生活維持省

登録日:2016/10/05 (水) 01:25:06
更新日:2024/02/16 Fri 06:45:16
所要時間:約 7 分で読めます










必要悪は、もはや悪じゃない。




【概要】



「生活維持省」とは、星新一による短編小説である。
『人造美人 ショート・ミステリイ(新潮社)』『ボッコちゃん(新潮文庫)』などにSSとして収録されている。

ユートピア実現のためのディストピアを描いた星新一の代表的SSとして知られる。



【あらすじ】



生活維持省に勤務する青年「私」は、挨拶と共に上司の机の前に立つ。

そして、ぶっきらぼうな上司から受け取った数枚の「カード」を手に、同僚とともに外勤に出る。
仕事先に向かう彼らの目の前に広がる、生存競争や公害や犯罪が一切見られない平和な世界。
これらの平和な世界は、政府の方針によって長い時を経て実現したものだという。

そう、政府の方針とは「生活維持省」を使った人口抑制、及び定期的な国民の殺処分だった……。


【主な登場人物】




一応本作の主人公で、生活維持省に外勤で勤めている男性。

課長から渡されたカードの束を持ち、同僚と仕事に向かう。
内勤勤めになった際には、結婚して大きい家に住むことを夢見ている模様。

生活維持省の行動には葛藤などを抱いておらず、平和のために「必要悪はもう悪じゃない」と割り切っている。


同僚

名前の通り「私」の仕事の同僚。

「私」と外勤に出た際は、午前中の運転を任された。
そして天気が良いからと、ドライブがてらゆっくり仕事に回ることを提案する。

外回りで恋人と思われる若者たちの様子を見て、社会が平穏なのは政府の方針のおかげと感心していた。
一方で、関心を述べる発言の響きやその後の言動から、自身の活動や政府の方針に少し疑問を抱いてるようだ。
その事を「私」から仕方ないじゃないかと説明されても、何も返答はしなかった。

主人公同様、内勤になった際には新しい家に住もうとしている様子。


課長

生活維持省における「私」の上役。

机の上にある殺害対象のカードを「私」に押しやった。
無表情で入道雲をみつめているというぶっきらぼうな態度だが、「私」曰くいつものことらしい。


少年

同僚が「私」に返答せずにブレーキを掛けた時に現れたウサギを追いかけていた少年。

「私」の応援を受けると、振り向いて笑顔を見せた後に再びウサギを追いかけに向かった。
その姿を見た「私」は、少年はまもなくウサギを捕まえ、彼の家の夜の食卓は頬を火照らせて話す少年の声で賑わうだろうと想像している。


老人

村でレストラン兼ガソリンスタンドを経営している男性。

ガソリン給油に来た生活維持省の「私」たちを見て、ここで仕事なのかと目を伏せながら訊ねた。
それを否定された後は、生活維持省の人間であることを察していたためか何も話しかけてはこなかった。

ガソリンを入れると、労いの言葉と共に目を瞬きさせて「私」たちを見送った。


主婦

生活維持省の仕事先に住む、健康そうな日焼けをした肌を持つ女性。

この主婦が生活維持省の殺害対象ではなく、「アリサ」という彼女の娘が殺害対象となる。
最初は訪ねてきた彼らが誰かを問おうとしたところ、生活維持省のバッジを見て気を失いかけた。

娘が殺害対象と知ると、小さな声で絶叫。
自身が娘の身代わりになることを志願するが、政府の方針の理屈の前に拒否される。
ならばせめてと家族と別れる暇をくれと要求するが、「それだと本人が余計悲しむだろ」とこれもまた拒否される。
それでも必死に訴え続けるが、全部「私」の理屈をぶつけ続けられ、やがて否定する隙もなくなってしまった。

そしてアリサは、「私」の手によって……。


【本作の世界観と生活維持省に関して】



本作の世界観は、とてつもなく平和で豊かな社会になっているとされる。

本作より昔の社会では、爆発的な人口増大とそれに伴う住居の増加が大問題となっていたようだ。
そして『交通事故の多発』『教育されていない悪童の増加』『空気汚染』『生存競争によるノイローゼ、発狂、自殺』など多数の問題を生んだ。
本作の執筆後からかなりの年月が経っている現代社会とあんまり変わらなくない?

このような生存競争の激化を政府は問題視したようで、国民一人に十分な土地の確保を目指す。
そして長い年月を費やして、本作の舞台の平和を手にしたようだ。

この政府の方針の結果、生まれたのが生活維持省だと考えられる。

生活維持省は、人口増加抑制の為に作られた政府公認の行政機関。
どのような仕事をするのかというと、国公認で国民を間引きする
外勤と内勤があるらしく、人を殺す役割は主に外勤の担当者の役割だと見られる。

殺害する人間は生活維持省の計算機によって選び出されている。
『負担は公平に』とのことから、老人や子供だからと言って贔屓されることもなく平等に殺される
アニメ版での台詞では、大物政治家などの社会的に重要な人間も容赦なく選び出されているようだ。
公平に殺す方針や聞いてたらキリがないという考えから、殺害対象の身内による身代わりは許されていない。

殺害の際は小型の光線銃で射殺というスタイルを取っている。
基本的に時間の猶予は許さないという冷酷な姿勢であり、別れの時間も与えようとはしない。
子供を殺す際には「そっと殺るほうが本人も楽』ということで、告げることもなく殺害した。
他にも、気を失わせないための気つけ薬を所有しており、作中では殺害対象の身内に用いた。

同僚などは生活維持省の活動に疑問を抱いているような描写もあるが、私曰く『必要悪はもはや悪ではない』という結論に終わっている様子。
作中の老人や主婦の『死神』呼びの描写から、あまり生活維持省の存在は良く思われていないようだ。

このような人口増加抑制の結果、強盗や詐欺という犯罪行為は消滅。
どういう理屈なのかは不明だが、交通事故や病気も減ったらしい。
恐らく『広い土地の確保=十分な道路の確保』『空気汚染の減少=それが元の病気が減る』ということだろうか。
ほとんど働かないで欲しい物も手にすることができるらしい……どうなってんだよ。

現在まで社会問題化している自殺問題も、本作では自殺自体が信じられない行動として扱われている。


【イキガミ騒動】



2008年に、間瀬元朗の漫画「イキガミ」が本作の盗作ではないかと指摘される騒動が起きた。

騒動の発端は星新一氏の遺族の指摘から巻き起こることとなった。
星新一の公式サイトには、イキガミと生活維持省の共通点をずらずらと指摘する文章がまとめられている。
この騒動により、ネット上では「生活維持省」及び「イキガミ」の比較と作品に対する考察が活発化された。

確かに両作は"国家による無作為に選ばれた国民の殺害"という設定は共通している。
ただし、『イキガミ』では死亡を予告された人間のドラマに焦点を当てており、作品テーマ的には大きく異なっている。

小学館の公式見解では、作者・担当編集者共に、最近になるまで『生活維持省』を読んだことがないと主張。
設定などに類似点が出たのは全て偶然であるとの認識を示した。
2005年に両作品が似ているという指摘があったと日本文藝家協会から連絡を受けた上で、比較の結果問題はないとしている。
なお、小学館側は公式見解を星新一公式サイトへの掲載を遺族側に頼み、それは了承されて掲載されることとなった。

最終的に遺族側が小学館への抗議を終了させ、後の判断は読者それぞれに任せるとして騒動は終結した*1

【ストーリーの結末(ネタバレ注意!)】







楽なようにと、本人が気づかないように対象を殺すことにした「私」。

内ポケットから光線銃を取り出し、安全装置を外す。
そして、歌声と木イチゴの入ったかごの持ち主に狙いを付けた。
どこからか飛んできた柔らかいアブの羽音が、引き金を引くまでのその少しの時間を埋めた。
とぎれた歌声の辺りに立ち込めていた煙が、そよ風に揺れて花壇の上を通ってどこへともなく流れ去っていった。

その後、彼らは自動車に戻り、再び道を出たところで同僚は次の仕事先を聞いた。

「私」はポケットから次のカードを一枚引っ張り出した。
すると、先ほど通った小川のほとりあたりが良いと言い出す。
同僚はその発言に疑問を抱き、休むつもりかと軽口を叩いた。

そこで「私」は、手に持ったカードに記載されている自分の名前を彼に見せた。
それから、自身が所持していた残りのカードと光線銃を同僚に渡した。


午後も、きみに運転させることになってしまったな


その発言に対し、「何も急がなくたっていい、一番後にしたっていいだろ」と言い返す同僚。
しかし、「私」は平和に満ちた明るい景色を目に焼き付けながら答えた。




いいよ、自分で決めた順番なんだから。
ああ、生存競争と戦争の恐怖のない時代に、これだけ生きることができて楽しかったな









追記・修正は、生活維持省に殺害されてからお願いします。

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最終更新:2024年02月16日 06:45

*1 この際に、遺族側は自分達の見解を理解してもらうために、公式サイトで三か月間生活維持省の本文をすべて無料公開するという手段を取っている。