イレイザーヘッド(映画)

登録日:2016/06/27 Mon 00:20:08
更新日:2023/11/20 Mon 14:02:13
所要時間:約 6 分で読めます




天国ではすべてがうまく行く
in heaven everything is fine

天国には悩みなんかない
in heaven everything is fine

天国では何でも手に入る
in heaven everything is fine

あなたの悦びも
you got a your good thing

わたしの悦びも
and I've got mine

天国では……
in heaven……


■イレイザーヘッド

『イレイザーヘッド(原:Eraser Head)』は、1977年に公開された、カルトの帝王デヴィッド・リンチの脚本、監督による悪夢のような不条理世界を描いた映画作品。
タイトルの“イレイザーヘッド”とは、消しゴム付き鉛筆(の消しゴム部分)の事である。

ホラーともミステリーともつかない、ただただ不快で、不安にさせるだけの映像とノイズを多用した音楽から、それまでの映画とは何もかもが違うと言われた末に、カルト映画の代名詞として名前を残す。
撮影されたのは70年代だが、与えられた古い機材の影響からか白黒フィルムで撮影されている。
後のリンチワールドにも通じるあらゆる要素が詰まった作風から、本作がリンチの最高傑作として推される場合も多い。

作品のテーマとして出産や、それに付随するイメージがグロテスクに描かれている事もあってか劇場公開時には妊婦の視聴は制限するようにとの注意が呼び掛けられていた。

【解説】

若き日のデヴィッド・リンチが、撮影場所を与えられた後に、僅かな奨学金と新聞配達のバイトを元に5人の仲間と共に貧困に喘ぎつつ約5年の歳月をかけてコツコツと夜に撮り貯めて完成させた、リンチ初の長編作品にして商業作品。
70年に米国で公開されたホドロフスキーの『エル・トポ』により花開いた、深夜公開映画のプログラムとして組み込まれ、後にはそれらを総評したミッドナイト・カルトの終焉を飾った作品と呼ばれた。

一応のストーリーはあるものの、徹底的に不条理な展開と、現実とは思えない様な異常なシチュエーションが積み重ねられているのが特徴で、それら映画の中のあらゆる要素が、視聴する側の理解を遠ざける。

通説となっているのは、当時の貧困の中で恋人のペギーを妊娠させてしまい、映画製作の夢を見つつも結婚や育児に負われねばならなくなったリンチ自身の心情が顕れた……というもの。*1

リンチが実際に生活していたフィラデルフィアの寂れた工業地帯の空気感を再現しようと試みられており、映画からも感じられる重苦しく粘ついた陰鬱な空気と劣悪な環境にリンチは愛着を持ち、自らの空想を膨らませていたのだと云う。*2

また、本作の語り種となっているのが主人公の恋人が産み落とした奇形の赤ちゃんで、その不気味な造形と生々しさは生理的不快感を覚える人間の方が多い位だと思われる。

【物語】

ある日、寂れた工業地帯の寂れた古いアパートに住む印刷工のヘンリーは、疎遠になっていた恋人のメアリーからの連絡を受けて彼女の家へ。
そこで、彼女が出産していた事を知らされたヘンリーはメアリーとの結婚を受け入れたものの、メアリーが産んだ赤ん坊は奇怪な姿をしていた。

メアリーと赤ん坊と共に暮らし初めたヘンリーだが、昼も夜もなく泣き続ける赤ん坊の声に耐えきれなくなったメアリーは実家へと戻ってしまう。
一人きりになったヘンリーは、やがてラジエーターの中から出てくるステージで拙いダンスを踊る奇妙な少女の幻影を見るようになる……。

【登場人物】


■ヘンリー
演:ジャック・ナンス
奇妙な頭髪をした印刷工。
障害があるのか、特徴的な歩き方をする。
演じたジャック・ナンスはリンチ作品の常連としても知られているが、96年に逝去。*3
ナンスは撮影期間中の5年近くもの期間を、劇中の奇妙な髪型のままで過ごしたという。

■メアリー・X
演:シャーロット・スチュアート
ヘンリーの恋人。
連絡が取れなくなっていた間に奇怪な赤ん坊を産み落としていた。
それらの要因もあってか情緒不安定で、行動のイチイチが勘に障る。

■ミスター・X
演:アレン・ジョゼフ
メアリーの父親。
ヘンリーに不気味なチキンを勧める。

■ミセス・X
演:ジーン・ベイツ
メアリーの母親。
ヘンリーを圧迫する。

■アパートに住む女
演:ジュディス・アンナ・ロバーツ
ヘンリーの部屋の向かいに住む美女。
ヘンリーを誘惑するような仕草を見せるが……。

■ラジエーターの中の少女
演:ローレル・ニア
ヘンリーが部屋のラジエーターを見つめている内に浮かんだ幻影(?)の中に出てくる、ドレス姿で膨らんだ両頬を持つ少女。
小さなステージで拙いダンスをおどりながら精虫を思わせる物体を踏み潰している。
彼女の歌う『天国では全てうまくいく』はリンチ自身の作詞によるもの。

■惑星の男
演:ジャック・フィスク
“窓際の男”とも。
切り取られて隔絶された世界のコントロールを象徴しているのか、何かしらのレバーを操作している。

【赤子】

“スパイク”と名付けられた、物語の核となるメアリーの産み落とした子供。*4
劇中では未熟児などと誤魔化されようとしていたが絶対に違う。
人間離れした造形でありながら余りにも生々しい質感がモノクロ映像からも窺える(特に熱を出した時の姿などはトラウマを抱える可能性も)。
その正体については、精巧なミニチュアであるとの意見がある一方で、牛や羊の胎児を使った。毛を綺麗に剃ったネズミだ。……等の噂もある。
結局どうやって撮影したかについて、リンチはあのスタンリー・キューブリックに問われた時にすら教えておらず、このまま墓まで持っていくのだろう……等と言われている。

【余談】


  • 余りにも資金が無かった為に、ドアを開けたヘンリーが室内に入ってからの場面を撮影するまでに1年半もの期間を有したというエピソードは有名である。

  • カンヌ映画祭関係者から声をかけられたのに結局無視され、ニューヨーク映画祭に断られた後にロサンゼルス映画祭(FILMEX)で漸く公開。*5
ここで、遂に深夜映画ブームの火付け役となったエルジン劇場での深夜公開に漕ぎ着けたが、最初の客は25人で翌週は24人。
この結果にリンチは落胆したそうだが、その全員がリピーターであり、この不思議な魅力を持った作品は後にヒットを記録すると共にリンチの名を押し上げる事になった。

  • 日本では実在の奇形芸人ジョゼフ・メリックの半生を描いた感動作(と勘違いされた)『エレファント・マン』の公開に併せて81年に遡って輸入、公開された。


追記修正は天国に迎え入れられてからお願いします。

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最終更新:2023年11月20日 14:02

*1 この時に結婚したペギーとは長過ぎる撮影期間中に離婚。

*2 ただし、撮影はビバリーヒルズの古い豪邸の馬小屋で行われ、撮影期間中はそこで生活もしていた。

*3 頭部打撲による硬膜下血腫による。本人はドーナツ屋でラテン系の人物に殴られたと語っていたが、実際に事件があったかどうかは不明で泥酔して自分で頭を打った可能性が高いとの見解が示されている。

*4 スヌーピーの兄の名から取られた。

*5 この後、20分ものフィルムが冗長すぎるとして自主的にカットされた。