を仰ぐ姿から「天-岡田」。逆に豪快なホームランを打った時の尊称は「浪速の轟砲」。
今じゃ同じ高校出身の山田哲人の先輩くらいの扱いだけど昔は山田がT-山田扱いされていた。
辻内(元巨人)・平田(中日)・鶴(元阪神)とナニワの四天王と呼ばれた高校屈指の長距離砲で、2010年には岡田監督の提案で行ったノーステップ打法へのフォーム改造がハマり王貞治以来の22歳の本塁打王になったアーチスト。
その後は怪我や加藤球騒動に巻き込まれて成績を残せたら残せなかったりを繰り返す。2017年には30本を7年越しに達成したと思ったら翌年以降は怪我による大不振に。2019年には環境を変えるためFA宣言による移籍も視野に入れていたが緊急昇格し出場した*9シーズン最終戦で大歓声を受け残留。
2020年からは頼れるベテランとして復活を果たした。2021年は潜めていた勝負強さが際立ち、9月30日の千葉ロッテマリーンズとの首位攻防戦では9回2死から起死回生の逆転3点本塁打を放ちチームを勝利へと導いた。
2022年は再び怪我による不振に陥り、シーズンでの本塁打は1本に終わる。しかし、その年の日本シリーズ第1戦にて一時1点差となる適時打を放ち、改めてその存在感の大きさをチームやファンに知らしめている。

67 中川圭太
内外野守れる右打ユーティリティ。現在活動休止中のPL学園を経由して入団した最後の選手である。
2018年ドラフト7位。ドラフト当日まで指名予定ではなかったが、担当スカウトが監督とGMに席で直談判したことで指名したという逸話を持つ。
1年目の序盤から一軍に昇格し、交流戦では史上初の新人首位打者獲得するなど活躍。それまで穴であったサードを埋めることを期待されたが翌年には守備難が露呈&打撃不振のため定着には至らず。
現在は主に外野とたまにファーストを守る。
2022年からはルーキーイヤーの輝きを取り戻し、3番を打っている。福岡ソフトバンクホークスとのCS第4戦では難攻不落の左腕モイネロより日本シリーズ進出を決めるサヨナラタイムリーを放った。
中嶋監督からは「無敵の圭太」と言われている。

99 杉本裕太郎
2021年のオリックスに彗星のごとく現れた、日本人離れした体格を誇る遅咲きの救世主。
2015年のドラフトで10位、88選手中87番目のギリギリの滑り込みでプロ入りするが、いわゆる当たれば飛ぶが当たらない選手で成績が安定せず1軍での出場はわずかにとどまっていた。
しかし2020年シーズン途中、中嶋監督に交代時に1軍に引き上げられるとみるみる実力を付け、2021年は完全にホームランバッターとして覚醒。交流戦優勝と前半戦首位ターンの立役者となり、オールスターゲームでいきなり敢闘賞を獲得した。
そのまま打撃は終盤戦でも衰えず、何と3割30本を達成してシーズン終了どんだけポジってた奴でも30本はともかく3割は誰も予想してなかった
同年の本塁打王にも輝いた。実は球団の右打者の本塁打王は正統後継の阪急の方に遡るとかのブーマー以来だったりする。
翌年はマークされて成績を落とすも、夏場から調子を取り戻し日本シリーズではMVPに輝いた。
「北斗の拳」のラオウが大好きで、そのままニックネーム化。ホームランを打った時は、ラオウの「わが生涯に一片の悔いなし!」と同じく腕を天に振り上げる「ラオウポーズ」を取る。選手プロフィールのコメント欄すらも全部北斗の拳ネタ。
吉田正尚とは大学の先輩後輩かつ同期入団という間柄。山田修義とは同級生で「www ノブがんば」を生み出した張本人。

★マスコット

  • バファローブル
現在のメインマスコット。妹のせいで影が薄い。

ブルの妹。かわいい。ベルたそ~
figmaになった野球チームマスコット第ニ号。

  • ネッピー
オリックス・ブルーウェーブ時代のマスコット。
ファミ通の表紙やガンバ大阪のマスコットガンバボーイでおなじみの松下進デザイン。
ちなみにガンバボーイの兄である。

  • ブレービー
日本で三番目に誕生した着ぐるみマスコット。
中に入っていたのは島野修。星野仙一の運命を決めた年のドラフトで巨人の1位指名を勝ち取った男にして、着ぐるみマスコットの中の人のパイオニアである。

  • バファローズポンタ
2016年一年契約でやってきたPontaカードのマスコット。
大物外国人よろしくSNSで話題をさらった…負けたときの絵が。
神ってる男こと鈴木誠也にユニフォームを剥ぎ取られることで有名になってしまった感はある。
しかしなんだかんだで最下位のチームの話題性を繋ぎ止めたためか定着。元は雨天中止含め毎試合公開していたが、絵師の体力が持たないことから18年はリーグ戦のカード初戦+交流戦全ゲームのみの公開となったが、19年は元に戻った上、声までついた。妹の中の人が若月の嫁オリファン声優立花理香なのは公表されているが、ポンタ自身の中の人は誰かは分からない。
勝った時のフレーズ「おりほー!」が特徴的。

【元選手・OB】

元阪急・ブルーウェーブ系

  • 福本豊
言わずと知れた世界の盗塁王。
だが指導者としては…お察しください。

Q.盗塁する方法を教えて下さい
A.出塁せなあかんからまず打撃からやね

…ぐうの音も出ない正論。*10
とまあこのように打力もあり、新人時代に2打席連続本塁打を達成している他、2ケタ本塁打も11回記録している。
引退した直接の理由が上田利治監督のうっかりというのは有名な話。ただもっさんの話を聞く限りうっかりではなく公開引退勧告だった説もある。

  • 山田久志
阪急時代のエースで元祖サブマリン。「ドカベン」の里中や元ロッテの渡辺俊介の先輩。
星野仙一の後任として中日監督を務めたためそう思われることも多いが決して中日OBでは無い。

  • 加藤秀司
黄金期の4番打者。
犠牲フライ歴代二位という珍記録を持つ。
色んな球団を渡り歩いたことでも有名。

  • 門田博光
南海の主砲として40歳で本塁打王になったこの方も、阪急がオリックスになると同時にトレードで加入し、2年だけ在籍していた。
…が、実は上の3人が指名された1968年のドラフトで彼も阪急ブレーブスから指名されていたが、入団を拒否していた過去を持つ。
その翌年に南海からの指名を受けて入団しており、トレードでの加入はそれから21年経っての入団を果たす形となった。

  • 長池徳二
人呼んでミスターブレーブス。ガチガチだった身体を入念な柔軟体操で柔らかくし、苦手だった内角打ちを猛練習で克服した努力の人。
肩にあごをのっけるというかなりけったいな打法だが、これは内角打ちを磨くために編み出したもの。

  • 高井保弘
阪急時代の代打の切り札。代打本塁打27本の世界記録保持者。

  • ボビー・マルカーノ
70年代半ばから80年代前半の阪急を支えた二塁手。
勝負強い打撃と強肩の守備が武器で78年には打点王を獲得した。
晩年はヤクルトでもプレーしそこで引退し、読売のスカウトとしてルイス・サンチェ獲得に貢献したが(彼の通訳も兼任していた)、サンチェと共に退団し、その後若くしてガンにより亡くなった・・・。
曽祖父が日本人という説がある。

  • ブーマー・ウェルズ
本名はグレゴリー・ウェルズ。
「ブーマー」という名前は当時のチームに名前が似た助っ人が在籍していたため、「ブームを呼ぶ男」で「ブーマー」にしようという球団のアイデア。
外国人選手初となる三冠王を獲得するなど、阪急時代ナンバーワンの頼もしい助っ人として活躍した。
前述の通り、応援歌は同じ背番号を着用している頓宮に流用された。

  • アニマル・レスリー
阪急にいたのはたったの2年ながらも今でも印象に残っているというファンの多い外国人。
「外国人抑え」のパイオニアにしてそのパフォーマンスでも知られた。
引退後はタレントになるも若くして亡くなった…

  • 松永浩美
通算200本塁打200盗塁を達成した、史上最強のスイッチヒッターと言われる三塁手。
ベテランになってから野田浩司とのトレードで阪神に移籍するも翌年に球界史上初のFA行使でダイエーに移籍。その時の発言が少し物議を醸した。

  • 野田浩司
上の松永とのトレードで93年に加入した投手。
いきなりエースになり阪神ファンを悔しがらせたが、怪我で短命に終わってしまった。

  • 石嶺和彦
肝炎と戦いながらも阪急・オリックスを支えたスラッガー。
FAで阪神に移籍するも衰えは明らかで、あまり活躍出来なかった。

  • 山沖之彦
あまり速くはないが伸びのあるストレートでエースとして活躍した右腕。
石嶺同様FAで阪神に移籍するも怪我で1試合も投げられずに引退。阪神淡路大震災の被災による調整不足という責めづらい事情もあるとはいえ、松永・石嶺もそうだが、阪神は何を考えて獲得したのか。

  • ロベルト・バルボン
50年代の阪急を支え、「チコ」の愛称で親しまれたキューバ人助っ人。
外国人では極めて珍しい盗塁王経験者。
最初は3年で帰国するつもりだったが、キューバ革命などのゴタゴタで帰れなくなり、結果来日して以降60年以上日本で暮らしており(来日後の帰国は1988年に広島がキューバ野球を視察する際において監督である山本浩二から声をかけられ特別通訳として同行した1度だけ)、引退後も長く阪急・オリックスの球団職員として球団に貢献。ペラッペラの関西弁によるあまりにもガバガバな通訳やイベントでの高いトークスキルで長く愛された。野球の上手い芸人の原型
一方でちゃんと元野球選手らしく解説としてもサンテレビボックス席の初代解説員を務めている。
80歳を超えても甲子園や京セラドームなどで野球観戦している姿が見られたが、オリックスの二連覇を見届けた2023年初頭に逝去。多くのファンから惜しまれた。

  • ダリル・スペンサー
メジャーからやってきた助っ人。メジャー時代はいぶし銀の内野手といった風情であったが
阪急入団後はMLBとNPBの差もあったろうが、何より癖を見抜く眼力が凄まじいスラッガーとして活躍。
高井が癖を見るようになったのはスペンサーの影響が大きく、同時期に同じことを実践していた野村克也との三冠王争いの(南海どころか他球団からの妨害の)熾烈さは有名である。2019年逝去。

  • 藤井康雄
阪急末期に台頭し、ブルーウェーブ暗黒期まで主軸を張ったホームランバッター。
勝負強いバッティングが持ち味で通算282本塁打ながら通算満塁本塁打数は歴代3位タイの14本であり、代打満塁本塁打4本はプロ野球記録。
選球眼も良く出塁率が打率より1割以上高いことも多かった。
また日本で唯一「9回2アウトからのお釣り無し代打逆転サヨナラ満塁本塁打」を放った男でもある。

最速130km台の速球とキャッチャー中嶋が素手で取れるカーブを武器に活躍した本格派。
…もう一度言おう、武田勝のような軟投派ではなくストレートが武器のれっきとした本格派である。
投手コーチを経て現在は解説者。

この人についてはもはや解説するまでもないだろう。
MLB在籍年数がNPBでのそれを遥かに超えており今では日本での活躍を知らない人も多いが、野球ファンの間では現在でもオリックスOBという見方も強く、その圧倒的知名度から現在も親会社のオリックス含めCMにも引っ張りだこである。
背番号51はチームの準永久欠番になっており、将来的には永久欠番にするとのこと。

  • 田口壮
この人もMLBで長くプレーしたが、最後の2年は戻ってきた。
長打は少ないが守備とつなぎで魅せる男。そのスタンスはMLBでも、落とされた2Aでも、日本球界復帰後も変わらず。
最終的にはカージナルスの名将ラルーサに重用され、第四の外野手としてワールドチャンピオン2回に輝いた。
現在はコーチを務める。

  • 谷佳知
某柔道メダリストと結婚し一躍有名になった人。
ただ決してそれだけの人ではなく何度もベストナインやGG賞に名を連ね、オリンピック代表に選ばれたり盗塁王も獲得したことのある実力者であり、イチロー・谷・田口の外野陣は球史に残る鉄壁守備でも知られる。
嫁が金メダルを獲ったアテネオリンピックで負傷して以来低迷し、巨人に飛ばされたがまた戻ってきた。
オリックス復帰後の最大の目的だった2000安打にはもう一歩で届かなかったが、引退試合は華やかに飾った。
アウトカウントを間違えてボールをスタンドに投げ込んじゃったりする通称レイサムビームを披露したこともあるお茶目な人。

  • 本西厚博
谷が入る前にイチロー・田口と鉄壁の外野トリオを構成していた守備の名手。
守備以外に粘り強いバッティングも持ち備えていた。

  • 小倉恒
全盛期から暗黒期のオリックスを支えた投手。
直球とスライダーで押すタイプだが、実戦で使えない程度の様々な変化球を投げられるという器用さも持つ。
全盛期はリリーフで活躍し、暗黒期は先発で活躍した後谷間になった。
2004年オフの分配ドラフトでは楽天に振り分けられ、そこでベテランの意地を見せた。

  • 金田政彦
ブルーウェーブ黄金期から末期を代表する投手。
制球難があるのが欠点だが細身から繰り出される高速スライダーを武器に95、96年には優勝に貢献、上記の通りオリックスにとって暗黒のシーズンだった02年には最優秀防御率のタイトルを獲得するなど一人気を吐くも、打線の援護に恵まれず4勝9敗防御率2.50で最優秀防御率に輝くというある意味凄まじい成績を残した。
05年に分配ドラフトで楽天に移籍。若いチームでベテランの意地を見せたが翌年引退。その後はソフトバンクの打撃投手などを務めている。

  • 長谷川滋利
91年にドラフト1位で指名され、新人ながら後半戦からローテに定着し新人王を獲得すると、その後は先発陣の柱として黄金期のオリックスを支え、95年のリーグ連覇と日本一にも貢献。
1996年オフ、日本人選手初となる金銭トレードでメジャーリーグにわたり、中継ぎの柱としてMLBで2006年まで活躍、2003年はMLBのオールスターゲームにも選出され、最終的には現在でも日本人最多記録となっている517試合登板の金字塔を打ち立てた。
引退後は古巣オリックスのアドバイザーを経て、現在は拠点をアメリカに移しプロゴルファーに転身。
日本のPGA資格取得を目指して勉強中である。また2022年1月には副GMに就任した。

  • D.J
YO!YO!俺はDJ!ふざけてないよこれが登録名!
本名ダグラス・ジェニングス略してD.J!
当時の日本、ディスコまだまだマイナー、だからその時DJといったらこの俺DJ!
94年来日、守備はあんまり、でも打撃は任せろって感じのプレイヤー!
96年、他の選手と入れ替わりでアウト、でも俺も立派な優勝レギュラー!

  • トロイ・ニール
大学に入ってから野球を始めたという異色の助っ人外国人でブルーウェーブ黄金期の立役者の1人であった。
下痢で苦しみながら打席に入ってホームランを放って、その後トイレへ直行したという逸話は当時のオリックスファンから有名。
その反面、野球から私生活までトラブルも多く、現役時代は暴言や乱闘騒ぎを起こし何度か退場になったり、引退後も離婚した元妻への養育費未払いで裁判沙汰になったりと、何かとお騒がせの選手であった。

  • 具臺晟
ク・デソンと読む。韓国球界でクローザーとして活躍した後2001年にやって来た。
日本では先発として活躍するも、金田と同じく優秀な防御率を残しながら大量の負けを記録するという、2002年超絶貧打シーズンの犠牲者となってしまった。しかしその後は思うような成績を残せず、メジャーを経て韓国球界に復帰。
2011年からはオーストラリアリーグでプレーした。

  • エド・ヤーナル
メジャーからやってきた助っ人。具臺晟と同じく2001年にやって来て先発として活躍した。
しかし2002年は上記二人と同じく超絶貧打シーズンの犠牲者になってしまい、3点台で終盤に離脱するまで活躍したものの6勝13敗という結果に終わってしまった…もうヤーナル。
球団が野手を補強するため退団し、アメリカに戻るがメジャー復帰はならず引退した…

  • ユウキ
本名田中祐貴。
2001年に人的補償として近鉄からオリックスへ入団。
2002年に防御率1点台を出し、他の投手が貧打に苦しむ中7勝1敗と頭角を現す。
翌年以降オリックスの投手陣は崩壊するが故障で2年間一軍登板できず、復帰後も肩の痛みに悩まされ続けて2008年に戦力外にされヤクルトで生涯を終えた。
現役最後の登板後には「1億で壊れない肩が買えたらローンを組んででも買った。それを返せる自信もあった」という悲しい名言を生んでいる。1億どころかもっと稼げたろうに…

  • 川口知哉
能見、井川と並び高校生左腕三羽ガラスと呼ばれた左腕。
97年に夏の甲子園準優勝左腕となり、鳴り物入りでドラフト1位指名されたが、壊滅的な制球難と相次ぐケガで伸び悩み、一軍で勝ち星を挙げることなく、青波最終年に戦力外となり引退。
インタビュー時のビッグマウス振りでも知られた。
現在は女子プロ野球チームの監督を経て、母校の龍谷大平安高でコーチをしている。

  • 日高剛
中嶋聡の後を受け、オリックスを支える女房役となった捕手。
強打で打撃も上手いため長年活躍し続けたが、一方で隔年傾向がありリードなどに課題を残し続けていた。
2002年は貧打と言ってきたが、そんな中彼は自身初の二桁本塁打を放っている。ただし打率は.193。
晩年伊藤光に押されて出番が減ったためFA権を行使し阪神に移籍するが、新井良太との交錯で負傷し離脱。翌年に引退している。

  • 山口和男
当時最速タイの158km/hを叩き出した投手。
リリーフでの起用が主であったが、制球難で四死球が多く安定しなかった。
他に158km/hを記録していた投手が伊良部秀輝・五十嵐亮太とビッグネームばかりだったため、影が薄い。
引退後はスカウトを務め、山本由伸などの獲得に尽力した。

  • 平野恵一
暗黒期のオリックスを支えた選手。トレードで阪神に移籍していたがFAで戻ってきた。
二塁と外野を守れ、粘り打ちが持ち味でバントの名手でもある。ダイビングキャッチやヘッドスライディングなど、常に全力プレーをすることでも有名。
故障していた時期に自身に憧れていて本人も可愛がっていた西野が台頭したことにより引退を決意。現在は阪神のコーチを務めたのち2022年からは台湾へ渡り、かつての同僚・林威助が監督を務める中信兄弟でコーチに就任。
顎が長いことをネタにされることがある。

  • 山崎武司
2002年オフにトレードでやってきた中日の主砲。
しかし青波最終年に首脳陣と対立し戦力外通告を受ける。
オリックス時代は本人曰く「途中なんかありましたが」とのこと。
楽天に行ってからの活躍は誰もが知るところ。なお、間違う人がいるが、山崎は戦力外になっているため分配ドラフトにはかけられていない。

  • 村松有人
03年は散々オリックスをいじめぬいたダイハード打線のリードオフマンだったが、球団社長の暴挙に反感を持ち「天然芝のスタジアムでプレーしたい」という名目で移籍。
オリックス時代は隔年気味でもあったが貧打の中で奮闘し続けた。
2008年オフに近鉄消滅時にFAしてホークスに行ったいてまえ打線の核弾頭・大村直之との交換トレードで古巣に復帰し、2年後に引退。引退会見ではかの生卵事件について涙ながらに語った。現在はソフトバンクで三塁コーチャーを務める。
この人もまた応援歌がカッコイイ。作られたのがブルーウェーブ最終年だったので「BW最後の名曲」とも。

  • 大久保勝信
ブルーウェーブ末期からバファローズ初期の中継ぎの柱。
01年にドラフト2位で入団すると、1年目からリリーフの主力に定着し、後半には当初の抑えだった具デソンの不調もあり抑えに転向。そこでも安定した成績を見せ同年の新人王に輝いた。
しかし翌年にスポーツヘルニアで離脱すると公式戦から遠ざかり、抑えの彼を失ったことでチームも大きく成績を落としてしまう。
05年の分配ドラフトでオリックスの一員となると、抑えとして完全復活を遂げるが、その後も度重なる怪我に苦しみ、それでも執念でマウンドに立ち続けた末、10年をもって現役引退。
記録ではなく記憶というところにフォーカスすれば、後述する北川に「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン」を打たれてしまった投手、なのであるがその試合までは防御率わずか1点台の鉄壁の投球を見せていたのだ…。そんな彼を打ち砕いた北川のパワーと選球眼を評価するべきであろう。
オリックスに球団職員として残留。球団のイジリなのか、2015年のOSAKAクラシックのOP映像でそのエピソードを振り返るシーンに当時のオリックスのユニフォームを着て登場している。

ブルーウェーブ時代を知る国内最後の選手。
内野ならどこでもこなせる万能性と鋭いスイングが持ち味。
生涯オリックス宣言をしたのにトレードに出されてしまった気の毒な選手。
その後は楽天でも活躍するが2016年オフ戦力外に…。
そのまま引退してしまった。
その後は楽天でしばらくコーチを務めたあと、オリックスに戻ってきたが再び退団。現在は独立リーグ監督を務めているが、引退後もアスリートとしてあり続けるためにトレーニングを続けるイチローに感化され、2022年より監督兼任という形で現役復帰。名実ともに最後のブルーウェーブ戦士として今日も戦い続ける。

  • 福良淳一
阪急末期~ブルーウェーブ時代を支えた名二塁手にして、同球団(阪急~ブルーウェーブの系統)初の生え抜き監督。
日本ハムではコーチとしてリーグ優勝に貢献した。
顔が死んでることが多い。
2016年監督に就任。2018年に退任後はしばらく間を置いてGMに就任。
リクエストと綾鷹が大好き。監督時代にベンチでよく綾鷹を飲むシーンがTVカメラに映っており、監督退任後には綾鷹の公式Twitterから感謝のメッセージ(?)が投稿されている。*11


元近鉄系、合併後入団組

  • 北川博敏
アンパンマン。「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン」という球史に残る一打でおなじみの近鉄優勝の立役者。
その時の対戦相手がブルーウェーブだったことは内緒な
分配ドラフトで入団したことで、阪神→近鉄→オリックスと関西球団を踏破したという珍しい経歴を持つ選手になった。
谷、清原、ノリさんが悲惨だったせいで見掛倒しに終わったミックスモダン打線の中で1人奮闘したり、合併後初のAクラスの際にはサードとして貢献するなど、主力兼主将として長く活躍したものの、再びの優勝を味わうことなく2011年アキレス腱を断裂する大怪我を負い翌年引退した。
オリックス、ヤクルトのコーチを経て現在は阪神で打撃コーチをしている。

  • 坂口智隆
オリックスを支えた不動のリードオフマンにして、NPB最後の近鉄戦士。構成員その1。
肩を痛めるまでは強肩だったが、肩を痛めてからはイマイチで元は中堅手だったが左翼守備に就くことも多くなった。ただし相変わらず守備範囲はかなり広い。
また肩を痛めて以降は打撃の調子も上がらず規定打席への到達すらままならない状態になっていた。
そのような状態だったためか2015年オフに戦力外通告を受けヤクルトに移籍すると復活。2021年日本シリーズではヤクルトの選手として古巣と対決することになった。2022年、古巣オリックスの日本一を見届けて現役を引退。
なおヤクルトは2015年に大引、後に近藤一を獲得し、2017年には打撃投手の阿部健太が育成野手で復帰したため、この年はどういうわけか同世代のオリックスの選手がチーム内に4人(しかもうち3人は近鉄戦士)もいるという状態になっていた。

  • 大引啓次
安達の前の遊撃手。
1年目から100試合以上に出場するなどオリックスを支えたが糸井の代わりにトレードで日ハムへ。
その後FA宣言してヤクルトに移籍。坂口とはまたチームメイトになった。引退後は大学院へ通いながら指導者をしている。
同年代の坂口、小瀬とは仲が良かった。

  • 小瀬浩之
08年に入団した俊足巧打が持ち味の外野手。
09年には外野のレギュラー候補に名乗りを上げたが、翌10年の宮古島での春季キャンプ中にホテルの10階から転落して早すぎる死を遂げた・・・。
なお彼の背番号41は準永久欠番となり10年に亘り解禁されていなかったが、上述の通り現在は佐野皓大が使用している。
先述した通り大引、坂口と仲が良かったためか、大引はその死をとても悔やんでおり、移籍先のヤクルトが優勝した時のビールかけにわざわざ小瀬のユニフォームを着てくるほど。

  • 清原和博
多分プロ野球の知識が乏しい人でも知っている、番長及び無冠の帝王。
巨人を戦力外通告になった際に仰木彬から熱いラブコールを受け、入団を決意した。
入団1年目こそそこそこの成績を残すも2年目は怪我で一軍出場なし。2008年も引退表明するまでほとんど二軍漬けだった。
引退試合のセレモニーにおいて、京セラドームで長渕剛が熱唱した件は未だに語られている。
あと応援歌はオリックスでも屈指の名曲。
引退後はタレント活動などもしていたが、最終的にどのようになったかはWiki篭りの皆も知るところだろう……。
しかし、西武及び巨人時代のイメージが強すぎるためか、あまりオリックスOBとしては語られにくい。
そりゃあ、張本勲がロッテOB、落合博満が日本ハムOBと言われても…ねえ?

  • タフィ・ローズ
史上最強助っ人候補にもよく上がる元近鉄の4番。
一度巨人に移籍しさらには引退もしていたが合併球団のオリックスに入団する形で再び大阪ドームに帰ってきた。
帰国後も圧倒的な成績を残しアラフォーながら3年連続20本塁打を達成し、特に2007年は打率.291、42本塁打、96打点、出塁率.403、翌2008年は打率.277、40本塁打、116打点、出塁率.394と20代後半の選手と勘違いされてもおかしくない成績だった。
流石に2009年は故障のせいか大幅に成績が落ちその年に引退。

と思ってたら2015年にまた現役復帰。BCリーグ富山サンダーバーズでプレーしていた。
ちなみにこの年48歳。野手としてこの年齢でまだ現役というのは異次元である。
なお、有名な「顔が侮辱行為」事件はオリックス時代に起きている。
日本球界が長かったこともありバルボンと同様にペラッペラの関西弁で喋れる。

  • トニ・ブランコ
中日やDeNAで活躍し、2014末による大型補強の一環で獲得した助っ人外人選手。
しかし、不振+怪我のコンボで力を発揮できず、2015オリックスの低迷を象徴するかのような補強失敗例となった。
実は体重管理が出来ず太ってしまうという悪癖があり、オリックスに来た時はお腹がとてもぽっこりしていた。
2016末に自由契約となるが、公示直前の帰国において「オリックスはもう僕の顔は見たくもないだろうね。もし対戦することがあったら仕留めにくるだろう」という台詞を残して日本を去っていった。

世紀の大トレードで日本ハムからやってきた衰え知らずの男。
打ってよし、走ってよし、守ってよしの三拍子揃った非の打ち所がない選手。
そして、球界屈指のアホの子(詳しくは該当項目を参照)。
2016年オフ、FAにより阪神タイガースに移籍。その後2022年に現役引退。

  • 井川慶
元阪神のエース。
メジャーに渡ったが結果を残せず、2012年契約満了と共にフリーエージェントとなっていたところを獲得した。
しかし全盛期に比べれば相当力が落ちていて復帰初年度は防御率4点台で2勝7敗と結果を残せず、その後も鳴かず飛ばずで2016年に戦力外通告を受けた。

  • 李大浩
韓国では野手転向を経て三冠王を獲得したスラッガー。
2012年に移籍してくるとチームが低迷する中で大暴れ、2年連続20HR90打点を達成するも契約満了でソフトバンクへ。
そちらでも2年連続日本一に大きく貢献した。
その後は1年メジャーでプレーしそこそこの成績を残したが、翌年古巣のロッテジャイアンツへ復帰し、2022年度シーズン限りで引退。

  • エリック・コーディエ
2016年のオリックスに降臨した助っ人外人投手。
かなりの剛速球を得意としたため前年不調の平野佳に代わって抑えを任されるが、開幕戦のオリックスを燃え上がらせ敗北に導く。
その後もコントロールが安定せず、『一球投げるたびに加速する球速に対してストライクは殆ど入らない』というある種インパクト抜群な投球を見せる。
交流戦にあった絶対にボール球を投げるコーディエとボール球でも絶対に振ってしまう雄平の対決は迷勝負。
二軍でも腐らない真面目な性格だったようだが、最終的に怪我の手術を理由に帰国し、戦力外通告となった。

  • フィル・コーク
投手陣のテコ入れのためやってきた助っ人外国人投手。MLBでは通産408試合に登板した実績を持つベテラン投手。
MLBでは中継ぎでの登板が多かったが、オリックスでは豊富な実績から先発ローテーションとして期待されている…が故障で長期離脱しそのまま退団。
投球時に納得のいく球が投げられない場合に「F**K」などと発言し自身を鼓舞する事がある。

  • 中島宏之
西武からMLBを経てオリックスへ。
かつては西武で一時代を築いた中島裕之と同一人物だが、登録名が変わっているので気付かない人もちらほら。
入団初年は置物扱いだったが、2016年後半からは全盛期ほどではないが打ちまくるようになり阪神福留の再来になれるか注目されていたが、2018年シーズンオフに年俸面で折り合いがつかず自由契約、巨人へと移籍した。

  • 小谷野栄一
日ハムからFAで入団した長打力と攻守が売りの三塁手。
本職に加えて一塁と外野も守れる。
日ハム時代は打点王に輝いたこともあるが、オリックス移籍後は怪我続きで伸び悩み、2018年引退。
引退後は1年だけ楽天の打撃コーチを務めた後、オリックスへ復帰。

  • 金子千尋
バファローズ1年目に入団した投手にして不動のエース。
入団1年目は故障に苦しみ、一時は「ハズレを掴まされた」とまで言われたがそこから這い上がった努力の男。
野球選手とは思えない色白と可愛らしい顔立ちでファンの間では女の子疑惑・・・はさすがにないが俺の嫁扱いされることもあり。
2014年度の沢村賞(同年は投手タイトルを総ナメ)にして現在の球界最高年俸選手。
FA宣言時に広島が出したとされる「5億年20円」という契約内容(無論誤植かネタ)がよくネタにされる。
パの投手にしては打撃に定評があるといわれる投手で、交流戦の応援歌も福本→イチローに使われたものの流用であることからもその期待がうかがえる。
ちなみに登録名は「姓+名」ではなくスペースの入らないフルネーム(曰く「金子千」だとバランスが悪いからだとか)。そのため基本的に公式情報でも姓だけでなくフルネームで表記される。
2014年オフの複数年5億契約以降はコスパに見合った活躍ができず、2018年オフに大幅減俸となり退団。北の大地へ渡ったが2022年限りで引退。

  • 塚原頌平
2012年前半戦にデビューしたが故障が原因で2年半登板できず、2015年に復活。
その後はサトタツ・比嘉が伸び悩んでいたこともあって勝利の方程式に定着………してたはいいがまた離脱してしまい、そのまま復活出来ず2019年で戦力外に。

  • 西勇輝
謎のコミュ力の高さと負けん気が武器の二番手ピッチャー。
小久保裕紀の引退試合でノーヒッターとなったため空気読めない奴扱いされたこともあった。
勝ち運があり、チーム全体が悲惨だった2016年にもしれっと2ケタ勝利している。
死球を与えやすいという悪癖があり、他球団のファンからは同様の傾向を持つ楽天美馬、阪神藤浪ともども「破壊神」と呼ばれている。
2018年オフ、FA宣言して阪神へ。

  • 佐藤達也
平野との勝利の方程式があまりに眩かった中継ぎエース。
しかし中継ぎとは儚いもの、かつての面影くらいしかなくなった末2018年引退。引退後は広報に配属され、球団公式SNSやヒーロインタビューでのエスコートでちょくちょく顔を見せている。

  • 岸田護
名リリーフにして元抑え。サトタツや平野の前に投げることが多かった。
平野に隠れがちだがこちらもかなり頑丈。
2019年に「オリックスはこれから強くなる」という言葉を残し引退、投手コーチに転身した。

  • 伊藤光
頼れるオリックスの女房。
2014年2位の立役者である。
2016年シーズン後半からは打力を買われて三塁と一塁も守るようになったが、応援歌と矛盾したため野手モード限定で歌詞が少し修正された。
2018年若月だけでなく山崎勝己との第二捕手争いにも負けた結果出番が激減。昨年から継続して41打席連続無安打と打撃でも精彩を欠き、シーズン途中で横浜DeNAベイスターズへトレードされた。

  • ステフェン・ロメロ
MLBでは94試合に出場してはいるが目立った実績はなく、そこまで注目される選手ではなかった。
しかし、加入してオープン戦から4番に起用されると圧倒的なパワーこそないがしぶとい打撃と外国人選手には珍しい勤勉性で実力を発揮するも、負傷離脱が多く、それに呼応するかのように負けを重ねていくも復帰するとチームも勢いを取り戻すため「幸運を呼ぶ男」と言われることも多かった。
2017年から3年間プレーするも、最後は残留交渉決裂で退団。杜の都にわたったが1年で復帰。しかし、家庭の事情でシーズン途中で惜しまれながら退団となった。

  • 宮崎祐樹
社会人出身の外野手。
隔年で結果を残す傾向にあるがどちらかと言えばトーク力の高さの方が有名。
その為か人気があり、ファン感謝祭などの交流イベントには欠かせない人物になっている。
なお同じ佐賀県唐津市出身で社会人でのチームも同じセガサミーのDeNA・宮崎敏郎内野手とは全くの無関係。だが、本人同士の交流は多いらしい。
2019年戦力外。

  • 武田健吾
ご存知、エンゼルスの二刀流スーパースター・大谷翔平と同世代のいわゆる「大谷世代」の一人。
2012年ドラフト4位で指名されたあと、二軍ではフレッシュオールスターゲームに出場するなど好成績を残していたが、肝心の1軍ではなかなか結果に恵まれず昇格しては再度降格を繰り返していた。
しかし2016年、メキシコで開催されたWBSC U-23ワールドカップの日本代表メンバーに選出され、ベストナインに輝くなど活躍を見せたことが転機となり、翌2017年は開幕こそ二軍スタートだったが、直後に1軍に昇格してからは1軍に定着。その後も結果を残し、交流戦首位打者まであと一歩の活躍を見せ、その後の飛躍にも期待がかかる若手のホープ…だったが、2019年途中中日にトレード。その後2021年に戦力外となり、社会人野球へ。

  • クリス・マレーロ
2017年途中に来日した助っ人。そのデビュー戦で初打席本塁打を放った!…と思いきやホームベースを踏み忘れる痛恨のミスを中日の捕手・松井に指摘されパーに…
しかし翌日にはきっちり来日初ホームランを放った他、踏み忘れもホームランの後両足できっちりとホームベースを踏みしめるパフォーマンスにする、ホームベースと足跡のデザインされた公式Tシャツ発売など持ちネタに。
その後日本プロ野球史上通算10万号ホームランも打っている。
ロメロ共々3年在籍するも2年目以降は攻略されてしまい活躍できず。踏み忘れを指摘した松井雅人が中日とのトレードでオリックスにやってきた際に和解したことが話題になった2019年に退団した。

  • 松葉貴大
投手から野手に転向後、バッティングピッチャーを務めていたらその投球が評価され投手に再転向したという異色の男。
先発、中継ぎと役割をコロコロ変えられてもそれなりの結果を残しているが、先発に専念した2014年以外は絶対的な信頼を得られるレベルの成績を残せず、2019年途中に武田共々トレードで中日へ。
野手経験もあるのでパの投手にしては打撃も得意。

  • 小島脩平
「代打小島(ドヤ) by 福良」。内外野守れるユーティリティプレイヤー。非力ではあるが脚が早く小技も得意。
入団初年度はそこそこ使われたもののその後は出場機会に恵まれなかったが、福良監督になってから出場機会を大幅に増やし、2016年5月には月間打率.423をマークした。
2018年は打率1割台にも関わらずやたら代打で使われたため酷評の嵐だったが2019年はランナー無しの時なら代打として結果を出したこともあり、32歳にして自身最多出場を記録。
が、翌2020年に戦力外となり、現在はコーチを務めており舞洲で若手と共に汗を流している。

  • アンドリュー・アルバース
オリックスではディクソン以来の当たり外人投手。ストレートの球速こそ速くないが変化球とコントロールで三振の山を築く技巧派。
左投右打という珍しい選手。オフは講師をしている。
2020年限りで退団。

  • ブランドン・ディクソン
優良外国人投手。完投能力もあるし何より一年持たずにどっかに消えることが普通なオリックスの自前外国人なのに四年間安定した内容のピッチングを見せた。
さすが育成に定評のあるカージナルス及びその傘下出身である。
欠点はちょいちょい離脱することと何故か二桁勝てないこと、2016年の成績がアレなので衰えがあるかもしれないことか…
と思ったら2019年に抑えとして大復活を遂げ、この年燃えに燃えまくった増井より安定感があった。
この人もパの投手にしては打撃が得意で、2016年の交流戦では2試合で合計4打点をマークした。
しかし2021年シーズン途中、コロナ禍による家庭の事情で惜しまれながら退団。同年の東京オリンピックのアメリカ代表に選出され、日本の前に立ちはだかった。

  • 金田和之
糸井のFAによる人的保障発生によってオリックス側が丁寧に検討した結果、阪神から連れてきた投手。
何だかんだあって中継ぎとしてそこそこ投げていた…が制球難もあり登板数が減少、2021年に戦力外となり社会人野球に移籍。

  • スティーブン・モヤ
2019年中日からキンセントレードでやってきた外国人。
なんだかんだ毎年二桁は打つ。が、調子を崩すと三振を量産するのが玉に瑕。
身長2mの超大柄な選手。山岡や宮城といった低身長の選手とのヒロインはある意味圧巻。イオンが大好き。

  • アダム・ジョーンズ
長年MLBボルチモア・オリオールズの正中堅手としてシーズン30HR以上4度達成、GG賞4度獲得と活躍し、MLB通算1939安打、282HRの凄まじい実績を引っ提げて、2020年に加入した超ド級の大物メジャーリーガー。
イニシャルが同じ元MLBのHR王が楽天に入団した2013年時点でのメジャーを代表する外野手で(ただしあちらが選球眼があるのに対してこちらはかなりのフリースインガーだが)、同年及び2017年のWBCアメリカ代表メンバーとして17年の世界一に貢献。
来日前年まで12年連続シーズン120安打、11年連続シーズン2ケタ本塁打とまだまだ余力はある中での来日であり、前年の「吉田正尚個人軍」とも言われた貧打からの脱却を期待されていたのだが、現実はケガがちで伸び悩む。
とはいえ、流石にメジャーで長くレギュラーを張ってきたた選手である。代打での存在感は異様な物があり、日本シリーズでも決勝ホームランを放つなどここぞの場面でその威光に違わぬ活躍を見せた。
そんなプレーとは裏腹に気さくな性格で、後輩に積極的にアドバイスを送り杉本の覚醒に一役買ったほか、他選手の調子と自身の打撃の現状を鑑みて監督に自ら代打転向(=レギュラー落ち)を進言するなど、実績に驕らないフォア・ザ・チームの姿勢を持った男であった。
そんなこともあってか、リーグ優勝の際には監督やT-岡田などの生え抜きベテラン勢に混じって胴上げされた。

  • タイラー・ヒギンス
2020年に加入した中継ぎ右腕。
パワーピッチングで試合終盤を支えていた。嫁が美人。

  • 西浦颯大
2017年ドラフト6位入団の外野手。熊本県出身で同級生のヤクルト・村上宗隆はライバル兼親友。
打撃面では課題を抱えながらも高い守備力を評価され1年目から一軍の試合に出場していた。しかし2020年に国指定の難病である「両側特発性大腿骨頭壊死症」を発症し育成選手として復帰を目指すも、翌年22歳の若さで引退…
引退表明時の「プロ野球選手じゃなくなっても僕の将来の夢はずっとプロ野球選手です」という言葉は多くの野球ファンの涙を誘った。

  • 後藤駿太
一時期は駿太を登録名としていた。
外野守備のスペシャリスト。脚も速いが盗塁することはあまりない。打撃面さえ良くなればレギュラー当確なのだが…事実打撃キャリアハイの2014年は立派なレギュラーだったし。
22年、ドラゴンズの石岡とトレード。移籍後も古巣の優勝を祝福するなど関係は良好のよう。

  • 海田智行
タフな中継ぎ左腕。
隔年投手の傾向があり、成績の乱高下が激しい。2022年オフに戦力外通告。

  • 澤田圭佑
ガタイのいい右腕。
大阪桐蔭高校時代は「最強の2番手投手」とも呼ばれた藤浪の控え投手だった。
小谷野いわく「投げる直前まで投げる球種が分からない」という球持ちの良さが持ち味。2022年オフに戦力外通告、ロッテに育成契約で移籍。

  • 増井浩俊
メジャーに行った平野の代わりにFAで取った平野のような抑え。
先発としての能力も高いのに抑えのほうが楽しいとか言い出す変わった男だが、色々あってまた先発に戻る。2022年オフに戦力外通告。

  • 能見篤史
長年阪神を支えた左腕。ここ近年は中継ぎでの起用が多かった。
2020年オフに阪神を退団し、コーチ兼任でオリックスに加入した。宮城や山本由伸といった若く癖の強い投手陣からも慕われている人間性の持ち主。(宮城に至ってはパパと呼んでいたり)。2022年をもって引退。

  • 松井雅人
2019年シーズン途中に中日から移籍。
中日時代は2014年から一時期正捕手を掴みかけたが打率が2割に満たない壊滅的なレベルだったため二軍落ち。
2017年から再び一軍に戻り30歳にして打率も2割に乗せる成長を見せたが与田体制となった2019年に出番が激減しシーズン中にトレード。
なお彼をトレードに追いやった加藤匠馬も壊滅的打撃難のため木下拓哉などに出番を奪われ、2021年のシーズン中にロッテにトレードされた。2022年オフに戦力外通告を受け現役引退。2023年からスコアラーとしてチームを支える。

  • 伏見寅威
捕手だが一時期は内野手としての出場が多かった。元気印。
2019年にアキレス腱断絶の大怪我を負うも、リハビリの末翌年見事に復活。2021年にはチーム内捕手の中で最多出場を果たし優勝に貢献した。
技巧派左腕の扱いに定評がある。
オリックスの捕手陣を支えていたが、2022年オフに西武から正捕手の森友哉を獲得する動きに合わせるかのような形でFAで故郷・北海道へと里帰り。

  • 大下誠一郎
北九州のヤンキーとにかく声が大きく、彼がベンチ入りしている試合は中継を通しても一瞬でわかる。うるささから他球団ファンのアンチが多い。ヒーローインタビューでは濃い北九州弁でスタンドを沸かせる。
2019年育成ドラフト6位で入団も9月に支配下登録→即一軍昇格→初打席でホームランの離れ業を成し遂げた。この試合も含め、何故か神戸での試合でよく活躍する。
白鴎大の先輩である阪神の大山悠輔を目標として挙げている。
2022年オフに初開催された現役ドラフトの結果、ロッテに譲渡される形で退団。

  • 吉田正尚
最初2年はポテンシャルこそありながら腰の怪我のため離脱、を繰り返していた。
が、2017年オフに腰の手術をし、更にかの室伏広治のアドバイスをもとに故障しにくいフォームへ改良をした結果翌年からはほぼフルで出場。毎年のようにベストナインに名を連ね2020年・2021年と2年連続で首位打者を獲得するなど頼れる中軸にものの見事に成長した。
フルスイングから主砲タイプと思われがちだが、実際のところパワー以上にミート力が優れており、異常なまでに三振が少ない。そして敬遠も非常に多い。
チャンスの時の登場曲にちなんだ正尚チャンスダンベルなるグッズもある。また、選手別応援歌の迫力は満点だった。
2023年、ポスティング制度でレッドソックスへと渡米を果たした。

  • 竹安大知
2019年に西の人的補償で阪神から加入した右腕。
力はあるのだが故障がちでなかなか一軍に定着出来ず、2023年限りで戦力外に。

  • 吉田凌
右腕リリーフ。東海大相模出身で中日の小笠原慎之介と共に2015年夏の甲子園で優勝し、その年のドラフトで指名された。
2020年より一軍のブルペン陣に定着。投球の半分以上をスライダーが占めている。その後は成績が振るわず2023年オフに戦力外に。


なおブルーウェーブ時代を知る最後の現役選手だったイチローが2019年3月で引退したことで、ブルーウェーブに在籍していた選手は全て引退したことになった(その後2022年に上述の通り後藤光尊が独立リーグで現役復帰)。なお吸収した近鉄の選手もヤクルトで現役を続行している坂口智隆が2022年に引退した事で、全員が現役引退となった。

【チームの特徴】

生え抜きにこだわらず積極的に外部から選手・監督を招聘することで有名。パリーグの中では資金力があるためFAでの選手獲得に積極的だが、一方で若手の育成が遅れているのが悩みの種で、選手の層に課題があった。しかし近年は徐々に若手が台頭し、弱点を克服しつつある。
また、現在パリーグ6球団で唯一、地名が付かない球団名である。

チーム公式球団歌「SKY」やブルーウェーブ時代に使われた「ビクトリーマーチ」及び「リトルネプチューン」はマジで格好いい。一度聴かれることをオススメする。
応援歌も現在は近鉄系統の応援団が主導していることもありカッコイイが、「難しすぎて覚えられない」という批判もないことはない。

なお、近年の復刻ユニブームや、合併当初に公表されたユニフォームが青波ユニのデザインを流用し不評を買ったこと、そして何よりも半世紀ぶりの合併により誕生した球団という特異性を持っているためか、それぞれの球団の歴史を大事にしており、例年ゴールデンウィーク(年によっては+αや違う時期に開催されることも)に開催されているイベント・「OSAKAクラシック(2018年度はKANSAIクラシック)」では、過去のブレーブスや近鉄バファローズ、また神戸で開催される時はブルーウェーブと過去の球団が復刻され、当時のユニフォームや、オリックスブルーウェーブのビクトリーマーチ及びリトルネプチューン、及び大阪近鉄バファローズ時代の近鉄バファローズの歌、ドリーム&パワーといった球団歌などが再現されている。
わずか2年しか存在しなかったオリックスブレーブスですら1度復刻されている。
対戦相手はこちらもかつては大阪を本拠地としていた縁で、福岡ソフトバンクホークスが当時の南海ホークスの復刻ユニで戦うことが多い。

なお、合併してから近年までの成績低迷に加え、関西方面では阪神タイガースの人気が昔から現在に至るまで圧倒的であり、2連覇を果たしたブルーウェーブの時代ですら、最高観客動員数が低迷していた時期の阪神の観客動員数に並ぶのが精いっぱいという逸話もあったほど。

しかし、リーグ連覇を果たしたことで着実に観客動員、人気は上向きで「オリ党」「オリ姫」と呼ばれるオリックスファンを公言する芸能人も徐々に増えてきた。

関西地域でオリックスが阪神の人気に追いつくのも、そう遠い話ではないかもしれない。

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最終更新:2024年03月31日 13:11

*1 どちらかが引き分けであってもソフトバンク優勝が決定

*2 23-23

*3 中嶋マジックや中嶋イリュージョンとも評される

*4 本来はアタッチメント付けて9mmの坊主頭のはずが産毛剃る為にアタッチメント外した後付け忘れて刈られた

*5 最多勝・最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率・最多完封

*6 もっとも、異次元の守備範囲と動きの良さを誇る源田が相手では相手が悪いと言えるのだが

*7 コロナウイルス感染症拡大による9回打ち切りに伴うクライマックスシリーズ特別ルールによる。

*8 この年、小田は101試合に出場したが安打数はわずか1である。

*9 高校の先輩である岸田護の引退試合が組まれており、当時の佐竹コーチが西村監督に提案したことで昇格。

*10 ただし(守備走塁コーチが打撃コーチ差し置いて打撃をコーチしてたら)いかんでしょと阪神のコーチをクビになったという残念なエピソードだったりする。

*11 https://www.sanspo.com/article/20181013-DHGRVMEHD5KDNN26ZJPEHCLRYQ/