黒博物館 ゴースト アンド レディ

登録日:2015/09/14 (月) 15:46:34
更新日:2023/06/30 Fri 09:37:42
所要時間:約 4 分で読めます







『名誉の章典に従い』

『君に私を殺害する機会を与えよう』

『今ここで、君に決闘を申し込む』





『黒博物館 ゴースト アンド レディ』は、藤田和日郎による短期連載作品。
漫画雑誌「モーニング」に連載されていた。
全28話、単行本全2巻(上下巻)



【概要】


前作『黒博物館 スプリンガルド』と同様、犯罪資料館「黒博物館(ブラック・ミュージアム)」に展示された品にまつわる逸話を紐解いていく。
また、本作の主人公グレイが演劇好きであるためか、演劇の台詞が引用されることが多い。

「スプリンガルド」は怪奇を題材としながらも技術で説明できる仕掛けがあったが、
本作では生霊、幽霊などが主に扱われている為、人によっては「漫画的になって残念」という意見があるかもしれない。
しかし、19世紀の医療、戦争などを軸に、様々な思惑の絡み合う人間ドラマは、一見の価値がある。

「宿主の命を狙う化け物」と「化け物に命を狙われながらも果敢に生きていく人間」というと、作者の代表作『うしおととら』の構図に非常によく似ており、
グレイとフローの奇妙な関係が描かれている。



【ストーリー】


黒博物館に展示されている品の一つ、『<灰色服の男>のかち合い弾』
弾丸同士が正面からぶつかり合ったと言われるそれは、1856年、とある劇場に現れた幽霊が残していったと噂されていた。
ある日、その弾丸を一目見たいという老人が、黒博物館を訪れた。
そして、黒博物館の学芸員は『かち合い弾』の秘密を知る事となる……。



【主な登場人物】


◆グレイ
この物語の主人公であり、語り部である幽霊。
演劇好きの幽霊で、彼の現れた演劇はヒット間違いなしになるというジンクスがある。
『かち合い弾』の秘密を語り、そしてある頼み事の為に、老人の体を借りて黒博物館を訪れた。

演劇を見てただ過ごすだけの存在だったが、フローとの出会いによって生きる(?)目的を見つける。
その目的とは、『フローが絶望した時に彼女を劇的に殺す、悲劇の主人公』となること。
以来フローと行動を共にし、彼女が心の底から絶望する瞬間を待つが……。
やがてフローの命を狙う者が現れるが、いつか彼女が絶望した時に自分が殺すため、逆に彼女を守るようになる。

生前の本名は「ジャック・ヘイズ」
1700年代中期、フローと出会うよりも100年ほど昔の人物。
元々はスラムで暮らす天涯孤独の身で、とある貴族が「息子の剣の練習相手に」という事で使用人として招き入れ、そこで剣の腕を磨いた。
やがてその息子をすれ違いの末に殺めてしまい、屋敷を抜け出すが、そこで初めて演劇を目にして華やかな舞台への憧れを持つようになる。
また、それまで培ってきた剣の腕を持って、見ず知らずの人間の決闘代理人を引き受けて金を稼ぐようになる。
やがて有名な女優と恋に落ちるが、駆け落ちの寸前で裏切られてしまう。
母に、友人に、そして恋人にまで裏切られ続けたジャックは、失意のうちにデオンとの決闘で命を落とす事となってしまった。

ロングコートにロングブーツ、それに手袋をしているため分かりにくいが、実は顔以外の肉体部分は存在していない。
また、ジャック自身は架空のキャラクターだが、『ドルーリー・レーン王立劇場に幽霊が現れるとその演劇はヒットする』という<灰色の服の男>のジンクスは実在する。


◆フロー/フロレンス・ナイチンゲール
グレイや人々に憑く生霊を見る事が出来る女性。
誰もが知る偉人「ナイチンゲール」その人で、作中の人物からは主に「フロー」と呼ばれる。
良家のお嬢様だが、看護の仕事を志した事で両親にその道を猛反対されてしまう。
誰にも見えない生霊が見える事、家族の大反対などから生きる事に希望を見出せず、グレイに己の殺害を依頼する。
だが、いざ死が見えるとなると覚悟が決まったのか、
その芯の強さで絶望からは遠ざかっていくため、グレイは中々彼女を殺せずにいた。
(フロー自身は「絶望したら」という条件は出しておらず、単にグレイの演劇好きでそうしていただけに過ぎない)

行く先々で病院の劣悪な環境を目の当たりにするが、
そんな環境にも絶望する事なく、己の犠牲を厭わずに患者の為に尽くしていた。
その行為は数々の人々の心を打ち、新たな医療体制を確立するまでに至った。
病人が寝静まる夜中にもランプ1つで見回りをすることから、『ランプの淑女(レディ)』とも呼ばれる。

やがて老いてこの世を去る際にグレイに再び出会い、青空の下で彼から祝福のサムシング・フォーを手渡された。

美女は美女なのだが、グレイの前以外では基本的に病んだようなグルグル目をしている。
戦争終結後は自分のエゴを受け入れたのか、鬼の形相と最強の生霊で協力者をこき使っている様子が1コマだけ書かれていた。
(史実でも、盟友ハーバート大臣を過労死させている)
勿論、医療の改革の為とはいえその行為には心を痛めており、グレイに認められながらも「やはり自分は地獄に落ちるべき人間だ」と涙ながらに語る。
最後まで自分を傷つけ続ける、心の優しい淑女である。
また、グレイの前では恋する乙女のような顔を見せる。


◆ウィリアム・ハワード・ラッセル
戦場で記事を書く記者。
彼の戦場の悲惨さを訴える新聞記事が、フローをクリミア戦争の前線であるスクタリ野戦病院へといざなう事となる。
後に彼自身もフローと出会い、彼女の活躍を記事として世の人々に伝えることとなった。


◆ボブ/ロバート・ロビンソン
戦争に参加していた少年兵。
本名はロバート・ロビンソンだが、愛称はボブ。
餓死寸前のところをフローに命を救われて以来、彼女に尽くすようになる。
戦争の後、フローの世話によって大学に進む事となり、立派な成長を遂げた。
彼もまた生霊が見える存在である。


◆マグリガー
若き上級外科医。
軍の人間だがまだ悪しき体制に染まっておらず、フローの力が及ばない軍の内部から、彼女に協力する。


◆アレクシス・ソワイエ
実在の人物(1810-58)がモチーフとなっている。元々は高名な料理人であったが、
見てくれだけの美食に飽きたため、栄養があり、美味しく、安価な料理を作る事に情熱をかけるようになる。
キザで軽く、つかみどころのない性格。


◆黒人の紳士
ソワイエの秘書兼付き人の大柄な黒人。
何故か作中で名前が明かされることは無かった。
2振りのククリナイフを操り正規の兵隊相手に無双する実力者。


◆ジョン・ホール
クリミア半島にある陸軍野戦病院の軍医長官。
しかし、患者を人とも思わず、劣悪な環境で放置し続けていた。
フローの改革によって自身の不手際が露わになり、結果彼女を逆恨みして彼女の命を奪おうとする。
己のキャリアと保身への執念から、醜くも強大な生霊を宿しており、デオンでさえもその生霊には圧倒されている。


◆デオン・ド・ボーモン
ジョン・ホールと行動を共にする、胸元の大きく開いたドレスを纏った女性の幽霊。
明らかに胸があるが、グレイ曰く「男でもあり女でもある」とのことで、時に男のような荒々しい口調を見せる事もあった。
「騎士(シュバリエ)・デオン」の異名を持ち、生前はフランスの龍騎兵隊の隊長として活躍していた。
『男でも女でもない自分の信念そのもの』として剣を何よりも大事にしており、卓越した剣の腕で、グレイを幾度となく追いつめる。
反面、銃は「不粋」といっており、必要とあれば使用はするが好んで使うようなことはしない。
前作『スプリンガルド』に登場した変態貴族の姓も「ボーモン」だったが、二人の関係は不明。

18~19世紀のフランスに実在した人物で、半生を男性、半生を女性として生きたとされる。
様々な作品の題材となっており、当wikiに記載がある作品だとシュヴァリエ 〜Le Chevalier D'Eon〜が有名。


◆シャーロット・シドンズ
ジャックが生きていた時代にドルーリー・レーン王立劇場で活躍した女優。
ジャックが演劇を好きになった最大の理由で、死後も「彼女の姿をまたいつか見たい」という、ジャックの未練の理由となっている。
ひょんなことからジャックと出会い、逢瀬を重ねて親密な仲となり、まるで少女のような笑顔でジャックに愛をささやいた。
やがてジャックから、グレトナ・グリーンに駆け落ちしようと誘われるが……


◆学芸員(キュレーター)
この物語の聞き手。前作『スプリンガルド』の彼女と同一人物と思われる。
普段は深窓の令嬢と言ったどこか妖艶な出で立ちだが、話を聞いている間は少女のように感情をあらわにする。
要するに前作と見た目も中身も全く変わっていない。
作者のアシスタントや友人、そして読者からも非常に人気が高い。
絵心は無い。


【用語】
◆幽霊/生霊
作中に登場する霊。
グレイやデオンのような生前の人間が未練を残してこの世に留まっている姿を幽霊と呼び、
生きる人すべてに憑いている物を生霊と呼ぶ。
普段人は話す時に生霊同士が争い、その結果によって人間関係が変わるという。
生霊は破壊されても死なないが戦意や闘争心は失われ、いわゆる心が折れた状態となる。
善悪に関わらず強大な意思によってその姿や力を大きく変えていく。
幽霊は生きている人間との関わりは無く、自分の意志のまま人に憑いている。
幽霊は破壊されても憑いた人間に影響はないが、半面、幽霊の攻撃が人間に当たればダメージとなって人間を衰弱させ、場合によっては死に至る事もある。
その為、グレイは(成り行きとはいえ)護衛、デオンは暗殺者として活動している。
どちらも見える人間は限られており、作中ではフロー、ボブ、そしてジョン・ホールの3名が該当する。


◆かち合い弾
正面からぶつかり合って結合したライフルの弾丸。
だが、あくまで黒博物館は犯罪資料館であり、この幽霊の残した不明瞭な物体の扱いには困っていたらしい。
この弾丸が生まれた経緯が、この物語の核心となっている。


◆サムシング・フォー

何か一つ古いもの。

何か一つ新しいもの。

何か一つ借りたもの。

何か一つ青いもの。

そして靴の中には6ペンス銀貨を。

童謡、マザーグースに含まれる詩の一説。
女性が幸せな結婚生活を送る為、花嫁衣装として身に付ける4つの物を指している。
フォーなのに5つあるというツッコミは野暮である(というが銀貨は具体的なものを指定しており、『なにか』ではないのでノーカン)
物語のラストでグレイがフローに贈ったサムシング・フォーとは……


【余談】
最終話のラストでは、盟友である和月伸宏氏の作品『エンバーミング』のキャラクターである、マイク・ロフトとその一行がゲスト出演している。
本作の学芸員も「エンバーミング」に出演しており、互いの仲の良さを象徴している。


『われら役者は影法師!』

『皆様がたのお目がもし、』

『お気に召さずばただ夢を』

『見たと思ってお許しを。』

『夏の夜の夢』……シェイクスピア。



追記・修正はサムシング・フォーを用意してからお願いします。

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最終更新:2023年06月30日 09:37