ハルデン刑務所

登録日: 2016/05/25 Wed 23:57:45
更新日:2024/02/13 Tue 14:35:42
所要時間:約 9 分で読めます




ハルデン刑務所とは、2008年に設立された、250人の受刑者を収容するノルウェーの刑務所である。

刑務所において、ただ受刑者に対して厳しくすればよい、というのではない。
厳しすぎる刑務所の環境は受刑者による暴動の原因となり、時には大惨事の原因となる。

だが、ハルデン刑務所の環境は暴動と無縁どころの話ではない。
まるでリゾートホテルのようで、もちろん暴動や逃走を図った受刑者は一人もいない。

どんな設備があるの?


一人一人に個室(独房)、テレビ・パソコン・冷蔵庫・シャワー・トイレ

共用キッチン

礼拝堂

図書館(CDやDVDも充実)

ジム・トレーニング施設(1日1時間半、専属トレーナーまでおかれている)

フットボール用の競技場

音響設備(受刑者と刑務官でバンドまでやっている)

面会に来る家族用のベッドルーム

家族と直に触れ合うことのできる面会ルーム

散策できる森(東京ドーム3つ分くらいの面積)

買い物できるスーパー(利用は週に1回)

中での生活


懲役なので労働するが、時間は最大7時間

労働すると1日800円程度もらえる(スーパーでの買い物に利用可能)

検診無料

出所の際にも住居・職・家族との関係が保たれるようはからわれる

休暇を取って自宅に帰れる

看守たちは・・・


銃器は持っていない

受刑者の人数より看守やカウンセラーの人数の方が多い

看守たちはカウンセラーとしても活躍し、2年にわたってそのための専門教育を受ける




日本の刑務所は・・・*1


一部屋に6人~8人程度が暮らす

刑務所の職員は1人で3~4人程度の受刑者を受け持つ

1日8時間程度労働して金銭はもらえるが、月当たりの予算は5000円弱

テレビは見られるが、定期のレクリエーションの時間にのみ、限られた番組を見られる

風呂も受刑者で集団で入らなければならない

体育館はあるのだが、利用は限られている

入院などのため刑務所から一時的に退所できる制度はあるが、家族の下に帰るだけでは認められない

家族と面会はできるが、アクリル板で仕切られていて直接触れ合うことはできない



一部ではホテルのようだと揶揄される日本の刑務所。
2007年に徳島刑務所で発生した小規模な暴動以外では、特に暴動も起こさず無難に運営できている。
しかし、その日本の刑務所と比べても、ハルデン刑務所はケタちがいに快適だ。
こんな刑務所、俺も住みたい!!というwiki篭もり、多いんじゃないだろうか?


どんな人たちがこの刑務所に入るの?


こういう刑務所に入るのは、小さな犯罪で早く社会に復帰する人たちではない。
なんと殺人・レイプと言った重犯罪者がメインに収容されている。*2
ノルウェーの刑務所が全てハルデン刑務所のようなのではなく、この刑務所に入る受刑者は選ばれるが、それでも日本よりだいぶ快適な刑務所が多い。



こんな快適な刑務所、犯罪者のくせにふざけんな!!


日本で殺人やレイプをするような犯罪者がこんな刑務所に入ると言ったら、納得のいかない人たちが多いだろう。
しかし、ハルデン刑務所だって、何も受刑者を甘やかしたいからこんな刑務所にしているわけではない。
こんな刑務所にしておくのはきちんとした理由がある。

ハルデン刑務所所長の言葉を引用しよう。

『受刑者が出所して隣人になった場合、どんな隣人であってほしいか、と私たちは考えるのです。
もし何年もせまいところに閉じ込められていたとしたら、出所したときに良い人間として出てくるとは思えません』

ノルウェーの犯罪者はいつかは社会に戻り、誰かの隣人となる可能性が高い。

刑務所の中で買い物が全くできないのでは、社会復帰した後に金銭の使い方の訓練ができていないことになりかねない。
計画的に金銭が使えず生活苦になり、そこから凶悪犯罪に走りかねない。
そういうパターンから抜け出すには、金銭の使い方に慣れておくことが必要だ。
そのためにも、金銭を受け取った上で、その管理に慣れておくために、お金を渡して買い物もできるようにする。

刑務所で心や体を弱らせてしまっていては、社会復帰後に職に就けず、生活が成り立たなくなり、そこから凶悪犯罪に走り(ry。
そういうパターンから抜け出すには、心身共に健康な状態で刑務所から出所することが大切だ。
そのためにも、精神的な健康を保つためのカウンセラーや礼拝堂が用意され、肉体的な健康を維持できるトレーニング環境やトレーナーが用意される。

社会と完全に切り離してしまっては、再度社会に戻ってきたときに社会の状況が分からず対応できなくなって生活が成り立たなくなり、そこから凶悪犯罪に(ry。
出所した後社会に適応していくためには、社会の状況を知るためにテレビや書籍などのメディアに日常的に触れておくことが大切である。
だから、テレビも見られるし図書館も整えられる。

刑務所の中では、罪の意識・強烈なストレス・処罰の苦痛etcから精神的に弱っている人達が多く、しかも逃げられない。
そういう人達に対し、悪い奴らが声をかけることで過激な思想に染まり、そこから凶悪(ry。*3
だから、受刑者以外の看守を増やして話し相手とし、時には一緒にバンドを組んでもらい、看守を交えつつ正しい人間関係を学ぶ。

受刑者の中には、出所した後身を寄せ、支えてくれる家族がいなくなってしまう場合が多い。
家族の支えも無しで独りぼっちでは、そこ(ry
支えてくれる家族がもしいるなら、その家族との絆を切らせないためにも、面会に来てくれる家族は大切にしなければいけない。
だから、面会ルームもあるし、面会に来てくれる家族が来やすいように家族用の宿泊施設まで用意するし、家族の下に帰れる期間も作る。
ちなみに、家族と会うにあたっては受刑者に研修をして、家族との接し方をきちんと学んだ上で大丈夫と認められないと面会できない。





「不便な環境で痛い思いをさせれば犯罪が防げる、という訳ではない。
刑務所である以上社会から隔離はするが、それでも出来る限り社会に近い環境で生活させた方が出所した後の犯罪を防ぐことができる」

という考え方(ノーマリティーの原則)が、ハルデン刑務所の考え方の根底にある。


そして、ノルウェーでは社会の安全が非常に重視される。
刑務所での収容は優しいが、代わりに重大犯罪を行った、危険性が抜けない人物は裁判所で言い渡された刑罰の後も刑務所に入れておける制度もある
ハルデン刑務所のやり方はあくまでも社会の安全を守るための方法として採用されているのであって、受刑者の人権保護だけが目的ではないのだ


なお、ノルウェーの再犯率は2005年で20%、日本の刑務所を2009年に出所した者の39%は、5年以内に刑務所に戻ってきてしまっている
こうした統計は取り方によって簡単に数値が違ってくるため、公平な条件での比較とは言いにくく、あくまで参考程度だが、条件を揃えた北欧5カ国の中で再犯率が最下位であることは確かである。


じゃあ日本もそうすればいいんじゃない!?


日本でも、大半の犯罪者がいつか私たちの隣人になる、という状況はノルウェーと同じである。
だったら日本でもそうすればいい、という考えに至るのは自然な考え方だ。

だが、ハルデン刑務所のやり方はデメリットもないわけではない。
ハルデン刑務所のやり方にデメリットがないなら、日本だけでなく世界中の国がそうしている。

高すぎるコスト


まず、ハルデン刑務所の収容には、一人1日4万円の費用がかかっている。
日本の刑務所に関係する年間予算がおよそ受刑者一人当たり年間300万円で、単純に割り算すると受刑者1日当たり8000円程度*4と計算される事から考えると、ハルデン刑務所は高コストだ。

ハルデン刑務所に限らず、ノルウェーは福祉を維持するために税金は世界一高い。
消費税は25%。人によっては収入より税金が高くなることもある。
日本の25分の1程度の人口に2014年には世界17位の石油輸出、世界3位の天然ガス輸出、豊富な漁業資源。
豊かなノルウェー経済の背景もこの刑務所にはある。

もちろん、再犯されて再度刑務所に収容したり、再犯の被害者を助けるために必要なコストよりも、先にコストをかけて更生した方がトータルで見れば安上がりになる可能性も高い。
だが、刑務所の成果は目に見えづらく、トータルで見て本当に安上がりかどうかは微妙な問題だ。
刑務所以外の社会福祉が充実しているから再犯しない、ということも考えられる。
実際、刑務所生活を送らせるためにノルウェーは刑務所の数が足りなくなっており、刑務所の余っているオランダに懲役を外注していたりする。

そんなの納得できない!!


「犯罪者は苦しい思いをして罪を償うべき」「犯罪者はモンスターだ。社会から長時間隔離しなければ治らない」という感覚は、世界中で根強い。
いくら再犯を防ぐことができるといっても、再犯防止の効果は客観的な数値には表すことが難しい。
そうすると、こういった感覚を無視することはできない。
ノルウェーでは、犯罪者も一般市民と同じ人間であり、きちんとした機会を与えれば、例え重い犯罪を犯した者でも更生できるという感覚が根強い。
だから、ハルデン刑務所に税金を投入しても反発の声が強くなりにくいのだ。

そして、ノルウェーでは銃乱射事件で77人殺害しておきながら、ノルウェーの刑務所での対応が不満だと声高に主張する者もいる。
それも、所内においてあるプレイステーション2をプレイステーション3にしろ、という権利主張もしていた。*5
こうした呆れた言い分を主張する受刑者の前に、ノルウェー社会の中からも「流石に甘すぎるのでは?」「こんな人のために本当に更生でいいの?」という批判の声も出ている。






犯罪者にどのように立ち向かうべきか。答えは一つではないし、国によって出す答えも違う。

それでも、ハルデン刑務所の在り方が一つの答えとなる可能性はあると建て主は考えている。
犯罪者にどのように向き合うか。それを考えるにあたって、こんな刑務所やこんな考え方がある、ということを知っておいて欲しいものである。



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最終更新:2024年02月13日 14:35

*1 建て主の見学した刑務所。ただし、刑務所によっては、個室があったり部屋にテレビがあったりと扱いに差がある。よって建て主が見学した刑務所が日本の刑務所の全てではない。

*2 流石に再犯者は入らない

*3 刑務所の中で収容されたテロリストが受刑者ネットワークを形成し、「単純な犯罪者」で済んでいた者をときにテロリストにしてしまうと言う問題は、世界中で発生している。刑務官を増やして能力を身につけさせるなど、刑務所を改善することでこうしたネットワークに対抗することは考えられるが、費用対効果が不透明な上に、刑務所にコストをかけることには「犯罪者を甘やかすことに税を使うな!」という批判の声が大きく、実施に至るのが難しいのである。

*4 刑務所以外の予算も含んでいるので、実際はもっと安い。

*5 ちなみにこの受刑者の訴えのうち、一人で隔離して収容するな、という訴えだけは認められている。