グラーニア(ケルト神話)

登録日:2016/08/28 (日曜日) 22:47:00
更新日:2023/08/05 Sat 09:20:07
所要時間:約 16 分で読めます




ケルト神話におけるフィニアンサイクルの登場人物。
エリン(アイルランド)の上王コルマク・マッカートの娘。
グラーニャ、グローニャ、グラーネ、グラーニェとも呼ばれる。
ケルト神話でよく知られる若い男女と老いた男性の三角関係を描いた物語の中心人物として登場する。


グラーニアは当時のエリンで最も美しいと言われる程の年若い黒髪の美女で、内面についてもエリンの乙女達の中で教養、話し方、作法、どれをとっても一番とされています。
反面、奔放で我儘、気難しい一面も。

総合してみれば、短所もあるけど、それを補って余りあるくらい聡明で美しい姫君と言えるでしょう。
…………設定上はね。

しかし、実際の彼女はケルト神話の中でも屈指のトラブルメーカーであることは、「ディルムッドとグラーニア」の物語を知る人ならば周知の事実。
詳しいことは下記で。





逃避行までの大まかな経緯

ある時、フィアナ騎士団団長フィン・マックールは新しい花嫁を迎えることになり、その花嫁に選ばれたのがグラーニア姫でした。
しかし、姫はこの結婚には大いに不満を抱いていました。何故ならフィンは既に老齢に差し掛かっており、
若く美しいグラーニアとは歳が離れすぎていたのです。
なのでグラーニアは、


「どうして私があのような年老いた殿方と結婚しなければならないのかしら。その息子のオシーン様ならまだ分かるけれど」


といった具合にぶつくさ文句を言っていました。
なのでフィンがチラチラと度々視線を送ろうとも、当の本人は年上の花婿には見向きもしません。
やがてグラーニアは結婚の宴の席に招かれたフィアナ騎士達の面々について、隣に座っていたフィンのドルイド僧の一人に尋ねるのでした。


「あの隻眼の方はどなたかしら?」
「モーナ一族の長、ゴル・マックモーナです」

「あのお若い方はどなた?」
「オシーンの息子のオスカです」

「あの体つきが立派な方は?」
「俊足のキールタ・マックローナンです」

「その隣に居る黒い巻き毛の方はどなたかしら。優しく、ハンサムでとっても男らしいお顔立ち。それに話しぶりもなんてお優しいのでしょう。
 うふふ、あの殿方の名前を教えて下さいな」


他の面子の反応とは明らかに差のある某コピペを彷彿とさせるような、この突然の捲くし立てっぷり。
この時点で早くも嫌な予感がすることを否めません。

そして、その殿方の名前がディルムッド・オディナであることを知ったグラーニアは、侍女に酒の入った杯を渡すと、
名指しで酒を飲ませたい相手を指定しフィンや上王など宴に集まったほとんどの者達を深い眠りにつかせてしまうのでした。
この時点で割とまずいことやってません? この姫様。

これからやることの下準備を終えたグラーニアは、早速行動に移ります。
しかし、姫君はディルムッドの元ではなく、何故かフィンの息子のオシーンの元へ行って彼を口説きにかかるのでした。

が、グラーニアの「自分と駆け落ちしてほしい」という願いは、オシーンの持つ「父の女を奪わない」という何ともピンポイントなゲッシュにより、
届くことはありませんでした。(ゲッシュの説明は後述)
姫はその返事を聞くと、それ以上彼にはこだわらず今度はディルムッドの元で同じように駆け落ちを迫ります。

そして、ディルムッドを愛するようになってしまった理由として、


「過去にあなたがハーリングの試合で味方が劣勢に陥る中、途中から試合に加わり見事な活躍でチームを勝利に導いたその姿に目も心も奪われたのです。
 今日まで顔しか知りませんでしたが、今日の宴で名前を知ることが出来ました」


と述べました。
(これとは別に、「女蕩かしの名人」としてのディルムッドの伝承では彼には魔法の黒子が存在し、その黒子で女性を魅了してしまうという。
 この黒子を見たことで、グラーニアは彼に愛するようになる)

え、じゃあ何でオシーンに迫ったの?
グラーニアのこの行動についてはよく分かっていないのか説明は多くありませんが、強いて挙げるなら本心を隠す為の行動だと言われています。(要は照れ隠し)

エリン一の美人の言葉にはどんな男も胸が躍ってしまうもの。
それはディルムッド・オディナでも例外ではありませんでしたが、彼の忠義心は非常に厚く、
あえて冷たい顔で「主君の花嫁を、私は愛しません」とにべもなく断るのでした。

それから「フィンを愛さないのは不思議だ。誰よりもあなたに相応しい人なのに」「フィンの手にかかれば、エリンに逃げ場などない」と言って、
何とか説得しようと試みますが、自身の愛を受け入れないディルムッドに業を煮やしたグラーニアはオシーンの時とは打って変わって強気に迫り、
遂に彼にゲッシュを課してしまいます。


「今夜中に私をこの場から連れ出すことをあなたのゲッシュとします。真の英雄ならば決して破れない誓い、これを守り抜けなければ、
 一生不名誉の誹りを受けることになるでしょう。さあ、他の者が目を覚まさないうちに私をこの不幸な結婚の運命からお救いください」


ご丁寧にゲッシュを破った際の末路まで説明する手の込みよう、果たして一番不幸なのは一体誰なのか。
お前に逃げ場はないと宣告されているようで、ぶっちゃけ愛の告白というより最早ただの脅迫です。


さて、ここで一旦「ゲッシュ」の説明に移りたいと思います。
ゲッシュとは、ケルト神話の中のアイルランドの伝承で登場するケルトの戦士に課せられる誓約であり、禁制であり、緊縛であり、呪符でもある特別な代物です。
内容は持つ者によって様々ですが、ゲッシュを誓うこと課せられることで強力な加護を得られる反面、破れば運命を狂わせ命取りになったり、グラーニアの言う通り名誉の損失に関わったりします。
この時代に生きる戦士にとって名誉とは何よりも重んじられるものであり、例え自身や家族、親しい友人の命が秤にかけられようとも、
決して誇りの重みには勝てないのでした。


※例1
フェルディア「クー・フーリンとは絶対戦わない!」
メイヴ「ではこの先、お前を臆病者と言い伝えよう。あと、クー・フーリンがお前の悪口言ってたぞ」
フェルディア「名誉には勝てなかったよ……」

※例2
クー・フーリン「俺は犬は絶対食わないし、目下のものからの食事の誘いは断らないし、詩人の言うことは絶対に聞くぜ!」
メイヴ「じゃあ目下の者から犬料理に誘って食わせた後、詩人にお前のゲイボルグ没収するよう頼ませるね」
クー・フーリン「グワーッ!?」

メタなことを言うならば、ケルトの戦士たちをシナリオの都合で動かすためのガジェット、或いは彼らを死なせるための弱点、ということになりますか。


話は戻り、それでも何とか説得を試みるディルムッドでしたが、結局グラーニアは歩き去ってしまいました。
さてここで彼に残された選択肢は二つ。

A「ゲッシュを破り、死よりも酷い不名誉を背負う」
B「主君の花嫁と駆け落ちし、裏切りの汚名を負ってエリン中を敵に回す」

どっち選んでも割と詰んでませんかね、これ。

まあそれでも後者の方がほんの僅かに光明があるので普通ならBを選ぶのですが、忠義に厚いディルムッドは深く悩み、
眠りから免れ一部始終を見ていた友人達にこのことを相談するのでした。いやあ、これは苦労を背負い込むタイプですわ。
そして、仲間達の回答は以下の通り。


「君に責任はない。ゲッシュを守ることを優先した方がいい。だが、父の復讐は覚悟することだ」とオシーン。

「ゲッシュを破れば騎士としての名誉は失われる。姫と逃げるべきだ」とオスカ。

「あれではフィンの妻となってもまずいだけだ。だから早く逃げろ。誰だってそうする、俺だってそうする」とキールタ。

「姫と共に行けば君は死ぬことになる。だが、誇りを守ることこそが君の選ぶ道だ。姫と共に行くといい」と何かさらっと重大なことを口走るディアリン。

というかディアリンさんあなた、千里眼でそんな先のことが分かるならフィンにグラーニアを紹介した時にこうなることを予測出来なかったんですかね? 
まあ昔話にこういった突っ込みは野暮というもんですが。


ともあれ、仲間達の後押しを受けてディルムッドは涙ながらに親しい友人達に別れを告げ、裏口で待つグラーニアの元へと向かいます。
そこで「今戻れば誰にもこのことを知られずに済みます」と最後の説得を試みますが、グラーニアは断固として意志を曲げず、
ディルムッドもとうとう覚悟を決め、二人は夜の内にターラの王宮を後にするのでした。





以下、グラーニア様のアレな所業一覧


そもそも婚約に至るまでの経緯

ある日、フィン・マックールは朝早くから一人で芝生の上に座っていました。
後からやってきたオシーンとディアリンが一人でいる訳を聞くと、


「妻であるマニッサに先立たれてから寂しくて夜も眠れない。だから早く起きて一人でこうしている」


とフィンは言います。
そこで、ディアリンはフィアナ騎士団の団長であるフィンに最も相応しい相手としてグラーニア姫を挙げます。
まあカタログスペックだけなら上記の通り完璧ですから、話の上ではこの上ない相手と言えるでしょう。
話を聞いたフィンは「じゃあお前達で結婚の約束取り付けてきて。駄目だったらそれでいいから」と、まだグラーニアの顔も知らないので駄目元な感じで、2人の騎士を使いとしてターラの王宮に送り出すのでした。

それからしばらくして王宮に辿り着いた2人は、早速上王様にフィンとグラーニアの結婚の話を持ち出すのですが、当の上王はというと辟易とした様子で、


「娘との結婚の話は周辺の国の王侯貴族から何度も来ているが、娘は頑なに断り続けるせいでわしに恨みや非難が集中して辛い。
 だから結婚の約束は娘と直接してくれ」


と言われたので二人はグラーニア姫の部屋まで直接赴くことになりました。
上王の話通りなら一筋縄にはいかない案件ですが、当の姫様の返答は意外や意外。


「お父様がその方を義理の息子に相応しいと思うなら、私の夫にも相応しいんじゃないかしら?」


と、かーなーり適当なご返事ながらも一応受け入れています。
こんな雑な返答をした理由として、よく考えもしなかったから(これは酷い)や、
ベルト作りに夢中になっていた(どっちにしろ酷い)というものが挙げられます。
この返答に満足した2人はこのことをフィンに伝える為、王宮を後にするのでした。

さて、月日は流れいよいよフィンとグラーニアの結婚式当日。
2人の結婚式はミコルタ(ターラの大宴会場)にて盛大な宴と共に大勢の客人によって祝われたのでした。
集まったのはエリンの貴族達やフィアナ騎士団の面々。いずれも花嫁と花婿を祝福しながら宴を楽しんでいます。
そんな風景を見渡しながら、グラーニアはぽつりと一言。





「――で、この宴なんなの?」





衝 撃 発 言。

自分が誰と添い遂げるかは勿論のこと、自分がこれから結婚するという事実は愚か、何故宴が催されているのかも知らないというまさかの展開。
幾ら何でもしょっぱなから飛ばし過ぎですよ、姫さん……。いや、ここは流石と言うべきか?

グラーニアのこの発言には近くに座っていたフィンのドルイド僧も思わず「その発言はおかしい」とか言っちゃう有り様。
まあ、これから結婚する花嫁が口からこんな発言が出れば、当然の反応とも言えますが。

かくして、これから冒頭の逃避行までの経緯に繋がる訳ですが、何より恐ろしいのはこの出来事はこれから起こる惨劇(主にディルムッドのとって)の序章でしかないという点でしょう……。




「くぐれないなら、飛び越えればいいじゃない」

ゲッシュにより小門から王宮に出入り出来ないと言うディルムッドに対して放ったアントワネット的発言。


「真の英雄ならば槍を使って城門を飛び越えることが出来ると聞きました。あなたが騎士団で最も優秀な騎士であることは先刻承知済みです」


と言って歩き去っていく姿には、先程までの考え無しな姫様の姿は無く、若い騎士を陥れる強かな面が垣間見えます。




追手が怖くて泣きだす

フィンが差し向けた追手の存在に気が付き恐怖のあまり泣き出すグラーニア。
ここだけ抜き出せば特に違和感のない反応ですが、経緯が経緯なだけに、どうにも納得いかないものが付き纏います。
あなたのすぐ傍に、あなたよりもこの状況に対して泣き出したい人がいるんじゃないですかね……。

一方の災難の渦中に巻き込まれている張本人はというと、義理の息子の危機に文字通り飛んできた愛神オインガスに対して


「どうかグラーニアだけをお連れください。私はこの場を自力で切り抜け、後を追います。もしも私が殺されるようなことがありましたら、
 姫を父王の元へと返し、私を夫にしたことで姫の待遇を変えないよう、お伝えください」


と言ったという。イケメンすぎぃ!




「あなたの意気地はこの泥粒以下ねッ!」

一緒に駆け落ちはしてくれたものの、フィンに忠誠を示して一向に自分に手を出さないディルムッドに対して自身の脚に跳ねた泥水を指し示して放った言葉。
ディルムッドを陥れる時だけはやたらアグレッシブになるのはもう疑いようがないでしょう。今回もケルト男児の弱点を的確に突いてきています。




シャーヴァンの受難

フィンの追手から逃避行を続ける2人は、ドゥロスの森に辿り着きます。
その森にはシャーヴァンというダーナ神族の巨人がおり、森の木になるナナカマドの実を守っていました。
何故彼がそんなことをしているのかというと、ドゥロスの森のナナカマドの木は妖精郷から偶然もたらされた物であり、
実を食べれば老人がたちまち若者になれる程の力を持っていた為、人間の手に渡らないようダーナ神族がシャーヴァンを森の番人としたのです。

シャーヴァンは武器で傷付くことはなく、燃やされることも、溺れることもない非常に強大な存在だった為、フィアナ騎士団でもおいそれと手出しは出来ません。
そこでディルムッドはこの森を安住の地として選び、シャーヴァンと交渉してナナカマドの実に手を出さないことを条件に、この地にしばらく腰を落ち着けることとなりました。


さて、ここまで来てようやくディルムッドも一息つけることでしょう。
――そう思った貴方。甘い、ナナカマドの実よりも甘い考えです。
何故なら理由は簡単、彼のすぐそばにはケルト神話屈指のトラブルメーカーことグラーニア姫が居るからです。

森に住み始めてからしばらくして、彼等の元にはモーナ一族の若者2人が訪れました。
その理由は、ディルムッドの首かドゥロスの森のナナカマドの実をフィンの元に持ち帰り、自分達の地位を復権させるとのことだったので、
2人は早速ディルムッドに勝負を挑むのですが、ものの見事に瞬殺されます。(死んでないけど)
2人纏めて若者を捕縛するディルムッドを見て、グラーニアは実は以前からナナカマドの実を食べたくて仕方なかったという気持ちをカミングアウト。
そして、「1人では無理でも、3人ならあの巨人に勝てるかもしれない」と付け加えます。どうやら彼女にはシャーヴァンに対しての罪悪感は微塵もないようです。

これに対して「この土地に居られるのはシャーヴァンの厚意があればこそ。もし約束を破るようなことがあれば、我等はこの安住の地を失うことになります」とディルムッドはド正論でグラーニアを諭します。
しかし、諦め切れない困ったお姫様は実を口にしなければ死んでしまうと言って、何故か急に死にそうになるのでした。思い込みの力ってすげー。

これにはディルムッドも困り果て、遂に実を手に入れることを決意します。
自分達も協力させてほしいと言う若者2人を「大した助けにはなるまい」とバッサリ切り捨て、シャーヴァンの元へと向かう苦労人。
そこで彼は勝手に実を取ることをよしとせず、最初は眠っている番人を起こして平和的に話し合いで解決しようとしましたが、
例え姫が死のうと自分には関係ないと断固として拒否されてしまいます。

やむを得ず力づくで実を手に入れることになってしまったディルムッドは、激しい戦いの末、不死身に近いシャーヴァンを
唯一倒すことの出来るシャーヴァン自身の持つ棍棒を奪い取り、巨人の頭部に叩き付けることで勝利を収めるのでした。

その後、グラーニアはナナカマドの実を気兼ねなく食べます。
どうやら彼女の中には、罪悪感は愚か自分達を匿ってくれた巨人の存在すら微塵も残っていなさそうです。
一方の気苦労が絶えない色男はというと、心身ともに疲れ果てた体で若者2人に指示して巨人の遺体を埋葬させ、
命を狙われた筈なのにナナカマドの実とダーナ神族の巨人を倒したという手柄を譲り渡し、彼等を送り返すのでした。

う~ん、同じ美形でも、どうしてこれだけ他人への配慮に差があるのか、何とも不思議なものです。




和解、そしてハッピーエンド……?

長い長い逃避行はフィンとの和解で幕を閉じ、ディルムッドとグラーニアは正式に夫婦と認められ、エリンの有力者達からは遠く離れた地に館を建てて、そこで暮らすことになりました。
夫婦は子宝に恵まれ、財産も増え、さあこれからは胃痛に悩まされることのない順風満帆で幸福な日々の幕開けだと思ったのも束の間、


「ねえディルムッド。私達、随分裕福になったと思うけど、他人と全く関わりがないのは如何なものかしら?」


そうは問屋が卸さないのがグラーニアクオリティ。また何か不穏なことを言い出しましたよ、この姫様。
グラーニアの言い分は「エリンで私の父に次いで有力な人物であるフィアナ騎士団のフィン・マックール様がこの館に一度も訪れていないのはおかしいと思うわ」とのことでした。

これに対し、「フィンとは和睦を結んだものの、それは冷たい和解だ。真の和睦とは言えない。だから我等はこうして遠い地に暮らしているんじゃないか」とディルムッドは至極もっともなことを言って妻を諭します。
何か既視感のある光景だな……。

しかし、そんなことを言われたくらいで引き下がるグラーニアではないことは、ここまで読んだ皆さんなら容易く予測出来ることでしょう。
一体何処からそんな自信が沸いてくるのかという調子で、グラーニアは更に言葉を重ねます。


「あれから時間も経っているから、きっと遺恨はなくなっている筈だわ。ここは盛大な宴を開いてフィン様をお招きし、昔の親愛を取り戻すことに
 努めるべきではなくて?」


主従の信頼関係をぶち壊した張本人がそれを言うとは恐れいった。




ハッピーエンド(一人勝ち)

それからグラーニアの思惑通り宴が開かれた後、様々な不幸が重なり、ディルムッドはフィンによって謀殺されてしまうのでした。
夫の死をグラーニアは嘆き、自分の子供達にフィンのことを父の仇だと教えて育てます。
――が、しかし、グラーニアの心は悲しみに苛まれながら生きられる程、強くは出来ていませんでした。

時間の経過と共に悲しみは薄れ始め、フィンのグラーニアに対する穏やかな態度も相俟って、彼への激情は日に日に和らいでいきます。
そして、なんとなんと遂にグラーニアは子供達を仇の筈のフィンと和解させ、よりにもよってフィンの花嫁として迎え入れられることが決定するのでした。

この衝撃の出来事に、それまで夫を失ったことに対して同情ムードだったフィアナ騎士達も怒り心頭。
ミコルタでの宴の時とは打って変わり、


「フィン・マックールも分の悪い取引をしたものだ。ディルムッドはあんな女百人よりも価値があったものを」
「ファック! 何て貞節のない女だ! 大将、こいつは鎖で繋いでおいた方が身の為だぜ!」


と祝福の欠片もない言葉で花嫁を迎え入れたのでした。

こうして、あれだけ好き放題やらかした割にグラーニアは幸せな余生を送ることになります。

一説には二度と男をたぶらかさないようにフィンと結婚した後に人目のつかない場所に隔離されたり、夫の死のショックで息絶えたりという話はありますが、
前者は色々やらかした割にはお釣りのくる待遇ですし、後者に関してはぶっちゃけマイナーでしかも夫の後を追って同じ墓に埋葬されるという展開は
アルスターサイクルの「ノイシュとディアドラ」の方が有名なのは否めません。
(しかも向こうは2本のイチイの木が墓から生えて結びつき、二度と離せなくなるというおまけ演出付き)





さて、ここまでの説明ではグラーニア姫はとんでもない奴という印象しか残りませんが、一応良いところも存在します。

追手を振り切って無事帰ってきたディルムッドを見て、泣いて喜んだり、失神する程舞い上がったりしますし、オインガスの義理の息子への愛情に納得して
ディルムッドの遺体を潔く譲り渡したりしています。
更には、フィンの策略で死地に向かおうとするディルムッドに対して的確な助言をすることもありました。*1
また、某書籍ではこういったグラーニアの姿を純粋でひたむきと評しています。

現代の価値観で見れば「頭、大丈夫?」と言われかねませんが、作中でもディルムッドを殺すことで頭がいっぱいなフィンはともかく、
逃避行の経緯を知る筈のフィアナ騎士達はディルムッドに同情こそすれど、フィンと結婚するまではグラーニアに対しての非難の場面は一切ありませんし、
コルマク上王も和解の時に「娘を連れ去った奴と和解なんてとんでもない話だが」と言っているので(とんでもないのはあなたの娘さんですよ)、
当時の価値観、または神話の中では割と反感を買わない行為なのかもしれません。(逃避行中の所業を彼等が知らないだけとも言えますが……)
また、当時のケルト社会では、未亡人が一人で生きていけるほど余裕はなく、再婚する以外に生活していく道がなかったという事情も鑑みるべきでしょう。


ちなみに、このグラ―ニア(Grania)の語源は「Granna(醜い者、醜悪)」という意味だから、悪役として設定されている…
という説もあります。『ケルト事典』(ベルンハルト・マイヤー著)が採っている説はこちらです。
しかし、どちらかと言えばこの名前の読みは「Grain(太陽)」に近く、『ケルト文化事典』(ジャン・マルカル著)ではそちらの説をとっています。

冒頭にある結婚式からの逃避行の経緯も、落ち込むフィンを案じた者達がどうにか良い妃を娶らせてフィンの心の傷を癒そうとした挙句、
「フィンの若い息子が結婚の相手だ」とグラ―ニアに嘘をついて連れてきたことが原因、とする逸話もあります。
時代と共に価値観も移り行くため、これだ、と断定するのも難しいものです。





「追記・修正することを貴方のゲッシュとします。これを破れば貴方には死よりも恐ろしい運命が待ち受けることでしょう」


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最終更新:2023年08月05日 09:20

*1 まあ、いきなり良いことした反動か、夫の死亡フラグにしかなりませんでしたが