二重思考/ダブルシンク(1984年)

登録日:2014/03/28(金) 16:57:33
更新日:2024/03/01 Fri 04:25:17
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「過去を支配する者は未来まで支配する。現在を支配する者は過去まで支配する」


二重思考/ダブルシンク(1984年)とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』における概念、および思考能力のことを指す。

概要

作中の舞台である超大国オセアニアの政府が、体制の転覆防止といった目的のため国民に浸透させた思考能力。
同時に本作のとても重要な概念を兼ねている。
二重思考とはなんぞやという説明の前に、前置きとしてこの作品の世界観を軽く説明させて頂きたい。



『1984年』の世界は、1950年代に発生した第三次世界大戦後に3つの超大国に分かれた。
各国の間では世界支配を目的とした戦争が絶えず続いている。
しかし、その実態は三国間が結託したマッチポンプ
労働力と資源を戦争で消費することによって、階級社会や権力の維持を図っているのが真実である。



で、肝心のオセアニア。
この国は出版当時のソ連といった共産主義、ないし全体主義国家をモチーフとしており、
最高指導者のビッグ・ブラザー率いる「党」が国を支配している。
党が国民の生活から思考まで一切を統制することで、徹底的に管理された見せかけの平和が保たれる。
個人の結婚・思想・言語・更には性まで、あらゆる事柄が国によって制御されているのだ。

オセアニアの権力構造は以下の通り。

  • 党・政府の中枢を担う上層階級の党内局
  • 党・政府の実務を担う中層階級の党外局
  • 人口の約85%を占める下層階級のプロレ(つまり労働者)

このうち党は、反抗の可能性がある党外局員をおもな監視対象とし、テレスクリーン等による監視を常に行う。
党内局も同様にテレスクリーンで監視されているが、彼らは任意でスイッチを切ってもいい特権がある。
プロレは対象外であり、彼らにまともな教育を受けさせていない事から
党にとっては体制を覆せる脅威とは見なされていない。
だが少しでもその気を見せたなら、党内局員からプロレを問わず「初めから居なかった」ことにされてしまう。



・・・狂気はまだまだこんなもんじゃないのだが、これ以上は本作の項目を参照していただきたい。
ひとまず異常な社会であるということはお分かり頂けたであろうか。



本題の二重思考とは、政府が国民の思考を直接管理してしまう一種のコントロール法のこと。
オセアニアが新たに作りだしだ英語「ニュースピーク」とは切っても切れない関係にあるが、
また別の話になるので詳しくはリンク先を参照。
ここでは「反体制の表現を防ぐために単純化された言語」と捉えてもらって問題ない。
(二重思考、つまりダブルシンク自体もニュースピークの造語である)



原理

相反する2つの考えを同時に受け入れる」。これが二重思考の原理である。





うん、わからん。





理解しやすくするためにもっと噛み砕いて説明しよう。

ここに同じ事象を解明するための、2つの論理が提示されたとする。
どちらも正しいように見えて実際は相反しており、一方の論理が正しければもう片方は食い違いが生じる。
普通の人間はこの状態を「矛盾」と認識するだろう。
現実ではそれが正しい反応であり、何ら間違っていない。



ところが、二重思考を適用すると話が変わる。

二重思考の人間は、例え矛盾があってもそれを見抜かないで意識的に放置してしまう。
更に矛盾を認識したとしても、「矛盾を信じた」という事実を自分の思考から消した上で2つとも信じる。
そう、矛盾についてあれこれ考えることを放棄し、さも当然のように受け入れてしまうのだ。

2つが矛盾していることは分かっている。
けれどもこれは矛盾していないとして自分の認識を改竄し、忘却する。
そして2つとも正しいと信じる・・・
これこそが二重思考のメカニズムである。
確かに矛盾はあった。しかし矛盾など私は見なかったしそんな事は有り得ない、いいね?



・・・おおよそ常人には理解しがたい思考回路である。



しかし、既にお気づきの人もいるだろう。
矛盾への疑念を回避するという事は、つまりいかなる虚構の事実でも信じる以外の選択肢は存在しない。
いや、自ら進んで信じてしまうといった方が正しいか。
周りがああだこうだと命令する以前に、自分の頭を改変して勝手に受け入れ、矛盾に気付いてもそれを忘却する・・・
下手な洗脳よりもよっぽど恐ろしいとしか言い様が無い。



作中における描写

作中では二重思考によって矛盾を見抜かないようにすることを、ニュースピークで「犯罪中止」と呼ぶ。
これは党の体制に少しでも疑問を持つ、自由を思案すること等の行為が
政府によって「思想犯罪」と定められているため。
しかもこの思想犯罪、「死に値する犯罪」なんて生易しいものではなく「死」そのもの
発覚したが最後、思想警察の手によってその人物は「蒸発」してしまい、
存在した痕跡がこの世から全て抹消され、『非存在』の人間として扱われてしまうのである。
非存在の人間と親しかった者も、「消された」という事実を認識してもいずれ・・・



党外局員らは二重思考の実践により、おのずと思考が政府のプロパガンダと一致するようになった。
更に彼らだけでなく、国の中枢たる党内局の連中まで二重思考を実践している。
何故か?
党はあえて不平等な階級社会を築き、不都合な事実の改竄と反乱分子の始末を行うことで
現在のオセアニアの体制を維持している。
しかし、良心ある人間ならそれらの行為をことごとく嫌悪し、政府への憎悪に駆られる事だろう。
例え党内局しか知らない事実だとしても、人が人である限り内部からの崩壊につながる可能性は否定できない。
そのような不安要素を排除するために、党内局員もまた二重思考を自身に備えているのだ。
何の疑いもなく目的を信じ、忠実に遂行するために。


指導者ビッグ・ブラザーは(作中において)実在の人物であるかどうか分かっておらず、
彼の記録もまた党によって日々改竄されている。
彼の政敵エマニュエル・ゴールドスタインの著書(禁書)によれば、
ビッグ・ブラザーの正体は「国民の恐怖と尊敬を集めるために党が作り出した存在」とされている。
とはいえ、例えビッグ・ブラザーが存在しないことが事実だとしても、
知った人間が二重思考ですぐに認識を改竄するのは目に見えているだろう。
「ビッグ・ブラザーは存在する敬愛すべき指導者である」と。



本作の主人公ウィンストン・スミスが勤務する「真理省」は、まさに二重思考そのものを体現した存在である。
過去の歴史記録や新聞など一切の情報を、党の発表に合わせて都合よく改竄するのが彼らの役目。
そう、「真理」の名を司っていながら実態は真逆である。
故にここで働く役人は当然、真理省が「虚構と真実をすり替える場である」ことを認識しないと仕事できない。
だが、二重思考によって同時に「真理省が生み出す記録はすべて正しい」とも信じている。
そのため改竄作業には何の支障も来すことが無いのである。




スミスは真理省の人間でありながら、党が個人の精神を支配することに嫌悪し始めていた。
彼はこっそり買ったノートに、自由とは何かについて


2足す2が4と言えることが自由だ。それが認められるなら他のこともすべて認められる


と書き記した。
これは本作を象徴する重要なフレーズの一つであり、正しい事実がウソの虚構に塗り潰され、
自由に反論することも不可能な『1984年』の歪んだ社会構造を如実に表していると言える。


しかし、後にスミスは同僚の女性と共に密告を受け、「愛情省」に連行されてしまう。
(愛情省とはこの手の異端分子を拷問し、最後は党を心から愛するように変心させて処刑する省庁)
そこで行われたげに恐ろしき拷問の末、心が折れたスミスは遂に己の思考を捻じ曲げる。


2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4にも5にもなりうる


スミスもまた、完全に二重思考を受け入れるようになってしまったのだ・・・


※映画版はアメリカ向けに公開された時の結末が違い、打倒ビッグ・ブラザーを叫びながら死ぬという展開に変わった。
全体主義と対立していた当時のアメリカ的に、上記のバッドエンドは都合が悪いからだと思われる。
無論、オーウェルの遺族からは大ひんしゅくだったとか。





追記・修正は二重思考のアニヲタ的なうまい例えが思いついた人にお願いします。

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最終更新:2024年03月01日 04:25