安楽少女(この素晴らしい世界に祝福を!)

登録日:2016/09/20 (火) 22:34:50
更新日:2021/10/22 Fri 03:32:23
所要時間:約 7 分で読めます





……コロス……ノ……?

安楽少女とは、水の都アルカンレティアから紅魔族の里へ移動する途中のカズマたちが遭遇した愛くるしい緑髪の少女である。
林の入口の岩に腰かけた彼女は、右の足首を負傷しており、助けてほしそうにカズマたちを見ていた。
そのあまりに愛らしく、無害そうで、憐れをもよおす姿態に、あのアクア様ですら思わず助けようとしたほど。

だが、侮るなかれ。
そんな彼女は、「危険なモンスターがわんさか生息している」と評判のアルカンレティア~紅魔族の里への道中に巣食うモンスターの一種類だったのだ!

冒険者ギルドのモンスター情報の記述は以下の通り。
『安楽少女。その植物型モンスターは、物理的な危害を加えてくる事はない。……が、通りかかる旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへ旅人を誘う。その誘いは抗い難く、一度情が移ってしまうと、そのまま死ぬまで囚われる。一説には、このモンスターは高い知恵を持つのではともいわれているが定かではない。これを発見した冒険者グループは、辛いだろうが是非とも駆除して欲しい』

早い話が、バッタやナナフシが植物に擬態して鳥に見つからないようにしたり、ミルクヘビが猛毒のサンゴヘビに擬態して外敵を避けたりすることの、人間の庇護欲をターゲットにしたバージョンである。

可愛い外見とは裏腹に、安楽少女が生み出す栄養価ゼロの、麻薬成分を含んだ果実を食べ続けた獲物の人間は、夢見心地で衰弱して死に至り、死んだ旅人は安楽少女に根を張られて養分として吸収されてしまうという、かなりえげつない生態を持つモンスター。

モンスター情報に記された恐ろしい実態を前に怯むカズマを後目に、三人娘は、あるいは泣き出しそうなのを必死で堪えるような笑顔で手を振り、あるいは『ひょっとして傍にいてくれるの?』という、淡い期待を込めた目でジッと見つめてきたりする安楽少女の可愛がらせ攻勢に即堕ち二コマで篭絡され、揃ってチヤホヤしだす始末。
着ている服も、足に巻いた血の滲んだ包帯も、腰かけている岩まで、全て人を惹きつけるための擬態である。

そのタチの悪い生態に呆れたカズマは、名刀ちゅんちゅん丸(めぐみん命名)で安楽少女を斬ろうとするが。

「ちょっと何する気よカズマ! あんた、まさかこの子を経験値の足しにする気じゃないでしょうね!」

「まさかこんな女の子の姿をしたモンスターを傷つける訳ないですよね? カズマは鬼畜だの外道だのと評されていますが、何だかんだで優しいのは知ってます。しませんよ、そんな事。……しません、よね……?」

速攻で篭絡されきっている馬鹿二人。
ダクネスだけはカズマの説明を信じ、狡猾な擬態モンスターであり今後の旅人の被害を食い止めるため、心を鬼にして自ら安楽少女を斬ろうとするが。

「……コロス……ノ……?」

子供のように舌足らずな小声でつぶやいた安楽少女に、即ノックアウトされるダメネスさん。
アクアに至っては、カズマに向かってジャブを繰り出して警戒する始末。
そして安楽少女は、まだ害獣駆除へ向けて必死の抵抗を続けるカズマに対しても。

「……コロス……ノ……?」

そしてなおも葛藤を続けるカズマに対して、安楽少女は儚げに微笑むと。

「ワタシハ、モンスター、ダカラ……。イキテイルト、メイワク、カケルカラ……」

「ウマレテハジメテ、コウシテニンゲント、ハナスコトガデキタケド……」

「サイショデ、サイゴニアエタノガ、アナタデヨカッタ。……モシ、ウマレカワレルノナラ……。ツギハ、モンスタージャナイト、イイナア……」

カズマさん、轟沈。

そして安楽少女を見逃して街道を歩く一行。
今日初めて人間と話せたと言っていたし、彼女の犠牲者はまだ誰もいないのだろうと自分を納得させるカズマ。
しかしその時、この後で自分たち以上に安楽少女の虜にされそうなゆんゆんが続いてやってくることを思い出したカズマは、安楽少女にゆんゆんを惑わせないよう説得し、なんならエサを手配してやろうと考えて、安楽少女のもとへ駆け戻るが――。

そこにあったのは、斧を手にした木こりの姿。
まさかあの斧であの愛らしい少女を駆除する気なのか?
あわててカズマが潜伏スキルを解こうとすると。

「ワタシハ、モンスター、ダカラ……。イキテイルト、メイワク、カケルカラ……」

「ウマレテハジメテ、コウシテニンゲント、ハナスコトガデキタケド……」

「サイショデ、サイゴニアエタノガ、アナタデヨカッタ。……モシ、ウマレカワレルノナラ……。ツギハ、モンスタージャナイト、イイナア……」

カズマが聞いた台詞と一言一句違わず同じ台詞を木こりに言う安楽少女。
その表面的には哀れな姿に、善良な木こりは、そのまま走り去ってしまう。

……あんた、人と話すのはカズマが初めてって言ってなかった?

そんなカズマの疑問に応えるかのように、人の姿のなくなったことを確認した安楽少女は……。

「あーあ、また失敗か。今の木こり、肉付き良くていい養分になりそうだったのに……」

「くああ……っ。くっそ、エサ来ねーなー……。曇ってるけど、光合成でもするかぁ……。あーめんどくさ」

まるで客のいない時の態度の悪いキャバ嬢のような口調で、流暢な独り言を呟く安楽少女。
うーん、と体を伸ばした安楽少女は……
後ろで潜伏スキルを解いたカズマと目が合った。
お互い無言で見つめ合い、安楽少女が一言。

「イマノハ、ナカッタコトニ、デキマセンカ……?」

「お前流暢に喋ってただろうが、ボケがあああああっ!」

そして安楽少女はカズマのレベル3つ分の経験値となりましたとさ。
罪もない無垢な少女の命を奪ったと三人娘に誤解されたカズマが、説明に1時間かかったのはさておいて、入手経験値の多さからして、さすがは強いモンスターの生息地に住む強豪たちの一角と言えよう。
その生態から当人の性格まで「このすば」世界を象徴するような在り方のモンスターであり、アクシズ教団の国花(国ではないから象徴だろうか)にでもなったらピッタリであろう。

庭にはびこる雑草が可憐な花をつけて、その美しさに心ひかれて駆除の手をためらってしまった貴方。
その手を止めると、庭中草ボーボーで荒れ放題になる日は遠くありません。
雑草も安楽少女も我々人間も、苛酷な生存競争を生きる自然界の一員に過ぎない。情けをかけるのは、しょせん自然の掟に反する人間のエゴに過ぎないのである……。


……ツイキ……シュウセイ……スル……ノ……?

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最終更新:2021年10月22日 03:32